さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.310
    2019/2/5UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    1964年のジャイアント馬場 柳澤健/双葉文庫

    小学生の頃、ゴールデンタイムに全日本プロレスが放送されていた。鶴田、天龍、ハンセン、ブロディ、ザ・グレート・カブキなどに興奮しながらテレビを見ていたのを思い出す。当時子ども心にも、ジャイアント馬場は偉いから他の選手が勝ってしまう訳にはいかないんだという事に薄々気付いていた。それでもなんとなく、それも含めて選手もファンも認め、楽しんでいたように思う。熱心なプロレスファンではなかったものの、その後も全日・新日・総合を問わず三沢、川田、長州、高田、桜庭などの試合を見て胸を熱くした。
    プロフェッショナル・レスリングが何をもって“プロフェッショナル”とするのか。馬場の歴史を通じてそのあたりの事が本書には書かれている。ただ強ければいい、勝てばいいというだけでは興行として成立せず、当然食べては行けない。観客に、また見に来たいと思わせることができるかどうか。その一点において選手は試合相手と戦う以上に観客と戦っているという。あらゆるエンターテイメントの本場アメリカで一番下からメインイベントまで経験したジャイアント馬場はそのあたりの感覚が身に染みていたのだろう。
    ラッシャー木村の馬場に対するマイクパフォーマンスなどをしみじみと思い出す。

  • no.309
    2019/1/29UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    ジェリーフィッシュは凍らない 市川憂人/東京創元社

    新型気嚢式浮遊艇<ジェリーフィッシュ>が発明されたという、僕らが辿ってきた歴史とは違う世界における近過去を舞台にした、「二十一世紀の『そして誰もいなくなった』」と喧伝されるミステリだ。新人のデビュー作ではあるが、その圧巻の世界観の構築の仕方に驚かされた。<ジェリーフィッシュ>が墜落事故を起こし、乗員6名全員が死亡という、当初事故だと思われていたケースが、明らかな刺殺体が発見されたことで調査が開始される、という物語なのだが、細部に渡って見事な作品だった。乗員全員死亡という状況下で何が起こったのかという、物語の根幹となるミステリの部分ももちろん素晴らしかったが、<ジェリーフィッシュ>の性能や開発秘話、それらに関わる人間模様、また乗員全員死亡という困難な調査をやり遂げる捜査官の奮闘など、一分の隙もなく物語が構成されている。
    僕らの世界には<ジェリーフィッシュ>が存在しない、という意味で、作品の舞台は異世界だが、その点を除けばほぼ変わらない。しかし、異世界であるという設定にしたことで生きる要素もあり、また、本書のミステリのトリックを描くだけであればどうしても不可欠だったわけではない<ジェリーフィッシュ>を登場させたことで、作品の背景に厚みが出る。圧倒される物語だった。

  • no.308
    2019/1/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    禅とオートバイ修理技術 ロバート・M・パーシグ/ハヤカワ文庫NF

    だいぶ前に一度読んで、何の気なしにもう一度読んでみた。以前読んだ時よりも深く心に響いたのは年齢によるものなのか環境によるものなのか、名著とはそういうものなのか。
    バイクでの旅の紀行文と哲学の思索が交錯する何とも不思議な魅力のある本書。この魅力は哲学や芸術という、言ってしまえばどこか掴みどころのないものと、オートバイ修理技術という目の前の現実的で切実な問題を同一視したところにある。これはなにもオートバイに限らず、あらゆるものに置き換えて考えられる。さまざまな示唆に富んだ本なので、技術・研究・教育・ビジネスなど、読む人によって幅広く得るものがあるように思う。
    ちょっと難解な部分もある本書の内容をすべて正しく理解できたとは到底思えない。ただ、妙に惹きつけられる考察が随所に散りばめられているのは間違いない。登山は山頂に目的があるのではなく、山に登ることそれ自体が目的である。そんな読書もいいのではないか。

  • no.307
    2019/1/22UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    死刑のための殺人 読売新聞水戸支局取材班/新潮文庫

