さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.574
    2023/12/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    負けくらべ 志水辰夫/小学館

    ハードボイルドの巨匠19年ぶりの現代長編。ミステリーではないので伏線などあまり考えず安心して文章に身を委ねるのが正解だ。著者の小説に説明はほとんどないが、要らないと言っていいだろう。この味わい深さは書いてないところにあるのだから。
    勝ち負けで言うと、どんな世界でもトップ以外は全員負けである。そのトップでさえいつ追い抜かれるかわからず、そして年齢には誰も勝てない。いつどうなるかは誰にもわからないが、振り返った時に穏やかな時間がある人は幸せな人生だったと言えるのだろう。穏やかな時間というのは本当に普通の何気ない一瞬一瞬の中にしかない。全ては一期一会だなと思う。人との出会いも本との出会いも映画との出会いも一期一会。今を逃すと一生出会うこともない。今この瞬間をもっと大切にしたいと思う。

  • no.573
    2023/12/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    スワン 呉勝浩/角川文庫

    理論上頭では分かっていても、実際に経験してみないとほぼ何も分かっていない事は多くある。普通に暮らしていても、生きるのは後悔と反省の連続だ。まして非日常の出来事であれば、安全なところから頭で考える評論家など、実際の当事者に比べれば雲泥の差があるだろう。本書はショッピングモールで銃乱射という、突然のパニックに襲われる群像劇だ。
    一部始終が完結した段階でどうすれば最善の行動であったのかを知る事は誰にでもできる。ただ、それをもって単純に白黒判断し個人を断罪するなどは、実際を知らない浅はかな人間によるノイズ以外の何物でもない。消えない傷を抱え、後悔や罪の意識などを最も強く感じながら、それと共に生きていくのは当人なのだから。
    映画『ミスト』を思い出した。最も後味の悪いこの映画も、人間はどうしようもないけれども最後の最後まで希望を捨ててはいけないという逆説を表現しているのかもしれない。

  • no.572
    2023/12/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    先祖探偵 新川帆立/ハルキ文庫

    先祖を調べてほしいという依頼を受け、戸籍謄本などを辿って調査をする、「ファミリーヒストリー」のような連作短編集。様々な依頼人により1話ずつ完結していく探偵物語だが、やはり自らの先祖に迫るラストが秀逸だ。これを書くための前振りとして、この連作短編集があるのだとも思ってしまうほど。
    8世代さかのぼると256人の先祖がいるという。その中の誰かひとりを欠いたとしても、今の形では存在し得ないことを考えると気が遠くなる思いがする。関係ないが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はこのあたりの表現が見事な映画だった。1985年公開か…。もはや古典的名作だ。そりゃこっちも年をとるわけだよね。

  • no.571
    2023/11/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    サピエンス全史 ユヴァル・ノア・ハラリ/河出文庫

    最初の方は映画『2001年宇宙の旅』を思い出した。ホモ・サピエンス以前の状況からわけの分からないラストの描写まで、1968年に公開されたこの映画はかなり近いところを表現していると今改めて思う。本書を読むと、未来の描写なんて現代人に分かるわけがないことを思い知らされる。何万年という巨視的な目で人類の変遷を思うと、この先何が起きてもおかしくはないし、最悪の未来も最善の未来も起こり得る。ただ、自分自身も含め人類の性質を考えるにつけ、あまり明るい未来を想像するのは難しい。
    本書のテーマでもある「私たちは、何を望みたいのか?」という問いは深遠だ。今までだって、人類は自分達の快適のために進化し続けてきたはずだ。それなのに不満はどんどん増殖し、交通事故死よりも自殺者の方が数倍多いのはなぜなのか。
    本書では宗教とイデオロギーについても触れているが、日本の神道や仏教は宗教というよりも哲学に近い。これに関してはこの国に生まれた事を有り難く思う。

  • no.570
    2023/11/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    自分の中に毒を持て 岡本太郎/青春文庫

    「芸術は爆発だ」というイメージの裏にはかなり深い洞察がある。人間とはいかなるものか。今こそ著者の言葉に耳を傾ける時代だろう。現代の病にいち早く警鐘を鳴らしていた。
    ダメな自分も受け入れて、体当たりでぶつかってみなければ本当には何もわからない。安全な場所からでは何も生み出せないし、そこから他人を批判するだけなんて卑怯者以外の何者でもない。生き方そのものを「美」に昇華させる著者の言葉は、時代を超え重い説得力をもって心に響いてくる。

