さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.1172017/1/24UP
フェザン店・長江おすすめ!
円卓 西加奈子/文春文庫
主人公は、小学三年生の渦原琴子、通称「こっこ」。
こっこは、『孤独』を愛している。孤独になって、一人涙したい。でもその欲求は、残念ながら叶わない。なにせこっこは大家族なのだ。
こっこは、人と違うことに物凄く憧れる。だから、『ものもらい』になって『眼帯』をしてきた香田めぐみに憧れ、ベトナム人の両親が『なんみん』で、名前が三つに分かれているグウェン・ヴァン・ゴックに憧れ、吃音が激しく吃った声でしか喋ることが出来ない幼なじみのぽっさんに憧れ、クラス会中『不整脈』になって倒れた朴くんに憧れるのだ。
それに比べて、三つ子の姉の平凡さと来たら。両親と祖母もアホだ。唯一、祖父である石太だけは、評価してやってもいい、と思っている。
そんなこっこの日常の物語だ。
こっこは一貫している。ブレない。「なんとなく」が通じないこっこの日常に触れることで、僕らは、様々な「なんとなく」が僕らの日常を支えているということに気づくだろう。 -
no.1162017/1/24UP
本店・総務部Aおすすめ!
こちら弁天通りラッキーロード商店街 五十嵐貴久/光文社文庫
荒唐無稽な話で馬鹿馬鹿しいからこそ現実味があると思った。シャッター通り商店街再生の話である。いや、図らずも再生するかもといった話である。商店街活性化や地方活性化などの議論では、討議を重ねるごとに利害が絡みまとまらなくなるか、理想論が美し過ぎて存続不可能な場合が多いと思われる。地域の特色を活かした素晴らしい意見やきれいな理論であればあるほど怪しいと個人的には思っている。この小説は成り行きでそうなっただけの話で、やり方もテキトーな思いつきだが愚直に実行する話なので、きれいな理論よりは可能性があると思う。言葉は悪いが「若者・馬鹿者・よそ者」が地域の活性化には不可欠だと誰かが言っていた。つまりはそういう事なのだろうと思う。
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no.1152017/1/18UP
フェザン店・長江おすすめ!
検証
財務省の近現代史
政治との闘い150年を読む 倉山満/光文社新書ハッキリ言って、全然面白そうなタイトルじゃない。僕も、何でこの本を読もうと思ったのか全然思い出せない。けど読んでみたら、べらぼうに面白い一冊だった。
本書は、ひと言で内容紹介すると、「お金から読み解く日本の近代史」となるだろう。そして、本書の着地点は、「何故財務省は増税しようとしているのか」にある(本書刊行時、増税に関する議論が取り沙汰されていた、はず)。財務省は、「増税」を「したくないのにせざるを得ない」状況に置かれていると著者は説く。その背景を、150年の歴史を振り返りながら読み解いていくのだ。そしてそれは、大蔵省と日銀が、お金をどう掌握し、どう使って行ったのかという、日本の歴史そのものなのだ。 -
no.1142017/1/10UP
フェザン店・長江おすすめ!
さよならドビュッシー 中山七里/宝島社文庫
大富豪である祖父を持つ香月遥は、インドネシアから来た、大地震で両親を失った従姉妹・ルシアと共に年末年始を過ごしていた。ある日、自宅の敷地内に祖父が建てた離れに、遙とルシアは泊まることになった。その夜大火事が起こり、離れは全焼した。
全身火傷を負い、顔面を初め全身の皮膚移植の末になんとか一命を取り留めた遥は、祖父が遺産の大半を自分に残してくれたことを知る。しかしそれは、ピアニストを目指すためにしか引き出されない、条件付きの遺産相続だった。やがて彼女は、自分が命を狙われていることに気づくが…。
ミステリではあるが、それ以上に、大火傷を乗り越えてピアニストを目指す遥の姿に打たれる作品だ。そこには、尋常ではない経歴を持つ、魔術師のようなピアノ教師・岬洋介の存在がある。彼の存在が、この作品を非現実的にしていない。コンクール出場に至る奇跡は、感動的である。 -
no.1132017/1/10UP
フェザン店・長江おすすめ!
消失グラデーション 長沢樹/角川文庫
高校生の椎名康は、校内の一角に<背徳の死角>と呼ぶスペースを確保し、気に入った女子生徒を連れ込んではいやらしいことをしている。そんな現場に樋口真由が乗り込んでくる。彼女は、ヒカル君と呼ばれる、美少年だと噂される窃盗犯を張っていたのだが、そこに椎名が映り込んで邪魔だと文句をつけてきた。
一方、藤野学院の女子バスケ部は全国レベルの成績を残すほど強い。その立役者が、去年まで在籍していたエース・伊達と、伊達と完璧なコンビを組んだ網川緑だ。しかしその網川は今、バスケ部の中で孤立し始めている。ふとしたことから椎名は、それまで遠目に見るだけの存在だった網川と関わることになるが…。
この内容紹介だけから伝わらないだろうが、本書は読む者の度肝を抜くミステリだ。しかしそれ以上に、青春小説として、学園小説として素晴らしい。高校という狭い空間の中に淀む鬱屈や支配が絡まり合うことで起こる人間模様は、ミステリとしての仕掛け以上に衝撃的だ。 -
no.1122017/1/10UP
本店・総務部Aおすすめ!
