さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.69
    2016/9/20UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    謎のチェス指し人形「ターク」 トム・スタンデージ/NTT出版

    本書は、1769年にフォン・ケンペレンという人物が作成し、当時の人々を熱狂させ、様々な有名人と関わりを持ち、現代の人工知能やコンピュターを生み出す端緒の一つとなった、「ターク」と呼ばれたチェス指し人形についてのノンフィクションだ。本書で描かれるタークはまず間違いなく、小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」のモデルだろうと思う。
    タークは、ヨーロッパやアメリカのチェスの強豪を次々と打ち破る、恐ろしく強い人形だった。当時は、オートマンと呼ばれる自動人形が花ひらいていた時代。タークはそんな時代にあって、機械で動いていると謳われたオートマンの一つだった。
    本書では、何故タークが生み出されたのか、タークが生み出されるに至るオートマンの歴史、タークの所有者の変遷などと共に、タークというチェス指し人形に対して大衆がどんな反応を示し、またタークがどんな分野にどんな影響を与えたのか、ということが描かれていく。

  • no.68
    2016/9/20UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    「AV女優」の社会学なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか 鈴木涼美/青土社

    『私と同じような街で育った女性が、自らの商品的価値を一度も意識しないで過ごすことはほとんど不可能だ。しかし、それをモラルと呼ぶのか生理的嫌悪と呼ぶのか理性や常識と呼ぶのかは別として、地続きに広がる性の商品化のどこかで線を引くことを、そしてそれをなるべく控えめに引くことを、私たちは直接的に、もしくは間接的に求められてきた』
    こういう感覚が、本書を物した著者の内側にはある。AV女優という職業は、日常に満ちている「性の商品化」の延長線上にあるに過ぎないのだ、と。自身も女性である著者が、自ら捉えたそういう感覚をベースにして、AV女優という存在を切り取っていく。
    その中で、著者は「面接」に着目する。彼女たちは「語る」ことで、「AV女優になりたい者」から「AV女優」へと変身していく。
    AV女優というものを社会の中に位置づけて捉えつつ、同時に、AV女優という個にも着目する異色のノンフィクションだ。

  • no.67
    2016/9/13UP

    本店・竹内おすすめ!

    グッドバイ・ママ 柳美里著/河出文庫

    父親が単身赴任で母親が5歳の息子と二人暮らし。その母の思考が常軌を逸している。序盤から母の狂気全開。雑踏の音や文字、人々の会話が挟まれた描写に、母親と社会の隔別感が増す。最初のうちは、精神を病んでるかのような言動に辟易し、途中で放り投げたくなるが、その感覚は徐々に麻痺してくる。全ては息子への歪んだ愛情の形。読み進めるうちに正常と異常の区別が混沌としてくる。歪んでるのはどっちだ?様々な事象に鈍感でなければ生きにくい現代社会、そこに生きるいわゆる「常識的な人々」のほうが歪んでるのではないのか?ラストにどうしようもなくやるせない感情が胸に去来する、読むと危険!な小説だ。

  • no.66
    2016/9/13UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    暇と退屈の倫理学 國分功一郎/太田出版

    本書は、「なぜ人は退屈するのか?」「なぜ人は暇だと苦しむのか?」という疑問を解き明かしていく一冊だ。著者はこの疑問を、哲学や人類史、あるいは経済との関わりなどを交えながら深めていく。まさに「暇」と「退屈」についての話なのだ。難しそうな本だ、と感じるだろうか?いや、そんなことはないのだ。たぶん高校生でも十分に読める一冊だろう。
    これまで様々な哲学者や思索家が「暇」と「退屈」について思考を巡らせていたということ自体も面白いし、社会主義・資本主義といったものと「暇」「退屈」がどう結びついていくのかも圧巻だ。知的好奇心が恐ろしいほどに満たされていく、人間が生きていく上での本質を抉りだす驚異的な一冊だ。

  • no.65
    2016/9/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    洋食セーヌ軒 神吉拓郎/光文社文庫

    短編はいい。余分なものがなくすっきりとしているし、一発で好き嫌いがはっきり判る。本書は1話10数ページ程のごく短い短編集なので、試しにどれか読んでみてほしい。まずは出てくる料理のどうしようもなく旨そうなこと。そして多くを語らない上品なストーリーが、さりげなく料理を彩っている。食欲の秋、読書の秋にはぴったりの大人の一冊だ。本書は30年も前に書かれた本なので、時代の価値観や社会的背景などかなり違うはずなのに、食べものに対する感覚は時代を超え、全く古さを感じさせない。様々な美食が出てくる中で、もし明日世界が終わるとして最後にどれか1つとするならば、自分なら散々迷った挙げ句にシャケ弁かな。そんな事を思ったりする。

  • no.64
    2016/9/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    凶悪ある死刑囚の告発 「新潮45」編集部編/新潮文庫

