さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.6052024/12/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
ダブリナーズ ジェームズ・ジョイス/新潮文庫
アイルランドの首都、ダブリンの人々を描く名作短篇集。全体で完結する群像劇とも言える。暗い雰囲気の漂う中、そこに住む生活者たちの悲喜こもごもを描き、大きな盛り上がりもないのにラストは深く心に染み入るような小説だった。そう言えば少し前に観た映画『ベルファスト』も北アイルランドの首都を描くいい映画だったと記憶している。
群像劇として見るならば、いろいろな話があって最後に全体として納得感のある絵を見いだせるかどうかにかかっていると思う。映画で言えば『スモーク』や『マグノリア』などはあまり品のいい映画ではないのかもしれないけれど、個人的には好きな傑作群像劇である。
本書もやはり、いろいろと味わい深い短編が続く中で最後の2篇「恩寵Grace」と「死せるものたちThe Dead」によって、全体として納得感のある名作になっているのだと思う。人の名前などは気にせず、気軽に群像劇として読んでみてほしい。 -
no.6042024/11/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
精神と自然 グレゴリー・ベイトソン/岩波文庫
少し前に読んだ本が、いまだに自分の頭の中で思考が回り続けいている。咀嚼するまでにある程度の時間が必要な本であり、その時間が意外と大事なのかもしれない。最近何気なく読んだ「遺伝子はなぜ不公平なのか?」(稲垣栄洋著・朝日新書)とか、全く関係のない「謎のチェス指し人形ターク」(トム・スタンデージ著・ハヤカワ・ノンフィクション文庫)を読んだ時でさえ、本書との関連性を考え込んでしまう。
遺伝子、学習、数と量、環境変化、ランダムな変異、進化。データとは、意識とは、美とは、知性とは何なのかなど、多岐にわたり考えさせられる。SNSやAI時代の、変化の激しい現代にこそ読まれるべき本だと思う。 -
no.6032024/11/19UP
本店・総務部Aおすすめ!
午後三時にビールを 中央公論新社
なんとなく慌しくて、それでも酒を飲む機会の増える年末。みんなでワイワイ飲むのも楽しいが、ひとり静かに酩酊するのもまた師走がいいかもしれない。
文豪26名による酒場作品のアンソロジー。
酒に酔うだけでなく場所や人の空気感、耳にした言葉、心に浮かぶ風景などがなんとも言えず味わい深い。著者の名前を見ればあたりまえなんだけれども、そもそもの文章が巧すぎる。萩原朔太郎、太宰治、坂口安吾、久世光彦、池波正太郎、吉村昭、向田邦子、中上健次、島田雅彦、野坂昭如…などなど。昭和の大作家はやっぱり凄い。それと同時に時代への郷愁というか羨望を覚える。豊かさとは何なのか。
忙しい師走に、敢えてじっくりと酒を呑みつつ本を読み、今の時代ともじっくり向き合うのはどうだろう。 -
no.6022024/11/8UP
フェザン店・竹内おすすめ!
川のある街 江國香織/朝日新聞出版
江國香織だけど恋愛小説ではありません。川は日常の風景としてあたりまえにあって、時として人生のキースポットになる欠かせない存在。川が多い盛岡で生きることは、川とともに生きていると言える。空気を吸うことくらいあえて言及することでもない。いつもあるもの。そんな川との距離感がひしひし伝わってくる小説。何かが起こるわけでもないけど、いつも川がある。どこがおすすめとはうまく言葉にできないけれど、とてもいい小説でした。
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no.6012024/10/15UP
本店・総務部Aおすすめ!
