さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.238
    2018/5/15UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    火怨北の耀星アテルイ 高橋克彦/講談社文庫

    大げさなことを言おう。いや、決して大げさではないのだが、きっと大げさに聞こえてしまうだろう。
    さわや書店に来て良かった。「火怨」と出会えたから。
    さわやで働くことにならなければ、「火怨」を読むことは一生なかったかもしれない。それぐらい本書は、僕にとってハードルの高い本だった。歴史のことは詳しくないから、歴史を扱った小説を読むのが苦手だ。それに上下で1000ページを超える分量も、躊躇させる要因だ。
    さわやで働くからには、地元の偉大な作家である高橋克彦の小説は避けては通れないだろう―正直、その程度の気持ちで読み始めた。でも、読みながら、すぐさま心を掴まれた。なんて面白いんだ!と。
    人間ではなく、獣として扱われ続けた蝦夷の民が、「人間」としての誇りも、自分たちが住むこの土地も捨てずに済むように闘う物語は、「人間」として生きる上で忘れてはならない大事なことを胸に刻んでくれる。

  • no.237
    2018/5/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ダック・コール 稲見一良/ハヤカワ文庫

    読む度にいつも思う。この、重厚で静謐な美しい文章。ああこれは今、紛れもなく名作を読んでいると。
    場所や雰囲気の大きく異なる6つの短編集。その全てに野鳥が出てくるが、あまり知らなくても問題ない。共通している主題は、あくまでも男の生きざまだ。主人公たちは野鳥との邂逅の中から己の生き方を見つめる。行きつく先を本能的に知っているような野生動物は、何の打算もなく懸命に生きて死んでいく姿が美しい。
    だいぶ種類は異なるが、北野武監督の映画もある意味同系の「美」を含んでいるのではないだろうか。激しいバイオレンスの中、生き方の当然の帰結としての「死」を受け容れているところがある。限りある時間と行きつく先を知っていて、自ら死に場所を求めるような潔さの中に、本書にも似た美的感覚を見る。

  • no.236
    2018/5/9UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    紙つなげ!
    彼らが本の紙を造っている 佐々涼子/ハヤカワ文庫NF

    東日本大震災で壊滅的な被害に遭った、石巻の日本製紙の工場再建を描いた作品だ。
    本書の冒頭でも、著者と編集者の会話の中で触れられていることだが、僕も、書店という紙を扱う現場で働いていながら、紙がどう作られ、そこにどれほどの叡智と労力が注ぎ込まれているのか知らなかった。なんとなれば紙なんて、工場見学で良く見かける工業製品と同じように、材料をセットしてラインに載せたら完成するんでしょ、ぐらいに思っていた。
    本書を読んで、そのイメージがガラリと変わった。
    各工場には、紙を作るための「レシピ」が存在するが、「レシピ」だけでは紙は完成させられないという。技術者たちの微調整によって、完璧な紙が出来上がるのだ。また、石巻工場で最初に再建された、通称「8マシン」と呼ばれる8号抄紙機(主に出版系で使われる紙を製造している)のリーダーは、『「8マシン」にはクセがあるから、本屋に並んでいる本を見れば、「8マシン」で作ったかどうかすぐ分かる』という。
    つまり紙というのは、工業製品というよりもむしろ、職人工芸と言えるのだろう。
    そんな紙を製造するための、日本国内における主力と言える石巻工場が壊滅的な被害を受けた。誰もが、日本製紙は石巻工場を見捨てると思ったほどの惨状だった。しかし、『8号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です』というほど、8号でしか作れない紙がある。この国の出版を支えてきたという自負と共に、凄まじい状況に立ち向かった者たちの壮絶な奮闘記だ。

  • no.235
    2018/5/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    東大教授が挑む
    AIに「善悪の判断」を教える方法 鄭雄一/扶桑社新書

    「道徳」という、あまりにも曖昧模糊として人それぞれに判断が異なるものに対し、すっきりとした一定の基準を示している。
    古今東西のあらゆる哲学・宗教・思想、あるいはサンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』や、マズローの「欲求五段階説」なども引用しながら、道徳の種類を工学的な視点で、分け隔てなく分類。この大胆な切り口が全体像を把握・整理し、それぞれの専門家では広く説明する事が難しい道徳の中身を、俯瞰的・可視的にはっきりと表している。
    本書はAIに道徳を教える前提で書かれているので、実際の人間の心はここまで単純化できるものではないとしても、「道徳」が教科化される教育現場のみならず誰もが自分自身の理解として、一旦頭の中を整理するためには最適な一冊だと思う。

  • no.234
    2018/5/1UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    作詞少女
    詞をなめてた私が知った8つの技術と勇気の話 仰木日向/ヤマハミュージックメディア

