さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.648
    2026/5/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    死ぬまでに行きたい海 岸本佐知子/新潮文庫

    記憶を旅するエッセイというべきか。この記憶を伴う著者の思考回路が常人とは違いかなり面白い。翻訳家である著者のエッセイはある意味、信頼できない語り手の上質な短編を読むような面白さがある。随所に掲載されている写真もかなり味わい深い。
    アハハと笑いながら油断して読んでいると、世代も環境も違うのに自分の昔のことを思い出したりして、突然胸が締め付けられる。切なさ注意です。幼稚園の時の記憶など自分にはほとんどないと思っていたが、よくよく辿ってみると微かな断片のような記憶がいくつか残っている事に気付かされる。
    最後に収録されている「経堂」は読み終わった後、ゾクッとした。本当にあった話なのか幻想なのか。幻想だとすると、いったいどこから幻想だったのか。まさか始めからか。何の説明もなくぷっつりと終わるので更に怖い。やられた。

  • no.647
    2026/4/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ロリータ ウラジーミル・ナボコフ/新潮文庫

    さて、問題の「ロリータ」である。だいぶ前に一度読んだきりで、今回再読してみた。読んでみて改めて「テヘランでロリータを読む」の先生は見事な選書だったと感心する。
    一人称での物語がいかに危うく、いかに信頼できない語り手か。そして、そんな中でもラストの描写にはいくらかの真実が含まれているのではないか。つまり、かつてのロリータでなくなった相手に対してなお愛を悟った時、初めて取り返しのつかない大罪を自覚したのではないか。H・Hはそんな最後の贖罪をするためだけに長々とこの物語を書いたのではないのか。そんな事を思う。再読してみると少し印象が変わったような気がする。
    まあ他にもいろいろな解釈ができる物語なので、イスラム世界だろうがキリスト世界だろうが、どんな世界に属する人間であれ本書を題材にした場合、議論は尽きないだろう。題材は明らかにタブーだし、こんな物語は許せないという人もいるのは理解できる。ただし、人間を深く掘り下げた議論をするならば格好のテキストになり得るし、それこそが古典の名著たる所以なのだろう。倒錯した文章が魔術的で不思議と美しい。

  • no.646
    2026/4/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    テヘランでロリータを読む アーザル・ナフィーシー/河出文庫

    イランの一般市民は自国の事、他国の事を今どう思っているのだろうか。宗教が政治や権力と複雑に絡み合い出口の見えない不確かな状況の中、犠牲となるのはいつも一般の市民だ。
    「テヘラン」と「ロリータ」という異質な組み合わせが興味深い。本書ではその他、「グレート・ギャツビー」「デイジー・ミラー」「高慢と偏見」などについて、イスラーム世界の中で語られる。文学は想像力の芸術だと思う。相手の一切を否定してしまうような単一的な想像力ではどうにもならない現実の問題を、文学の力で人間全般への理解に深めるべく、著者と女子学生たちが奮闘する。そしてそれは結局、自分自身への探求につながっていく。
    人間の善悪や陰影は見る角度、立場によって本当に大きく変わってくる。例えば映画『セブン』では、犯人がもちろん悪人なのは間違いないとしても、登場人物で罪がないと言える人間が果たしてどのぐらいいるのか。ほぼ全員が大なり小なり悪の部分を持っている。その筆頭がブラッド・ピット演ずる刑事だろう。ラストの場面が仮に無かったとしても、最初のシーンからそこに至る最後まで全てのシーンにおいて、細かな伏線ともいうべき“罪”の演技が見事だ。
    それにしても「ロリータ」とは。再読する価値があるかもしれない。

  • no.645
    2026/3/12UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ぼくたちはどう老いるか 高橋源一郎/朝日新書

    恐ろしい本だった。あまりにも切実で身につまされる。ただ、この世で唯一の確実なこと。エラくても真面目でも健康でも美しくても金持ちでも善人でも若くても全ての人に必ず「老い」て「死」を迎える日がやって来る。この本は若い人こそ読むべき本だと思う。核家族で老人がどういうものか知らずに、いきなり過酷な現実を突きつけられるよりは知っておいた方がいい。老いた家族に直面した時、恥ずかしくて人に言えないと思うかもしれないけれど、どんな人であれ大なり小なり同じだ。そしてそれは、自分の姿を見るようなものかもしれない。いずれ自分も必ず通る道。その時のことを想うといたたまれなく、人間とは本来、なんて哀しい存在なんだろうと思う。

  • no.644
    2026/3/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    落としの左平次 松下隆一/ハルキ文庫

