さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.73
    2016/10/4UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    素数の音楽 マーカス・デュ・ソートイ/新潮文庫

    本書の縦糸は、リーマン予想という数学の難問であり、それを提唱したリーマン博士である。リーマン予想とは一体どんなものであり、リーマン博士はどうやってその予想を思いつき、それが数学の世界にどんな影響を与えたのかが描かれる。リーマン予想という、数学の世界に残っている難問の中でも、難易度・重要度共にトップクラスの予想が本作の中心にある。
    しかし、ただそれだけの話ではない。
    本書は、現代数学史を彩るスターたちの物語でもある。彼らがリーマン予想という難敵といかに闘いを繰り広げられたのかがメインで描かれるのだが、彼らの個別の業績についても触れられる。ガウスが子どもの頃にしたという有名な計算の話、ゲーデルの不完全性定理、カントールの無限論、ラマヌジャンによる分割数の一般項、RSA暗号、量子論との関わりなどなど、数学界のスーパースターたちが活き活きと描かれていく。レベルは高いが、読む価値のある一冊だ。

  • no.72
    2016/9/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    青空のルーレット 辻内智貴/光文社文庫

    ふと思い立って久しぶりに読み返してみた。スコンと抜けた青空の空気を深呼吸したような、気持ちのいい小説。改めてこれは名作だと感じた。ビルの窓拭きバイト作業員たちの物語。著者の熱い思いがストレートに表現され、武骨かもしれないけれど質のいい直球がまっすぐに読む者の心を打つ。そしてラスト、いい終わり方で清々しいのに目が滲むのを抑えきれない。技巧的な小説はいろいろとあるがこんな本はめったになく、思えば最近こういう小説に出会えてないなと気づく。構えずに何気なく読み始めてほしい。無防備な心にこそ深く沁みると思うので。後半に収録されている「多輝子ちゃん」もこれがまたいい。老若男女を問わず常におすすめし続けたい一冊だ。

  • no.71
    2016/9/27UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    世界を変えるオシゴト社会起業家になったふたりの女の子の感動物語 マリー・ソー+キャロル・チャウ/講談社

    本書は、ヤクを放牧させるチベット人と、崇明島という、上海沖にある中国で三番目に大きい島に住む女性の貧困問題を解決するビジネスプランを生み出し、「世界を変える100人の社会起業家」にも選ばれた、世界的に注目を集めているブランド「SHOKAY」を立ち上げた二人の社会起業家が、自らの体験を綴った作品だ。
    二人は大学で出会い、共に「金持ちになるより、社会問題を解決して生きがいを感じたい」と思っているということを知る。
    『高額な給料をもらい、毎晩豪華なレストランで美味しいディナーを食べられる生活より、たとえペルーの山奥で質素な夕食しか食べられなかったとしても、困っている人たちに喜んでもらえる仕事がしたい。そのほうが、私にとって何倍も意味あることだと確信したのです』
    こんな生き方が出来たらいいと多くの人が感じることだろう。世界は解決すべき課題に満ちている。そんな時代にどう生きるべきか、あなたも問われている。

  • no.70
    2016/9/27UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    心は実験できるか20世紀心理学実験物語 ローレン・スレイター/紀伊国屋書店

    本書は副題の通り、20世紀に行われた様々な心理学の実験の中からいくつかを取り上げ、それらについて実験の意義、与えた影響、積み残した課題などについて描いていく作品だ。
    この10の心理学実験を通して著者は、「心理学」という学問がいかに歪であるかを、そして科学という学問の中でいかに「心理学」が奇形児として生まれたのかを示すことになる。
    『科学を、問題を体系的に追究して普遍的な法則に相当するものを生み出すものと定義するならば、心理学はその条件を満たすことに失敗し続けてきた。』
    一般向けの心理学の本を読みかじったことがある人なら知っている実験もいくつか出てくることだろう。それらの実験について掘り下げることで、人間の複雑さ、そして心理学の奥深さを知ることが出来るようになる。

  • no.69
    2016/9/20UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    謎のチェス指し人形「ターク」 トム・スタンデージ/NTT出版

    本書は、1769年にフォン・ケンペレンという人物が作成し、当時の人々を熱狂させ、様々な有名人と関わりを持ち、現代の人工知能やコンピュターを生み出す端緒の一つとなった、「ターク」と呼ばれたチェス指し人形についてのノンフィクションだ。本書で描かれるタークはまず間違いなく、小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」のモデルだろうと思う。
    タークは、ヨーロッパやアメリカのチェスの強豪を次々と打ち破る、恐ろしく強い人形だった。当時は、オートマンと呼ばれる自動人形が花ひらいていた時代。タークはそんな時代にあって、機械で動いていると謳われたオートマンの一つだった。
    本書では、何故タークが生み出されたのか、タークが生み出されるに至るオートマンの歴史、タークの所有者の変遷などと共に、タークというチェス指し人形に対して大衆がどんな反応を示し、またタークがどんな分野にどんな影響を与えたのか、ということが描かれていく。

