さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.588
    2024/4/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    生産性が高い人の8つの原則 チャールズ・デュヒッグ/ハヤカワ文庫NF

    単にタイムパフォーマンスの話ではない。結果的に生産性のより高い選択と決断をするための8つの指針が個々のストーリーと共に展開される。ビジネスだけでなく、日々の行動にあらゆる角度からの見方と示唆を与えてくれる。
    後半出てくるプロのポーカープレイヤーの話と、『アナと雪の女王』や『ウエスト・サイド物語』の制作過程の話が特に面白かった。

  • no.587
    2024/4/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    上野アンダーグラウンド 本橋信宏/新潮文庫

    桜満開の盛岡だが、本書を読んで上野の喧騒を思い出したりする。これまで何度か行った事がある程度でも、何故か強烈な印象を残す場所、上野。
    公園、動物園、不忍池、似顔絵、西郷さん、美術館、博物館、アメ横などのカオス、あらゆる国籍の人々が行き交い、老いも若きも男も女も一定時期集いまた去りゆく街。歴史的にも底知れぬ怪しさとちょっとした郷愁を漂わせながら、今日も刻々と変化しているのだろう。アンダーグラウンドながらも様々な人生の一端に思いを馳せる一冊だ。

  • no.586
    2024/4/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    通り過ぎゆく者 コーマック・マッカーシー/早川書房

    安易にお勧めできる作家ではない。昨年亡くなられた現代アメリカ文学を代表するひとりの、遺作となった作品だ。厳密には「ステラ・マリス」が最後の作品になるのだが、ひとつの作品として考えればこちらがメインストーリーになる。ミステリーやサスペンスなどではなく、あくまでも純文学なので評価には時間がかかる種類の作家だと思う。
    著者の本では「すべての美しい馬」「越境」「平原の町」「ノー・カントリ―・フォー・オールド・メン」「ザ・ロード」など。映画では『ノーカントリ―』『ザ・ロード』『悪の法則』など。本書も含めて時代背景や設定はそれぞれ違えども、表現するのはいつも生きるリアリズムに貫かれているように思う。
    どの作品も全体像が掴みにくい。細かいところを確認すれば全体を想像できなくもないが、敢えて分からないように作ってあるのだと思う。主人公は何が起きているのかよく分からないままに次の行動を迫られる。その選択は理屈ではなく無意識による個人の人間性でしかないのだろう。それでも何かを選択しており、その結果起こる事は決して無かった事にはできない。時に受け入れ難い現実を受け止め、取り戻すことのできない人生を誰もが送っている。その切実さにようやく気が付く時はいつも、後からなのだ。

  • no.585
    2024/3/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    コーヒーと恋愛 獅子文六/ちくま文庫

    まったくもって、無性に、コーヒーが飲みたくなる、「さわや春のおすすめ」フェアの1冊。
    コーヒー好きの集まりである日本可否会。大仰なネーミングの割には会員五名の、月イチでコーヒーを飲みながら薀蓄を語るだけの集まりであるが、のちに茶道のように可否道を極めようとする。1963年刊行、コーヒーと昭和のアロマが香り高い物語だ。
    コーヒーに限らず、何かに凝るというのは何だろう。生きるために必要なものでもなく、仕事にも家庭にも全く関係のないごく個人的な趣味。性とでも言えるだろうか。映画や音楽、酒、煙草、釣りや登山、推し、読書なども同じ部類に入るかもしれない。造詣を深めたところで実生活にはさほどの役にも立たないどころか、むしろマイナス面も大きい。でも仮に、役に立つものだけの人生だったらこれほど味気ないものもない。
    あらゆる無駄を嫌う世の中にあって、実際役に立たない無駄知識と思われていたものが、案外意外なところでつながっていたり、いなかったり。役に立つこともあったり、なかったり。まあ、ないんでしょうな。むしろないと思っていた方がよほど洗練された、高尚な趣味だとも言える。

  • no.584
    2024/3/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    最後の医者は桜を見上げて君を想う 二宮敦人/TO文庫

    頭で考えることやデータで見る事と、実際に体験する事とではその意味が大きく異なる場合が多い。まして身近な人あるいは本人の「死」という、一度きりの体験と対峙した場合、冷静な分析など何の役に立つだろう。理論を超えた厳粛さの他に言葉はない。
    本書は真逆の極端な理論を持つ2人の医師とその中間の医師による死生観の物語だ。どちらの考え方も筋が通っていて、どちらが正しい正しくないということはない。ただ、年齢に関わらず誰もが明日死ぬかもしれないという事実は忘れて或いはそこから目を逸らして生きているが、いずれにしても人間の死亡率は100%だ。
    「さわや春のおすすめ」フェアの中の1冊。フェアは割と後ろ向きのものが多いかもしれないが、希望に満ちた春の季節に敢えて、一生モノの読書体験をという思いでセレクトしている。いい事ばかりじゃない世の中で、今読んでおくべき10冊。フェアの中の「生きるかなしみ」(山田太一 編)には「ふたつの悲しみ」(杉山龍丸)という章がある。これには言葉を喪い、ただ涙する他ない。こういうのを頭で考えて冷静に解説できる人など信用できない。

