さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.263
    2018/8/14UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    千年、働いてきました 野村進/新潮文庫

    日本人は新しいもの好きで、好奇心を持って流行を追いかけるのと同時に、古いものに対する特殊な敬意があるようにも思う。そのあたりのバランス感覚に、他の国にはない独特の価値観があるのかもしれない。歴史的な背景もさることながら、職人の技などテレビでちょっと見ただけで、無条件に偉いと思ってしまう。職人さんが偉いとかお百姓さんが偉いというのは、先生は偉いとか代議士が偉いというのとは種類が違う。歴史か信仰か、あるいは自然環境がそうさせるのか。
    始まったものには必ずいつかは終わりが来る。しかし、企業がその自然の流れに逆らって永く継続させる事は並大抵の努力で成し得るものではなく、且つ存続する事によって初めてその価値は生まれる。本書は日本の老舗製造業の、もの凄さを垣間見ることができる。
    いつもながら全く関係ない話で恐縮だが、先日ルミエールで『ファントム・スレッド』という映画を観た。オートクチュール(高級仕立服)職人と若い女性の物語なのだが、これがなかなかに恐ろしくも素晴らしかった。完璧なる職人の仕事や生活に狂いが生じたのは「愛」のためなのか?職人の完璧な仕事も、どこに墓穴があるか分からない。『ブギーナイツ』『マグノリア』『インヒアレント・ヴァイス』…、ポール・トーマス・アンダーソン監督自身も完全に映画職人と言えよう。

  • no.262
    2018/8/7UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    持たない幸福論 pha/幻冬舎文庫

    『大切なのは、周りに流されずに「自分にとって本当に必要なのは何か」「自分は何によって一番幸せになるか」という自分なりの価値基準をはっきり持つことだ』
    その通りだ。でも今は、そう出来ないで苦しんでいる人が多いように思える。
    『今の日本は物質的にも豊かで文化も充実していて治安もいいのに、こんなに生きるのがつらそうな人が多いのはちょっと変じゃないだろうか』
    まさにその通り。本書はそういう、何故だか分からないが生きるのが辛いし、面白いことがない、と感じてしまう現代人に読んでほしい一冊だ。
    僕たちが苦しいのは、「多くの人が実現できない未来」を「当たり前にやってくるはずの現実」と捉えてしまっているからだ。もちろんそれらは、一昔前であれば当たり前のことだった。でも、時代は大きく変わってしまっている。過去の価値観で、今では通用しなくなっているものというのは山ほどある。
    過去の価値観にしがみつくのではなく、自分の今いる現実の中で、自分はどうであったら幸せなのかをもう一度考え直す、そのきっかけになる一冊だ。

  • no.261
    2018/8/7UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    すべて真夜中の恋人たち 川上未映子/講談社文庫

    主人公と男性の会話がぎこちなく、あまり意味もない言葉なのに独特のリズムを持っていて、なぜか妙に心地いい。逆にそれ以外の登場人物の会話はなめらかで、それぞれの立場でもっともな意見や考えを言っているのに、どこか居心地の悪さを感じさせる。そのあたりの人間の陰影というか、対照性が本書を際立たせているひとつだと思う。
    普段あまり読まない種類の小説に、不思議と引き込まれた。何という事のないストーリーでも文章で読ませる作品は、才能としか言いようがない。

  • no.260
    2018/7/31UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    賢く生きるより辛抱強いバカになれ 稲盛和夫+山中伸弥/朝日文庫

