さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.292
    2018/12/4UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    蜜蜂と遠雷 恩田陸/幻冬舎

    何かを「批判」したり「評価」したりするためには、「これが良い」という「基準」や「枠」が必要となる。「批判」や「評価」は、「何に対して」という「軸」なしには出来ないことだからだ。
    「天才」と呼ばれる人には様々なタイプがいる。中には、既存の「基準」や「枠」の縁ギリギリにまで辿り着ける、というタイプもいるだろう。しかし中には、「基準」や「枠」の存在など知らず、そんなものとは無縁の場所で圧倒的な何かを放出する、というタイプもいるだろう。
    そういう「天才」は、どのように「批評」や「評価」がされるべきだろうか?
    『そして、審査員たちも薄々気付いている。
    ホフマンの罠の狡猾さと恐ろしさに。
    風間塵を本選に残せるか否かが、自分の音楽家としての立ち位置を示すことになるのだということを。』
    ピアノコンクールを舞台に、出場者たちの来歴や才能や背景を濃密に描き出す本作は、文字の羅列でしかない小説という形態でありながら、音楽の「基準」や「枠」を飛び越える瞬間を読者に感じさせてくれる一冊だ。

  • no.291
    2018/11/27UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    か「」く「」し「」ご「」と 住野よる/新潮社

    僕は、他人の気持ちなんか分からない方が面白い、と思っている。「相手のことを全部知りたい」というような人も多くいるだろうが、僕は、分からない部分があるからこそ面白いと思うタイプだ。どれだけ掘り下げてみても、捉えきれない部分がずっと残ってくれる方が、その人に対する興味が持続する。だから、他人の気持ちは分からないで欲しい。
    本書では、他人の感情が様々な形で分かってしまう5人の高校生の物語だ。著者は、一見安易に思いつきそうなこの設定を、リアルに突き詰めて物語に落とし込む。
    5人とも皆、そういう能力を持っているのは自分だけだ、と考えている。だから、そういう能力があることは悟られてはいけない。でも、知ってしまった感情を無視するわけにもいかない。結果的に皆、周囲にいる人間のために何か行動を起こすことになる。
    しかし、他人の感情が見えすぎるせいで、5人ともが皆、自分は冷たい人間だというような自己評価をする。あいつはこんなにちゃんとした奴なのに自分は…と思ってしまうのだ。
    他人の感情が見えすぎることが、彼らのパーソナリティに少なくない影響を及ぼし、さらにそれが5人全体の関係性にまで波及していく。非常に繊細で、こんな感情を持ったり、こんな行動が出来たりするなら、他人の感情が見えすぎることも悪くはないのかもしれない、と思えた。

  • no.290
    2018/11/20UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    松ノ内家の居候 瀧羽麻子/中央公論新社

    松ノ内一家は、当主である貞夫の祖父が創業した松ノ内商会という商社を代々引き継いで経営している。庭付きの屋敷で暮らしてはいるが、それ以上何ということはない家族のはずだった。
    そんな松ノ内家に、ある日美しい青年が訪ねてきた。西島と名乗ったその男は、楢崎の孫だ、と言う。家族のほとんどがピンと来なかったが、貞夫だけは分かった。
    楢崎春一郎。私小説を多く書いた文豪で、主要な文学賞を受賞、ノーベル賞の有力候補とまで目されていたという、日本を代表する作家だ。小説家として名高いが、女関係もまたすごく、何度も結婚し、愛人も常にいたような男だったという。楢崎春一郎は、今年が生誕100年、没後10年の記念の年であるらしい。
    西島は、訪いの理由をこう語った。かつて一時だけ、楢崎がこの屋敷に居候をしていた時期がある。それだけではない。居候をしていた一年間だけ、楢崎は作品を発表していないという。研究者の間でも、空白の一年と呼ばれている期間だが、しかしその時期、実は小説を書いていたという記録が残っているという。
    つまりこの屋敷に、楢崎の未発表原稿が眠っているかもしれない―。
    あるのかないのかさえ分からない未発表原稿を巡って、家族の様々な思惑が交錯する展開が面白い。さらに、楢崎や彼の未発表原稿の存在が、松ノ内家という家族をより強固にする、という構成が、実に見事だったと思う。

  • no.289
    2018/11/13UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    哲学的な何か、あと科学とか 飲茶/二見文庫

