さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
-
no.1792017/10/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
逆襲される文明
日本人へⅣ 塩野七生/文春新書「民主政が危機におちいるのは、独裁者が台頭してきたからではない。民主主義そのものに内包された欠陥が、表面に出てきたときなのである。」(本文より)
上記の文を読んで、全く関係ない話で恐縮だがポール・トーマス・アンダーソン監督、トマス・ピンチョン原作の映画『インヒアレント・ヴァイス』を思い出した。タイトルの意味が「内在する欠陥」(海上保険用語で本質的に避けられない危険のこと)である。映画はよくわからなかったものの、噛めば噛むほど味が出るスルメ系映画なのは間違いない。よくわからないついでにもう一本。デビッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』もよくわからないのになぜか心を掴んで離さない。こちらも何度観ても、違う見方があるのではないかと思わせる不思議な魅力溢れる映画である。よくわからないのに惹かれるのは、もしかして2本とも人間に内在する欠陥に触れる映画だからなのかもしれない。
かなり横道に逸れてしまったが、本書は現代の危機に対する著者のコラムである。「危機」(クライシス)という言葉を発明したのは古代ギリシャ人で、「蘇生」という意味も込めたのだそうだ。内包された欠陥のある人間を自覚するためにも、歴史に学ぶ意味は大きい。『ローマ人の物語』で有名な著者の本は、読んでおいて損はないと思う。 -
no.1782017/9/25UP
フェザン店・長江おすすめ!
憲法主義 条文には書かれていない本質 南野森+内山奈月/PHP文庫
「日本国憲法を全文暗唱できるアイドル」として有名になった、AKB48の内山奈月が、憲法学者である南野森の講義を受ける、という形で進んでいく一冊。僕自身、憲法にはまるで詳しくないのだけど、そんな僕でもすんなり読める、入門書と言える一冊だった。内山氏に対しては、「暗唱出来るってだけじゃなぁ」と否定的な見方をしていたのだけど、本書を読むと、中身もかなり理解しているし、自分なりの意見もきちんと発信出来る。非常に頭のいい女性だなと感じました。その知性は、南野氏も驚くほどだ。
憲法というのは国民にとってどんな存在なのか。どんな風に成立し、どんな点が議論の対象となっているのか。憲法と法律は何が違うのか。こういう、一見答えられそうで、でも実際にはなかなか答えられないだろう本質的な部分について触れられており、憲法改正が議論される世の中では読んでおくべき一冊ではないかと感じる。 -
no.1772017/9/25UP
本店・総務部Aおすすめ!
アナログ ビートたけし/新潮社
北野武監督の映画は、セリフや説明のないシーンこそがリアルで最大の説得力がある。『あの夏、いちばん静かな海。』『ソナチネ』『キッズ・リターン』『HANA-BI』『ドールズ』…一番の核心部分は全て言葉ではなく、画だけで表現する事によって観る者は考えさせられ、より深く心に沁みる。
本書は、著者の考え方やこだわりが随所に散りばめられた、シンプルな純愛小説である。
映画でも本でもジャンルや評価などとは一切関係なく、北野作品をこれからもどんどん出してほしいと個人的には思っている。とにかく本書を読み終えた以上、目下の最大の楽しみは来月公開の映画『アウトレイジ最終章』を観に行くという事になっている。 -
no.1762017/9/25UP
フェザン店・長江おすすめ!
カラスの親指 道尾秀介/講談社文庫
かつて悪徳な金貸しに金をむしり取られ、さらにそのせいで妻を亡くしている武沢竹夫と入川鉄巳という二人の詐欺師は、ある日一人の少女と出会う。彼女も同じく、詐欺で生計を立てているようだ。成り行きで一緒に住むことになり、さらに同居人は増えていく。彼らは、ずっと後悔に囚われているある過去を払拭するために、壮大な計画を実行に移すのだが…。
赤の他人同士が寄り集まって家族のように過ごしている、その生活の描写がまずとてもいい。辛い過去を抱えた面々が、お互いに寄り添うようにして生きる日々の描写に、色んな伏線が潜んでいるので侮れない。そして彼らが一世一代の大勝負に出てからのどんでん返しの連続は素晴らしい。正直、あんまり内容に触れられない作品なのだけど、詐欺師たちの物語なのに、心がじんわり暖まるような素敵な物語だ。 -
no.1752017/9/19UP
フェザン店・長江おすすめ!
窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる 水城せとな/小学館フラワーコミックスα
「窮鼠はチーズの夢を見る/俎上の鯉は二度跳ねる」水城せとな 小学館フラワーコミックスα
シリーズ作なので、2作まとめて紹介します。
この2作は、いわゆるBL(ボーイズラブ)と呼ばれるコミックです。えっ、じゃあ読まない、と思った方。もう少し待ってください。この作品は、普段BLを読まない人にも絶対に感動してもらえると、自信を持って勧められる一冊です。
恭一と今ヶ瀬という二人の男の話です。今ヶ瀬は探偵事務所に勤めていて、たまたま高校時代に好きだった恭一の浮気調査をすることになります。浮気の現場を押さえた今ヶ瀬は、それをネタにして恭一と関係を持つ…。
というところから始まる物語ですが、まさに「男同士の恋愛でなければ描けない純愛」と呼ぶべき作品です。今ヶ瀬は男が好きな、いわゆる「ゲイ」なのだけど、恭一は女性が好きな、いわゆる「ノンケ」です。そんな二人が、身を削るようなやり取りを繰り広げ、お互いを傷つけ合いながら、少しずつその距離を変えていきます。男女の恋愛では起こり得ない葛藤に次々とさいなまれる二人の愛に、あなたはのめり込むことでしょう。 -
no.1742017/9/12UP
フェザン店・長江おすすめ!