    本書は、「京セラ」「第二電電(現KDDI)」などを創業し、「JAL」の再建にも携わった経営者・稲盛和夫氏と、iPS細胞の発見によりノーベル賞を受賞し、生物学研究の世界的トップランナーとして活躍する研究者・山中伸弥氏の対談だ。
    二人の縁は、稲盛氏が創設した「京都賞」を山中氏が受賞したことにある。実際にはその6年前、山中氏が稲盛財団から研究助成金を受けた時に関わりが出来たのだが、実質的には京都賞からだ。京都賞は、「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間として最高の行為である」という考えの元、優れた研究者や芸術家を顕彰する賞であり、現在ではノーベル賞の登竜門となる国際賞のひとつとして認知されている。山中氏を初め、京都賞を受賞した後にノーベル賞を受賞した研究者は6名もいる。
    本書は、特に「落ちこぼれ」と周囲から思われている人が読むといいだろう。二人共、決して秀才や天才というわけではなかったし、彼らの周りにいる人も違った。秀才や天才でなければ出来ないことというのはもちろんある。しかし同時に、秀才や天才であるが故に出来ないことがある。そして、「落ちこぼれ」ならそれが出来る、という状況は、様々な場面で存在するのだ。

  • no.259
    2018/7/31UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    生きるとか死ぬとか父親とか ジェーン・スー/新潮社

    かなりの紆余曲折を経て本書を書く境地に至ったのだろうと推察できる。短いエッセイの中でそんな逡巡がどこともなく漂う、父1人娘1人による最少単位の自称「限界家族」の歴史。
    どんな家族であれ、他人には窺い知ることのできない固有の空気感があり、家族である以上、完全に客観視することはできない。決して美談にしないように書いているが、それも含めて著者とご両親の美学というか、家風が表れているように思う。
    良い面と悪い面というのは表裏一体だ。良い面を残して悪い面だけを無くする事など不可能である。本書は相当にリアルな話で、いい話などほとんど書いていないにもかかわらず、ご家族の話は魅力的でどこか格好良く、それを書く著者もまた、十分に格好いいと思う。
    墓参りの季節に本書を思い出す。

  • no.258
    2018/7/24UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    お金がずっと増え続ける投資のメソッド―アイドルのわたしでも。 高山一実+奥山泰全/PHP研究所

    僕は、ギャンブルでお金を稼げるとは思っていない。ギャンブルで生計を立てている人ももちろん世の中にはいるのだろうが、そういう人はごく一部だし、「ギャンブルでお金を稼ぐ」という、なんとなく楽そうなイメージからは程遠い努力をし続けなければならないだろう。
    株などの投資も、知識がないまま行えばただのギャンブルだろう。「どの株が上がるか」「どの先物商品を買えばいいか」などというのは、結局不確定な未来の話であって、そういうものはどの道、どれだけ勉強しようがどれだけ経験があろうが、ギャンブルに変わりないだろうと思っている。
    本書が面白いなと思ったのは、この投資法はギャンブルではない、と感じられたことだ。この投資法の理屈をすべて理解できているわけではないが、本書の通りに投資を行えば、「確実にお金を増やせる」と感じられた。
    「確実にお金を増やせる」などという主張は実に怪しいと僕も思うが、これには一つ条件がある。それは、「根気よく何年も同じことを繰り返し続けること」だ。それさえ出来れば「確実にお金を増やせる」方法が、本書には載っている。いずれ試してみたいと思っている。

  • no.257
    2018/7/17UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    異邦人 カミュ/新潮文庫

    スイッチが入る時がある。時代小説やノンフィクション、ミステリーなど固有のジャンルに対するスイッチだけがONになる時が。商売柄できるだけ広く浅く読むようにしているが、一度スイッチが入るとそれ以外にあまり興味を持たなくなってしまう場合もある。そんな中でごく稀に、いわゆる名著と呼ばれているものを読むスイッチが入る時がある。このスイッチがなかなか入ってくれないので、その気になった時に読んでおかないと、後はもう一生読む機会がない可能性が高い。年齢に関わらずちょっとでもその気になった時、あるいはたまたま目にしたものであったとしても、迷わずに読むことをお勧めする。そう言う私は、宿題の読書感想文なんぞ一度もまともに読んだためしが無かったが…。
    古い作品が現在まで残り名著と呼ばれるのには、それなりの理由がある事が読めば分かる。なにも真面目くさったものではなく、当時としてはかなりぶっ飛んだ内容だったはずで、それが一般の人にも支持を得て名著となるのだろう。決して勉強のようなものではなく、むしろ学校で教わるようなきれいな知識とは真逆だからこそ、一生に一度は読んでおくべき名著なのだ。