    新米同心の清四郎と元凄腕同心の佐平次。年の離れた師弟関係を組んでいる。清四郎に物事を教えつつ事件を解決させてゆくが、この「落としの佐平次」がなかなかの曲者で、口が悪くどこか影があり一筋縄ではいかないところがある。清四郎は佐平次に大いに教えられ助けられながら成長するのだが、教える方と教わる方とはいったいどちらが学び助けられているのだろう。そして佐平次の凄さと危うさの奥にいったい何があるのか、後々に期待させる内容で、時代小説をあまり読まない人でもぐいぐい読ませるシリーズだ。
    全く関係ないが、映画『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』を思い出した。口の悪い盲目の元陸軍中佐と心優しい学生によるロードムービー。一方的に人生を教える元陸軍中佐だったが、後半はその若い学生に命を救われたようなものだろう。ラスト、アル・パチーノの演説にはなんとも言えない魅力があり、いつ観ても素晴らしい。ジョン・ダニエルで乾杯したい。

  • no.643
    2026/2/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    過疎ビジネス 横山勲/集英社新書

    新書大賞2026の5位、河北新報社記者による本書を読んでみる。いつの時代でもグレーな部分を狙う人間はいる。許せないのは人の弱みに付け込んで私腹を肥やそうとする行為だ。東日本大震災の復興予算の時も、一定数そういう人間が紛れ込んでいただろう。本書では過疎地域の自治体に近づき、地方創生の美名のもとに自分たちの都合のいいようにビジネスを展開される様子が書かれている。ただし、国の制度設計、地方自治体の体質、地域住民の意識、人口減少の現実などを俯瞰的に見て、問題の根本を探り出す姿勢が、地方の現状をよく知る地元記者ならではの視点なのだと感じた。
    話は全く変わるが先日、映画『災 劇場版』を観てきた。やっぱり香川照之。前作『宮松と山下』同様に独壇場だ。中村アン、竹原ピストル、松田龍平、内田慈、安達祐実など他のキャストも光る。ただ、万人に薦められる映画ではないので注意されたし。
    “災い”は至る所に何気ない顔で突然やって来て、跡形もなく消え去る。まるで過疎ビジネスのように。

  • no.642
    2026/2/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    霞町物語 浅田次郎/講談社文庫

    いいなあ。かっこいい。特に祖父・祖母の話がなんとも言えず粋だ。今はもうこんな人もいないだろう。言葉にすることのできない、理屈じゃないこの良さは、大人が示すことでしか伝わらない種類のものだと思う。
    今の時代だとハラスメントだとかコンプライアンスだとかのルールのみに縛られて、本当に大事なことや、かっこいい大人の良し悪しが見えにくい世の中なんだと思う。それでも、不文律のかっこよさをこの物語から感じとれるというのは、ルール以上に大切なものを、心のどこかではみんな知っているからだ。幼い頃に感じる憧憬は、今も心に火を灯し続ける。

  • no.641
    2026/2/2UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    会えてよかった 安野光雅/中公文庫

    その絵を見るだけで人柄が伝わってくる。そんなイメージ通りのエッセイだった。話があっちこっちへ飛ぶのもまた、子ども心のような不思議な味わい深さがある。カッコつけたようなところがなく、あたたかさがにじみ出る。そんな著者だからこそ会う人もそんな感じになるのかなと感じた。
    本書は錚々たる著名人のエピソードだが、自分の身近な人でも会えてよかったと思える人が何人いるだろうか。多分それは自分次第なのだろう。少なくとも自分自身が、会えてよかったと人に言える人間でありたい。

  • no.640
    2026/1/17UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    クローム襲撃 ウィリアム・ギブスン/ハヤカワ文庫SF

    サイバーパンクというジャンルを確立させた著者。今でこそサイバースペースやらサイバー攻撃などで、なんとなくはイメージできるが当時はかなり尖ったものだっただろう。しかも、読者にまったく優しくない。優しくないどころか、理解してもらおうという気はさらさら無いように思う。読んでいて「いったい何を読んでるんだろう?」読み終わっても「これはいったい何だったのか?」と思わないでもない。ただ、それによってカルト的な人気があるのも理解できる。読後、名作の香りと茫然とする余韻だけが残っている。そんな短篇集だ。
    映画で例えるなら、『ブレードランナー』『AKIRA』『2001年宇宙の旅』『インセプション』『ファイト・クラブ』『マルホランド・ドライブ』などを観た時の感覚に近い。すぐに意味は分からなくとも、凄いということだけはすぐに分かり、その印象は永く残る。そして、人に薦めづらいのもカルトたる所以だ。

  • no.639
    2026/1/2UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    人生最高ごはん 秋谷りんこ/角川文庫

    人は食べたもので成り立っている。なんと言おうともこの事実は変わらず、生きることは食べることだ。高級かどうかではなく、同じものでもその場の空気感や相手によって味わい深くもなり、もしかすると吸収率まで変わってくるのかもしれない。人生最高ごはんだなと思える瞬間に、生きていく中であとどのぐらい出合えるだろうか。
    食べたもの、出会った人、読んだものや観た映像などで心と体は作られていくと思う。どうか今年もいい出合いがありますように。