弟、去りし日に ロジャー・ジョン・エロリー/創元推理文庫
過去を取り戻すことはできない。絶縁関係にあった弟の訃報を聞いた兄が、事件を調べるうちにずっと目を逸らし続けてきた自分自身とも向き合っていく。真実を追い求める中で、深い哀しみと孤独を少しずつ解いてゆくハードボイルドミステリー。そしてこれは、家族のいない主人公が真相の果てに辿り着く、紛うことなき家族小説だ。
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no.6002024/10/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
小説浅草案内 半村良/ちくま文庫
いいなあ、浅草。
ぶっきらぼうでありながら繊細な気遣い。シャイな優しさ。恥ずかしくて説明なんぞできるもんかバカヤロウという粋。人と土地の幾重にもわたる時代の中で醸成された完成形が、敢えて言葉にされることもなく引き継がれているのだろうと思う。たとえば北野武氏の笑いや映画表現などにも、根本的には浅草を感じさせる。なんか言葉にできないけれど、いいなと思うところが多い。
本書は12話の連作短編集。中でも「へろへろ」という話がたまらない。 -
no.5992024/9/9UP
本店・総務部Aおすすめ!
錦繍 宮本輝/新潮文庫
毎年秋になると、蔵王ゴンドラリフトから始まるこの物語を読み返してみたくなる。離婚した男女の往復書簡のみで構成される本書は、単なる色恋沙汰の話ではなく人間の業と周囲との関係性、心の機微を深く描く人生の物語だ。主人公2人の手紙しか書かれてはいないが、主人公たちの目を通した他の人物の描写が何とも言えず味わい深い。手紙をやりとりするうちに、今までの自分と周りを冷静に見つめ直し、それぞれの再生の道に向け一歩を踏み出してゆく。
それにしても時代性を感じさせる手紙の美しい文章に、どうしても今とのギャップを拭えない。メールやLINEのやりとりなら、もっと短絡的な非難の応酬、直接的な罵詈雑言になりはしなかったか。いや、これはどこかでそう思い込まされているだけかもしれない。今は今の美しいメールの文章というのもあるのだろう。いずれにせよ自分の手や足や頭を使って考えるという事が何よりも大事だ。本書を読むといつもいろいろな角度から考えさせられる。 -
no.5982024/9/5UP
本店・総務部Aおすすめ!
これはただの夏 燃え殻/新潮文庫
夏の終わりに、いつかの夏を思い出し切なく胸が苦しくなるような小説だった。
これはただの夏。
どんな人でも「ただの夏」は必然的に特別な意味を持つ夏になるのだろう。ちょっとしたノスタルジーを胸の痛みと共に振り返る時、その意味に初めて気づく。 -
no.5972024/9/3UP
本店・総務部Aおすすめ!
宿帳が語る昭和100年 山崎まゆみ/潮出版社
なんか温泉行きたいなと思う。
ベストセラー「スマホ脳」(新潮新書)を読むと自分でも気が付かないうちに、いかに時間と感情を振り回されているのかがよくわかる。自分が使っているように見えて、実はいいように使われているのである。これじゃ神経もやられるわなと納得する。
温泉地はデジタルデトックスにいい場所だろう。もしかすると本書に出てくる昭和の大スター、大作家、大芸術家たちもその時代における何かをデトックスしに、あるいは自分を取り戻すための大切な場所として温泉を利用してきたのかもしれない。西城秀樹、志村けん、松田優作、石原裕次郎、山下清、田中邦衛、松本清張など、印象深いエピソードが記されている。
人間にはリアルな自然に触れる場所と、自分に向き合う時間が必要だ。全ての武器や鎧を脱ぎ捨てて、裸の自分自身だけに戻る時間が。
あー温泉行きたい。 -
no.5962024/8/20UP
本店・総務部Aおすすめ!
百年の孤独 ガブリエル・ガルシア・マルケス/新潮文庫
マジックリアリズム。現実と幻想が行き来しながらも、不思議と現実よりも現実味を帯び、全体として真実を見る。文字だけによる芸術表現としてはひとつの極致なのだと思う。幾代にも亘る一族とその土地の成立から終焉までを、自然描写と共に描いている。1982年ノーベル文学賞受賞。
映画で言えば、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『マルホランド・ドライブ』などにも近い芸術表現を感じる。
本で言えば宮沢賢治作品は、ある種マジックリアリズムと言えるのかもしれない。最近ではそのスピリットを受け継いだかのような地元盛岡出身の作家、小砂川チト著「家庭用安心坑夫」「猿の戴冠式」にも濃厚にマジックリアリズム的なものを感じる。非常に高度な文学的芸術表現なのだと思う。