さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.6132025/2/13UP
本店・総務部Aおすすめ!
金閣を焼かなければならぬ 内海健/河出文庫
三島由紀夫の最高傑作「金閣寺」。そのモデルとなった実際の放火事件の犯人、林養賢の人生を辿りながら2人の人物像に迫る。精神科医という立場からの考察なので難しい部分もあるが、おおよそのことは理解できる。本書を読んでみるとまず、三島由紀夫の「金閣寺」がほぼ実際の事件通りのストーリーになっている事に驚く。かなり綿密に事件を調べ、犯人の心の中にも近づいていったのかと想像できる。
病気と正気との境は何なのか。濃淡の違いだけで本質的な違いはないような気もする。そこに「芸術」や「美」などの要素が加わると、ある意味天才ほど病気に近づいていくのではないだろうか。狂おしいほどの「美」に対する固執に、2人の生い立ちや方向性は違えども近いものを感じる。「金閣を焼かなければならぬ」となるまでの心の不思議。最後は現実と小説で明確に違っているが、小説のこの終わらせ方も見事だと思う。 -
no.6122025/2/5UP
本店・総務部Aおすすめ!
タダキ君、勉強してる? 伊集院静/集英社文庫
2023年11月に亡くなられた伊集院静さん(本名西山忠来さん)。伊集院さんが如何にして伊集院さんになったのか。生まれた時から最近までの、先生と仰ぐ人との出会いをまとめている。人から受ける信号をものすごく敏感に感じ取る人だったのだろうと、本書を読んで想像できる。それはやはりご両親から受け継いだ、人を見る目の確かさなのだと思う。昭和を色濃く感じるエピソードが多いが、いつの時代であってもいい人もダメな人も一定数の割合でいるだろう。人の放つ信号をいかに敏感に受信できるかが、いい先生に出会えるかどうかの分かれ目だ。色川武大、城山三郎、久世光彦、伊坂幸太郎、本田靖春、ビートたけし、高倉健、武豊、松井秀喜など様々な先生たちが出てくる。感受性の豊かな人同士が引き寄せ合うものなのかもしれない。
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no.6112025/1/28UP
本店・総務部Aおすすめ!
楽園の楽園 伊坂幸太郎/中央公論新社
デビュー25周年記念書き下ろし短編。簡単に読み終えてしまうけれども、なかなかに考えさせられる。現代を捉えた童話のような、SFのような、ファンタジーのような、ホラーのような、コメディのような、ミステリーのような、生物学のようでもあるストーリー(物語)。
いつもの通りセリフが軽妙で楽しい。短いながらも物語の面白さを全て含んだ、子供から大人まで楽しめる名作短編と言える。本書を読んでから改めてこの世界を冷静に見まわしてみると、全く違った見え方になってくる。 -
no.6102025/1/13UP
本店・総務部Aおすすめ!
老人と海/殺し屋 アーネスト・ヘミングウェイ/文春文庫
映画『イコライザー』でデンゼル・ワシントンが読んでいた本が「老人と海」。古典の名作ハードボイルドと言っていいだろう。説明的な文章はない。こういうのは読み手側の解釈によって感動を呼んだり名作となったりするのだと思う。あらゆる名作文学や絵画などは、読んで、あるいは見て各々感慨に浸る時、その感想によって初めて作品が完結するようにできている。若い時に「だから何?」と思った人でも、できるだけ手元に持っておいた方がいい。読む年代によって解釈が変わり、いつかしみじみと唸らされ完結する時が来る。それにしても、この表紙のデザインがいいなあ。
「殺し屋」の方は「ニック・アダムス・ストーリーズ傑作選」として10話収録されている中の1編。やはり名作短編の余韻が残り、物語の背景や人物に想いを馳せる。こちらの解釈しだいという意味では、毎度しつこいようだが映画『ノーカントリ―』(原作コーマック・マッカーシー「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン」)もサスペンスの仮面を被った文学作品だ。こういったものの源流をたどるとその1つには、やはりヘミングウェイがあるのかもしれない。 -
no.6092025/1/9UP
本店・総務部Aおすすめ!
イェイツ詩集 ウィリアム・バトラー・イェーツ/岩波文庫
映画『ミリオンダラー・ベイビー』の中で、クリント・イーストウッドがいつも読んでいる本がイエイツの詩集だ。本書に収められている「湖の島イニスフリー」の一部がセリフにも出てくる。また、コーエン兄弟の映画『ノーカントリー』の原作で、コーマック・マッカーシーの本のタイトル「no country for old men」という言葉は、本書「ビザンティウムへの船出」の冒頭部分に出てくる。もちろんそれ以外にも、今も世界中に影響を与え続けているアイルランド詩人による古典の名著である。1923年ノーベル文学賞を受賞。
この詩が書かれた時代も土地も言語も特殊なものなので、本書を読んで著者の意図を正確に把握できたとは言えない。それでもその奥深さはどことなく伝わってきて妙に惹きつけられる。上記の映画も、あるいは『マディソン郡の橋』にしても、表面的な善悪は誰にも明確だが、それだけでは割り切れない奥深さがある。本書の根底には、生きるものは誰でも死ぬんだという、当たり前で厳粛な自然の姿があるような気がする。 -
no.6082024/12/30UP
本店・総務部Aおすすめ!
