さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.105
    2016/12/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    イモータル 萩耿介/中公文庫

    よくわからないが、何かあるような気がして引っ張られるように読んだ。結局最後までよくわからなかったが、読ませる力はやはり言葉の力だと思う。思想・宗教などにおいて穢れ無き根源を命がけで追求しようとする者と、穢れのある現実世界において権力や金の力を命がけで追求しようとする者とが時代を変えて数名登場し試行錯誤を繰り返す。
    「梵我一如」宇宙の根本原理と個としての自分とは対極にあるようでいて実は同一であるとする、古代インド哲学の思想だそうだ。
    本というのは、生きていくためには直接何の腹の足しにもならないが、だからこそ人が生きていくために絶対に必要な、守るべきものがあるのかもしれない。

  • no.104
    2016/12/19UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    ゴースト≠ノイズ
    (リダクション) 十市社/創元推理文庫

    一年A組の教室で、僕は存在しないものとして扱われている。入学してからひと月。僕は見事に、クラス全員から存在を感知されない人間になった。席替えで僕の席は変わらないが、周囲の人間は変わる。僕の目の前の席になった真っすぐの黒髪の少女は、玖波高町というようだ。何故かは分からないが、クラスの視線を集めているように思える。
    その高町が僕に話しかけてきた。誰からも存在を認められていない僕に。声を掛けられた僕は、喜びが溢れ出るのを抑えることが出来なかった。高町は、近づいてきた文化祭の準備と称して、ぼくを放課後の図書室に連れだした。
    その日以来僕は、学校に行くのが楽しみになった。
    よくある学園小説だと思ったら大間違いだ。これは家族の物語である。一緒に住むだけでは家族になれないという、どうにもしようがない現実を切なく切り取った傑作だ。
    著者自身によって電子書籍として発売され、あまりの人気から書籍化に至った作品である。

  • no.103
    2016/12/19UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    地球最後の日のための種子 スーザン・ドウォーキン/文藝春秋

    本書は、作物の多様性を守ることで農業を守り、かつ世界中から飢餓をなくすという信念に沿って行動し、国際的な農業のあり方を変えた一人の伝説の植物学者、ベント・スコウマンの生涯を追いつつ、世界の食料がどう守られているのかを知ることが出来るノンフィクションだ。
    『タイム』誌はかつてスコウマンを、「人々の日々の生活にとって、ほとんどの国家元首より重要な人物である」と評したことがある。しかし僕を含め多くの人が、彼の業績を知らない。
    背景には、現代的な農業が抱える問題がある。植物などの品種改良をする育種家が素晴らしい品種を開発したとする。当然、世界中の農家がその品種を栽培したいと思う。しかしそうなればなるほど作物の多様性が失われ、例えば何らかの伝染病が発生した時にすぐに危機に陥ってしまう。スコウマンの活動はそのリスクを低減させるものだ。
    スコウマンの理念と実践は、我々の「食」を根本から支えているのである。

  • no.102
    2016/12/19UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    夏への扉 ロバート・A・ハインライン著 福島正実訳/早川書房

    半世紀以上前に書かれたSF小説を現代の私が読んで、ああいいなあと感じる事ができるのは、ほとんど奇跡に近い事だ。本でも映画でも長くその名を残しているものは、いつの時代でも普遍的で本質的な光を放ち続けているからだと思う。タイムトラベル系のストーリーでは、よく理論的にどうのこうのと言う人がいるが、全く詳しくない私にとっては単純に小説として面白かった。表紙の猫は少ししか出てこないものの、自己中心的でなおかつ一途という、世の猫の美点が見事に描かれており作中で印象的に登場する。ラスト近くに「未来は、いずれにしろ過去にまさる」という一文があるが、これは時間に対する著者と猫の、哲学的とも言えるひとつの答えなのだろうと思う。

  • no.101
    2016/12/14UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    マネー・ボール
    完全版 マイケル・ルイス著 中山宥訳/ハヤカワ文庫NF

