さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.233
    2018/5/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    始末屋 宮本紀子/光文社文庫

    華の吉原で勘定の焦げ付いた客に対し、遊郭の主に代わって借金の取り立てを請け合う「始末屋」。そこで働く、陰のある眼をした若い男の物語。ある花魁から名指しで受けた取り立て依頼の一件が、自らの悲痛な過去と交わる。
    始末屋という非常に生々しい稼業の中から、吉原で働く人々の現実や心の機微に触れ、徐々に思慮を深め成長してゆく。暗い過去の殻を脱ぎ捨て、新たなる一歩を踏み出すまでの成長物語であり、王道の人情時代小説だ。
    吉原で思い出すのが落語の『紺屋高尾』や『文七元結』などの人情噺。故・立川談志師匠が照れまくり言い訳をしながら演っていたのが何とも言えず味わい深く、本書同様江戸の粋を感じさせてくれる。

  • no.232
    2018/4/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    卒業 重松清/新潮文庫

    傑作。
    第1回(2004年)さわベス1位。

  • no.231
    2018/4/25UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    壬生義士伝 浅田次郎/文春文庫

    『慶應四年旧暦一月七日の夜更け、大坂北浜過書町の盛岡南部藩蔵屋敷に、満身創痍の侍がただひとりたどり着いた。』
    本書は、そんな一文から始まる。
    ここにたどり着いた侍が、南部藩を脱藩し新撰組に入隊、後に「鬼貫」とまで呼ばれるほど人を斬りまくった吉村貫一郎だった。時代に抗いながら、人として真っ当に生きようと懸命に努力し続けたそんな男の生涯を、御一新から約50年後の世の中で、様々な人間に聞き歩く男がいる。様々な視点から語られる「吉村貫一郎」の姿を通じて、「人として生きること/死ぬことの意味」を痛切に感じさせられる。
    「守銭奴」と呼ばれ嫌悪されていた一方で、「あの男だけは殺してはならぬ」「能うかぎりの完全な侍」とも称された男。読み進めれば読み進めるほど、彼の生き様に称賛の拍手を贈りたい気持ちになるし、時代に流されずに自分の生き方を貫く自分でありたいと思わされる。「武士」という、時代が課す制約の中で、「武士」として真っ当でありながら時代にも逆らうというその生き方は、生きづらさの募る今の時代においても意味のある何かをずっしりと残していくことだろう。

  • no.230
    2018/4/17UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    王とサーカス 米澤穂信/東京創元社

    大刀洗万智は、些細な出来事をきっかけに、6年勤めた新聞社を退職した。フリーの記者として生きていくことを決め、ある雑誌の記事のために、万智はネパールのカトマンズに向かった。とはいえ、雑誌の特集までにはまだ時間がある。気分転換の旅行も兼ねているつもりだった。
    特に目的もなくカトマンズをうろうろしている時、それは起こった。
    王宮での大事件。皇太子が親族の夕食会で銃を乱射。国王や王妃を含む多数の人間が死亡するという痛ましい事件が起こったのだ。
    万智は、クライアントである雑誌社と連絡を取り合い、この事件の取材を手掛けることになった。長く記者を続けてきたが、外国での取材は初めてだ。なかなか勝手が分からず、しかも情報も制限され、カメラの機能も十分ではない。しかし、やるしかない…。
    本格ミステリの枠組みを使って、著者は価値観の転換を鮮やかに見せる。事件は最終的に解決を見るが、しかしそれは新しい始まりでもある。事件の陰に隠れていた価値観が主人公を揺さぶり、自問へと誘っていく。見えていたけど見えていなかったもの。知らされていたけど理解していなかったこと。この反転が、見事だ。

  • no.229
    2018/4/17UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    極北へ 石川直樹/毎日新聞出版

    著者の文章は本当に気持ちがいい。声高に自然保護を訴えるでもなく、自然への敬意や畏れ、そしてその美しさを淡々と語る様子が清々しい。旅を通じて出会う現地の人々や、悠久の自然の営みを見つめるまなざしは、多くの経験から地球を俯瞰的に見る著者ならではのものだろう。ジャンルを問わず、これからも様々な作品を出し続けてほしいと思う。
    全く関係ないが先日ピカデリーで、映画『ロープ/戦場の生命線』を鑑賞。戦争を別な切り口で描いていて、地味ながら傑作だった。地味な傑作といえば『穴』『十二人の怒れる男』『キューブ』『ナイト・オン・ザ・プラネット』『スモーク』など他にも過去に数多く存在する。本を買ったり映画館へ行ったりする行為は、この先もいい作品に出会うための、ひとつの投資のようなものでもあると思う。派手な話題作だけでなく、心に残るいい作品が今後も生み出されるために。

  • no.228
    2018/4/10UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    プラネタリウムの外側 早瀬耕/ハヤカワ文庫JA

