さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.227
    2018/4/10UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    君たちはどう生きるか 吉野源三郎/マガジンハウス

    本書の主人公は、15歳の「コペル君」だ。コペル君は聡明だし、そして真っ直ぐでもある。周りの意見に流されることなく自分の頭で考えることができるし、誰かのためになることを率先して行うことが出来る。そういう、中学生らしからぬ大人びた子どもなのだけど、でもやっぱり、あらゆることについてそういられるわけではない。コペル君でも、自分がしてしまった行動について思い悩み、心をかき乱され、思考が散り散りになってしまうこともある。そうやって、少しずつ大人になっていく。
    コペル君の周囲の、非常に小さな世界を中心に巻き起こる小さな出来事をベースに、叔父さんの類まれなる視点が、それらを豊かな教訓へと変えていく。まさに、「コペル君はこんな風に素晴らしく生きている。では、君たちはどう生きるか?」と問いかけられているような作品で、背筋が伸びる。
    この本そのものが『父親』のようであり、『本物の教師』のようでもある。もの凄く大きなてのひらに包まれているような、世界にそっと受け止められているような、そういう暖かい安心感がにじみ出てくるような作品です。

  • no.226
    2018/4/3UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    怒り 吉田修一/中公文庫

    八王子で、ある殺人事件が起こる。被害者は尾木という夫婦で、犯人は犯行後六時間も現場に留まった。その間ほぼずっと全裸で過ごしていたと考えられている。浴室には、被害者の血を使って「怒」という字が書かれていた。犯人は日付が変わった午前1時過ぎに尾木邸を後にした。その後すぐ、無灯火運転で検問中の巡査に呼び止められ、逃走。以後行方は知れない。
    男の名を、山神一也と言う。
    千葉・東京・沖縄の離島の3箇所で、素性の知れない三人の男が現れる。房総の漁港で働く田代哲也、新宿のハッテン場で拾われた大西直人、無人島で生活する田中信吾。彼らの誰かが山神だ。しかし読む者は誰もがこう思うだろう。誰も、山神であって欲しくない、と。
    彼ら三人は直接的には関わり合いを持たない。そして、それぞれの場で彼らは余所者である。そしてそれぞれの場で、彼らに近い人物の幸せが崩壊する。
    山神だった者の周囲の人間の幸せが壊れるのは分かる。しかしそれ以外の二人も、山神ではないにも関わらず、山神の存在がきっかけで周囲の者の幸せを破壊する。この物語の構成が凄まじい。

  • no.225
    2018/4/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    退歩のススメ 藤田一照・光岡英稔/晶文社

    禅僧と武術家の対談。相反するように見える二者に共通する身体感覚から、その思想や哲学、死生観などをも語られている。現代のどのような場面においても、多くの示唆に富んだ一冊だと思う。
    体感として経験がない分、きちんと理解できたとは言い難いが、武術家はさすがに考え方がリアルである。最後の方に死生観の話の中で、伊藤計劃著『虐殺器官』をさらっと紹介していて、なぜかちょっとドキっとした。個人的には本書を読んだ後『楢山節考』を思い出し、また考えさせられている。

  • no.224
    2018/3/27UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    それからは
    スープのことばかり考えて暮らした 吉田篤弘/中公文庫

    みんなにオーリィさんと呼ばれることになるオオリさんは、ふらりとこの街に引っ越してきた。仕事を辞め、新しい仕事を探している最中のことだ。本来ならば仕事を探さなくてはいけないのだけど、どうにもやる気が出ない。
    「3」とだけ書かれた袋を街中でよく見かけ、何だろうと思って大家さんに聞いてみると、サンドイッチ屋なんだという。一度買ってみるとこれがひたすらに美味しい。そのうち、その店主である安藤さんと仲良くなり、その息子のリツ君とも親しくなった。いつも行く映画館では、館内でスープを飲んでいるご婦人が気に掛かる。大家であるマダムも時折声を掛けてくれるし、そういえば家の目の前には教会もある。
    そんなオーリィさんの、様々な人を介した日常を描いた作品です。
    吉田篤弘の作品というのは何だかんだ読みたい気分になってしまうのだけど、この人の描く世界はいい。ものすごく淡い色ばかり使っている水彩画を思わせる作品で、派手さはないしインパクトにも欠けるんだけど、でもなんだかずっと見ていたくなるような、ずっと見てると輪郭だけが妙にくっきりしてくるみたいな、そんな不思議な作品です。

  • no.223
    2018/3/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    それまでの明日 原尞/早川書房

    他のメディアにはない「本」だけの愉しみのひとつに、全ての物語は読むひと自身の想像力次第だという点があるだろう。
    全て語り尽くす事なく、ある程度を読者の想像力に任せる事で、活字の内容以上に無限の含みを持つ。本書の、この乾いていながらにして抒情的な匂いある文章。正統派ハードボイルドミステリー、伝説の「私立探偵・沢崎シリーズ」に14年ぶりの再会を感じる。

