さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.549
    2023/5/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    コメンテーター 奥田英朗/文藝春秋

    ドリフのもしもシリーズのような“医者と患者”傑作短篇集。いやー、久しぶりの伊良部先生ですがお変りもなく、看護師のマユミちゃんと共にお元気そうで何よりです。なんとなくだらだらと通院するうちに、なぜか患者も読者も心が軽くなる。このトンデモ精神科医、完全に確信犯だと思う。すべてを分かった上で敢えての奇行だろう。ちょいちょい本質を突いてくる。サクサク読めるのでこの際、「イン・ザ・プール」から始めちゃってシリーズ全部を読んでしまう方がいいんじゃないかと思う。そこいらの胃薬や頭痛薬よりも、もしかすると効くかもしれない。
    話は変わって、先日「午前十時の映画祭」にて『マルサの女』を鑑賞。以前から何度も観てはいるが、やはり名作である。前にも増して面白く感じた。特にラストの2人のやりとりはロケーションも含め見事で、いつ観てもシビれる。脱税する側と査察する側。双方ともにどこか病的なまでの執念と深い業を感じさせる。この2人も一度伊良部先生に診てもらったら、きっといいカウンセリングが受けられそうな気がする。しかし、人間どこか病気のぐらいが却って魅力的なのかもしれない。

  • no.548
    2023/5/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    刀と傘 伊吹亜門/創元推理文庫

    ミステリーとしての謎解きもさることながら、動機や心の動きへの洞察に時代小説としての奥深さを感じる。最終的には読者に委ねるような幕切れも、余韻を残しつつ再度物語に思いをめぐらされた。本書は時代小説とミステリー双方の良さが凝縮した、切れ味の良い見事なブレンドだった。
    幕末から明治にかけての混乱期の物語だが、時代小説をあまり読まない人でも細かい事は気にせず読み進めて問題なく、またミステリーは関係ないという人にも安心して味わうことができる時代小説だと思う。時代小説だろうがミステリーだろうが、SFだろうが文学だろうがノンフィクションだろうがコミックだろうが、何であれ本という形式を通じて伝えたいところは、形は違えども一緒の部分が本質的にはあるのだと思う。

  • no.547
    2023/4/18UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    町でいちばんの美女 チャールズ・ブコウスキー/新潮文庫

    下品な短編がこれでもかと30話続き、さすがに食傷気味になる。閲覧要注意。でもなんだろう、この下衆なゴシップのようでいて振り切ったところの文学のような、やりすぎのコメディーのような。ハードボイルド調の語り口に、どうしようもない男達のどうしようもない会話。クズ野郎の中にもカス野郎の中にも最後に残る何かは、男の虚しさか哀しさか、もっと根源的な男の可笑しみか。表題作「町でいちばんの美女」がラストならば、終わり良ければすべて良しになったのかもしれないが、最初に来るからまた厄介だ。他が気になってしょうがない。ただ、これがラストだと最後までたどり着く自信はない。雰囲気としてはカルト的人気の映画『ビッグ・リボウスキ』や『インヒアレント・ヴァイス』に近いような気もする。
    2023.04.18

  • no.546
    2023/4/12UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    モンテレッジォ
    小さな村の旅する本屋の物語 内田洋子/文春文庫

    イタリア在住の著者。書店のルーツを探る旅はノンフィクションとして面白く、また美しい写真と共に紀行文として眺めるだけでも味わい深い一冊になっている。
    どんな所にもその土地の風土や歴史があり、蓄積されてきた雰囲気は場所や人にどことなく表れる。読んでいて思うのは、現地の空気を吸ってみたいということ。本書を読む事は異国の文化に思いを馳せ、「本」というものの原点を想う旅になる。是非とも紙の質感や写真の趣、インクの匂いなども味わいながらゆっくりとページをめくってほしい。
    テクノロジーは良くも悪くも進化を続け、後退する事は絶対にない。ただ、リアルの重要性もまた、今後増してくるだろうと思う。劇場やスポーツ競技場、コンサートホール、映画館、博物館、美術館。それらは単に映像を見たり音を聴いたりするためだけの空間ではない。あるいは自然に触れる事も、その道中も含め言葉では説明しきれないほどの価値がある。本屋とは何か。改めて考えさせられ、背筋の伸びる思いがする。
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  • no.545
    2023/4/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    一晩置いたカレーはなぜおいしいのか 稲垣栄洋/新潮文庫

    たまに突然、なぜか無性にどうしても食べたくなる。辛さの主成分トウガラシは本来、鳥以外の動物に食べられないようにするための防御策として、辛さという毒を仕込んでいるのだそうだ。辛さは味覚ではなく痛み。ひーひー言いながら、人間は痛みを敢えて取り込んでいる。この痛みに対抗して排出させるために体は活性化し、脳内では疲労や痛みをやわらげるエンドルフィン(脳内モルヒネとも呼ばれる)まで分泌させる。どうりでたまに食べたくなる訳だ。マイナス面も意外なところで役に立つ、わからんもんですな。
    カレー以外でも食べ物の意外な効用と植物の生存戦略が同時に学べて面白い。これから出てくる山菜も毎年必ず食べたくなる苦みなので、解明されていようがいまいが体にとって役に立っているのは間違いないだろう。辛さも苦さも子供には分かるまい。
    巻末、印度カリー子の解説も流石。
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  • no.544
    2023/4/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    悲しみの秘義 若松英輔/文春文庫

