さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.289
    2018/11/13UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    哲学的な何か、あと科学とか 飲茶/二見文庫

    人は「科学」と聞くと、現実をはっきりと理解し、物事を明確に判断するものだという印象を受けるようだ。どんな仕組みかは分からないが、「科学」というブラックボックスを通せば、世の中のあらゆることに白黒つけることが出来る、と思っている。だからこそ、豊洲移転や原発の問題などについて、科学者に対して「100%安全かどうか」を問う、という行動が生まれるのだ。
    しかし、「科学」というのはそういう営みではない。本書を最初から最後まで読めば実感できるだろうが、「科学」というフィルターを通せば通すほど、余計に目の前の現実が分からなくなっていく。「科学」というのは、物事をくっきりさせるどころか、より深い混沌へと導くものでもある。
    本書を読み、「科学」というのがどんな営みなのかを理解すれば、「科学」というブラックボックスに放り込めば何でも分かる、などという幻想は消え去るだろう。
    「科学」は、現実がどうなっているのかについて答えてくれるものではない。その最たる例は、「光は波でも粒子でもある」という、量子論が要請する結論だ。科学者は誰も、「波でもあり粒子でもある」という状態をイメージ出来ない。しかし、そう考えることで、理論としてはばっちり上手くいくのだ。だったら、どういう状態かイメージは出来ないが、そういうことにしようぜ、というのが「科学」のスタンスなのだ。
    「科学」というものを誤解しないためにも、本書は読んでおくべき一冊だ。

  • no.288
    2018/11/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    まぼろしのお好み焼きソース 松宮宏/徳間文庫

    松宮宏は「奇想」を膨らませ、荒唐無稽でありながら妙なリアリティを持つ作品を描き出す作家だ。しかし、そうではない一面もある。本書は、「小学校の敷地をヤクザから借りている」という、ちょっとあり得そうもない設定が登場するが、それ以外は、神戸の下町を舞台に繰り広げられる、もしかしたら起こりうるかもしれないドタバタを描き出している。

    物語の中心にあるのは、ヤクザと言うよりは任侠と呼ぶ方が近い「川本組」という6人ほどの小所帯のヤクザと、長田の粉もん文化を支えていると言っても過言ではない「オリーブソース」の倒産危機だ。ヤクザを脱却し、地元のために出来ることをしたいと常日頃から考えている川本組の川本甚三郎親分は、若頭の山崎にオリーブソースの再建に手を貸すように命じる。ヤクザからの脱却と、地元商店街の再生、その両方が見事に融合し、人情味溢れる物語に仕上がっている。とはいえ、物語はそんなほんわかした感じでは閉じたりしない。後半の怒涛の展開からの見事な着地は、奇想をねじ伏せるようにして読ませる物語に着地させる松宮宏の豪腕が光る。

  • no.287
    2018/10/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    談志最後の落語論 立川談志/ちくま文庫

    私は落語を知っている訳でも特別に好きな訳でもないが、2011年に亡くなられた著者の落語には、雑談も含め妙に引き込まれる何かがある。そこには嘘がなく、一流の凄みのようなものを感じるからだ。
    一見、破天荒とも思える言動の中には考え抜かれた物事の本質と、一抹の恥ずかしさや照れ隠しが滲み出る。北野武氏の映画や本にもこの辺りの感覚を感じることがある。これを落語風に表現するならば「江戸っ子の了見」とでも言うのか、ある種の品の良さを感じる。美談や愛などをことさら強調しておきながら、どこか下品で胡散臭い人間を笑い飛ばしてしまうのである。
    『らくだ』『居残り佐平次』『鼠穴』『金玉医者』『文七元結』そして『芝浜』。映画でも落語でも、同じ話を何度聴いてもやっぱりいいなあと感じるのは、世の中がどう変わろうとも確実に名作だからであり、それを現代で体現させるのが名人芸というものなのだろう。

  • no.286
    2018/10/29UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    裁判所の正体 法服を着た役人たち 瀬木比呂志+清水潔/新潮社

