さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.493
    2022/1/31UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    平成のヒット曲 柴那典/新潮新書

     最後のキスはタバコのFlavorがした
     ニガくて切ない香り

    “この「First love」の冒頭の2行が象徴するように、当時、宇多田の歌詞は「とても15歳が書いたとは思えない」と言われてきた。しかし、文学に居場所を見つけていたその来歴を考えると、改めてその作家性に納得がいく人は多いのではないだろうか。”(本書より)

    trf、Mr.Children、安室奈美恵、サザンオールスターズ、DREAMS COME TRUE、レミオロメン、GReeeeN、いきものがかり、レディー・ガガ、米津玄師など、平成を彩ってきたミュージシャン達のヒット曲について、その時代背景とともに論じられている。
    この中ではなんとなく、『1999(平成11)年の「First Love」宇多田ヒカル』の辺りが、音楽業界のみならず、あらゆる意味で時代の大きな転換点になっているように思う。ヒット曲で振り返る、平成とはどんな時代だったのか。それにしても、音楽はその時々に感じた空気、匂いまでをも鮮明に思い出させる。

  • no.492
    2022/1/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ハウス・オブ・グッチ サラ・ゲイ・フォーデン/ハヤカワ文庫NF

    リドリー・スコット監督のこの映画を観に行く。159分と長尺だが飽きさせずに、観る者をハッとさせる映像と音楽、そして職人的な役者魂が随所に光っていた。
    まず、アダム・ドライバー。この雰囲気はなかなか出せるものではないだろう。『パターソン』での静かな空気感も見事だった。そしてアル・パチーノ。「ファミリービジネス」というセリフを口にするだけで圧倒的な存在感と説得力がある。ふと、一流ブランドでも『ゴッドファーザー』でも、似たような問題が崩壊へとつながっていると感じる。アル・パチーノは他に『カリートの道』『ヒート』『セント・オブ・ウーマン』などもいい。リドリー・スコット監督の中では、個人的にはコーマック・マッカーシーオリジナル脚本の『悪の法則』が痛みを伴いながらも心に深く突き刺さる。こちらは観る人を選ぶ作品なので要注意。
    映画の原作である本書は、より複雑な事実関係を忠実に取材したノンフィクションで、映画とは違うビジネス書的な面白さがある。映画の原作本は、特に翻訳の場合映画を観てから読むのがおすすめだ。すらすら読めてなおかつ時間の経過とともに理解がじっくりと深まっていく。

  • no.491
    2022/1/10UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    身内のよんどころない事情により ペーター・テリン/新潮社

    作中作とメタフィクションが複雑に絡み合い、かなりトリッキーな小説になっている。こういう難解作品は、その構造やら全体像やらを把握することにのみ注意が向けられがちだが、そんな事とは無関係に意外と第一印象が全てだと思う。著者の意図がどうであれ、内容をどう解釈するかは読者の自由なのだから。
    映画で例えるならばデヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』に近いような気がする。こちらもパラレルワールドがメタ的に入り混じることで、初見では訳が分からず気持ちが悪いのに、なぜか強烈に惹きつけられる。つまり、わかるかわからないかではなく、好きか嫌いかがこの手の作品の全てだと思う。
    本書は著者の考え方や独特な世界観が面白く、唯一娘への愛情だけは非常にリアルだった。これを全体としてどう解釈するかは読む人の判断に委ねられる。

  • no.490
    2022/1/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    影のない四十日間 オリヴィエ・トリュック/創元推理文庫

    古くから伝わる伝統工芸や音楽などのすべては、後世に必ず残さなければならないメッセージが込められているものなのかもしれない。例えば津波がここまで到達したというのを示す石碑と同じように。
    ツンドラの厳しい自然と共に生きる北欧の原住民、サーミ人の文化を題材にしたミステリー小説。言葉や文字で残すよりも、手工芸や歌のかたちで残す方が、より正確な意図を伝えられる事もある。あらゆる伝統的なものに対して、非合理だと断じ捨て去ってしまうのは早計に過ぎるし、何よりもったいない事だと思う。知識というより経験の集積が、そこには込められているのだから。
    あるいは現代においての、歌や音楽、芸能や芸術、映画や本なども、全ては今の文化を後世に残すための営みと言えなくもない。本書を読んでいてそう思った。

    ご注文はオンライン書店HonyaClubが便利です。サイトで注文、受け取りをさわや書店本店・フェザン店・イオンタウン釜石店・青森ラビナ店・野辺地店、宮古市かんの書店から受け取り、お支払いができます。書影をクリックしHonyaClubのサイトから会員登録のうえご利用ください。

  • no.489
    2021/12/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    酔人・田辺茂一伝 立川談志/中公文庫