ザ・ロード コーマック・マッカーシー著 黒原敏行訳/ハヤカワepi文庫
先日、小さな居酒屋でたまたま隣に座った人と映画の話題になり、その中で『ノーカントリー』はなぜ評価が高いのかという話になった。その人は映画や音楽にとても詳しく、私などではとても太刀打ちできる相手ではなかったが、曰く、そもそも原作のコーマック・マッカーシーの世界観が凄いからなのではないかという事だった。ノーカントリーの原作『血と暴力の国』、ピュリッツァー賞を受賞し映画化もされた本書『ザ・ロード』、脚本と製作総指揮を務めた映画『悪の法則』。その全てに共通しているのは、高度に文学的なクライムサスペンスとでも言うべきか、観る者読む者を選ぶ完全に大人向けの作品群だという事だ。ストーリーのほとんどは何の盛り上がりも誇張もない“悪”や“絶望”。エンターテイメント性が無いだけに一層嫌な感じがボディーブローのように効いてくる。その中に何を読み取るかはそれぞれの大人の判断だ。知人にはお勧めしにくい作品群なので評価が分かれるのも頷けるが、他人の評価はどうであれ一度は観るか読んでおく価値があるように思う。むやみにお勧めはできない。ただ、臨むなら覚悟を持って掛かるべきだ。
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no.1112017/1/5UP
フェザン店・長江おすすめ!
メディアの支配者
上下巻 中川一徳/講談社文庫本書は、ニッポン放送・産経新聞社・フジテレビを傘下に持つフジサンケイグループについて、徹底的に取材をし、その歴史を追った作品だ。ホリエモンによるニッポン放送の買収騒動は世間を賑わせたが、その根本的な問題も、まさに本書で描かれている部分と同根なのである。
フジサンケイグループというのは、鹿内家という一家が牛耳っていたグループだった。しかしその状況を、当時フジテレビの社長であった日枝久がクーデターによって覆そうとする。実際にクーデターを成功させ、フジサンケイグループから鹿内家を追放することに成功した。
そもそもクーデターはどうして起こったのか、鹿内家は一体なぜ巨大メディアを牛耳ることが出来たのか、ホリエモンが仕掛けた株取引はどうして起こったのか。それらは、フジサンケイグループという、異様な闇と複雑な経緯を持った特殊な企業の歴史にこそ原因があった。その闇を明らかにする一冊だ。 -
no.1102017/1/5UP
フェザン店・長江おすすめ!
翔太と猫のインサイトの夏休み 永井均/ちくま学芸文庫
本作は、哲学者である永井均が、中高生向けに書いた哲学の本だ。
本作は、翔太という中学生とインサイトという名の猫の対話形式によって構成される。翔太は夏休みに入り、毎晩夢を見る。その夢の内容からインサイトと哲学談義に入る。本書を読むために哲学の基本的な知識は不要で、難しい言葉もそこまで出てこないので、中高生でも読めると思う。
本書は大きく四つに分かれる。
「いまが夢じゃないって証拠はあるか」
「たくさんの人間の中に自分という特別なものがいるとは」
「さまざまな可能性の中でこれが正しいといえる根拠はあるか」
「自分がいまここに存在していることに意味はあるか」
「哲学する」というのは、自分の頭で答えのない問いを考えてみることであって、決して過去の偉人の考えを理解したり覚えたりすることではない。著者のそういうスタンスがよく表れた作品だ。「考える」ということの面白さを体験させてくれる一冊だ。 -
no.1092017/1/5UP
本店・総務部Aおすすめ!
雨利終活写真館 芦沢央/小学館
久しぶりに心温まる傑作ミステリーを読んだなあという気がしている。生きているうちに「遺影」の写真を準備しておきましょうという、「遺影専門写真館」での4つの連作短編集。但し、高齢者向けの本ではない。最初は軽妙なストーリーで、それぞれ単独の話としても完成されているが、途中であれっとなり最後に全体を貫く著者の想いがミステリーの中に込められている。これはあくまでも全体でひとつの物語なのだと思う。
他人の罪を許す事は難しい。しかし、自分で自分を許せない事を、許すのはより困難だ。心の影の部分を描くのが巧いからこそ、光を浮かび上がらせる事ができるのだろう。 -
no.1082016/12/27UP
フェザン店・長江おすすめ!
消された一家
北九州・連続監禁殺人事件 豊田正義/新潮社本書は、北九州で実際に起こった凶悪な事件を扱ったノンフィクションだ。
事件は、恭子という少女が祖父母の元に逃げ出してきたことがきっかけで発覚した。
恭子の証言は驚くべきものだった。恭子の父親は監禁され衰弱死させられた。その後、ある一家6名をマンション内に監禁し、家族内でお互いを殺させ合い、その死体をバラバラにして棄てた、というのだ。
当初は恭子の証言を信じられずにいた捜査員たちも、発見したアジトの異様さからとんでもないことが起こっていることを感じ取る。
そして主犯二人が逮捕され、前代未聞の「死体なき殺人事件」の裁判が始まるのだ。
著者はその一審の裁判をすべて傍聴し、独自の取材を重ねた上で、この異様な事件がどのように起こり、何故彼らはそうせざるをえなかったのかという核心に肉薄しようと試みる。
人間の想像力を遥かに超えた悪行に、あなたは目を疑うことだろう。