さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.406
    2020/7/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    海の見える理髪店 荻原浩/集英社文庫

    全6編の短編集。主人公たちは皆、順調とは言えない人生を送っている。それを口にすることはなく、事態が好転する話でもないのに、読後くすぐったいような気持ちになる。それはラストにごくさりげなく、どこか著者の優しさや希望が伝わって来るからだ。
    本書を読んでいて思い出した映画がある。それはイランの映画で、子供心はどんな国でも共通なんだと感じた『運動靴と赤い金魚』。大人が観ても切実に胸に迫るのは、誰でも必ず子供時代という経験をしているからなのだろう。決して思い通りの結末ではないのに、言葉のないラストシーンで思わずニヤついてしまう。それは本書同様、非常にさりげない形で未来に対する希望と優しさが、画面に捉えられているからである。

  • no.405
    2020/7/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ワイルドサイドをほっつき歩け ブレイディみかこ/筑摩書房

    「花の命はノー・フューチャー」(ちくま文庫)の中で妙に心に残ったエッセイがある。「週末のカサノバ」と「終末のカサノバ」というタイトルで同じ“D”という人物が登場する。本書では“ダニー”と名前が出ていて、「いつも人生のブライト・サイドを見よう」と「PRAISE YOU―長い、長い道をともに」というエッセイに関わってくる。やはり妙に心に残るエッセイであった。この4編をつなげて読むとまた感慨もひとしおである。
    正しいか正しくないかは別として、本書に出てくるおっさん達の、地に足の着いた揺るぎのなさ。長いものに巻かれるでもなく、青臭い理想論を叫ぶでもなく自分の生きる道が明確で、乾いていてなんだかとても気持ちがいい。これはある程度人生経験を積んだ人間にしか醸し出せない佇まいだ。著者がそれをうまく表現できるのもまた、人生経験の成せる業なのだろう。「花の命はノー・フューチャー」の中の「ビッチなマミイと少年たち」も好みのエッセイである。
    日本にはこういうチャーミングなおっさんが少ない気がするのが少し寂しい。若い奴から合理的じゃないとか言われても、だからどうしたってんだよぐらい言えるおっさんを目指したい。それがいいか悪いかは別として。

  • no.404
    2020/6/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    不良 北野武/集英社

    この表紙を見るとあの名作『キッズ・リターン』をどうしても思い出す。それと『アウトレイジ』を混ぜたような物語だ。そして書き下ろしの「3-4x7月」は著者監督の映画『3-4x10月』の別バージョン。映画では石田ゆり子やガダルカナル・タカ、ダンカンなどがかなりいい味を出していた。まあ、いずれの映画も大マジメな人が観ると眉をひそめるような内容かもしれないが、大人向けのブラックジョークというか寓話のように楽しめる人と、全く受け付けない人がいることは百も承知の上で作っているのだろう。
    著者の映画は何の説明もしないで結果だけの画が雄弁に物語るような作りのものが多い。このへんも伝わらない人には全く伝わらないが、好きな人にとっては圧倒的なカタルシスを感じる。画と音楽とセリフのあいだにある、絶妙な間の取り方なども本当に著者にしか出せないものだと思う。文章は一切ないのに非常に文学的ですらある。
    けちょんけちょんにこき下ろされるような、大炎上してしまうような作品を、今こそ作ってもらいたいと願っている。どんなにひどい評価を受けようとも自分は必ず観る。
    北野作品の原点である『その男、凶暴につき』は今観ても強烈な印象を残す。

  • no.403
    2020/6/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ブルックリン・フォリーズ ポール・オースター/新潮文庫

    好きな映画をひとつだけ挙げるとするならば、個人的には著者原作の『スモーク』だ。ブルックリンを舞台に、なんてことのない日常の中に潜む決定的な一瞬、ちょっとした奇跡を見事に切り取る傑作である。生きていくことは、恥やら挫折やら後悔やらの連続だと思う。そんな悲しくビターな現実の中にあって、スプーン半分ほどのファンタジーを混ぜてくるその甘美なバランスがなんとも言えずいい。
    本書は、人生の終盤に差し掛かるも失敗に終わってしまったと感じている男の再生の物語。同じ著者の本で「ムーンパレス」では、青年の絶望から再生を描いている。どちらの作品も悲壮感はあまりなく、厳しい現実の中でもどこか喜劇的要素も含まれ味わい深い。
    ブルックリンで思い出したが、ジム・ジャームッシュ監督の映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』も面白い。ロス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキで夜のタクシー運転手と乗客だけのショートストーリー。マンハッタンからブルックリンへ向かうニューヨーク編が好みだ。今やどの都市でもコロナやデモなどで景色が一変している事だろうが、元に戻るのをただ祈るばかりである。

  • no.402
    2020/6/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    夜中の薔薇 向田邦子/講談社文庫

    やはり、見事としか言いようがない。人や物を見る目の確かさ、深さ。それだけでなく、文章から滲み出る何とも言えない味わいと品の良さ。自分の貧弱な語彙力ではこのあたりをうまく説明できるわけもなく、これはもう読んでもらうしかない。
    尤も、この良さは“粋”の領域を含んでいるので、説明しようとすればするほど実際から遠ざかるというか、そこにあるのは確実に判るのだけれども掴もうとすると逃げられてしまうようなものだ。多くを語らず物事の本質を見抜き、微妙なさじ加減で嫌味にならずに“粋”を感じさせる著者の文章は、やはり見事という他、適切な言葉が見当たらない。
    航空機事故がなければ今年91歳。時代は大きく様変わりしたが、もし生きていたら今の時代をどう斬ったかをどうしても思わずにはいられない。また、今の人がこれをどう読むのかも興味深い。読み継がれ語り継がれるべき、時代を象徴する人物のひとりであることは間違いない。