  • no.256
    2018/7/17UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    図書館の魔女 高田大介/講談社文庫

    さわベス2018文庫1位に選んだ作品。2017年に、全4巻の本書の内、1巻を貸し出すという企画を行った。色々あってすぐにその企画を止めなければならなくなってしまったが、それぐらい読んでほしい本だった。
    1巻を貸すと決めたのは、ワケがある。というのは、1巻目はちょっと読むのが大変だからだ。2巻の半分ぐらいまで読んでもらえれば、あとは一気読みを保証する。「ファンタジー」などという括りでは到底収まらないような、世界レベルの傑作なのだ。ただ、面白くなってくるまでが、ちょっと辛い。だからこそ、1巻を貸し出そうと思ったのだ。
    マツリカという、ある一国の図書館のトップに立つ少女は、ある意味で言葉にとても不自由する存在でありながら、同時に、言葉のみを武器として世界と渡り合う力を持つ存在でもある。そんなマツリカの元に、一人の少年がやってくる。キリヒトと呼ばれるその少年が、修行場だった山奥を下り、「高い塔」と呼ばれる図書館にやってきた時、長い間開けられることのなかった「物語の扉」が静かに開くのだ。

  • no.255
    2018/7/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    虚無への供物 中井英夫/講談社文庫

    1964年刊行のミステリー小説。名作は半世紀以上たった今もなお、古くなるどころか時を超えてその輝きを増し、さらに新たな価値を放っているように思う。それは、時代に左右されることのない、人間の「業」そのものを描いているからだ。
    この作品の意図はそのラストに全て集約されているので、ちょっと長い小説だが、ばかばかしいと思わずに最後まで読んでみてほしい。そのばかばかしさも本書を構成する重要な役割を担っている。現代のネット社会の功罪などは、まさに「虚無への供物」としか言いようがない。
    なぜか映画『凶悪』を思い出した。
    鉄格子の内と外、純粋な悪と善。今、自分はどちら側に立っているのか。自省の意味も込め、よく考えてみたいと思う。

  • no.254
    2018/7/10UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    コンビニ人間 村田沙耶香/文藝春秋

    子供の頃、「みんな」にうまく馴染めなかった。昔はそのことで、結構苦労した。「みんな」の考えていることに賛同できなかったり、「みんな」が無意識に従っているルールが分からなくて困ったりすることは多かった。「みんな」の中にいる人は、自分が所属している「みんな」に違和感を覚えていないように見えた。そのことも怖かった。
    大人になって少しずつ、「みんな」が怖くなくなった。今では「みんな」から外れていられることを良いことだと思えるようになった。子供の頃から「みんな」に違和感を覚えて、どう「みんな」と付き合っていくのかを考え続けてきた結果だと思っている。
    でも、そういう人は多くないかもしれない。そしてそういう人が、大人になってから「みんな」に違和感を抱くようになったら、なかなか対処は難しいだろう。それこそ、死んでしまうという選択をする人だっているかもしれない。
    そういう人に、本書を読んでほしいと思う。
    主人公の古倉さんも、「みんな」に馴染めない人だ。彼女には、「はっきりしたルールさえあればちゃんとした人間でいられるのに」という思いがある。だからこそ彼女は、ルールが明確なコンビニで働く。コンビニで働いている時だけ、ちゃんと人間をやれている、と感じる。
    ある意味で、「コンビニ人間」の主人公は古倉さんじゃない。「みんな」だ。本書を読んで、「みんな」の怖さを知ることで、現実に対処しやすくなるかもしれない。