    人は「科学」と聞くと、現実をはっきりと理解し、物事を明確に判断するものだという印象を受けるようだ。どんな仕組みかは分からないが、「科学」というブラックボックスを通せば、世の中のあらゆることに白黒つけることが出来る、と思っている。だからこそ、豊洲移転や原発の問題などについて、科学者に対して「100%安全かどうか」を問う、という行動が生まれるのだ。
    しかし、「科学」というのはそういう営みではない。本書を最初から最後まで読めば実感できるだろうが、「科学」というフィルターを通せば通すほど、余計に目の前の現実が分からなくなっていく。「科学」というのは、物事をくっきりさせるどころか、より深い混沌へと導くものでもある。
    本書を読み、「科学」というのがどんな営みなのかを理解すれば、「科学」というブラックボックスに放り込めば何でも分かる、などという幻想は消え去るだろう。
    「科学」は、現実がどうなっているのかについて答えてくれるものではない。その最たる例は、「光は波でも粒子でもある」という、量子論が要請する結論だ。科学者は誰も、「波でもあり粒子でもある」という状態をイメージ出来ない。しかし、そう考えることで、理論としてはばっちり上手くいくのだ。だったら、どういう状態かイメージは出来ないが、そういうことにしようぜ、というのが「科学」のスタンスなのだ。
    「科学」というものを誤解しないためにも、本書は読んでおくべき一冊だ。

  • no.288
    2018/11/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    まぼろしのお好み焼きソース 松宮宏/徳間文庫

    松宮宏は「奇想」を膨らませ、荒唐無稽でありながら妙なリアリティを持つ作品を描き出す作家だ。しかし、そうではない一面もある。本書は、「小学校の敷地をヤクザから借りている」という、ちょっとあり得そうもない設定が登場するが、それ以外は、神戸の下町を舞台に繰り広げられる、もしかしたら起こりうるかもしれないドタバタを描き出している。

    物語の中心にあるのは、ヤクザと言うよりは任侠と呼ぶ方が近い「川本組」という6人ほどの小所帯のヤクザと、長田の粉もん文化を支えていると言っても過言ではない「オリーブソース」の倒産危機だ。ヤクザを脱却し、地元のために出来ることをしたいと常日頃から考えている川本組の川本甚三郎親分は、若頭の山崎にオリーブソースの再建に手を貸すように命じる。ヤクザからの脱却と、地元商店街の再生、その両方が見事に融合し、人情味溢れる物語に仕上がっている。とはいえ、物語はそんなほんわかした感じでは閉じたりしない。後半の怒涛の展開からの見事な着地は、奇想をねじ伏せるようにして読ませる物語に着地させる松宮宏の豪腕が光る。

  • no.287
    2018/10/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    談志最後の落語論 立川談志/ちくま文庫

    私は落語を知っている訳でも特別に好きな訳でもないが、2011年に亡くなられた著者の落語には、雑談も含め妙に引き込まれる何かがある。そこには嘘がなく、一流の凄みのようなものを感じるからだ。
    一見、破天荒とも思える言動の中には考え抜かれた物事の本質と、一抹の恥ずかしさや照れ隠しが滲み出る。北野武氏の映画や本にもこの辺りの感覚を感じることがある。これを落語風に表現するならば「江戸っ子の了見」とでも言うのか、ある種の品の良さを感じる。美談や愛などをことさら強調しておきながら、どこか下品で胡散臭い人間を笑い飛ばしてしまうのである。
    『らくだ』『居残り佐平次』『鼠穴』『金玉医者』『文七元結』そして『芝浜』。映画でも落語でも、同じ話を何度聴いてもやっぱりいいなあと感じるのは、世の中がどう変わろうとも確実に名作だからであり、それを現代で体現させるのが名人芸というものなのだろう。

  • no.286
    2018/10/29UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    裁判所の正体 法服を着た役人たち 瀬木比呂志+清水潔/新潮社

