さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.584
    2024/3/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    最後の医者は桜を見上げて君を想う 二宮敦人/TO文庫

    頭で考えることやデータで見る事と、実際に体験する事とではその意味が大きく異なる場合が多い。まして身近な人あるいは本人の「死」という、一度きりの体験と対峙した場合、冷静な分析など何の役に立つだろう。理論を超えた厳粛さの他に言葉はない。
    本書は真逆の極端な理論を持つ2人の医師とその中間の医師による死生観の物語だ。どちらの考え方も筋が通っていて、どちらが正しい正しくないということはない。ただ、年齢に関わらず誰もが明日死ぬかもしれないという事実は忘れて或いはそこから目を逸らして生きているが、いずれにしても人間の死亡率は100%だ。
    「さわや春のおすすめ」フェアの中の1冊。フェアは割と後ろ向きのものが多いかもしれないが、希望に満ちた春の季節に敢えて、一生モノの読書体験をという思いでセレクトしている。いい事ばかりじゃない世の中で、今読んでおくべき10冊。フェアの中の「生きるかなしみ」(山田太一 編)には「ふたつの悲しみ」(杉山龍丸)という章がある。これには言葉を喪い、ただ涙する他ない。こういうのを頭で考えて冷静に解説できる人など信用できない。

  • no.583
    2024/3/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    お山の上のレストラン 髙森美由紀/中公文庫

    小洒落た料理が数々出てくる中でも、一番シンプルな塩むすびが特に旨そうだ。山で食べるそれはまず間違いがないだろう。味や香り、食感まで誰もがイメージできる。
    青森県出身・在住の著者による現地の自然や食材を使った物語。
    明るく楽しい感じで始まりつつ、ちょっと違和感を覚えながら読み進めると、後から事情が見えてくる。明るさの陰に隠されたその事情は、深い喪失と再生だ。
    辛くてどうしようもない時もあるけれど、生きるためには誰でもごはんを食べて前を向かなければならない。

  • no.582
    2024/3/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    シッダールタ ヘルマン・ヘッセ/新潮文庫

    川の存在に対する解釈が非常に考えさせられる。昔古典で習った「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」を思い出したが、本書ではもう少し踏み込んだ哲学的、宗教的解釈になっている。
    過去・現在・未来が同一で、しかも瞬間瞬間の全てにおいて完成しているのが川であるという。水蒸気、雨、川、海、そしてまた水蒸気と、切れ目のない一つの構造として見ると、確かに時間は存在しないものなのかもしれない。人間も若さの中に老いがあり、生の中に死を宿し、善の中に悪を見るなどと、読後様々な思索を巡らされる。
    老いも若きも、いい時も悪い時も、今この一瞬一瞬がすでに完全なひとつの人生、そのものなのだと思う。

  • no.581
    2024/2/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    イギリス人の患者 マイケル・オンダーチェ/創元文芸文庫

    物語に通底する砂漠の流動性、地雷処理における爆弾との対峙性が印象的だ。戦争の異常な状況下でめぐりあう4人の物語。過去の回想と現在が入り混じるストーリーで掴みにくい部分はあるのかもしれないが、その構成も含めすべてがあまりにも詩的で美しい。
    一瞬の儚い過去の思い出は、たとえ刹那的なものであったとしても、だからこそ忘れがたい美しさを放つ。ほんの些細な出来事であれ、そんな一瞬の記憶さえあればどんな苦しい時代にあったとしても、人は生きていられるのかもしれない。映画『イングリッシュ・ペイシェント』原作。ブッカー賞創設50周年の頂点に輝く「ゴールデン・マン・ブッカー賞」受賞作品。

  • no.580
    2024/1/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    滅びの前のシャングリラ 凪良ゆう/中央公論新社

    震災、戦争、気候変動、事件、事故…。そんな報道を見るにつけ今生きている事は、実は当たり前のことではないのだと改めて思い知らされる。地球に住む生命の1種族として、生きることは与えられた当然の権利などでは決してない。最後の瞬間が数日後確実に訪れるとしたら、自分なら何をするだろうか。
    本書は小惑星衝突により地球が滅びることが確定した世界での、主要登場人物4人による4編の連作短編集だ。子供世代、親世代、男女とバランスのとれた4話が緩やかに繋がるので、どの世代が読んでも唸らせる内容になっている。
    明日死ぬなら何が食べたいかという問いに冷やし中華と答えた本書の登場人物がいたが、ちょっとわかる気がする。旨いのかまずいのかよくわからないような高級品を食べたところで今さら虚しい。食べ慣れた好きなものの方が、最後の時にはふさわしいように思う。