    稀代の天才落語家・立川談志から見た、紀伊國屋書店創業者・田辺茂一伝。酒席での他愛もない会話の端々から人生の師と仰ぎ、その後の落語や考え方にも大きな影響を与えた人物なのだろうと想像できる。人間を見抜く能力が、双方ともに並外れている。
    本書からは田辺茂一社長の本当の姿は見えて来ない。あくまでも若き日の立川談志から見た田辺茂一像だ。だが、だからこそ、そこには著者特有の歯に衣着せぬ人間像と、リアリティがある。
    今は時代の流れもあり、異質な考え方や言動などは排除され、良いも悪いも平坦化、標準化される。本当のことを言う人は年々少なくなってくるが、本当のことというのはいつの時代でも、どう表現しようとも変わらないものだと思う。
    立川談志没後10年か。この10年で世の中は大きく変わった。それにしても、早いなぁ。

  • no.488
    2021/12/10UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    すごい物理学講義 カルロ・ロヴェッリ/河出文庫

    小さい頃から勉強嫌いだった私の頭では、本書の内容の半分も理解できていないが、それでも最後まで読ませる文章だった。今見えている世界は、実は自分の理解している世界とはかなり違うのかもしれない。たまにぼんやりとそんな事を思いつつ、ゆっくりと読み進める。
    理数系と文系は全く種類が異なり、相容れないものだと思っていた。世界の在り方、宇宙の在り様を考える物理学とは、時に哲学的であり、時に詩や文学的ですらある。科学と文学の違いは表現方法が数学か文字かの違いだけだ。どちらも現実を直視した上で描かなければ、単なる空想に終わってしまう。
    「想像力は知識よりも重要である」というアインシュタインの言葉は、科学的な事実を積み重ねた上での、最後のひらめきのような事を言っているのだろう。ここに、科学・哲学・文学の真価がある。「真・善・美」。これがAIではない人間の価値なのかもしれない。

  • no.487
    2021/11/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    平場の月 朝倉かすみ/光文社文庫

    「大人の恋愛小説」のようなくくりにされると、敬遠してしまう人もいるかもしれない。本書は決してそれだけではなく、人生のなにげない1ページをいとおしみ慈しむような深い味わいがあり、噛み締めるに値する確かな滋味にあふれている。
    順調な人にも、そうでない人にも闇夜の月は等しく人々を照らす。どんなにありふれた平場の小さなアパートの一室でも、生きている限りそこにはかけがえのない一瞬一瞬が刻まれている。特別な何かではなく、日々の何でもない日常の中にこそ、幸福はあるのかもしれないと感じさせる。
    過去を振り返ることで、現在と未来を見つめ直す。軽いタッチで描かれる物語の中に、知らず知らずのうちに深く引き込まれている。著者の傑作「田村はまだか」と共に、年末に読むにはふさわしい一冊だと思う。

  • no.486
    2021/11/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ナチュラリスト 福岡伸一/新潮文庫

    ドリトル先生『月から帰る』のラストシーン深読みに、著者の生命観と文学的センスが光る。「生命とは何か」。インターネット的な答え合わせからは到達し得ないその考察が面白い。
    細胞は造ること以上に壊すことが重要だという。破壊と創造を絶え間なく繰り返す事で生命をキープする。創造的破壊。一見変わらないように見えるものでも、内部では絶えず変化し、新たな秩序を作り直す事で維持している。それでも、ひとつの個体としての終わりはいつか必ず訪れる。しかし生命は有限だからこそ、その輝きを保っていられるとも言える。これらの見方はあらゆる物事に共通する面が多いように思う。
    本書は専門分野だけにとどまらず、広い見識を持つ著者だからこそ到達した境地、「センス・オブ・ワンダー」だ。

  • no.485
    2021/11/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    あなたに安全な人 木村紅美/河出書房新社

    後悔をふと思い出し、いたたまれなさに叫び出したくなるような、そんな夜を過ごしてきたからこそ、見えるものもあるだろう。
    コロナ禍は感染の恐ろしさと、それ以上に人間の恐ろしさをまざまざと見せつけられたような気がする。自分の意見だけが絶対的に正しくて、そうしないのは悪なのだと言わんばかりの攻撃性。良かれと思って言っているだけに、余計にきつい。論の正誤もさることながら、そういう人は今までひとつの誤りも後悔もない人生を歩んできたのだろうか。もしそうだとするならそんな人を自分は信用できない。失敗や後悔があるからこそ、物事の多面性を理解することができるのだと思う。影のない光はない。
    内省を含め、心の奥を手探りするような読書だった。

  • no.484
    2021/10/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    人間の土地 サン=テグジュペリ/新潮文庫

    ―― 種が芽を出すように、それらの言葉がきみの中に根を張ったとしたら、それは、それらの言葉が、きみの必要と一致したからだ。それを判断するのはきみ一人だ。麦を見わける術を知っているのは、土地なのだから。 ――(本書より)

    決して美しいだけの物語ではない。決して読みやすい物語でもない。上記の引用箇所もまた、決していい意味にだけ使われているものではなく、自然と人間の本質を示す、哀しくも重い哲学的な意味が込められている。それでもなお、本書は自然礼賛、人間礼賛の物語であることに変わりはない。深い洞察と豊かな示唆に満ちた大人の名著である。