    金川真大という男は、「確実に死ぬために死刑になる」ことだけを目指して通り魔事件を引き起こした。「土浦連続通り魔事件」と名付けられたその事件は、犯人の身勝手な動機と、無差別に殺傷されたその被害の甚大さを見れば、同情の余地など微塵もない。
    しかし、この事件の取材をした記者の一人は、こんな実感を本書の中でもらしている。
    『「もしどこかでつまずいていれば、自分も同じようになっていたかもしれない」。そんな思いさえ抱くようになった。それは私だけの特別な感情ではなく、同僚記者も同じだった』
    本書を読んで、僕も同様の感想を持った。金川という男について何も知らなければ同情など出来ないはずのこの事件に対し、「自分も同じようになっていたかもしれない」と思わせるだけの背景があるのだ。
    そういう意味で本書は、殺人事件を追ったルポというだけの作品ではない。金川という男を生み出した社会全体を切り取る作品であり、また子供をいかに育てるかという警告の書でもあるのだ。
    様々なニュースを見ながら、「自分の子供はこんなこと絶対にしない」と、意識的にも無意識的にも感じている親にこそ、本書を読んでもらいたいと思う。

  • no.306
    2019/1/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ママがやった 井上荒野/文春文庫

    この連作短篇集の、ごく短い一篇一篇を読み終える毎に鳥肌が立ち、深いため息をつき、そして大きく唸らされる。それは、書かれていないけれども想定している物語の、含みの大きさと深さをはっきりと感じるからだ。
    八つの物語の最初と最後に事件が描かれ、それ以外は家族五人の何気ない過去の一瞬が、それぞれの視点で描かれている。何かを説明するような文章は一切なく、それでも個人と家族が十分に伝わる、印象的な一瞬が切り取られている。
    愛情も憎しみも喜びも哀しみも、微妙なバランスの上にある。ありふれた日常の中で、そのあたりの人間の陰影をここまで感じさせる短い文章に、畏れにも似た凄味を感じる。今更ながら作家というのはすごいなあと、こんなぽかんとした感想しか出てこない程、その長い余韻にやられてしばらく呆然と考え込んでしまう。

  • no.305
    2019/1/16UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    あなたの知らない脳 意識は傍観者である ディヴィッド・イーグルマン/ハヤカワ文庫NF

    「人間に自由意志はあるのか?」という疑問は、科学の世界で議論され続けてきたものだ。ん?と思うだろうか。自由意志は、あるに決まってるじゃないか、と。だって、コンビニで何を食べたいのかを決めるのも、誰を好きになるのかも、私の自由意志に決まってるじゃないか、と。
    でも、そうではない。本書を読めばあなたもきっと、人間には自由意志などないのかもしれない、と感じることが出来るだろう。
    本書では脳を「意識」と「意識以外のもの(無意識)」とに分けている。「意識」というのは、僕たちがまさに「自分である」と感じているような、痛いとか楽しいとか朝だなとかお腹すいたとかそういうことだ。そして様々な研究によって、脳における「意識」の領域は極端に狭く、人間の行動のほとんどを「意識以外のもの」が決定していると分かってきている。さらに「意識」は、「意識以外のもの」が何をしているのかを知ることは出来ないのだ。
    僕たちは、自由意志によって自分の行動を決めていると感じている。しかし、脳の機能的に見れば、「意識以外のもの」が様々な決定をし、その後で「自分自身でそういう決断をした」という「意識」を持つ、と表現するのが正しいのだ。
    そんなバカな!と思うだろうか。そう思うなら、是非本書を読んでほしい。

  • no.304
    2019/1/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    料理人 ハリー・クレッシング/ハヤカワ文庫NV

    食と人間の欲望を題材にした、何とも言えない皮肉に富んだブラックファンタジーというか、喪黒福造ばりにダークな料理人の話。読む人の環境、年齢、性別、立場などによってその解釈は大きく異なるような気がする。多くの見方が考えられる幅のある物語だ。
    関係ないが久しぶりに「午前十時の映画祭」へ行き『チャンス』という映画を観た。これは話を受け取る側がどう解釈するかによって、その捉えられ方が大きく変わってくるという物語だった。ゲラゲラ笑える話ではないものの、ジャンルでいえばコメディとかファンタジーということになるのだろう。シニカルな笑いが、人間というものの愚かさや愛おしさを含めた奥深い可笑しみを生んでいる。
    人間誰もがある意味、喜劇性と悲劇性を内包している。同じ1つの事象でもそれをどう見るかは、受け取る側の見解しだいである。

