さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.209
    2018/1/31UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    おとなの進路教室。 山田ズーニー/河出文庫

    本書は、「働くとは?」「生きていくとは?」というような、主に進路をテーマとした文章をまとめた作品です。
    まえがきで、こんな風に書かれています。
    『特効薬ではありません。
    さらさら読める文章でもありません。
    ひっかかり、ひっかかり、読むところもあります。
    でも、自分の考えを引き出すのによく効きます。』
    確かにその通りです。
    本書は、明確な答えを提示してくれる作品でもなければ、何かズバッとしたものを提示してくれるような作品でもありません。著者が、自身の経験から、あるいは自身と関わりのある他者の経験から、様々に悩み苦しみ考え、そうやって表に出てきたものをまとめている、そんな印象があります。文章は、読みやすいし難しくないです。でも、書かれている内容は、スルッと読めるものでもないし、消化するのに時間が掛かるようなものも多いです。
    でも、だからこそ価値がある、と僕は思います。分かりやすくないからこそ、明確な答えではないからこそ、あなた自身をきちんと知るために、本書を読むべきなのだと思います。

  • no.208
    2018/1/23UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    電車屋赤城 山田深夜/角川文庫

    赤城という車両整備の職人との関わりを通じて、様々な人間の人生を切り取る物語だ。引きこもりの少年、子どもを失った親、二代目としての自信のない社長、鼻つまみ者のダメ社員など様々な人間が、赤城という無骨で物静かな職人と関わることで何かしらの新しい道筋を開くことが出来るようになる。
    赤城は、愛想はないし人付き合いは悪いしで、深く関わらないで遠くから見ている分にはすごく悪い人間に見える。けど、近づいて見れば見るほどその良さが分かる。口にしなくても伝わる言葉があり、視線を合わせなくても伝わる気持ちがある。そのさりげない好意に非常に好感が持てる。不器用な男だが、赤城と関わった様々な人間がみな、赤城を慕い赤城のために何か出来る事はないかと模索してしまうのも分かる。
    自分の正しさを信じているがために上とは衝突するし、正しいことをしてもそれを明かさない。言い訳もしないし何かに従属することもないまさに一匹狼で、組織には馴染まない男だ。そんな人間を中心に据え、1000形という廃棄寸前の車両を取り巻く人々を描き出す、見事な作品だ。

  • no.207
    2018/1/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ハーバード日本史教室 佐藤智恵/中公新書ラクレ

    映画『終戦のエンペラー』を思い出した。
    本書はハーバード大学で実際に講義している日本史のエッセンスについて、教授10名にインタビューした本である。日本の過去の出来事や日本人のとった行動を、世界でもトップレベルの教授や学生たちはどう見ているかが記されている。外からの目線で見る日本史だからなのか、非常に読みやすく切り口が新鮮で興味深い。歴史は暗記ではなく、過去の人々の行動や結果をどう解釈するか、自分だったらどうするかなどを考える事なんだと、今更ながら気づかされる。
    個人的に日本史と聞くと、年代やら人の名前やらを暗記しなければならないような、嫌な勉強アレルギーがいまだにある。試験のための勉強は練習だろうと思う。勉強ができた優秀な人は練習のスペシャリストだ。私のように勉強ができなかった優秀じゃない人は、本番から学ぶタイプなのだから遅くても大丈夫だと、思う事にしよう。(汗)

  • no.206
    2018/1/17UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    ノーサイドじゃ終わらない 山下卓/幻冬舎

    高校時代のラグビー部の勝治先輩が亡くなった。先輩の死は、ギャグみたいなもので、ニュースにも取り上げられるほど大きな事件だった。ヤクザの事務所にマシンガンを持ってぶっ放し、返り討ちに遭って死亡。勝治先輩らしいと言えばらしい。
    15年振りに地元に戻った沢木は、久々にラグビー部の面々と再会した。変わっていないようで、やっぱりみんな、それなりに色々ある。
    マネージャーだった翔子は、沢木たちと同期の牧瀬と付き合っていたのだけど、結婚寸前で牧瀬が結婚を撤回。翔子はようやく立ち直り掛けている。牧瀬は、勝治先輩の葬儀にも来なかった。
    「アホなことして死んだよね、ホント」という、悼むというよりは勝治先輩のらしさを偲ぶようなのんびりとした雰囲気が一変したのは、勝治先輩の襲撃事件に共犯者がいたという報道を見た時からだ。
    週刊誌記者時代の勘が、沢木をざわつかせる…。
    どう読んでも爽やかとは言えない設定の物語なのに、読むとどうしてか、青春小説のような爽快感がある。それぞれの人生に、どうやって落とし所を見つけていくのか。その過程で生まれる必死さや優しさ楽しむ小説だ。

  • no.205
    2018/1/17UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    コミュニティ
    デザインの時代 山崎亮/中央公論新社

    本書は、コミュニティデザイナーとして、日本中で様々な魅力的なプロジェクトを展開していることで著名であり、「つくらないデザイナー」を標榜している著者の作品だ。普段考えていること、仕事の進め方、社会の変化の捉え方など、コミュニティデザインというなかなかイメージしにくい仕事について全般的に語っている作品だ。
    『それでは、どんな市町村がこれからの時代の先進地になり得るだろうか。都道府県の県庁所在地だろうか。きっとそうではないだろう。都道府県のなかでも中山間離島地域と呼ばれる不便な場所で、すでにここ何十年も人口が減り続けている市町村こそ、眼前にさまざまな課題が立ち現れ、その対応に追われてきた「人口減少エリート」たちが住む地域である。この人たちが発明する日々の工夫や対応策は、人口が減少する地域のなかで何をすべきなのか僕たちに教えてくれる』
    「人生の豊かさ」や「人との繋がり」とは何なのか、そしてその構築に他者はどう関わることが出来るのか。これからの時代に確実に問われることになる問いと、それにどう答えを見出すかという奮闘を読み解くことが出来る一冊だ。