    桜が咲き、新しい門出の季節。しかし春になると、ふと気が沈むことがある。心が浮き立つような時期のはずなのに、なぜか時々、自分だけがダメな気がして落ち着かない。私だけでなく世間のざわめきを横目に、内なる悲しみに暮れる人も少なからずいることだろう。本書がそんな人の心に届くといいなと思う。
    暗闇の中でしか見えない光。悲しみはその光に映し出される事で見えてくる自己を再認識させてくれる。かけがえのない喜びを求めて、あるいは忘れないで生きていくのもいいだろう。一方で、かけがえのない哀しみというのは、喜びの中では知り得ない本当の“かけがえのなさ”の意味を知り、大切なものの存在を前よりもっと確かな事実として近くに感じることができる。
    言葉では語ることのできない想い。暗闇でしか見ることのできない景色。人生を俯瞰した時、その小さな光源は悲しみを知る人にのみ与えられる、唯一の確かな希望だと信じたい。
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  • no.543
    2023/3/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ノー・カントリー・
    フォー・オールド・メン コーマック・マッカーシー/ハヤカワepi文庫

    傑作、復刊。
    これは娯楽作品として面白い面白くないというような基準だと、判断を見誤る。映画を観たことのある人もない人も、何を言っているのかもう一度じっくり考えてみてほしい。生きる本質を容赦のない物語で示す、ひとつの芸術作品なのだと思う。
    普段の何気ない選択ひとつひとつで人は形作られる。ほんの些細な事でも何かを選択していて、それを無かったことには決してできない。すべてを抱えたまま、老いと死は全員に必ず訪れる。そんな当たり前すぎて忘れている、絶対に取り戻す事のできない「過去」を、「現在」を、そして取り返しのつかない「未来」を表している。これは著者の哲学と言ってもいい、厳格に不可逆的な生命観だと思う。
    『ノーカントリー』と共に、コーマック・マッカーシーで思い出す映画が『悪の法則』だ。これもエンターテイメントとして観ると最悪かもしれないが、基本的には同じ事を言っている。どちらかと言えばこちらの方が分かりやすく、但しこちらの方がよりグロテスクなので取扱いには要注意だ。いずれの本も映画も説明は何もない。作品はこちら側がどう見るかに全て賭かっているので、子供には勧められない。いや、どうだろう。本書にこんな一節がある。
    ―“真実ってやつはいつだって単純なんだろうと思う。絶対そうに違いない。子供にもわかるほど単純でなくちゃならないんだ。子供の時分に覚えないと手遅れだからね。理屈で考えるようになるともう遅すぎるんだ。”
    本店の「Excellent movies & Original books」コーナーに追加する。いつ読んでも何回観ても新たな発見と思索があり、永久保存に値すると確信している。
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  • no.542
    2023/3/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ペドロ・パラモ フアン・ルルフォ/岩波文庫

    本書と「燃える平原」。生涯でこの2作しか残されていない、伝説の作家フアン・ルルフォ。ノーベル文学賞のガブリエル・ガルシア=マルケスにも大きな影響を与えたと言われている。マジック・リアリズムだとか円環構造だとかいろいろと語られるが、あまりそういうことにこだわらずに読んだ方がいい。2冊ともごく薄い本なので気軽に読んで面白くないならないでその通りなのだと思う。意味が分かろうと分かるまいと、合うものは合うし、合わないものは合わない。関係のない難解映画で例えるならば『マルホランド・ドライブ』は、全く意味は分からないながらも、これは凄いということだけは初見で感じた。それは構造を理解したからではなく、意味を超えてダイレクトに感じたのであって、意味が分かったところで評価が変わるわけでもない。
    フアン・ルルフォの、あらゆる無駄を削ぎ落したような語り口。土地の描写と心象風景だけで伝える濃度。人の名前とかも気にせず群像劇のように読む事ができれば、それで充分なのだと思う。どこかが刺されば、自然と2回目を読み返したくなる。

  • no.541
    2023/3/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    幸せなひとりぼっち フレドリック・バックマン/ハヤカワ文庫NV

    先日、映画『オットーという男』を観に行った。これは本書「幸せなひとりぼっち」がスウェーデンで映画化され、それをハリウッド版にリメイクしたものである。映画のオリジナル版は観てはいないがこの原作だ、面白くない訳がない。
    映画は十分に楽しめたものの、原作は更に奥深く面白いので是非とも読んでみてほしい。映画では主人公の哀しみによる頑固さが強調されていたが、原作では主人公夫妻それぞれの父親との関係性も示されていて、筋金入りの愛すべき頑固おやじということがよくわかる。近くにいたらかなり厄介だと思う。ただ、生い立ちがわかると至極まっとうな考え方でもあり、便利さと表裏をなす現代の不便さ、生きづらさが際立って見えてくる。
    生き方のテクニックなどではなく、生きる上で最も大事なものは何なのかを改めて、そしてユーモラスに伝えてくれる物語である。

  • no.540
    2023/3/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    考えるヒント 小林秀雄/文春文庫

    正直、3分の1程度しか理解できなかった。それでもなんとなくわかる気がするので、ゆっくりと時間をかけて読み返したい一冊。「考えるヒント」と「四季」と旧ソ連への紀行文という三部構成になっている。時代背景がこれほど違うのに今読んでも古びない気付きのある文章というのは、本物の証しだろう。個人的には「漫画」「良心」「お月見」などが分かりやすくていいエッセイだと思った。
    細分化された知識しか持ち合わせない、専門馬鹿という言葉がある。縦割り組織や現代のAI社会において人間の役割とは、幅広い経験と知性による全体像の把握と融合だと思う。著者のような天才的な直観や感性は、専門知識や合理主義などでは到達できない気がする。物事の本質をざっくりと見極める力。それは本や映画、芸術や音楽など一見何の関係もない知性の積み重ねから来るものではないか。今こそ文系の力が試される時なのだろう。
    最後の「ソヴェットの旅」ではどうしても今のロシア、ウクライナを思う。