さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.558
    2023/8/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ホテル・カイザリン 近藤史恵/光文社

    さりげなくさらりと読めるのに、読後少し引きずってしまう不思議な物語8話収録。心の谷底にあるかも知れない冷たさや温かさを交互に覗き込むかのような短篇集だった。不穏な空気が漂うブラックなものが多く、さらっと読める割には考えさせられ少し冷える、酷暑にはぴったりの一冊かもしれない。
    それにしても、本書にも少し出てくる食べ物の描写は本当においしそう。著者の「タルトタタンの夢」〈ビストロ・パ・マル〉シリーズ最新刊「間の悪いスフレ」(東京創元社)も来月9月29日発売予定です。

  • no.557
    2023/8/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    選択の科学 シーナ・アイエンガー/文春文庫

    宗教的に厳格な国に生まれ、しかも全盲の著者だからこそ見える「選択」とは何か。人生における選択の意味を、冷静な視点から事実のみを見つめ直している。歴史にifがないのと同じように、どのような「選択」にももちろん正解・不正解はない。ただ、意識していようがいまいが、何らかの選択が毎日自分自身を形作っている。選択しないという選択も含めて。
    タイトル通りの意味だけでなく、他にも様々な示唆に富む本なので誰が読んでも得る部分があると思う。答えは書いていない。書いてあるのは客観的な事実を冷静に分析した結果だけだ。これをどう活かすかは読んだ人の数だけ答えがあるのだと思う。

  • no.556
    2023/7/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    君たちはどう生きるか 吉野源三郎/岩波文庫

    宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』を観てきた。集大成の作品らしく、今までの作品のエッセンスがオリジナルストーリーに織り込まれた大団円だった。
    1979年公開の監督デビュー作『ルパン三世カリオストロの城』から始まり次の『風の谷のナウシカ』、その後のスタジオジブリ作品の素晴らしさは今さら言うまでもなく、今観ても全く古さを感じさせない。その全ての作品の中心を貫くテーマが本書「君たちはどう生きるか」だったのかとさえ思う。
    どんな時代、どんな世界でも人間が生きていく以上、本質的に抱えている葛藤や矛盾。本書はやさしい言葉で書かれてはいるものの、その内容は心の深淵を探る非常に奥深いもので、子供から大人までそれぞれに充分読み応えのあるものとなっている。悲しみ、怒り、苦しみなどの負の感情をも含め全てを抱えながら、人としてどう生きるか。宮崎駿監督はアニメーションを通じて常にこの事を問いかけてきたのだと思う。本書自体が映画の重要な場面で出てきて、ラストにもごくさりげない形で出てくる。それだけ監督にとって特に思い入れの深い本だったのだろうと推察できる。

  • no.555
    2023/7/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ひとり旅は楽し 池内紀/中公新書

    ひとり旅は人間の総合力が試される。別にきっちりと予定通りに行けばいいというものでもないし、どこを回ればいいというものでもない。数人の旅行でさえ、なんとなく人任せにしてしまうところを細部まで自分ひとりで対処する。トラブルがあってもなお、それ自体を楽しめれば、旅は成功と言えるのだろう。雨が降っても槍が降っても自己責任。ただ、旅先では感覚が研ぎ澄まされ、多少の緊張感もあって日常よりもむしろ危険は少ないと著者は言う。
    ひとりで旅に出るのも旅先でひとり酒を飲むのも、ちょっとした緊張感と共にそれ自体を味わえれば、大人としての総合力は充分に備わっていると思う。「はじめてのおつかい」というテレビ番組や絵本もあるが、あの頃からひとり旅は始まり、人生の後半になってやっと完成されるものかもしれない。
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  • no.554
    2023/6/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    逆ソクラテス 伊坂幸太郎/集英社文庫

    やはり上手い。思わず苦笑してしまうほど。短編集なので、本来あるべきストーリーや感情の説明など長い部分はバッサリ切ってある。それでもなお、いや、だからこそ明確に伝わってくるメッセージ。子供が主人公の物語5編。子供から大人までそれぞれに響く内容になっていると思う。やり過ぎないエンターテイメント性とメッセージ性の加減が見事だ。
    個人的には「スロウではない」と「逆ワシントン」が良かった。「逆ソクラテス」で始まり「逆ワシントン」で終えるというのも小洒落ている。甘すぎない品のいいお菓子のように、すっと入って味わい深い。決して子供じみてはおらず、余韻はちょっとしたほろ苦さと共に。

  • no.553
    2023/6/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    八月の銀の雪 伊与原新/新潮文庫

    短編5編収録。個人的には「海へ還る日」と「十万年の西風」がなんか良かった。基本的には全て主人公の境遇と、それとは関係のない自然界の不思議が提示される。何が言いたいのか、それをどう受け取るかは読者次第。ストーリーと共に、読後はちょっと遠い目で地球のことを考えてしまう。