    「裁判所」というものに、どんなイメージを持っているだろうか。実際に何らかの形で裁判に関わったことがある人ならともかく、多くの人は裁判とは無縁の人生を送っているだろう。僕もそうだ。そういう人は大抵、「裁判所」というものを、「正義や真実が明らかにされる場」と捉えているだろう。裁判の場で審議すれば、何が正しくて何が間違っているのかはっきりするはずだ、と
    そう思っているのであれば、是非本書を読んでほしい。そして、そのイメージを捨て去ってほしい。「裁判所」というのは、ごく一般的な人がイメージするような、正義や真実を体現するような場ではない。そのことを、元エリート裁判官だった瀬木比呂志氏と、「殺人犯はそこにいる」(文庫X)などの壮絶な取材で知られる清水潔氏の対談によって明らかにされる。
    本書で描かれることは、ほとんどの国民が知らないことだ。何故そう断言出来るのか。それは、聞き手である清水潔氏が何度も、「それは知らなかった」「そんな事実、国民の誰も知らないと思いますよ」という発言をするからだ。清水氏は、刑事事件に関わることもあるのだから、一般的な人よりは裁判について知識がある人と言っていいだろう。そういう人でさえ、初めて聞く話ばかりなのだ。
    日本の「裁判」と「裁判所」のヤバさを、本書を読んで理解してほしい。

  • no.285
    2018/10/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    神童 高嶋哲夫/幻冬舎文庫

    小学校時代の親友でありライバルであった天才二人がそれぞれの道に別れ、その道のプロフェッショナルとして再会、対決する。一人はプロ棋士として、もう一人は人工知能の研究者として。
    人vs人工知能というイメージを持つと、気持ちとしては人に勝ってもらいたいと願いたくなる。しかし本書を読むと人工知能もまた、人が研究を重ね試行錯誤を繰り返した上での成果であり、結局は人vs人になるのかと思える。
    人間はこれまでも火を制御し、水を制御し、燃料などを制御しながら生きてきた。人工知能の世界もいろいろな失敗はあるにせよ、その経験も踏まえて必ず人間にとって最適な価値を生むように進化し、制御できると信じたい。神のような存在がもし、宇宙の果てから地球を見ているとするならば、人工知能の現在も人類の進化の一過程として眺めているのかもしれない。

  • no.284
    2018/10/23UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    隷属なき道 ルトガー・ブレグマン 野中香方子/文藝春秋

    豊かだが、幸せではない。
    これが、今世界中を覆っている状態だ。
    本書には、様々なデータが載っており、過去と現在との比較によって、現在がいかに豊かになったのか、ということが明らかにされる。客観的に見れば、一昔前と比べて、僕らは明らかに恵まれた世の中で生きているのだ。
    しかし、幸せや豊かさを実感できないでいるのも確かだ。その理由を著者は、「より良い暮らしを思い描けなくなっている」と指摘する。ユートピアを思い描くことが出来ないのだ。
    豊かさを手に入れながら幸せになれない現代社会に対し、著者は独自の提案をする。著者は様々な提案をするが、主なものは「ユニバーサル・ベーシックインカム」「労働時間の削減」「国境の解放」の3つだ。
    その中でも「ユニバーサル・ベーシックインカム」は非常に面白い提案だ。貧しい人々には、条件など付けず、ただお金をあげるだけでいい、というのがその主張だ。フリーマネーをあげる実験は、様々な時代に様々な地域で行われており、そのほとんどで有益だという結果が出ている。回収できるメリット(これは決して、フリーマネーを受け取る人にとってのメリットに限らず、社会全体のメリットだ)が、掛けるコストを上回るという結果が様々に出ているのだ。
    本書は、日進月歩で価値観が激変する現代社会において、人類にとっての明るい未来を導き出す書と言えるかもしれない。

  • no.283
    2018/10/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    闇市 マイク・モラスキー編/新潮文庫