  • no.583
    2024/3/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    お山の上のレストラン 髙森美由紀/中公文庫

    小洒落た料理が数々出てくる中でも、一番シンプルな塩むすびが特に旨そうだ。山で食べるそれはまず間違いがないだろう。味や香り、食感まで誰もがイメージできる。
    青森県出身・在住の著者による現地の自然や食材を使った物語。
    明るく楽しい感じで始まりつつ、ちょっと違和感を覚えながら読み進めると、後から事情が見えてくる。明るさの陰に隠されたその事情は、深い喪失と再生だ。
    辛くてどうしようもない時もあるけれど、生きるためには誰でもごはんを食べて前を向かなければならない。

  • no.582
    2024/3/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    シッダールタ ヘルマン・ヘッセ/新潮文庫

    川の存在に対する解釈が非常に考えさせられる。昔古典で習った「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」を思い出したが、本書ではもう少し踏み込んだ哲学的、宗教的解釈になっている。
    過去・現在・未来が同一で、しかも瞬間瞬間の全てにおいて完成しているのが川であるという。水蒸気、雨、川、海、そしてまた水蒸気と、切れ目のない一つの構造として見ると、確かに時間は存在しないものなのかもしれない。人間も若さの中に老いがあり、生の中に死を宿し、善の中に悪を見るなどと、読後様々な思索を巡らされる。
    老いも若きも、いい時も悪い時も、今この一瞬一瞬がすでに完全なひとつの人生、そのものなのだと思う。

  • no.581
    2024/2/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    イギリス人の患者 マイケル・オンダーチェ/創元文芸文庫

    物語に通底する砂漠の流動性、地雷処理における爆弾との対峙性が印象的だ。戦争の異常な状況下でめぐりあう4人の物語。過去の回想と現在が入り混じるストーリーで掴みにくい部分はあるのかもしれないが、その構成も含めすべてがあまりにも詩的で美しい。
    一瞬の儚い過去の思い出は、たとえ刹那的なものであったとしても、だからこそ忘れがたい美しさを放つ。ほんの些細な出来事であれ、そんな一瞬の記憶さえあればどんな苦しい時代にあったとしても、人は生きていられるのかもしれない。映画『イングリッシュ・ペイシェント』原作。ブッカー賞創設50周年の頂点に輝く「ゴールデン・マン・ブッカー賞」受賞作品。

  • no.580
    2024/1/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    滅びの前のシャングリラ 凪良ゆう/中央公論新社

    震災、戦争、気候変動、事件、事故…。そんな報道を見るにつけ今生きている事は、実は当たり前のことではないのだと改めて思い知らされる。地球に住む生命の1種族として、生きることは与えられた当然の権利などでは決してない。最後の瞬間が数日後確実に訪れるとしたら、自分なら何をするだろうか。
    本書は小惑星衝突により地球が滅びることが確定した世界での、主要登場人物4人による4編の連作短編集だ。子供世代、親世代、男女とバランスのとれた4話が緩やかに繋がるので、どの世代が読んでも唸らせる内容になっている。
    明日死ぬなら何が食べたいかという問いに冷やし中華と答えた本書の登場人物がいたが、ちょっとわかる気がする。旨いのかまずいのかよくわからないような高級品を食べたところで今さら虚しい。食べ慣れた好きなものの方が、最後の時にはふさわしいように思う。

  • no.579
    2024/1/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    猿の戴冠式 小砂川チト/講談社

    数ページ読んだだけで、著者の感じが出ていて久しぶりと思う。今回も芥川賞こそ逃したものの、本書の内容とも相まってむしろ誇らしい。無冠の帝王でいいんじゃないか。
    読者に優しいとは言えない。かなりの変化球なので最初は幻惑させられる。途中これで合っているのか不安にもなるが全く問題はない。基本的にはいろいろやらかした主人公瀬尾しふみ1人の物語なのだ。あとはこれをどう読もうが読者にお任せの投げっぱなしジャーマン。個人的には心に大きな傷を負った後の野性的自然治癒力、復活への第一歩を踏み出す勇気の物語だと認識している。ただし、あらゆる評論や解説など一切寄せ付けないほどの孤高さと力強さがこの物語にはある。
    前回の「家庭用安心坑夫」の時もそうだったが、すべて読み終わって内容を思い返した時に深く納得させられるのである。