さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.173
    2017/9/12UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    愚者よ、
    お前がいなくなって
    淋しくてたまらない 伊集院静/集英社文庫

    著者の自伝的小説の傑作。登場人物が多く、その一人ひとりの人物になんともいえない人間的な魅力がある。そう思う人と思わない人がいるかもしれないが、非常に人間臭い愛すべき不器用な愚者たちの、高潔で駄目な格好良さ。
    AIがどんなに進化しようともこの複雑な感情は伝わるまい。

  • no.172
    2017/9/4UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    1491
    先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見 チャールズ・C.マン/NHK出版

    本書は、あるたった一つの質問に答えるための作品だ。
    著者はその質問に、コロンブスの大陸到着五百周年にあたる1992年に出会った。
    『コロンブスが到着したころの新世界はどんなところだったのだろう?』
    著者は学生時代、南北アメリカの歴史は、コロンブスがやってきた時から始まっているものと習った。それまでは、大した文明もなく、少数の原始的な人間たちが原始的な生活をしていたのだろう――著者を始め、大方のアメリカ人は、そのような認識でいた。
    本書は、その認識を覆す作品だ。
    著者自身は考古学者でも歴史学者でもなく、サイエンスライターだ。様々な研究者に話を聞くことでこの作品を書き上げた。だからだろう、思い込みや先入観のない、データや分析に裏打ちされた形で歴史を見ることが出来ているように思える。著者は、様々な研究から、コロンブスが到着した頃の世界は、もっと人口が多く、文明も栄えていたと書く。そしてこれらは、「多くの一般のアメリカ人さえ知らない歴史」なのだという。本書に載っている事柄が教科書に載る日も、そう遠くないのかもしれない。

  • no.171
    2017/9/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    母に歌う子守唄
    決定版 落合恵子/朝日文庫

    少し前に、当店の大池店長がIBCラジオで紹介していた一冊。いつもぼそぼそと話す店長はこの日、言葉を選びながら逡巡し、いつにも増してぼそぼそと話していた。話の内容はよくわからなかったものの、言葉以上にその真摯な迷いや複雑な想いまでもがラジオから伝わってきた。
    気になって読んでみると、誰もが例外なく身につまされ、やはり安易に解説できるものではなかった。外で読んでいる時は2~3ページの短いエッセイを最後まで読み切れず、人目を気にして一旦本を閉じ、溢れるものを封じ込めた箇所がいくつもある。
    この本に対し理路整然とはっきり語る事ができる人を、私は信用できない。大池店長の、言葉を詰まらせながらのぼそぼそが、本書に対する最も正しい姿勢だろうと思う。
    全く関係のない人ほど読んでおくべき本でもある。

  • no.170
    2017/8/28UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    分水嶺 笹本稜平/祥伝社文庫

    山、写真、オオカミ、笹本稜平。これで面白くないはずがない。小説の舞台、北海道大雪山系のトムラウシ周辺を学生時代に縦走した事がある。人の住む下界とは完全に別世界だと感じた思い出があるが、もう20年前になるのか…。野生動物の気配が濃厚に漂う領域に人が異物として入っているような感じが確かにした。観光地みたいになってしまった山も多い中で、人があまり入れない山は本来の自然そのものを感じさせてくれる。そんな山の感覚を思い出させる物語だった。
    ちなみにさわや書店の新しいブックカバーは、こういった山岳小説を読むにはベストなカバーだ。シンプル且つ重厚なデザインになっており、とても気に入っている。読書の秋、改めて宮澤賢治に取り組んでみようという方にもぜひお勧めしたい。さわやオリジナルの栞と共に、気分が高まる事間違いない。その色合い、質感、そして本と地域へのリスペクトを現物で確かめてほしい。

  • no.169
    2017/8/23UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    丸太町ルヴォワール 円居挽/講談社文庫

    これほどスリリングで興奮に満ちた小説も珍しい。
    大きく前後半で分けられるこの物語の前半は、城坂論語という青年が、屋敷に忍び込んだと思しきルージュと名乗る女性の腕を掴んだことから始まる。論語はルージュの正体を暴くべく、一見他愛もない会話から相手の素性を探ろうと知恵を絞った応酬が繰り広げられる。
    そして後半。ルージュと出会ってから3年が経ったある日、論語は「双龍会」と呼ばれる私的裁判の被告席に立つことになった。容疑は、祖父殺し。ルージュと会ったあの日、そぐ傍の部屋で祖父が亡くなっており、その殺害容疑が掛けられているのだ。
    論語は3年間、ルージュを探し回った。しかし見つからない。論語はこの裁判の中でルージュの存在を明らかにすることで、ルージュに近づく手がかりを探ろうとするのだが…。
    バレなければ嘘も捏造もなんでもあり、という「双龍会」もスリリングだが、たった二人が密室で話しているだけで物語が展開される前半部分も圧巻だ。こんなにどんでん返しを畳み掛けられるのか!と驚かされるほどの驚愕の物語です。

  • no.168
    2017/8/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    働く人のためのマインドフルネス 菱田哲也 牧野宗永/PHPビジネス新書