小説 野崎まど/講談社
小説の良さを小説という形の中で表現した小説。話は宇宙の起源、生命の起源にまで及ぶ。小説を説明するために随分と大きく出たなとは思ったが最後うまくまとまる。現実は変わらないのに、フィクションを読んで自分の内面に取り入れる事に価値はあるものなのか。本書を読んで少し考えてみてほしい。本好きに誇りと勇気を与えてくれる1冊。
これは本だけに限った事ではなく、映画でも音楽でも絵画でも名作と呼ばれるものの中には生きる意味を問うような深遠なものも多く存在する。ただそれらの中でも、やはり本というものが最も根源的な媒体なのだろう。最新情報だけでなく、一見意味がないように思える小説で内面の深みを増すことは、想像以上に価値のある事なのだと改めて認識する。
読後、芥川龍之介を読んでみようかなという気がした。それと、なぜか『2001年宇宙の旅』を観たくなった。それもアーサー・C・クラークの原作小説の方が分かりやすいのに、わけの分からない映画の方をなぜだか無性に観たくなってしまった。 -
no.6072024/12/26UP
本店・総務部Aおすすめ!
チーヴァー短篇選集 ジョン・チーヴァー/ちくま文庫
名作短編はちょっと難しい。文章が難しいわけではなく、短いのでどう取るかは読者しだいになる。説明なしにバッサリ切ってあるので、何を言っているのかを考える余白が大きい。不穏な空気と、見方によってはユーモアが混ざり合う中、話を目の前にポンと出されて終わるので、どう読んだのかが試されているような気もする。全15編すべてにクセになるような苦みが残る。本書の中では「さよなら、弟」「兄と飾り箪笥」「美しい休暇」「海辺の家」「橋の天使」が特に心に残った。
レイモンド・カーヴァーの短編小説にも似ているが、こちらの方がより削られていると思う。これらの本や個人的に偏愛するオムニバス映画『美しい人』や『ナイト・オン・ザ・プラネット』なども下手をすると“だから何?”となる人もいるだろうことはよくわかる。ただ、こういう種類のものの解釈に正解はないので飽きが来ない。ずっと噛んでいられる味のなくならないガムのようなものだ。 -
no.6062024/12/18UP
本店・総務部Aおすすめ!
地面師たち 新庄耕/集英社文庫
Netflixでの配信ドラマで話題の原作本。ドラマは観ていないが、この本は確かに良質なクライムサスペンス映画を観ているように読み進めることができる。しかも実際の地面師詐欺事件をモチーフにしているというから驚きだ。
本書の面白さはこのリアリティーに加え、登場人物のキャラクターとセリフの妙、そして情景描写が随所に散りばめられ物語に深みを与えているところだと思う。ドラマを観て面白いと感じた方はぜひ本も読んでみるとドラマの理解も一段と深まるはずだ。もちろんドラマを観ていない方は、余計な先入観なしに純粋に本を楽しめるのでむしろいい。ただ、あくまでもクライムノベル。決していい話ではないのでそこだけは要注意。 -
no.6052024/12/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
ダブリナーズ ジェームズ・ジョイス/新潮文庫
アイルランドの首都、ダブリンの人々を描く名作短篇集。全体で完結する群像劇とも言える。暗い雰囲気の漂う中、そこに住む生活者たちの悲喜こもごもを描き、大きな盛り上がりもないのにラストは深く心に染み入るような小説だった。そう言えば少し前に観た映画『ベルファスト』も北アイルランドの首都を描くいい映画だったと記憶している。
群像劇として見るならば、いろいろな話があって最後に全体として納得感のある絵を見いだせるかどうかにかかっていると思う。映画で言えば『スモーク』や『マグノリア』などはあまり品のいい映画ではないのかもしれないけれど、個人的には好きな傑作群像劇である。
本書もやはり、いろいろと味わい深い短編が続く中で最後の2篇「恩寵Grace」と「死せるものたちThe Dead」によって、全体として納得感のある名作になっているのだと思う。人の名前などは気にせず、気軽に群像劇として読んでみてほしい。 -
no.6042024/11/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
精神と自然 グレゴリー・ベイトソン/岩波文庫
少し前に読んだ本が、いまだに自分の頭の中で思考が回り続けいている。咀嚼するまでにある程度の時間が必要な本であり、その時間が意外と大事なのかもしれない。最近何気なく読んだ「遺伝子はなぜ不公平なのか?」(稲垣栄洋著・朝日新書)とか、全く関係のない「謎のチェス指し人形ターク」(トム・スタンデージ著・ハヤカワ・ノンフィクション文庫)を読んだ時でさえ、本書との関連性を考え込んでしまう。
遺伝子、学習、数と量、環境変化、ランダムな変異、進化。データとは、意識とは、美とは、知性とは何なのかなど、多岐にわたり考えさせられる。SNSやAI時代の、変化の激しい現代にこそ読まれるべき本だと思う。