さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.315
    2019/3/12UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    女たちよ! 伊丹十三/新潮文庫

    あらゆるものの「本物」「正統」を語る1968年発行の本書。それが嫌味にならずに読めるのは「本物」を語りながら、その知識だけでなく人間の「本質」をも語っているからだと思う。なるほど、こんな面白いエッセイを書く人の映画が面白くないはずがない。『マルサの女』は文句なく面白いし、著者らしさが一番色濃く出ているのは『タンポポ』だろう。
    先日、現在88歳のクリント・イーストウッドが監督・主演の映画『運び屋』を観に行った。過去の作品に比べると地味ながら、あらゆる無駄を削ぎ落としたような監督自身の集大成とも言える見事な作品であった。
    伊丹十三が亡くなったのは1997年。もう20年以上も前になる。生きていれば今年86歳だったはずの著者が、もし今映画を撮るなら現代をどう切りとるのか。あるいは自分自身をどう表現するだろう。著者の作品をもっと観てみたかった。
    ちなみに本書は女性に向けた本ではないものの、男女を問わず面白いはずであり、そう願いたいという事は申し添えておく。

  • no.314
    2019/3/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    進化の法則は北極のサメが知っていた 渡辺佑基/河出新書

    ニシオンデンザメの寿命は推定400年という。この長さは本文中の表現を引用すると、下記の通り。
    「――徳川将軍の時代が15代続いてついに終焉を迎え、幕末の動乱を経て明治政府が形成され、いくたびかのひどい戦争を経て日本国憲法が公布され、その後も数えきれない政治的動乱や自然災害や凶悪事件が起こり、そしてインターネットとコンビニエンスストアに囲まれた現代の生活が形成された。――」
    それと同じ長さである。
    「生物はなぜ多様か」という大いなる問いに対して、ニシオンデンザメとアデリーペンギンとホホジロザメを比較しながら全ての生物に共通するメカニズムを物理的に解く本書。フィールドワークに向かう旅の紀行文としても面白い。
    あと、本筋とは全く関係ない部分のカッコ書きで小さく、伊丹十三のエッセイが面白いという旨の記述があったので、次読んでみようと思う。

  • no.313
    2019/3/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ノースライト 横山秀夫/新潮社

    久しぶりに著者の本を読む。いつもの警察小説ではないが、静謐でありながら力強い、頁をめくるごとにそれは紛れもなく、流石の横山秀夫小説だった。
    建築士のストーリーで、ル・コルビジュエやブルーノ・タウトの名前が出てくる。その芸術性や思想性に触れながらミステリーは展開していく。デザインとは何か。仕事とは、家とは、生きるとは何なのか。そして最後の瞬間に遺すべき最も大切な物は何か。大事件が起きるわけでもなく、さりげないストーリーの中に引き込まれ、やがて静かに重厚なテーマが浮かび上がる。種類は違えど、あの傑作『半落ち』を彷彿とさせる著者の真骨頂と言える。
    個人的にはまず、表紙の美しさに目を奪われた。そしてタイトルと著者名で間違いないと確信する。本の装丁はある程度その内容を表している。気に入った表紙は神経のどこかに刺さったという意味で、買っておいて損はない。今の時代、本は贅沢品だとは思う。でも、たまにはそんな贅沢な買物をしてもいいのではないだろうか。気に入った装丁だけの本棚があればきっと楽しく、より豊かな時間を味わえる。最近買ったすべての物の中で、本当に意味のあるものはいくつ得られただろう。

  • no.312
    2019/2/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    歴史という教養 片山杜秀/河出新書