  • no.569
    2023/11/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン デイヴィッド・グラン/ハヤカワ文庫NF

    マーティン・スコセッシ監督のこの映画を観た。疲れていたこともあり、正直に言って途中少しうとうとしてしまった所もある。この監督の映画は『タクシードライバー』『レイジング・ブル』『グッドフェローズ』などを観た事があるが、デ・ニーロ・アプローチと呼ばれるロバート・デ・ニーロの鬼気迫る役作りはこのあたりに代表される。
    この監督はエンターテイメント性よりも人間の狂気を描く文学性の高い作品が多いので、つまらないと感じてしまう人もいるのはわかる。ただ、ふとした拍子に昔観た映画を思い出すというようなことが、この監督の作品には多い。エンターテイメントのような面白さではないものの、必ず何かが心に深く刻まれる。映画も本書ノンフィクションも決して傍観することのできない普遍性のある問題が含まれている。

  • no.568
    2023/11/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    カード師 中村文則/朝日文庫

    占いを全く信じていないタロット占い師で違法賭博のディーラーでもある主人公が不条理な事態に巻き込まれてゆくストーリー。錬金術師や魔女狩り、奇術師、UFO、ユリ・ゲラー、オウムなどの怪しい話から、阪神淡路大震災、3.11、コロナなど最近の話まで入ってくる。
    中でもやはり、ポーカーの心理戦が圧巻だ。いわゆるポーカーフェイスからイカサマまで、どこまで読み切れるか。確率の問題と周りの気配が複雑に絡み合う選択。
    勝つ時も負ける時も明日は必ず来る。出た目をどう解釈するかは、結局自分自身がどう生きるかの問題だ。全ては死ぬまで途中経過。あらゆる占いよりも、明日がどうなるか誰にもわからないという唯一の真実は、全ての人に与えられた小さくても確かな希望とも言える。

  • no.567
    2023/10/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    中村文則/講談社

    ― 幸福? 目の前の猿が問うようだった。 “何を言っているのだろうか。私は幸福ではない” 彼が私をずっと見ていた。 “私は吹雪のなか芽を食べているだけだ。私はただこのようにあるだけだ。君たちの尺度を私達に当てはめるな” ・・・・・・
    “別に幸福でなくてもいいだろうが” ― (本書より)

    今ほど、どうでもいい情報、知りたくもない情報がガンガン入ってくる時代もないだろう。人は自分の絶対的尺度ではなく、他者との相対的尺度でしかものを計れなくなった。つまり列の前か後か。そして、列は永遠に伸びてゆく・・・。

  • no.566
    2023/10/5UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    新編 宮沢賢治詩集 宮沢賢治/新潮文庫

    (あめゆじゆとてちてけんじや)
    中学校の教科書に出てきた「永訣の朝」は、本書の大半を占める「春と修羅」からの一節だ。深い哀しみと空虚な怒りが通底するようなこの詩集は全編、妹の死という受け入れ難い現実に直面した困惑から成るのだろう。
    「永訣の朝」とそれに続く「松の針」「無声慟哭」だけがはっきりとした意味を持ち、他は普通に読むと全く意味が分からないものも多い。ただ、いつ読んでも新鮮な驚きを感じさせる。意味なんて実はあまり関係ないのかもしれない。これは詩というよりも、やはり心象スケッチ以外の何ものでもないのだから。絵画でも文学でも映画でも、それぞれ自由に解釈することができ、その幅が広く懐が深い作品ほど名作と呼ばれる。
    宮沢賢治没後90年。まさに時代を超えた名作なのだと思う。

  • no.565
    2023/9/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    心淋し川 西條奈加/集英社文庫

    直木賞受賞作文庫化。
    厳しい境遇に立たされた老若男女が流されてくる心町(うらまち)の長屋を舞台にした時代連作短編集。「心」と書いて「うら」と読ませるように、それぞれに傷を持った住人達は互いに干渉し過ぎず、でもそれとなく心を配り合いながら暮らしている。何かが一気に好転する事はひとつもないが、1篇1篇に鈍く光る人生があり、貧乏長屋なればこその粋を感じさせる。
    最近では「貧富の格差」やら「二極化」などと声高に報じられたり、さらには「親ガチャ」や「論破」などという品のない言葉が流行ったりもするが、それはいつの時代でも言っても詮無い同じ事。たまにこういう小説を読むと、時代の趨勢に関わらず本当に大切なものは何なのかを思い出させてくれる。
    誰の人生にもAIなどでは計り知れない、繊細な心の機微があるだろう。