さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.600
    2024/10/2UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    小説浅草案内 半村良/ちくま文庫

    いいなあ、浅草。
    ぶっきらぼうでありながら繊細な気遣い。シャイな優しさ。恥ずかしくて説明なんぞできるもんかバカヤロウという粋。人と土地の幾重にもわたる時代の中で醸成された完成形が、敢えて言葉にされることもなく引き継がれているのだろうと思う。たとえば北野武氏の笑いや映画表現などにも、根本的には浅草を感じさせる。なんか言葉にできないけれど、いいなと思うところが多い。
    本書は12話の連作短編集。中でも「へろへろ」という話がたまらない。

  • no.599
    2024/9/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    錦繍 宮本輝/新潮文庫

    毎年秋になると、蔵王ゴンドラリフトから始まるこの物語を読み返してみたくなる。離婚した男女の往復書簡のみで構成される本書は、単なる色恋沙汰の話ではなく人間の業と周囲との関係性、心の機微を深く描く人生の物語だ。主人公2人の手紙しか書かれてはいないが、主人公たちの目を通した他の人物の描写が何とも言えず味わい深い。手紙をやりとりするうちに、今までの自分と周りを冷静に見つめ直し、それぞれの再生の道に向け一歩を踏み出してゆく。
    それにしても時代性を感じさせる手紙の美しい文章に、どうしても今とのギャップを拭えない。メールやLINEのやりとりなら、もっと短絡的な非難の応酬、直接的な罵詈雑言になりはしなかったか。いや、これはどこかでそう思い込まされているだけかもしれない。今は今の美しいメールの文章というのもあるのだろう。いずれにせよ自分の手や足や頭を使って考えるという事が何よりも大事だ。本書を読むといつもいろいろな角度から考えさせられる。

  • no.598
    2024/9/5UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    これはただの夏 燃え殻/新潮文庫

    夏の終わりに、いつかの夏を思い出し切なく胸が苦しくなるような小説だった。
    これはただの夏。
    どんな人でも「ただの夏」は必然的に特別な意味を持つ夏になるのだろう。ちょっとしたノスタルジーを胸の痛みと共に振り返る時、その意味に初めて気づく。

  • no.597
    2024/9/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    宿帳が語る昭和100年 山崎まゆみ/潮出版社

    なんか温泉行きたいなと思う。
    ベストセラー「スマホ脳」(新潮新書)を読むと自分でも気が付かないうちに、いかに時間と感情を振り回されているのかがよくわかる。自分が使っているように見えて、実はいいように使われているのである。これじゃ神経もやられるわなと納得する。
    温泉地はデジタルデトックスにいい場所だろう。もしかすると本書に出てくる昭和の大スター、大作家、大芸術家たちもその時代における何かをデトックスしに、あるいは自分を取り戻すための大切な場所として温泉を利用してきたのかもしれない。西城秀樹、志村けん、松田優作、石原裕次郎、山下清、田中邦衛、松本清張など、印象深いエピソードが記されている。
    人間にはリアルな自然に触れる場所と、自分に向き合う時間が必要だ。全ての武器や鎧を脱ぎ捨てて、裸の自分自身だけに戻る時間が。
    あー温泉行きたい。

  • no.596
    2024/8/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    百年の孤独 ガブリエル・ガルシア・マルケス/新潮文庫

    マジックリアリズム。現実と幻想が行き来しながらも、不思議と現実よりも現実味を帯び、全体として真実を見る。文字だけによる芸術表現としてはひとつの極致なのだと思う。幾代にも亘る一族とその土地の成立から終焉までを、自然描写と共に描いている。1982年ノーベル文学賞受賞。
    映画で言えば、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『マルホランド・ドライブ』などにも近い芸術表現を感じる。
    本で言えば宮沢賢治作品は、ある種マジックリアリズムと言えるのかもしれない。最近ではそのスピリットを受け継いだかのような地元盛岡出身の作家、小砂川チト著「家庭用安心坑夫」「猿の戴冠式」にも濃厚にマジックリアリズム的なものを感じる。非常に高度な文学的芸術表現なのだと思う。