  • no.204
    2018/1/9UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    生ける屍の死 山口雅也/創元推理文庫

    トゥームズヴィル(墓の町)と名付けられた、ニューイングランド郊外の町。そこはバーリーコーン家が営む「スマイル霊園」という葬儀屋で成り立っている町であり、その名前と共に「死」に彩られた町である。
    その一帯で、奇妙な話が持ち上がる。一度死んだ人間が蘇るというのだ。ニュースでも取りあげられるほどで、次第に世界は、「死者の蘇り」という事実を受け入れなければならなくなってくる。
    そんな状況の中、バーリーコーン家の当主・スマイリーの遺産分配の関係で一族は集められた。しかし、スマイリーの死を待たずして、なんと日本人の血も併せ持つグリンが毒殺されてしまう。「生ける屍」として蘇ったグリンは、自らの死の真相を暴くべく、自分が死んでしまっていることを隠しながら調査に乗り出すが、スマイリーの死と前後して霊園内で死者が相次ぐ…
    「何故、死者が蘇る世界で殺人という行為を繰り返すのか?」
    これに対する論理の見事さが、そのまま作品の質になっている。あらゆる宗教・文学・歴史・医学などの知識をふんだんに織り交ぜ、独特の「死生観」を築き上げながらラストまで突き進む作品の凄みを感じて欲しい。

  • no.203
    2018/1/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    成熟脳 黒川伊保子/新潮文庫

    歳を重ねる事に勇気をもらえる本。脳を単なる入力装置として見るならば28歳がピークだそうだが、どれだけ膨大なデータを入力したとしても出力性能が良くなければ意味がない。様々な経験と知識を重ね合わせてどんな結論を導き出すか。あるいは何気ない自然の中から、物事の本質を直感したり美しさに感動したりする能力は出力の質であり、入力する能力とは真逆の方向性だ。いかに不要な回路を切り捨て、大事な部分を残すかという脳の作業は56歳からが最も発揮されるように、あらかじめプログラムされているという。
    関係ないかもしれないが、例えば次のような映画を観た時の感じ方は、歳によって変わってくるのではないだろうか。『スモーク』『ストレイト・ストーリー』『マグノリア』『めぐりあう時間たち』『美しい人9lives』『アキレスと亀』『歩いても歩いても』など、理屈や派手さのない味わい深さ。その深度には、違いが表れると思う。

  • no.202
    2017/12/27UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    天使のナイフ 薬丸岳/講談社文庫

    妻の祥子を少年三人組に殺された、コーヒーショップの店長桧山。当時犯行を行った少年らは、少年法の恩恵の元に、大した罪に問われぬまま、社会に戻ってきた。桧山は、以来止まってしまった時間と、否応なく進み続ける時間の中で、懸命にふんばってきた。
    今桧山は、一人娘の愛美とともに、穏やかな生活を送っている。しかしそんな日常は、刑事の登場によって一気に突き崩される。当時、祥子の事件を担当していた刑事がこう告げたのだ。
    少年Bが殺された。
    少年Bとは、祥子を殺した少年三人のうちの一人。コーヒーショップ付近にある公園で殺されているのが見つかったのだという。
    一体誰が何のために少年Bを殺したのか。桧山は、少年Bが過ごした更正施設や、少年AやCについても調べていくようになる。今起きている事件は一体何なのか。そして、過去のあの事件は一体何だったのか…。
    桧山という男が、少年法や社会という壁に立ちすくみ、それでも前進に繋がると信じて行動を起こす物語だ。中盤から終盤にかけての展開の速さと見事さには舌を巻かれる。

  • no.201
    2017/12/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    蒼天見ゆ 葉室麟/角川文庫

    普段、あまり時代小説を読む方ではないがなんとなく手に取った一冊。読んでいる途中で著者の葉室麟さん死去のニュースを目にし、本との出会いの不思議さや一期一会を感じるとともに、より深く本書が沁みた。幕末から明治にかけて、世の中の価値観が大きく変革する時代に、武士の矜持を貫いた最後の仇討ち。人間が生きていくうえでどうしても避けては通れない矛盾と信念との葛藤の中で、「青空を見よ」という教えが最後まで心に光り続ける。
    あまり関係ないが、青空派の小説としてどうしても思い出すのが辻内智貴著「青空のルーレット」。たしか、あとがきの青空に対する思いも素晴らしかったと記憶している。

  • no.200
    2017/12/19UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    高砂コンビニ奮闘記
    悪衣悪食を恥じず 森雅裕/成甲書房

    本書は、かつて江戸川乱歩賞を受賞した作家で、現在無職で生きていくのもギリギリの生活をしている著者が、50代半ばにして初めてコンビニアルバイトをした顛末を描いた作品です。
    高砂にあるコンビニは、著者が働き始めてから13ヶ月で閉店してしまったようですが、そこでの仕事、同僚、奇妙なお客さんなどなど、コンビニバイトの裏側を描いています。
    というだけでは特に面白くもなんともないエッセイという感じがするでしょうが、本書は「芸大を優秀な成績で卒業し、作家として辛口の書評家に評価された、これまでずっとフリーでやってきた中高年が、突如生きるためにコンビニバイトをする」という視点の新鮮さがなかなか面白い。著者が働いていたコンビニはちょっと客筋が悪かったようで、日々色んなトラブルが起こるし、スタッフとのめんどくさい人間関係もある。そんな中で、出来るだけ真面目に仕事をしたいと思っている著者のままならなさと、50代にしてコンビニでアルバイトをしているという卑屈さなどが入り混じって、読み物として面白い作品に仕上がっている。