さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.564
    2023/9/13UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    きのうのオレンジ 藤岡陽子/集英社文庫

    いい話だった。
    いい話を、いい話のまま、受け止められる人間でありたいと思った。
    そして、ああ山に登りたいと、読後そう思う。
    表紙買いした一冊。

  • no.563
    2023/9/5UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    一九八四年 ジョージ・オーウェル/ハヤカワepi文庫

    ディストピア小説の金字塔。
    ディストピアとはユートピア(理想郷)の真逆で暗黒世界のこと。なので当然ながら読んでいて気持ちのいいものではない。ただ、暗黒であればあるほど、ないかもしれない小さな光が存在感を増す。読書を通じて本当に大切なものは何なのかを、そこに書いてあるわけではないのに、逆に読者に対してはっきりと意識させる。それにしても、1949年に刊行された本書の示す暗黒未来には、現在の世界情勢や最近のコミュニケーションツールなども含めて、さらにリアルさを増して震撼させられる。
    同時代と言える1943年に製作されたフランク・キャプラ監督の名画『素晴らしき哉、人生!』は誰が観ても心温まるクリスマス・ストーリーだ。だがふと、映画の終盤主人公が垣間見たディストピアの世界は、実は現実の世界なのではないかという気もする。ファンタジーの中に、一瞬見せる現実世界。これがハッピーエンドの物語に深みを与えている。
    本書の場合、最後まで徹底した暗黒世界のストーリーの中、さりげない情景描写がわずかに残る最後の淡い希望に見えなくもない。そのあたりが、深みを湛えた名作なのだと思う。
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  • no.562
    2023/8/28UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    雨の中の涙ように 遠田潤子/光文社文庫

    本書の中に、いろいろな映画への言及が少しずつ出てくる。その中でも、個人的に大好きな映画が大事な場面で3つ出てきたので、単純にそれだけで嬉しい。ひとつは映画の中のセリフが本書のタイトルにもなっている『ブレードランナー』、そしてアル・パチーノ主演の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』、最後にフランク・キャプラ監督の名作『素晴らしき哉、人生!』。どの映画も一見するとハッピーエンドのように見えるが、その過程においてかなり深い問いが内包されているように思う。
    本書は全8話の連作短編集で、これらも一見するとそれぞれハッピーエンドのように思えるが、決してそれだけではない奥深さがある。短編なのでしつこい説明などはなく、各章ごとに余韻を残す終わり方が想像力をかきたてる。最終章「美しい人生」で大団円だ。
    それにしても、「雨の中の涙のように」か…。また『ブレードランナー』が観たくなった。
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  • no.561
    2023/8/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    スター 朝井リョウ/朝日文庫

    何かを創作したり表現したりする職業の、避けられない葛藤がリアルさをもって伝わってくる。映画と動画制作がメインのストーリーになっているが、本書にも少し出てくる料理人の世界や、テレビ、俳優、音楽、文芸、美術、建築、工芸、美容、デザイン…その他あらゆる職業でも同じことがあると思う。
    大学時代に映画サークルのトップ2だった二人のその後、それぞれ別の世界で映像と関わりもがきながら、自分なりに確かなものを掴むまでの成長物語。善かれ悪しかれ今の世界との向き合い方を突き詰めていくと、最終的には自分との向き合い方になってくる。本書に出てくるクリエイター達の話や技術は今を象徴したものも多いが、媒体は変われども発信する側も受け取る側も人の心は大昔からそう変わらない。結局は作品で全てを物語るのがプロの仕事というものなのだろう。古いのも新しいのも、また無性に映画が観たくなった。

  • no.560
    2023/8/19UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    世界はなぜ地獄になるのか 橘玲/小学館

    嫌な話なんだけれども、現代では残念ながら避けては通れない不都合な現実。差別や偏見をなくし、誰もが自分らしく生きるという出発点からは程遠く、お互いの足を引っ張り合うだけのポジショントークや、社会正義という名のもとにSNSで罵詈雑言を浴びせるキャンセルカルチャーなど、本当に嫌な気持ちにさせられる。どこに地雷が潜んでいるのか、誰にも全くわからない。
    政治や宗教、肌の色や性別、主義主張などに関わらず、問題だけを純粋に解決させる方法はないのだろうか。罪を憎んで人を憎まずなどは、もはや死語なのか。本書はなぜ地獄になるのかという構造を示したもので、問題の解決方法を示すものではない。これだけ世界が複雑化するとそう簡単には解決しそうもないが、少なくとも個人としてはそんな風潮からは距離を置き、物事の本質を冷静に見るようにする他ない。