    人間誰でも一回限りの不可逆性の中で今を生きている。歴史も二度と繰り返す事のない唯一の出来事であり、歴史から直接現在に学べることはそう多くはないのかもしれない。しかし、自分自身が過去の実体験から学び未来を考える事は、最小単位での歴史から学んでいる事に他ならない。その範囲を人類の遠い過去にまで広げ、その経緯や経験に思いを馳せる事は、今だけを考える人よりも過去‐現在‐未来に対する認識の幅や奥行きが加わり、思考への厚みや深さを増す。それを教養と呼ぶのだろう。と、およそ教養のない自分にさえ、歴史への興味を抱かせる本である。
    本書を読んで、学生時代まともに歴史を学ばなかったことに後悔を感じている自分自身もまた、今歴史から痛烈に学ばされているという事なのだろう。何がいつ降りてくるかは誰にも判らない。ただ、降りてきた時がいつであれ、その時がいつもベストタイミングである。

  • no.311
    2019/2/5UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    桶川ストーカー殺人事件 遺言 清水潔/新潮文庫

    2016年に僕は「殺人犯はそこにいる」という作品を読んで、「文庫X」という企画を行った。清水潔の作品を読むのは、「殺人犯はそこにいる」が初めてだった。もし「桶川ストーカー殺人事件 遺言」を先に読んでいたら、こちらを「文庫X」として売り出していたかもしれない。そう感じるほど、こちらも全国民に読んでほしい作品だった。
    この事件をきっかけにして、「ストーカー規制法」が制定された。つまりこの事件までは、ストーカーという存在に対して警察が出来ることは何もなかった。それは確かに事実ではある。民事不介入を原則とする警察が、犯罪行為と認定しにくい行為をしているストーカーに手出しが出来ないのは、分からないでもない。
    しかし、本書を読めば、被害者である詩織さんの対応をした警察がただ怠慢だったということが分かるだろう。
    『詩織は小松と警察に殺されたんです』
    僕ら市民は、警察という暴力装置が、正しくその暴力を行使してくれることを願うしかない。罪を犯した人間を捉え、罰を与え、罪を犯していない人間の安全と平和を守る。そのために警察には強大な権力が与えられているはずだ。しかし本書では、その権力が、警察の体面を守るために罪のない個人を貶める目的で使われたことがはっきりと記されている。
    僕らは、こんな世の中に生きているのだ。

  • no.310
    2019/2/5UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    1964年のジャイアント馬場 柳澤健/双葉文庫

    小学生の頃、ゴールデンタイムに全日本プロレスが放送されていた。鶴田、天龍、ハンセン、ブロディ、ザ・グレート・カブキなどに興奮しながらテレビを見ていたのを思い出す。当時子ども心にも、ジャイアント馬場は偉いから他の選手が勝ってしまう訳にはいかないんだという事に薄々気付いていた。それでもなんとなく、それも含めて選手もファンも認め、楽しんでいたように思う。熱心なプロレスファンではなかったものの、その後も全日・新日・総合を問わず三沢、川田、長州、高田、桜庭などの試合を見て胸を熱くした。
    プロフェッショナル・レスリングが何をもって“プロフェッショナル”とするのか。馬場の歴史を通じてそのあたりの事が本書には書かれている。ただ強ければいい、勝てばいいというだけでは興行として成立せず、当然食べては行けない。観客に、また見に来たいと思わせることができるかどうか。その一点において選手は試合相手と戦う以上に観客と戦っているという。あらゆるエンターテイメントの本場アメリカで一番下からメインイベントまで経験したジャイアント馬場はそのあたりの感覚が身に染みていたのだろう。
    ラッシャー木村の馬場に対するマイクパフォーマンスなどをしみじみと思い出す。

  • no.309
    2019/1/29UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    ジェリーフィッシュは凍らない 市川憂人/東京創元社