  • no.68
    2016/9/20UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    「AV女優」の社会学なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか 鈴木涼美/青土社

    『私と同じような街で育った女性が、自らの商品的価値を一度も意識しないで過ごすことはほとんど不可能だ。しかし、それをモラルと呼ぶのか生理的嫌悪と呼ぶのか理性や常識と呼ぶのかは別として、地続きに広がる性の商品化のどこかで線を引くことを、そしてそれをなるべく控えめに引くことを、私たちは直接的に、もしくは間接的に求められてきた』
    こういう感覚が、本書を物した著者の内側にはある。AV女優という職業は、日常に満ちている「性の商品化」の延長線上にあるに過ぎないのだ、と。自身も女性である著者が、自ら捉えたそういう感覚をベースにして、AV女優という存在を切り取っていく。
    その中で、著者は「面接」に着目する。彼女たちは「語る」ことで、「AV女優になりたい者」から「AV女優」へと変身していく。
    AV女優というものを社会の中に位置づけて捉えつつ、同時に、AV女優という個にも着目する異色のノンフィクションだ。

  • no.67
    2016/9/13UP

    本店・竹内おすすめ!

    グッドバイ・ママ 柳美里著/河出文庫

    父親が単身赴任で母親が5歳の息子と二人暮らし。その母の思考が常軌を逸している。序盤から母の狂気全開。雑踏の音や文字、人々の会話が挟まれた描写に、母親と社会の隔別感が増す。最初のうちは、精神を病んでるかのような言動に辟易し、途中で放り投げたくなるが、その感覚は徐々に麻痺してくる。全ては息子への歪んだ愛情の形。読み進めるうちに正常と異常の区別が混沌としてくる。歪んでるのはどっちだ?様々な事象に鈍感でなければ生きにくい現代社会、そこに生きるいわゆる「常識的な人々」のほうが歪んでるのではないのか?ラストにどうしようもなくやるせない感情が胸に去来する、読むと危険!な小説だ。

  • no.66
    2016/9/13UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    暇と退屈の倫理学 國分功一郎/太田出版

    本書は、「なぜ人は退屈するのか?」「なぜ人は暇だと苦しむのか?」という疑問を解き明かしていく一冊だ。著者はこの疑問を、哲学や人類史、あるいは経済との関わりなどを交えながら深めていく。まさに「暇」と「退屈」についての話なのだ。難しそうな本だ、と感じるだろうか?いや、そんなことはないのだ。たぶん高校生でも十分に読める一冊だろう。
    これまで様々な哲学者や思索家が「暇」と「退屈」について思考を巡らせていたということ自体も面白いし、社会主義・資本主義といったものと「暇」「退屈」がどう結びついていくのかも圧巻だ。知的好奇心が恐ろしいほどに満たされていく、人間が生きていく上での本質を抉りだす驚異的な一冊だ。

  • no.65
    2016/9/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    洋食セーヌ軒 神吉拓郎/光文社文庫

    短編はいい。余分なものがなくすっきりとしているし、一発で好き嫌いがはっきり判る。本書は1話10数ページ程のごく短い短編集なので、試しにどれか読んでみてほしい。まずは出てくる料理のどうしようもなく旨そうなこと。そして多くを語らない上品なストーリーが、さりげなく料理を彩っている。食欲の秋、読書の秋にはぴったりの大人の一冊だ。本書は30年も前に書かれた本なので、時代の価値観や社会的背景などかなり違うはずなのに、食べものに対する感覚は時代を超え、全く古さを感じさせない。様々な美食が出てくる中で、もし明日世界が終わるとして最後にどれか1つとするならば、自分なら散々迷った挙げ句にシャケ弁かな。そんな事を思ったりする。

  • no.64
    2016/9/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    凶悪ある死刑囚の告発 「新潮45」編集部編/新潮文庫

    死刑囚からの告発。それは、衝撃的なものだった。
    元暴力団組長であり、とある事件で死刑が求刑された後藤は、本書の著者(「新潮45」という雑誌の編集長)に驚くべき告白をする。それは、後藤が一緒に組んで犯罪を繰り返していた「先生」の存在だ。後藤は具体的に3件の殺人事件の話をする。そして著者に、「先生」を追い詰めて欲しいと頼むのだ。
    死刑囚からの告発であるということに悩みながら、著者らは「先生」に関する取材を始める。半信半疑のまま取材を始めた彼らは、次第に後藤の主張を信じるようになっていく。
    「新潮45」誌上で一大キャンペーンが張られ、メディア側が警察を動かすことで「先生」を追い詰めていくという、ちょっと信じられない展開を記録した一冊だ。
    解説を書いている佐藤優は、「少なくとも過去十年間に私が読んだ殺人事件を扱ったノンフィクションのなかで最大の衝撃を受けた作品である」と言っている。まさにその通りで、異例づくしの展開は、小説を遥かに凌駕するほどのスリルが味わえる。