  • no.559
    2023/8/14UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    春に散る 沢木耕太郎/朝日文庫

    今月公開の映画『春に散る』原作。佐藤浩市・横浜流星・橋本環奈・片岡鶴太郎・哀川翔・山口智子…。これは観なきゃいけないやつだろう。本書は大きく分ければ『クリード』や『ミリオンダラー・ベイビー』のような、師弟関係の物語だ。ボクシングの映画には他にも数多くの名作がある。原作を読む限り、この映画もそういった作品の一つになる佇まいがすでに備わっていると思う。あとは本も映画も観る人がそれをどう受け取るかだけの問題だ。
    自由と孤独。守りたい場所と人。主人公の生き様がどうにもシビれる。とにかく映画には期待したい。読んでから観るも良し、観てから読むも良しという種類の、なかなかに深くて熱い作品だと思う。名作は、いつ読んでも何回観ても飽きることがない。

  • no.558
    2023/8/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ホテル・カイザリン 近藤史恵/光文社

    さりげなくさらりと読めるのに、読後少し引きずってしまう不思議な物語8話収録。心の谷底にあるかも知れない冷たさや温かさを交互に覗き込むかのような短篇集だった。不穏な空気が漂うブラックなものが多く、さらっと読める割には考えさせられ少し冷える、酷暑にはぴったりの一冊かもしれない。
    それにしても、本書にも少し出てくる食べ物の描写は本当においしそう。著者の「タルトタタンの夢」〈ビストロ・パ・マル〉シリーズ最新刊「間の悪いスフレ」(東京創元社)も来月9月29日発売予定です。

  • no.557
    2023/8/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    選択の科学 シーナ・アイエンガー/文春文庫

    宗教的に厳格な国に生まれ、しかも全盲の著者だからこそ見える「選択」とは何か。人生における選択の意味を、冷静な視点から事実のみを見つめ直している。歴史にifがないのと同じように、どのような「選択」にももちろん正解・不正解はない。ただ、意識していようがいまいが、何らかの選択が毎日自分自身を形作っている。選択しないという選択も含めて。
    タイトル通りの意味だけでなく、他にも様々な示唆に富む本なので誰が読んでも得る部分があると思う。答えは書いていない。書いてあるのは客観的な事実を冷静に分析した結果だけだ。これをどう活かすかは読んだ人の数だけ答えがあるのだと思う。

  • no.556
    2023/7/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    君たちはどう生きるか 吉野源三郎/岩波文庫

    宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』を観てきた。集大成の作品らしく、今までの作品のエッセンスがオリジナルストーリーに織り込まれた大団円だった。
    1979年公開の監督デビュー作『ルパン三世カリオストロの城』から始まり次の『風の谷のナウシカ』、その後のスタジオジブリ作品の素晴らしさは今さら言うまでもなく、今観ても全く古さを感じさせない。その全ての作品の中心を貫くテーマが本書「君たちはどう生きるか」だったのかとさえ思う。
    どんな時代、どんな世界でも人間が生きていく以上、本質的に抱えている葛藤や矛盾。本書はやさしい言葉で書かれてはいるものの、その内容は心の深淵を探る非常に奥深いもので、子供から大人までそれぞれに充分読み応えのあるものとなっている。悲しみ、怒り、苦しみなどの負の感情をも含め全てを抱えながら、人としてどう生きるか。宮崎駿監督はアニメーションを通じて常にこの事を問いかけてきたのだと思う。本書自体が映画の重要な場面で出てきて、ラストにもごくさりげない形で出てくる。それだけ監督にとって特に思い入れの深い本だったのだろうと推察できる。

  • no.555
    2023/7/1UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ひとり旅は楽し 池内紀/中公新書

    ひとり旅は人間の総合力が試される。別にきっちりと予定通りに行けばいいというものでもないし、どこを回ればいいというものでもない。数人の旅行でさえ、なんとなく人任せにしてしまうところを細部まで自分ひとりで対処する。トラブルがあってもなお、それ自体を楽しめれば、旅は成功と言えるのだろう。雨が降っても槍が降っても自己責任。ただ、旅先では感覚が研ぎ澄まされ、多少の緊張感もあって日常よりもむしろ危険は少ないと著者は言う。
    ひとりで旅に出るのも旅先でひとり酒を飲むのも、ちょっとした緊張感と共にそれ自体を味わえれば、大人としての総合力は充分に備わっていると思う。「はじめてのおつかい」というテレビ番組や絵本もあるが、あの頃からひとり旅は始まり、人生の後半になってやっと完成されるものかもしれない。
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