    新型気嚢式浮遊艇<ジェリーフィッシュ>が発明されたという、僕らが辿ってきた歴史とは違う世界における近過去を舞台にした、「二十一世紀の『そして誰もいなくなった』」と喧伝されるミステリだ。新人のデビュー作ではあるが、その圧巻の世界観の構築の仕方に驚かされた。<ジェリーフィッシュ>が墜落事故を起こし、乗員6名全員が死亡という、当初事故だと思われていたケースが、明らかな刺殺体が発見されたことで調査が開始される、という物語なのだが、細部に渡って見事な作品だった。乗員全員死亡という状況下で何が起こったのかという、物語の根幹となるミステリの部分ももちろん素晴らしかったが、<ジェリーフィッシュ>の性能や開発秘話、それらに関わる人間模様、また乗員全員死亡という困難な調査をやり遂げる捜査官の奮闘など、一分の隙もなく物語が構成されている。
    僕らの世界には<ジェリーフィッシュ>が存在しない、という意味で、作品の舞台は異世界だが、その点を除けばほぼ変わらない。しかし、異世界であるという設定にしたことで生きる要素もあり、また、本書のミステリのトリックを描くだけであればどうしても不可欠だったわけではない<ジェリーフィッシュ>を登場させたことで、作品の背景に厚みが出る。圧倒される物語だった。

  • no.308
    2019/1/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    禅とオートバイ修理技術 ロバート・M・パーシグ/ハヤカワ文庫NF

    だいぶ前に一度読んで、何の気なしにもう一度読んでみた。以前読んだ時よりも深く心に響いたのは年齢によるものなのか環境によるものなのか、名著とはそういうものなのか。
    バイクでの旅の紀行文と哲学の思索が交錯する何とも不思議な魅力のある本書。この魅力は哲学や芸術という、言ってしまえばどこか掴みどころのないものと、オートバイ修理技術という目の前の現実的で切実な問題を同一視したところにある。これはなにもオートバイに限らず、あらゆるものに置き換えて考えられる。さまざまな示唆に富んだ本なので、技術・研究・教育・ビジネスなど、読む人によって幅広く得るものがあるように思う。
    ちょっと難解な部分もある本書の内容をすべて正しく理解できたとは到底思えない。ただ、妙に惹きつけられる考察が随所に散りばめられているのは間違いない。登山は山頂に目的があるのではなく、山に登ることそれ自体が目的である。そんな読書もいいのではないか。

  • no.307
    2019/1/22UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    死刑のための殺人 読売新聞水戸支局取材班/新潮文庫

    金川真大という男は、「確実に死ぬために死刑になる」ことだけを目指して通り魔事件を引き起こした。「土浦連続通り魔事件」と名付けられたその事件は、犯人の身勝手な動機と、無差別に殺傷されたその被害の甚大さを見れば、同情の余地など微塵もない。
    しかし、この事件の取材をした記者の一人は、こんな実感を本書の中でもらしている。
    『「もしどこかでつまずいていれば、自分も同じようになっていたかもしれない」。そんな思いさえ抱くようになった。それは私だけの特別な感情ではなく、同僚記者も同じだった』
    本書を読んで、僕も同様の感想を持った。金川という男について何も知らなければ同情など出来ないはずのこの事件に対し、「自分も同じようになっていたかもしれない」と思わせるだけの背景があるのだ。
    そういう意味で本書は、殺人事件を追ったルポというだけの作品ではない。金川という男を生み出した社会全体を切り取る作品であり、また子供をいかに育てるかという警告の書でもあるのだ。
    様々なニュースを見ながら、「自分の子供はこんなこと絶対にしない」と、意識的にも無意識的にも感じている親にこそ、本書を読んでもらいたいと思う。

  • no.306
    2019/1/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ママがやった 井上荒野/文春文庫

    この連作短篇集の、ごく短い一篇一篇を読み終える毎に鳥肌が立ち、深いため息をつき、そして大きく唸らされる。それは、書かれていないけれども想定している物語の、含みの大きさと深さをはっきりと感じるからだ。
    八つの物語の最初と最後に事件が描かれ、それ以外は家族五人の何気ない過去の一瞬が、それぞれの視点で描かれている。何かを説明するような文章は一切なく、それでも個人と家族が十分に伝わる、印象的な一瞬が切り取られている。
    愛情も憎しみも喜びも哀しみも、微妙なバランスの上にある。ありふれた日常の中で、そのあたりの人間の陰影をここまで感じさせる短い文章に、畏れにも似た凄味を感じる。今更ながら作家というのはすごいなあと、こんなぽかんとした感想しか出てこない程、その長い余韻にやられてしばらく呆然と考え込んでしまう。