  • no.579
    2024/1/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    猿の戴冠式 小砂川チト/講談社

    数ページ読んだだけで、著者の感じが出ていて久しぶりと思う。今回も芥川賞こそ逃したものの、本書の内容とも相まってむしろ誇らしい。無冠の帝王でいいんじゃないか。
    読者に優しいとは言えない。かなりの変化球なので最初は幻惑させられる。途中これで合っているのか不安にもなるが全く問題はない。基本的にはいろいろやらかした主人公瀬尾しふみ1人の物語なのだ。あとはこれをどう読もうが読者にお任せの投げっぱなしジャーマン。個人的には心に大きな傷を負った後の野性的自然治癒力、復活への第一歩を踏み出す勇気の物語だと認識している。ただし、あらゆる評論や解説など一切寄せ付けないほどの孤高さと力強さがこの物語にはある。
    前回の「家庭用安心坑夫」の時もそうだったが、すべて読み終わって内容を思い返した時に深く納得させられるのである。

  • no.578
    2024/1/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    バベットの晩餐会 イサク・ディネセン/ちくま文庫

    「午前十時の映画祭」であまりにも見事だったので原作を取り寄せて読んでみた。100頁にも満たない文章の中に、全てがあった。芸術とは何か。この作品に出てくる信仰も音楽も料理も芸術の域に達するものだが、それを表現する物語もまた、紛れもなく芸術作品なのだと思う。

  • no.577
    2024/1/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    哀れなるものたち アラスター・グレイ/ハヤカワepi文庫

    1月26日公開の映画原作本。映画はベネチア国際映画祭金獅子賞、ゴールデングローブ賞最優秀作品賞・最優秀主演女優賞を受賞している。普通は映画を観てから原作を読む派だが、待ち切れず先に読んでみた。
    同じ内容が見方を変えて多層的に展開されるので一筋縄ではいかない。映画がR18指定になっている通り、原作を読むとそういうシーンもあるのはわかるが、主題はもちろん別のところにある。人類の構造的な問題や視点による相違など、物語という表現を通じて人間の陰影を最大限に表しつつ、全ては壮大なブリティッシュジョークのようにも見える。ある意味人間は皆、哀れなるものたちと言えるのかもしれない。
    映画では原作のどこをメインに切り取るかによって印象がかなり違ってくると思う。決して万人受けするものではない。映画を観て少しでも興味を持った方はぜひ、原作が全体として何を伝えているのかをじっくり読んでみてはいかがか。

  • no.576
    2024/1/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    一億三千万人のための『歎異抄』 高橋源一郎/朝日新書

    すっきりとわかりやすい「歎異抄」現代語訳。いや、「タンニショウ」高橋源一郎語訳と言うべきか。仏教関係はわかりにくいものが多いので、普通に読み物として読めて内容がはっきりと示されているのはありがたい。
    浄土真宗の宗祖とされる親鸞だが、当時の仏教界においてはメインストリームではなく、異端とされ流罪に処されている。親鸞の没後、その考え方が間違った形で広まっているのを弟子が歎く書が「歎異抄」だ。有名な「善人なおもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや」は、おそらく権威主義的なものに対抗したかったのだろうと想像する。学問もなく名もない、厳しい境遇にある人こそ救われるべきと考えたに違いない。多くの宗教は慈悲の心や愛などを謳いながら、一方で戦争までしてしまうという人間の大いなる矛盾。
    午前十時の映画祭で『バベットの晩餐会』を観てきた。宗教も、音楽、料理、その他あらゆる芸術も、全ては同じ事を違う形で表現する、祈りに近い願いなのかもしれない。

  • no.575
    2023/12/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    異人たちとの夏 山田太一/新潮文庫

    2023年も終えようとしているが、今年は有名作家が次々と亡くなられた。加賀乙彦さん松本零士さん大江健三郎さん平岩弓枝さん原尞さん森村誠一さん伊集院静さんなど、他にも文化・芸術・音楽に関わる象徴的な方々が亡くなられた年だったように思う。昭和の香りすら消えてしまうようでなんともやり切れない。山田太一さんもそのひとり。
    死者に会う物語だ。この状況だと普通はファンタジーかSF風になるところを、非常にリアルで切ない大人の小説に仕上げている。思い出がある限り、死者ともどこかでつながっているのだと思う。本書はこの年末年始か、あるいはお盆の頃に読むのが最もふさわしい、自らも顧みることになる一冊だ。
    全く関係ないが、ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』を観てきた。今年もいい映画を観ることができ、いい本を読むことができたなと思っている。
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