    私には経験がないので想像するしかないが、戦中から戦後の価値観が大きく変わる混乱の中、違法ながら生きるために売り、生きるために買う人の群像劇。その闇市に関する当時の短編小説を通じて闇市とは何だったのかを考察する。太宰治、耕治人、鄭承博、平林たい子、永井荷風、坂口安吾、野坂昭如、織田作之助、梅崎春生、石川淳、中里恒子の短編小説11作が収録されている。
    全く関係ないかもしれないが、ボロくて小さな飲み屋での妙に旨いものとか“どぶろく”などを出された時の、ちょっとヤバいかもという何とも言えない魅力。あるいは祭りの露店で鉄砲や怪しげな型抜き、生き物の販売などのヤバいドキドキ感やお好み焼きなどの味わいには、闇市に近い感覚があるのかもしれない。これがファミレス風の安心安全な場所ならその魅力や旨さは半減以下である。この感覚は外国人にもあるのだろうか。
    さらに関係ないが、山に登る時、もしかしたら死ぬかもしれないという危険が全くない安心安全な観光地ならば、登山の魅力は半減以下だろう。

  • no.282
    2018/10/16UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    でんでら国 平谷美樹/小学館

    「どう死ぬか」というのは、誰にとっても関心のある事柄だろう。特に、平均寿命が伸び、しかしそれに比例するようにして老後の時間の使い方やお金に対する不安が増大している現代においてはなおさらだろう。
    「どう死ぬか」の一つの答えとして、本書は非常に面白く読める一冊だ。もちろん、エンタメ小説として読んでも十分に面白いのだが、「どう死ぬか」が「どう生きるか」と直結する物語の設定と展開は、幕末を舞台にした物語ではあるが、現代にも通じる何かを感じ取れる物語として受け取ることが出来るだろう。
    陸奥国八戸藩と南部藩に挟まれた大平村には姥捨てという仕組みがあった。60歳を越えた者は自ら山に入らなければならないのだが、実はその山奥には「でんでら国」という、60歳以上の者しかいない地があり、そこで税金を収める必要のない米などを作って生活をしている。
    一方、大平村には穏田(税金逃れをしている田んぼ)があるのではないか、と睨んだ役人が大平村へとやってくる。「でんでら国」の存在を隠したい大平村の面々と、税金を取り立てたい役人の騙し合いのバトルを楽しんで欲しい。

  • no.281
    2018/10/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    なんてやつだ 野口卓/集英社文庫

    いやあ、なんと味わい深い時代小説だろう。「軍鶏侍」を読んだ時もそう思ったが、オチがどうのとは関係なく1ページ1ページがいとおしい。本を読んでいると残りの分量が目に見えてわかるので、終わりが近づくにつれ残念な気さえする。もっとこの物語に浸っていたい、そんな風情のある時代小説である。
    「よろず相談屋繁盛記」との副題が付いているが全く繁盛はしておらず、まともに相談すらされてもいない。にもかかわらず若い主人公と話すうちに、悩みは自らの中で解決していくのである。問題解決の糸口は他人の中にではなく自らの中にしか有り得ない、図らずもそんな結果にさせる物語に人生の機微を感じる。
    人の心の不思議さや深遠さ、人情などを端的に表現するには、いたずらに複雑化した現代よりも時代小説というジャンルが最も適しているのだろう。著者の本は、まるで名作落語を聴いているかのように、江戸の物語へと心をがっさり持って行かれる。

  • no.280
    2018/10/8UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    コルトM1851残月 月村了衛/文春文庫

    江戸時代を舞台に、「コルトM1851」という銃を登場させる―これが本書の肝となる。江戸時代に銃というのはちょっと想像しにくいが、さすが月村了衛、あり得そうな設定をうまく作り上げる。
    刀と銃では、銃の殺傷能力が高すぎて勝負にならないのではないか、と思うかもしれない。しかし、そうではない。当時の銃は、6発の弾を込めるのに、訓練を積んだ主人公であっても3分半掛かるというような代物だった。主人公は、腕っ節自体は強くはない。拳銃がなければ、戦いの場に出てこられるような男ではない。殺傷能力は刀と比べて圧倒的だが装弾のための時間がネックになる、という設定が、この物語を実に絶妙なバランスで展開させる要素となっている。
    主人公の郎次は、江戸の暗黒街で「残月の郎次」と呼ばれている極悪人だ。共感できる要素が薄いと言わざるを得ない主人公ではあるが、郎次が物語の途中ですべてを失う展開になってから状況が少しずつ変わっていく。そうしなれば生きてはこられなかった悲哀を背負い込んだ男の、闘う理由が変化してからの怒涛の物語に圧倒されてほしい。