  • no.222
    2018/3/23UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    クライマーズハイ 横山秀夫/文春文庫

    圧巻の物語だ。
    メインの舞台は、1985年に起きた世界最大の飛行機事故である、御巣鷹山の日航機事故を取材する新聞社だ。
    安西という販売局の人間と山登りをするようになっていた、編集局所属の悠木。安西は何故山に登るのか、という悠木の問に対し、「下りるために登るんさ」という謎の言葉を残す。そして同じ日、駅での集合直前に、日航機事故の一報が入る。
    悠木は、古参の記者にしては珍しく、いわゆる「遊軍」だ。デスクでも長でもなく、なんでもこなすフリーの記者。その悠木に、突然「日航全権デスク」、つまり日航機事故に関する紙面の全ての責任を持つデスクの任が降って掛かり、悠木はそれを受ける。
    独りで山に行ったんだろうと思っていた安西は何故か歓楽街で倒れていた。その一報を聞くや病院に向かった悠木は、目を開けたまま文字通り「眠っている」安西の姿を目にする。
    それでも悠木は新聞を作り続ける…。
    新聞を作る、というその全てがこんなにもドラマティックだったのか、と思う。その緊迫感、緊張感、いがみ、争い、想い、そうした全ての描写が圧巻だった。

  • no.221
    2018/3/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午/文春文庫

    気持ちよく騙される本格ミステリー。品のない一行目からすでに始まっている。むしろこれ以上の出だしはないと言っていい。いや、こんなコメントは蛇足以外の何物でもなく、完全に忘れてほしい。難しい事は一切ないので、綺麗にやられるのが理想的だ。それにしても、なんとも魅力的なタイトルである。何を書いても蛇足になるが。

  • no.220
    2018/3/14UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    孤狼の血 柚月裕子/角川文庫

    日岡秀一は、機動隊から呉原東署へと配属された。配属先は捜査二課。暴力団係だ。日岡は大上班に配属されることになったのだが、班長の大上が、その名を県内に轟かす有名な刑事だ。凄腕のマル暴として有名で、暴力団絡みの事件を多数解決し、警視庁長官賞を始めとする各種表彰を多数受けている。しかし同時に、褒められない処分歴も多い人物だった。表沙汰に出来ない違法捜査も数多く繰り返す。正義感の強い日岡はその度に、大上への不信感を募らせていく。しかし一方で大上は、善良な市民に対しては実に親切に接していた。あくどいことを続けているが、市民を暴力団から守るためという大義名分はきっちりとしている。日岡は少しずつ、大上のやり方に違和感を覚えなくなっていく。
    呉原では、きな臭い事件が頻発していた。尾谷組と、五十子会傘下の加古村組の衝突が様々に起こり、銃撃でお互いの組の人間が幾人か殺されるという事件に発展している。この衝突を回避しようと奔走するが…。
    エンタメ作品としてすいすい読み進められる一方で、法とは何か、正義とは何か、というようなことを強く考えさせる物語だ。

  • no.219
    2018/3/14UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    神坐す山の物語 浅田次郎/双葉文庫

    これは娯楽小説ではない。著者の実体験をモチーフにした物語。神社仏閣の敷地に足を踏み入れた時の、厳かで静謐な空気を感じるような小説だ。八百万の神々が宿る国、日本特有の自然観や畏れが描かれている。昔話、お伽噺、怪談、奇談、言い伝え、等々…何年経っても心に残され、語り継がれるべき物語のひとつである。不自由さや不確実さの残る余地が少なくなった時代だからこそ、忘れてはならない何かが含まれているような気がする。例えば津波がここまで来たという事を示す石碑と同じように。心にくさびを打ち込むように。

  • no.218
    2018/3/7UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    数学ガール 結城浩/SBクリエイティブ

    本書はガチの数学の本だ。しかし小説風でもあり、中身は頑張れば文芸の人でも読めるレベルだ。何よりも、登場人物たちが魅力的なんだなぁ。
    主人公であるぼくは高校生になった。彼の趣味は、数式を展開すること。つまり数学だ。中学時代も、ずっと図書室にこもっては数学的な思索にふけっていた。
    同じクラスにミルカという少女がいる。とにかく数学のことになると彼女はすごい。勝手にぼくのノートに書き込みをしたり突然講義を始めたりするところがあるけれども、ミルカとの数学談義にはいつも引き込まれる。
    二年になる。ぼくはある後輩の女の子から手紙をもらう。そこには、数学のことをいろいろ聞きたい、教えてもらえないですか、と書いてあった。
    彼女の名はテトラ。数学はまだまだ勉強し始めで疑問だらけだけど、でもきちんと勉強したいという意欲の伝わってくる子だ。
    ぼくはこうして、ミルカとテトラという女性と数学を介した交流を続けることになる…。
    フィボナッチ数列の一般項や、sinxの因数分解など、数学の授業では教わったことのない刺激的で魅力的な数学の話が展開される作品だ。