    表紙買いした一冊。人工知能や時間・空間に関するSFなのに、非常に人間的な小説だった。取り戻すことのできない、瞬間・瞬間の一回性、不可逆性が表現されていて、切ない。映画『her世界でひとつの彼女』を思い出した。
    それにしても、本の“表紙買い”はほぼ当たる。表紙のデザインにピンと来るものがあった時は、騙されたと思って迷わず買ってみてほしい。そもそも、大手出版社から出版される本に意味の無いものなど、あるはずがないのである。自分のイメージや好みと、内容が大きく異なる事は当然想定される。それでも読み続けると、必ず今の当人にとって必要な、意味のある何かが隠されているはずだ。最後まで読んでも何も無かった時は?
    その時はこう考える事にしている。不味い酒を飲んだ事のない人間に、酒の美味さなどわかるものかと。どんな経験にも意味はある。

  • no.227
    2018/4/10UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    君たちはどう生きるか 吉野源三郎/マガジンハウス

    本書の主人公は、15歳の「コペル君」だ。コペル君は聡明だし、そして真っ直ぐでもある。周りの意見に流されることなく自分の頭で考えることができるし、誰かのためになることを率先して行うことが出来る。そういう、中学生らしからぬ大人びた子どもなのだけど、でもやっぱり、あらゆることについてそういられるわけではない。コペル君でも、自分がしてしまった行動について思い悩み、心をかき乱され、思考が散り散りになってしまうこともある。そうやって、少しずつ大人になっていく。
    コペル君の周囲の、非常に小さな世界を中心に巻き起こる小さな出来事をベースに、叔父さんの類まれなる視点が、それらを豊かな教訓へと変えていく。まさに、「コペル君はこんな風に素晴らしく生きている。では、君たちはどう生きるか?」と問いかけられているような作品で、背筋が伸びる。
    この本そのものが『父親』のようであり、『本物の教師』のようでもある。もの凄く大きなてのひらに包まれているような、世界にそっと受け止められているような、そういう暖かい安心感がにじみ出てくるような作品です。

  • no.226
    2018/4/3UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    怒り 吉田修一/中公文庫

    八王子で、ある殺人事件が起こる。被害者は尾木という夫婦で、犯人は犯行後六時間も現場に留まった。その間ほぼずっと全裸で過ごしていたと考えられている。浴室には、被害者の血を使って「怒」という字が書かれていた。犯人は日付が変わった午前1時過ぎに尾木邸を後にした。その後すぐ、無灯火運転で検問中の巡査に呼び止められ、逃走。以後行方は知れない。
    男の名を、山神一也と言う。
    千葉・東京・沖縄の離島の3箇所で、素性の知れない三人の男が現れる。房総の漁港で働く田代哲也、新宿のハッテン場で拾われた大西直人、無人島で生活する田中信吾。彼らの誰かが山神だ。しかし読む者は誰もがこう思うだろう。誰も、山神であって欲しくない、と。
    彼ら三人は直接的には関わり合いを持たない。そして、それぞれの場で彼らは余所者である。そしてそれぞれの場で、彼らに近い人物の幸せが崩壊する。
    山神だった者の周囲の人間の幸せが壊れるのは分かる。しかしそれ以外の二人も、山神ではないにも関わらず、山神の存在がきっかけで周囲の者の幸せを破壊する。この物語の構成が凄まじい。

  • no.225
    2018/4/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    退歩のススメ 藤田一照・光岡英稔/晶文社

    禅僧と武術家の対談。相反するように見える二者に共通する身体感覚から、その思想や哲学、死生観などをも語られている。現代のどのような場面においても、多くの示唆に富んだ一冊だと思う。
    体感として経験がない分、きちんと理解できたとは言い難いが、武術家はさすがに考え方がリアルである。最後の方に死生観の話の中で、伊藤計劃著『虐殺器官』をさらっと紹介していて、なぜかちょっとドキっとした。個人的には本書を読んだ後『楢山節考』を思い出し、また考えさせられている。

  • no.224
    2018/3/27UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    それからは
    スープのことばかり考えて暮らした 吉田篤弘/中公文庫

    みんなにオーリィさんと呼ばれることになるオオリさんは、ふらりとこの街に引っ越してきた。仕事を辞め、新しい仕事を探している最中のことだ。本来ならば仕事を探さなくてはいけないのだけど、どうにもやる気が出ない。
    「3」とだけ書かれた袋を街中でよく見かけ、何だろうと思って大家さんに聞いてみると、サンドイッチ屋なんだという。一度買ってみるとこれがひたすらに美味しい。そのうち、その店主である安藤さんと仲良くなり、その息子のリツ君とも親しくなった。いつも行く映画館では、館内でスープを飲んでいるご婦人が気に掛かる。大家であるマダムも時折声を掛けてくれるし、そういえば家の目の前には教会もある。
    そんなオーリィさんの、様々な人を介した日常を描いた作品です。
    吉田篤弘の作品というのは何だかんだ読みたい気分になってしまうのだけど、この人の描く世界はいい。ものすごく淡い色ばかり使っている水彩画を思わせる作品で、派手さはないしインパクトにも欠けるんだけど、でもなんだかずっと見ていたくなるような、ずっと見てると輪郭だけが妙にくっきりしてくるみたいな、そんな不思議な作品です。