  • no.595
    2024/6/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    グレート・ギャツビー フィツジェラルド/新潮文庫

    アメリカ文学を代表する古典の名作。
    ストーリーとしては至ってシンプルで、ひとりの成り上がり者の栄華と破滅の物語だ。しかし、語り手である友人の冷静な目を通して全体像を眺めた時に、ものの善悪や美醜が陰影をもって立体的に浮かび上がり、主人公ギャツビーの物語として見事に完成している。
    アメリカは不思議な国だ。いい面も悪い面も極端に出やすく、現実的な勝ち負けをドライに断じつつも、アメリカンドリームに向かって腕を伸ばす事そのものの価値観には揺るぎがない。たとえ無理だと分かっていても追い求める、それ自体には純粋な価値を認めている。ロマンチストのようでもあり、また、滅びの美学のようにも見えるが、つまりそれらのすべてを含めてアメリカンドリームというのだろう。

  • no.594
    2024/6/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    初夏ものがたり 山尾悠子/ちくま文庫

    5月・6月の瑞々しい描写が随所に鈍く光っている。本書は著者の初期作品集で少女向け雑誌に連載されたもの。ストーリーこそファンタジーSFだが、子供向けに書いたような手加減は一切ない。初夏の一瞬を描く儚い美しさに著者の本気を感じさせる。もしかすると、この良さは当時の若い読者に本当には伝わっていないかもしれないけれど、何か心に残るものがあったはず。子供向けなのに本気で描かれた文章や映画などの中には、その時意味は分からずとも確実に直接心に響き、長く留まり続けるものがある。本書もそんな一冊。

  • no.593
    2024/6/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    神の悪手 芦沢央/新潮文庫

    5つの短編集。やはり表題作「神の悪手」が秀逸だと思った。勝負の世界の張りつめた緊張感に震える。勝敗が全ての世界の中で、自分自身との葛藤にどう向き合うのか。最終的に打つ一手は果たして。
    ラストの一編「恩返し」だけが将棋ではなく将棋駒を作る駒師の物語。こちらもじっくりと自分に向き合うことで地に足のついた仕事、職人魂を開眼させる。
    本書は、いわゆるどんでん返しを狙ったようなミステリーとは少し違う。勝負の世界に身を置く者の孤独と心の機微にしっかりと焦点を合わせた、人間の物語なのだと思う。

  • no.592
    2024/5/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    まんがパレスチナ問題 山井教雄/講談社現代新書

    連日のイスラエルとパレスチナの報道を目にする度に、なぜそこまでという悲痛な思いがする。報復の応酬による負の連鎖、宗教対立、周辺国や大国の思惑、さらには紛争に伴うビジネスなど利害が複雑に絡み合い、もはや善悪の境目もよく分からないカオスと化している。
    本書と「続 まんがパレスチナ問題」は、問題の根源から近現代に至るまでの流れが分かりやすくまとめられている。今までこじれにこじれた、なんと永くて深い哀しみの歴史なのかと思う。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地でありながら今なお続く世界紛争の中心地という皮肉。人類の大いなる二面性を感じると共に、今の日本の平和は微妙なバランスの上にあり、決して当たり前の事ではないのだと改めて感じさせる。

  • no.591
    2024/5/13UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    碁盤斬り 柳田格之進異聞 加藤正人/文春文庫

    古典落語の「柳田格之進」を映画化した『碁盤斬り』。本書は映画の脚本を手掛けた著者が書き下ろした小説だ。読み終えてすぐに、この映画を観るのがとにかく今から楽しみでならない。
    白石和彌監督は『凶悪』『孤狼の血』など、これまで激しいバイオレンスのイメージがあるが、今回は打って変わって古典落語の人情噺。これをどう表現するのか、主演の草彅剛さんとの組み合わせも不思議な魅力を感じさせる。
    古典落語は大昔から同じ噺を現代にまで語り継いでいるのに、何度聴いても飽きが来ない。それだけ噺として完成されているのと、やはり日本人として無意識にも心のどこかに残っている部分へ、確実に刺さってくるからなのだろう。
    こんな世の中だけど、きっと心のどこかに。