  • no.303
    2019/1/8UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    はじめて考えるときのように 野矢茂樹/PHP文庫

    【あなたに「包丁」を手渡したい。だからこの本を勧めます】
    こんなフレーズから始まるPOPで、2017年大いに売り伸ばしをした一冊だ。「考えること」と「包丁」がどう結びつくのかは、店頭のパネルで是非確認をしてほしい。
    普段僕たちは、色んな場面で「考えること」をしているが、しかしよくよく思い返してみれば、「考えること」について誰かに教わった記憶はない。他人がどんな風に考えているのか、という本は、もちろん世の中にたくさんあるから、「考える道筋」とか「考え方」みたいなものは後天的に学んだ人もいるだろう。しかしそういうことではなくて、「考えること」ってそもそもどういうことなの?ということについて思いを巡らす機会はそうそうないだろう。
    「考えること」について思考することが何故大事なのかということを、「包丁」を使った喩えで説明しているのだが、この大前提の部分をきちんと押さえておくことで、「考えること」が苦手、という感覚を払拭出来るのではないか、と思っている。
    あらゆる年代の人に手にとって欲しい一冊だ。

  • no.302
    2019/1/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    偶然の科学 ダンカン・ワッツ/ハヤカワ文庫NF

    本書を読んだ時、なぜか映画『ノーカントリー』を思い出した。10年ぐらい前に初めて劇場で観た時、あまりの意味のわからなさに茫然としたのを今でも覚えている。それから数年を経て『ザ・ロード』の本を読み、映画『悪の法則』を観たあたりで原作者コーマック・マッカーシーの言わんとするところがようやく理解できてきたように思う。これらの作品はクライムサスペンスのような顔をしながらも、実際には完全に文学作品であった。何の説明もなく事実のみを淡々と描写する、非常に乾いた表現でありながらも綿密に考え抜かれたストーリー。しかし、それらの全体像を解き明かすことが物語の主題ではない。
    歴史に“もし”がないのと同じく、私たちも一回限りで後戻りのできない時を生きている。純粋悪・シガーのコイントスに象徴されるように、未来が不確実な世界の中で、偶然や環境に大きく左右される儚い命。そして生を受けた全ての者は、老いや死からは絶対に逃げる事ができない。それでもなお、いや、だからこその生きる意味を観る者に問うている。
    前置きが長くなったが、本書は常識や美しいサクセスストーリーなど、過去の先入観に囚われることなく、現在の事実をありのままに見ることの重要性を繰り返し説いている。全く関係ないように見える上記の映画が、自分の中では神経のどこかでリンクした。

  • no.301
    2019/1/2UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    爆走社長の天国と地獄 木村元彦/小学館

    溝端宏という男は、シンプルには評価することの出来ない、強烈な何かを持った人生を歩んできた。
    彼は、グラウンドもクラブハウスも選手もいないところから大分トリニータというサッカーチームを立ち上げ、高級官僚の座を投げ捨てて社長に就任。15年で日本一(2008年ナビスコカップ優勝)に導いた。これは、信じがたいほどの功績だ。
    一方彼には悪評もつきまとう。放漫経営、6億の借金、Jリーグへの多大な迷惑、選手や職員の生活をメチャクチャにしながら、自分はチームを捨てて観光庁の長官に栄転…などなど。
    プラスもマイナスも強烈な男の人生を描き出す著者は、『ことわっておくが溝畑の擁護をする気はさらさらない。私はむしろ長い間、アンチ溝畑の書き手であった』と本書の中で断っている。そんな著者が描き出す溝端宏は、僕にとっては魅力的な人物に見えた。もちろん、その振る舞いによって誤解された部分もあるだろうし、実際にそれは悪いと判断される行動もしているだろう。しかし、外野がとやかく言うよりも、溝端宏の一番近くで彼を見ていた者の言葉にやはり強さを感じる。彼が大分トリニータの社長を「解任」させられたことを知った当時の監督は選手に向かって、『いいか、社長を絶対に戻すぞ!』と言ったという。監督や選手からは、最後まで愛された男だった。
    働いている、すべての人に読んでほしい一冊だ。