  • no.552
    2023/6/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ヒート2 マイケル・マン/メグ・ガーディナー/ ハーパーコリンズ・ジャパン

    「ヒート」という本はない。『ヒート』とは著者のマイケル・マン監督による1995年公開の傑作映画だ。本書はマイケル・マン自身が初めて書いた映画の続編小説であり、完全に映画の空気感をそのままに、『ヒート』の前と後を描いた本格ハードボイルド・クライムノヴェルである。
    この映画はもう何度観たことだろう。いつ観てもヒリヒリする映画の世界に引き込まれ時間を忘れて見入ってしまう。刑事のヴィンセント・ハナ、強盗団のニール、クリス、その妻シャーリーン。本書ではこの4人が主人公と言ってもいい。ただ、映画でのロバート・デ・ニーロの印象が強く残っているせいか、ニールの格好良さはやはり別格だ。映画を観る度にいつも最後“ニール逃げろよ”と願ってしまう一方、自ら破滅へと向かう一瞬の人間臭さにどうにもシビれる。本書もそんな、プロとしての仕事と人間としての魅力が随所に溢れた傑作だ。
    『ヒート2』も映画化の話が進んでいるとの事。絶対に観ると決めている映画はそう多くはない。
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  • no.551
    2023/6/2UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    永遠と横道世之介 吉田修一/毎日新聞出版

    終わってしまったな。と思う。三作楽しませてもらった横道世之介に感謝したい。この男、何の変哲もないフツーの男なのだが、なんだか妙に懐かしく、そして安心させられる。これまで、いろいろな登場人物が出てきては世之介を思い出し、当時の自分と今の自分を考えさせられている。この物語は主人公自身よりも、世之介を見て一瞬と永遠を感じ取る周りの人々のまなざしが美しいのだと思う。そして読者もその一員だ。
    正直、最初の「横道世之介」だけでもうこの物語は完成されていると思う。「おかえり横道世之介」と完結編の本書は、いわばファンサービスのようなものだろう。間違いなくファンである自分にとってはもちろん何の異存もない。この三作は世之介以外の登場人物が全部別々なのでどれから読んでも問題はない。ただ、やはり最初の「横道世之介」は読んでほしいなと思う。それと、映画『横道世之介』。吉高由里子がいい。こちらも間違いなく傑作映画である。

  • no.550
    2023/5/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    父を撃った12の銃弾 ハンナ・ティンティ/文春文庫

    かなり凄惨な暴力描写の一方、静謐で詩的な様式美がどことなく漂う。あまり説明することなく、父娘の過去と現在のストーリーが行き来する中、表現されているのは生きるそのものの美しさか哀しさか。贖罪かあるいは逞しさか。風景や自然の描写が深く心に残る。
    主人公の父娘よりも、死んだ妻で娘の母リリーが圧倒的な存在感を放つ。娘が生まれてすぐに亡くなってしまうのだが強烈な個性でその後も父娘に多大な影響を与え続けてゆく。この物語全体がリリーの物語と言ってもいいだろう。
    真逆だからだろうか、ハードボイルドと青春・成長小説がうまく同居する物語はそうそうあるものじゃない。ひとつ挙げるとするならば、個人的には北野武監督の『キッズ・リターン』が思い浮かぶ。本書もそんなビターな傑作青春成長ハードボイルドのひとつだと思う。

  • no.549
    2023/5/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    コメンテーター 奥田英朗/文藝春秋

    ドリフのもしもシリーズのような“医者と患者”傑作短篇集。いやー、久しぶりの伊良部先生ですがお変りもなく、看護師のマユミちゃんと共にお元気そうで何よりです。なんとなくだらだらと通院するうちに、なぜか患者も読者も心が軽くなる。このトンデモ精神科医、完全に確信犯だと思う。すべてを分かった上で敢えての奇行だろう。ちょいちょい本質を突いてくる。サクサク読めるのでこの際、「イン・ザ・プール」から始めちゃってシリーズ全部を読んでしまう方がいいんじゃないかと思う。そこいらの胃薬や頭痛薬よりも、もしかすると効くかもしれない。
    話は変わって、先日「午前十時の映画祭」にて『マルサの女』を鑑賞。以前から何度も観てはいるが、やはり名作である。前にも増して面白く感じた。特にラストの2人のやりとりはロケーションも含め見事で、いつ観てもシビれる。脱税する側と査察する側。双方ともにどこか病的なまでの執念と深い業を感じさせる。この2人も一度伊良部先生に診てもらったら、きっといいカウンセリングが受けられそうな気がする。しかし、人間どこか病気のぐらいが却って魅力的なのかもしれない。