    死刑囚からの告発。それは、衝撃的なものだった。
    元暴力団組長であり、とある事件で死刑が求刑された後藤は、本書の著者(「新潮45」という雑誌の編集長)に驚くべき告白をする。それは、後藤が一緒に組んで犯罪を繰り返していた「先生」の存在だ。後藤は具体的に3件の殺人事件の話をする。そして著者に、「先生」を追い詰めて欲しいと頼むのだ。
    死刑囚からの告発であるということに悩みながら、著者らは「先生」に関する取材を始める。半信半疑のまま取材を始めた彼らは、次第に後藤の主張を信じるようになっていく。
    「新潮45」誌上で一大キャンペーンが張られ、メディア側が警察を動かすことで「先生」を追い詰めていくという、ちょっと信じられない展開を記録した一冊だ。
    解説を書いている佐藤優は、「少なくとも過去十年間に私が読んだ殺人事件を扱ったノンフィクションのなかで最大の衝撃を受けた作品である」と言っている。まさにその通りで、異例づくしの展開は、小説を遥かに凌駕するほどのスリルが味わえる。

  • no.63
    2016/9/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    フェルマーの最終定理 サイモン・シン/新潮文庫

    数学が苦手な人でも、「フェルマーの最終定理」という名前は聞いたことがあるかもしれない。フェルマーというアマチュア数学者が残し、以来350年間、数多の数学者の挑戦を撥ね退けてきた難攻不落の証明。それをワイルズという数学者が解き明かした時、世界中のメディアが報じた。数学史上最も有名な定理の一つと言っても言い過ぎではないだろう。
    本書はそんな「フェルマーの最終定理」の歴史を紐解く一冊だ。まったく難しくないとは言わないが、本書は文系の人間でも読めるように書かれている。著者は数学者ではなく、イギリスの国営放送BBCのプロデューサーだった。本書が世界的大ベストセラーとなり、以降サイエンス・ライターとしても活躍している。数学者ではないからこそ、読者目線で易しく描き出すことが出来ているのだ。
    「フェルマーの最終定理」に限らず、数学の証明の歴史はロマンそのものだ。人類の叡智の積み重ねの結晶を、是非味わって欲しい

  • no.62
    2016/9/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    自殺 末井昭/朝日出版社

    「死」についてフランクに話せるような雰囲気は、世の中にはあまりない。「死」とは「悲しい」ものであり「避けられるべき」ものであり、だからこそ普段の会話の中で「死」というのは積極的に話題にのぼることはない。
    しかし、そういう雰囲気こそが、どうしようもなく「死にたい」と思ってしまう人を追い詰める結果になっているのではないか。僕はそう感じることがある。
    著者は本書を「笑える自殺の本にしよう」と思って書いたと言う。著者自身には自殺願望はないが、ダイナマイト心中をした母親を持ち、以降も人生の中で様々な形で自殺と関わってきた著者は、「自殺は悪いことだと思っていない」と書く。この社会を、「まじめで優しい人が生きづらい世の中」だと捉え、死にたくなることはある意味当然だと言い、そしてその上で「どうか死なないでください」と書く著者の優しさに溢れた一冊だ。

  • no.61
    2016/9/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    藝人春秋 水道橋博士/文春文庫

    テレビで見る人たちのことを、僕らは、基本的にはテレビを通じてしか知ることは出来ない。ライブに行ったり、何らかの創作物に触れるなど、テレビ以外の場でも知ることは出来るが、いずれにせよ、僕らが彼らの「実像」を知ることが出来る機会は少ない。
    本書は、自らもお笑い芸人として芸能界に身を置き、身近で彼らを見ている者として、様々な芸能人の「実像」に可能な限り迫ろうとする作品だ。本書からは著者の、「この人達の、テレビだけでは捉えきれない姿を自分が活写せねば」という思いを感じることが出来る。自らが光源となって彼らを照らし、そこに出来る影までも絶妙に掬い取りながら、著者は芸能人の一面を描写していく。
    そのまんま東(東国原英夫)・甲本ヒロト・古舘伊知郎・テリー伊藤・北野武・松本人志・稲川淳二など、多彩な顔ぶれが揃う。著者の鋭い観察眼と、類まれな言語感覚が、彼らの新たな側面を引き出すのだ。

  • no.60
    2016/8/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    家康、江戸を建てる 門井慶喜/祥伝社

    ブラタモリのように古地図を片手に、地形から江戸の痕跡を辿ってみたくなるリアル歴史時代小説だ。家康から始まった江戸が、現在の世界屈指の巨大都市東京まで繋がっているという感じがするのがなんとなくうれしい。家康や時代小説にあまり興味がないという人でも、広大な湿地帯だった平野をどうやって都市化していったのかというのが主題なので、誰が読んでも面白く読めると思う。形に残っているものだけでなく、職人の「技」とか「粋」という下町特有の感覚なども、もしかしたら江戸建設時に日本中から集まった腕利きの職人たちによる美学の結晶が、現代人の遺伝子にもどこかに響いているのかもしれない。