    僕は、音楽にさほど興味はない。乃木坂46のファンになったことで、最近ようやく乃木坂46や欅坂46の曲を聞くようになったが、人生において音楽が重要な要素を占めていた時期はない。iPodも持ってなければ、当然作詞をする予定もない。そんな人間が何故本書を読んだかと言えば、なんとなく面白そうだったから、としか説明のしようがないが、読んでみて、本書は作詞などする予定のない人でも読むべき作品だと感じた。
    何故なら本書は、「何か表現をする人」全般に役立つ話がたくさん盛り込まれている、と感じるからだ。
    「表現」というのは、絵でも映像でも文章でも芸術作品でも何でも構わない。本書は、その作品の性質上どうしても「作詞」に特化した話が多くはなるが、その合間合間に、「自分の内側から何か表現すべきものを出すこと」の本質的な部分を衝く描写が多く、「表現」に携わる人間が読んで損することはないだろう。
    本書における作詞に限った話にも触れよう。本書では繰り返し、作中人物の口を借りて「作詞はナメられている」という表現が出てくる。僕も、正直思っていた。作曲は無理だけど、作詞ぐらいなら出来るんじゃないか、と。本書を読んで、土下座したくなった。作詞ぐらいなら出来るんじゃないかと思っててすいません。

  • no.233
    2018/5/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    始末屋 宮本紀子/光文社文庫

    華の吉原で勘定の焦げ付いた客に対し、遊郭の主に代わって借金の取り立てを請け合う「始末屋」。そこで働く、陰のある眼をした若い男の物語。ある花魁から名指しで受けた取り立て依頼の一件が、自らの悲痛な過去と交わる。
    始末屋という非常に生々しい稼業の中から、吉原で働く人々の現実や心の機微に触れ、徐々に思慮を深め成長してゆく。暗い過去の殻を脱ぎ捨て、新たなる一歩を踏み出すまでの成長物語であり、王道の人情時代小説だ。
    吉原で思い出すのが落語の『紺屋高尾』や『文七元結』などの人情噺。故・立川談志師匠が照れまくり言い訳をしながら演っていたのが何とも言えず味わい深く、本書同様江戸の粋を感じさせてくれる。

  • no.232
    2018/4/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    卒業 重松清/新潮文庫

    傑作。
    第1回(2004年)さわベス1位。

  • no.231
    2018/4/25UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    壬生義士伝 浅田次郎/文春文庫

    『慶應四年旧暦一月七日の夜更け、大坂北浜過書町の盛岡南部藩蔵屋敷に、満身創痍の侍がただひとりたどり着いた。』
    本書は、そんな一文から始まる。
    ここにたどり着いた侍が、南部藩を脱藩し新撰組に入隊、後に「鬼貫」とまで呼ばれるほど人を斬りまくった吉村貫一郎だった。時代に抗いながら、人として真っ当に生きようと懸命に努力し続けたそんな男の生涯を、御一新から約50年後の世の中で、様々な人間に聞き歩く男がいる。様々な視点から語られる「吉村貫一郎」の姿を通じて、「人として生きること/死ぬことの意味」を痛切に感じさせられる。
    「守銭奴」と呼ばれ嫌悪されていた一方で、「あの男だけは殺してはならぬ」「能うかぎりの完全な侍」とも称された男。読み進めれば読み進めるほど、彼の生き様に称賛の拍手を贈りたい気持ちになるし、時代に流されずに自分の生き方を貫く自分でありたいと思わされる。「武士」という、時代が課す制約の中で、「武士」として真っ当でありながら時代にも逆らうというその生き方は、生きづらさの募る今の時代においても意味のある何かをずっしりと残していくことだろう。

  • no.230
    2018/4/17UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    王とサーカス 米澤穂信/東京創元社

    大刀洗万智は、些細な出来事をきっかけに、6年勤めた新聞社を退職した。フリーの記者として生きていくことを決め、ある雑誌の記事のために、万智はネパールのカトマンズに向かった。とはいえ、雑誌の特集までにはまだ時間がある。気分転換の旅行も兼ねているつもりだった。
    特に目的もなくカトマンズをうろうろしている時、それは起こった。
    王宮での大事件。皇太子が親族の夕食会で銃を乱射。国王や王妃を含む多数の人間が死亡するという痛ましい事件が起こったのだ。
    万智は、クライアントである雑誌社と連絡を取り合い、この事件の取材を手掛けることになった。長く記者を続けてきたが、外国での取材は初めてだ。なかなか勝手が分からず、しかも情報も制限され、カメラの機能も十分ではない。しかし、やるしかない…。
    本格ミステリの枠組みを使って、著者は価値観の転換を鮮やかに見せる。事件は最終的に解決を見るが、しかしそれは新しい始まりでもある。事件の陰に隠れていた価値観が主人公を揺さぶり、自問へと誘っていく。見えていたけど見えていなかったもの。知らされていたけど理解していなかったこと。この反転が、見事だ。

  • no.229
    2018/4/17UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    極北へ 石川直樹/毎日新聞出版

    著者の文章は本当に気持ちがいい。声高に自然保護を訴えるでもなく、自然への敬意や畏れ、そしてその美しさを淡々と語る様子が清々しい。旅を通じて出会う現地の人々や、悠久の自然の営みを見つめるまなざしは、多くの経験から地球を俯瞰的に見る著者ならではのものだろう。ジャンルを問わず、これからも様々な作品を出し続けてほしいと思う。
    全く関係ないが先日ピカデリーで、映画『ロープ/戦場の生命線』を鑑賞。戦争を別な切り口で描いていて、地味ながら傑作だった。地味な傑作といえば『穴』『十二人の怒れる男』『キューブ』『ナイト・オン・ザ・プラネット』『スモーク』など他にも過去に数多く存在する。本を買ったり映画館へ行ったりする行為は、この先もいい作品に出会うための、ひとつの投資のようなものでもあると思う。派手な話題作だけでなく、心に残るいい作品が今後も生み出されるために。