    「裁判所」というものに、どんなイメージを持っているだろうか。実際に何らかの形で裁判に関わったことがある人ならともかく、多くの人は裁判とは無縁の人生を送っているだろう。僕もそうだ。そういう人は大抵、「裁判所」というものを、「正義や真実が明らかにされる場」と捉えているだろう。裁判の場で審議すれば、何が正しくて何が間違っているのかはっきりするはずだ、と
    そう思っているのであれば、是非本書を読んでほしい。そして、そのイメージを捨て去ってほしい。「裁判所」というのは、ごく一般的な人がイメージするような、正義や真実を体現するような場ではない。そのことを、元エリート裁判官だった瀬木比呂志氏と、「殺人犯はそこにいる」(文庫X)などの壮絶な取材で知られる清水潔氏の対談によって明らかにされる。
    本書で描かれることは、ほとんどの国民が知らないことだ。何故そう断言出来るのか。それは、聞き手である清水潔氏が何度も、「それは知らなかった」「そんな事実、国民の誰も知らないと思いますよ」という発言をするからだ。清水氏は、刑事事件に関わることもあるのだから、一般的な人よりは裁判について知識がある人と言っていいだろう。そういう人でさえ、初めて聞く話ばかりなのだ。
    日本の「裁判」と「裁判所」のヤバさを、本書を読んで理解してほしい。

  • no.285
    2018/10/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    神童 高嶋哲夫/幻冬舎文庫

    小学校時代の親友でありライバルであった天才二人がそれぞれの道に別れ、その道のプロフェッショナルとして再会、対決する。一人はプロ棋士として、もう一人は人工知能の研究者として。
    人vs人工知能というイメージを持つと、気持ちとしては人に勝ってもらいたいと願いたくなる。しかし本書を読むと人工知能もまた、人が研究を重ね試行錯誤を繰り返した上での成果であり、結局は人vs人になるのかと思える。
    人間はこれまでも火を制御し、水を制御し、燃料などを制御しながら生きてきた。人工知能の世界もいろいろな失敗はあるにせよ、その経験も踏まえて必ず人間にとって最適な価値を生むように進化し、制御できると信じたい。神のような存在がもし、宇宙の果てから地球を見ているとするならば、人工知能の現在も人類の進化の一過程として眺めているのかもしれない。

  • no.284
    2018/10/23UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    隷属なき道 ルトガー・ブレグマン 野中香方子/文藝春秋

    豊かだが、幸せではない。
    これが、今世界中を覆っている状態だ。
    本書には、様々なデータが載っており、過去と現在との比較によって、現在がいかに豊かになったのか、ということが明らかにされる。客観的に見れば、一昔前と比べて、僕らは明らかに恵まれた世の中で生きているのだ。
    しかし、幸せや豊かさを実感できないでいるのも確かだ。その理由を著者は、「より良い暮らしを思い描けなくなっている」と指摘する。ユートピアを思い描くことが出来ないのだ。
    豊かさを手に入れながら幸せになれない現代社会に対し、著者は独自の提案をする。著者は様々な提案をするが、主なものは「ユニバーサル・ベーシックインカム」「労働時間の削減」「国境の解放」の3つだ。
    その中でも「ユニバーサル・ベーシックインカム」は非常に面白い提案だ。貧しい人々には、条件など付けず、ただお金をあげるだけでいい、というのがその主張だ。フリーマネーをあげる実験は、様々な時代に様々な地域で行われており、そのほとんどで有益だという結果が出ている。回収できるメリット(これは決して、フリーマネーを受け取る人にとってのメリットに限らず、社会全体のメリットだ)が、掛けるコストを上回るという結果が様々に出ているのだ。
    本書は、日進月歩で価値観が激変する現代社会において、人類にとっての明るい未来を導き出す書と言えるかもしれない。

  • no.283
    2018/10/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    闇市 マイク・モラスキー編/新潮文庫

    私には経験がないので想像するしかないが、戦中から戦後の価値観が大きく変わる混乱の中、違法ながら生きるために売り、生きるために買う人の群像劇。その闇市に関する当時の短編小説を通じて闇市とは何だったのかを考察する。太宰治、耕治人、鄭承博、平林たい子、永井荷風、坂口安吾、野坂昭如、織田作之助、梅崎春生、石川淳、中里恒子の短編小説11作が収録されている。
    全く関係ないかもしれないが、ボロくて小さな飲み屋での妙に旨いものとか“どぶろく”などを出された時の、ちょっとヤバいかもという何とも言えない魅力。あるいは祭りの露店で鉄砲や怪しげな型抜き、生き物の販売などのヤバいドキドキ感やお好み焼きなどの味わいには、闇市に近い感覚があるのかもしれない。これがファミレス風の安心安全な場所ならその魅力や旨さは半減以下である。この感覚は外国人にもあるのだろうか。
    さらに関係ないが、山に登る時、もしかしたら死ぬかもしれないという危険が全くない安心安全な観光地ならば、登山の魅力は半減以下だろう。