風が強く吹いている 三浦しをん/新潮文庫
一言で言えば、「ただ走るだけの小説」なんですけどね。なんでこんなに感動させられるんだろう。特に後半は、もうずっと泣きっぱなしという感じでした。
清瀬灰二(ハイジ)は、竹青荘に10名揃う日を待っていた。竹青荘に住むのは、マラソンや長距離走など未経験の面々ばかり。そんな彼らがハイジの甘言に乗せられて、なんとあの箱根駅伝に挑戦することになってしまったのだ!7人の素人と1人の超ド素人、そして2人の経験者は、明らかに無謀とも思える挑戦にひた走ることになる…。
いや、ムチャクチャな話なのはその通りなんです。こんなド素人集団で箱根駅伝を目指すとかあり得ないし、駅伝経験者が読んだら「んなアホな!」って描写の連続かもしれません。でも!グッとくるんですよ。僕はスポーツ全般に興味もないし、箱根駅伝も基本的に見ないんだけど、本書を読んだ翌年の箱根駅伝だけはちゃんと見たぐらい、この作品にはどっぷりハマりました。 -
no.1732017/9/12UP
本店・総務部Aおすすめ!
愚者よ、
お前がいなくなって
淋しくてたまらない 伊集院静/集英社文庫著者の自伝的小説の傑作。登場人物が多く、その一人ひとりの人物になんともいえない人間的な魅力がある。そう思う人と思わない人がいるかもしれないが、非常に人間臭い愛すべき不器用な愚者たちの、高潔で駄目な格好良さ。
AIがどんなに進化しようともこの複雑な感情は伝わるまい。 -
no.1722017/9/4UP
フェザン店・長江おすすめ!
1491
先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見 チャールズ・C.マン/NHK出版本書は、あるたった一つの質問に答えるための作品だ。
著者はその質問に、コロンブスの大陸到着五百周年にあたる1992年に出会った。
『コロンブスが到着したころの新世界はどんなところだったのだろう?』
著者は学生時代、南北アメリカの歴史は、コロンブスがやってきた時から始まっているものと習った。それまでは、大した文明もなく、少数の原始的な人間たちが原始的な生活をしていたのだろう――著者を始め、大方のアメリカ人は、そのような認識でいた。
本書は、その認識を覆す作品だ。
著者自身は考古学者でも歴史学者でもなく、サイエンスライターだ。様々な研究者に話を聞くことでこの作品を書き上げた。だからだろう、思い込みや先入観のない、データや分析に裏打ちされた形で歴史を見ることが出来ているように思える。著者は、様々な研究から、コロンブスが到着した頃の世界は、もっと人口が多く、文明も栄えていたと書く。そしてこれらは、「多くの一般のアメリカ人さえ知らない歴史」なのだという。本書に載っている事柄が教科書に載る日も、そう遠くないのかもしれない。 -
no.1712017/9/4UP
本店・総務部Aおすすめ!
母に歌う子守唄
決定版 落合恵子/朝日文庫少し前に、当店の大池店長がIBCラジオで紹介していた一冊。いつもぼそぼそと話す店長はこの日、言葉を選びながら逡巡し、いつにも増してぼそぼそと話していた。話の内容はよくわからなかったものの、言葉以上にその真摯な迷いや複雑な想いまでもがラジオから伝わってきた。
気になって読んでみると、誰もが例外なく身につまされ、やはり安易に解説できるものではなかった。外で読んでいる時は2~3ページの短いエッセイを最後まで読み切れず、人目を気にして一旦本を閉じ、溢れるものを封じ込めた箇所がいくつもある。
この本に対し理路整然とはっきり語る事ができる人を、私は信用できない。大池店長の、言葉を詰まらせながらのぼそぼそが、本書に対する最も正しい姿勢だろうと思う。
全く関係のない人ほど読んでおくべき本でもある。 -
no.1702017/8/28UP
本店・総務部Aおすすめ!
分水嶺 笹本稜平/祥伝社文庫
山、写真、オオカミ、笹本稜平。これで面白くないはずがない。小説の舞台、北海道大雪山系のトムラウシ周辺を学生時代に縦走した事がある。人の住む下界とは完全に別世界だと感じた思い出があるが、もう20年前になるのか…。野生動物の気配が濃厚に漂う領域に人が異物として入っているような感じが確かにした。観光地みたいになってしまった山も多い中で、人があまり入れない山は本来の自然そのものを感じさせてくれる。そんな山の感覚を思い出させる物語だった。
ちなみにさわや書店の新しいブックカバーは、こういった山岳小説を読むにはベストなカバーだ。シンプル且つ重厚なデザインになっており、とても気に入っている。読書の秋、改めて宮澤賢治に取り組んでみようという方にもぜひお勧めしたい。さわやオリジナルの栞と共に、気分が高まる事間違いない。その色合い、質感、そして本と地域へのリスペクトを現物で確かめてほしい。