    全然関係のない話で恐縮だが、「悪の法則」という映画がある。これは小説家コーマック・マッカーシー脚本、リドリー・スコット監督の作品だ。このコーマック・マッカーシーという作家は、残酷なまでに人生の不可逆性を表現する事により、それゆえの儚い美しさ、かけがえの無さを浮き立たせる素晴らしい小説を書く。映画は裏社会に一歩足を踏み入れてしまった弁護士が、もうどうしようもない所まで追い込まれ苦悩する。
    しかし、ああすれば良かった、しなければ良かったなどと言ってみても意味は無いし、失ってしまったものはもう絶対に元には戻らない。現実を拒み続けて、より苦悩が深まってゆく。それでもなお生きてゆくためには、今起きている現在の事実のみを正確に認識し、それを現実として受け入れるしかない…。
    前置きが長くなってしまったが、本書は仏教の考え方で、自分の心の動きをコントロールする瞑想方法などが平易な文章で紹介されている。上記の映画で表現されている人間の苦悩と本書の内容の一部が似ていなくもないと感じたのは、映画があまりにも強烈に心に残っていただけなのかもしれないが、どうだろうか。あらゆる宗教や哲学、或いは文学やビジネスでさえ、突き詰めれば根底のどこかではつながっているのかもしれない。

  • no.167
    2017/8/15UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 松永和紀/光文社新書

    本書はまさにタイトル通りの作品です。メディアが健康情報や科学的な知識を、いかに間違った形で報道しているのか、ということについて、具体例を山ほど挙げながら啓蒙している作品です。東日本大震災の時にも、あるいは豊洲新市場の時にも、様々な形で情報が出ましたが、それらが本当にどのぐらい危険なのかは、結局受け手である僕らが正しく判断する知識を持つしかありません。
    今の世の中、誰でも情報の送り手になることが出来ます。だからこそ、テレビや新聞といった権威ある情報を信じたくなる気持ちも分かります。しかし、テレビや新聞がそう言っているから、というだけでその情報を信じるスタンスは、あなたを正しい判断へは導かないでしょう。情報を読み解き、科学の基本的な知識を持つことで、情報の真偽を判断する能力が求められる時代に僕たちは生きています。本書を読んで、どんな風に僕らが情報に騙され得るのか、まずはそれを理解していきましょう。

  • no.166
    2017/8/9UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    火山のふもとで 松家仁之/新潮社

    舞台は、村井設計事務所という、こじんまりとした小所帯の設計事務所だ。フランク・ロイド・ライトの元で学んだことがある所長・村井俊輔を筆頭に、とても気持ちのよい雰囲気の中でみな仕事をしている。
    大きな仕事を請け負わず、個人の注文住宅を主な仕事にしていた村井俊輔は、世間で名の知れた建築家というわけではなかったが、しかしその設計に魅了された人からの注文は絶えなかった。同時に、村井俊輔に師事しようと、事務所の門を叩く者も多かったが、その道はほとんど閉ざされていると言ってよかった。その類まれな例外が、本書の主人公である坂西徹だ。とある事情で人手が必要になったのだ。それで、村井俊輔の姪である麻里子も、いつもより長く手伝いをすることになった。
    村井設計事務所は、夏になると、浅間山のふもとにある「夏の家」に事務所機能を移転する。そこで、何か不思議な演劇でも見ているかのように、ゆったりと麻里子との仲が深まっていく。
    デビュー作とは到底思えない、非常に重厚で手練た作品だ。とにかく雰囲気の良い小説で、どっぷりその世界に浸らせてくれる。ずっと読んでいたい小説だった。

  • no.165
    2017/8/9UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    あがり 松崎有理/東京創元社

    北の方のとある街にある蛸足大学(色んな学部が蛸足のようにあちこちに散らばっている大学)を舞台にした5編の短編が収録された連作短編集だ。理系大学の研究室が主な舞台になっているのだが、決して理解の知識がなければ理解できない作品というわけではない。理解の研究室は本書の中で「何かが起こりうる場所」、つまり「物語が始まる場所」として捉えられている。まさに科学の、そして人類の新たな発見が生み出される最先端である場である研究室という性質をくっきりと浮かび上がらせながら物語を生み出していく。そのスタンスがとても気持ちのいい作品でした。
    一番好きな作品は「不可能もなく裏切りもなく」だ。ここで出てくる「遺伝子間領域」に関する仮説も見事だったし、何よりも、おれと友人を取り巻く、本当に狭い世界でのどうにもならない関係性みたいなものが本当に素晴らしかった。その場に身を置いていない人間には到底届かない感情の深さみたいなものをほんの一瞬だけど見えるようにしてくれている感じが素晴らしいと思う。

  • no.164
    2017/8/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    息子と狩猟に 服部文祥/新潮社

    生きるとは何なのか、死とは何なのか。サバイバル登山家ならではのリアルさと、山をやる人特有の文学性とを合わせ持って物語の中に放たれている。命の循環。その自然観、死生観は短期的な物事の思考からは絶対に生まれ得ないものだと感じる。表題作「息子と狩猟に」と「K2」の二篇収録。万人受けする本ではないので、読むにはそれなりの覚悟が必要だ。