  • no.401
    2020/6/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    またね家族 松居大悟/講談社

    家族は近すぎて遠慮がない分、見えないところがある。最期の時になってはじめてお互いに客観視でき、その人の全体像を見ることができるのだろう。元気なうちは分かり合えずに近くて遠い存在であり続ける。
    主人公が主宰するコアな演劇集団の中では、赤の他人だからかお互いをはっきりと理解していてリアルだ。演劇表現に対するこだわりと過剰な自意識、その矛盾。若い時代を象徴する熱くて不毛な議論は、種類は違っても誰もが少しは身に覚えがあるのではないだろうか。男のしょうもないプライドや嫉妬など、読んでいて苦笑しながらも心当たりがなくはない。忘れかけていたデリケートな部分をくすぐられるような小説である。
    それにしても、今のコロナで演劇や音楽、スポーツや芸能、お笑い、映画館、観光地、飲食店など、アルバイトまで含め非常に厳しい状況が続いているのだろうと思う。オンラインがもてはやされる中、生のライブ感やリアルの重要性は今までよりもむしろ、これからもっと評価されるべきだと思う。例えば観光地で食べるのと持ち帰って食べるのとでは同じものでも明らかに味が違う。それは調理された場の空気感ごと味わっているからだろう。舌だけ、あるいは画面だけで知り得るものなどほんの一部分であり、人間の感覚はそんなに薄っぺらなものではないはずだ。生きるためには直接必要のないものほど、意外と重要なことは多い。

  • no.400
    2020/5/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    逃亡者 中村文則/幻冬舎

    冒頭の、疾走する緊迫のサスペンスを追いかけるうちに、潜伏キリシタンの時代から現代までを貫く壮大な物語へと引き込まれる。それぞれの土地に染み込んだ記憶の重み、背負ってきた歴史の連なりの上に現在が存在している事を改めて想わせる。そしてジャーナリズムと正義感、戦争と人間、信仰と愛についてなど、時代の中において表面上ではない人間の本質が描かれている。
    作中、妙に印象的に登場するのが、関わってはいけないとされる“B”という男。死神のような恐ろしくも魅力ある謎の人物で、この存在にはいろいろな解釈があると思う。誰にでも起こりうる、踏み込んではいけない、引き返せない領域を象徴的に示しているのかもしれない。
    それにしても、長崎。一度は行ってみたい土地である。

  • no.399
    2020/5/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    残酷な進化論 更科功/NHK出版新書

    あまりいい考え方ではないのかもしれないが、誤解を恐れずに敢えて言えば、戦争も原発も殺人も自殺も事故も悪政も天災も、そしてウイルス感染症も、人類の進化のために必要なシステムがその都度作動していると見えなくもない。「死」によってしか新たな進化は生まれないとするならば、「死」こそが生命にとって最も重要な役割を果たしていると言ってもいいと思う。
    人間は「生きる意味」などに悩んでしまう時もたまにはある。だが本書のような巨視的な見方をする本を読んだりすると、今とりあえず生きているだけでも充分に立派なものだと思えるし、奇跡的なことだとも思う。ただ、宇宙の広大な虚無の彼方の先に、神のような存在がもしあるとするならば、「生きる意味」や「愛」や「夢」、あるいは「人工知能」などを真剣に考えてしまう脳を持つ、人類というものをどう見ているのだろうか。少なくとも趣味がいいとはとても思えない。

  • no.398
    2020/5/14UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    クランクイン 相場英雄/双葉文庫

    映画『新幹線大爆破』に始まり、終盤には『パリ,テキサス』まで絡んでくる。洒落たラストも印象的な、映画ファンにはたまらない一冊だ。
    本書では冒頭で『新幹線大爆破』と『スピード』について語られる。関係ないが『新幹線大爆破』はラストシーンに『ヒート』との類似性もあり、そして『ヒート』は『ダークナイト』にも影響を与え、『ダークナイト』は昨年公開の『ジョーカー』にもつながる。
    映画に関わる全ての人は、相互に影響を与え合いながらその力を結集させる。そしてプロとしての金銭的な面もしっかり折り合いをつけてはじめて奇跡のような一本が撮れるかどうかだ。本書には現代の映画事情や制作にかかる費用もリアルに描かれている。この労力や費用を考えれば映画料金というのは安すぎると言えなくもない。
    何でも安くて便利な方がいいという選択をし続けていると知らず知らずのうちに、より大事なものを失っている可能性がある。今のコロナ騒ぎでも、もしかするともっと意外な所にまで影響が出てくるのかもしれない。ウイルスと戦う中でも本当に大切なものだけは、少なくとも見失わないようにしていたい。

  • no.397
    2020/5/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ペスト カミュ/新潮文庫

    今改めて、話題の「ペスト」である。よく分らない病に対する人間の反応が、現在の世界と酷似している。全員に降りかかる災厄と世の不条理感。その中にありながらも人は理性を保ちつつ適切な振る舞いを行えるか。本書中の言葉を引用すれば「人は神によらずして聖者になりうるか――」。
    自粛要請に応じない人や、逆に厳格な自粛を求める人なども含め、どこか自分さえ良ければというのが根底にありはしないか。そして自分の主張に合わない意見を叩きまくるのも現代を象徴し、事態を深刻化させている。結局のところできる事はマスクをして手を洗うような当初の対策しかないのに、この未知なるウイルスに対する人間同士の反応もウイルスそのものと同等に恐ろしい。敵は自分自身の中にもある。
    スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督の映画『ミスト』を思い出した。一見、B級パニックムービーを思わせるこの映画だが、怪物と共に人間の怖さが描かれている傑作だ。