    言わずと知れた大リーグノンフィクションのベストセラー。なぜ本書がこれだけヒットしたのかといえば、職業や趣味の違いに関わらず、どんな人が読んでもそれぞれの世界においてのヒントがありそうな気がするからだと思う。10人いれば10通りの解釈が可能な本書。大リーグには別に興味のない私でも考えさせられた事を列挙してみる。①資金力のないチームがあるチームと戦う方法②正しいデータとは?③大リーグ選手の正しい評価とは?④平均と運と実力の区別⑤業界内の常識に染まると危険、などなど。自分の仕事や身近な例を思い浮かべながら何か応用できそうな、強烈にそんな気にさせる本だ。

  • no.100
    2016/12/14UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    テロリスト・ハンター 匿名/アスペクト

    本書は、FBIでも政府の調査機関でもないただの専業主婦が、テロリストハンターとして活躍するに至った経緯を綴った作品だ。
    本書の最後で著者は、本作を出版することで自らの身と家族の身が危険にさらされることになる、と書いている。恐らく自分と関わった多くの人に迷惑を掛けることにもなるだろう、と。しかし、それでも出さねばならない、と彼女は決意する。匿名で出版する、というのがギリギリの判断だったのだろう。
    イラクで生まれたユダヤ女性である著者は、イラク国内では迫害されていた。父がスパイだと強制自白させられ処刑されたことをきっかけに、彼女らはイスラエルへと移り住む。そこからさらにアメリカへと移り住んだ彼女は、やがてあるきっかけから、誰でも手に入れることが出来る公文書だけを使って様々な情報を手に入れるエキスパートになっていく。
    一介の専業主婦がインテリジェンスの最前線にいるという不思議さと、彼女が経験する現実の凄さに圧倒される。

  • no.99
    2016/12/14UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    檸檬のころ 豊島ミホ/幻冬舎文庫

    7編の短編が収録された連作短編集だ。
    この作品に出てくる人は、ごく普通の人が多い。特別「こういう」という風に表現できないような、どの高校にも普通にいそうな、高校時代こんな人たちと一緒にいたよな、というような人が物語の主人公になっている。
    その、ごくごく普通の人たちを、著者は見事に輝かせる。物語の中で何か特別なことが起こるわけでもないにも関わらずだ。普通の、僕らが想像できる範囲の高校時代という枠の中で、そういう普通の人達の生活がものすごく輝いて見える。
    これが豊島ミホの凄さだなと思う。ありきたりの人、ありきたりの状況を使って、ここまでグッとくる物語を書けるものなのか、と感心させられる。
    この作品を読むと、実は誰でも主人公なのではないかと思えてくる。どれだけ平凡な人生を歩んでいても、その人生は物語の主人公足りえる何かを含んでいるのではないかと思わされるのだ。

  • no.98
    2016/12/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    ウルトラマンが泣いている
    円谷プロの失敗 円谷英明/講談社新書

    本書のメインとなるのは、天才クリエイター・円谷英二の死後のことだ。何故、「我々円谷一族の末裔は、現存する円谷プロとは、役員はおろか、資本(株式)も含め、いっさいの関わりを断たれています」という状況に陥ってしまったのか。それを、孫であり、六代目社長として円谷プロをどうにかまともな方向に舵取りしようと試行錯誤しようとした著者が描く。
    本書を読む限り、円谷プロは「ムチャクチャだ」としか言いようがない。よくもまあこんなムチャクチャな経営(と呼んでいいのか…)で、今日までどうにかやれてこられたな、と思わされる。
    キャラクタービジネスを確立した円谷プロにどうして常時金がなかったのか。平成に至るまでの16年間、何故国内でウルトラシリーズの新作が放送されなかったのか。キャラクターや舞台設定などのウルトラマンのコンセプトは何故ころころと変わったのか。それらの謎を、円谷プロの放漫な経営体質から明らかにする一冊だ。

  • no.97
    2016/12/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    飛び立つ
    スキマの設計学 椿昇/産学社

    著者は、長く高校の美術教師を勤めた後、アートの世界で様々な活動を続ける芸術家だ。高校教師だった頃の経験や、あるいは様々な場所でワークショップを設計したり、様々なプロジェクトに関わったりする中で見えてきたものを雑多に取り込みながら、「変人」をいか育てるかという提言を本書の中に散りばめる。
    芸術活動を通じて子どもたちの「教育」にコミットする著者は、「場」や「環境」がどのように教育に影響を与えるのかという様々な実例を挙げ、さらに自身の経験を踏まえながら、日本の教育現場の欠陥を指摘していく。
    『教育現場のストレスが多様な生き方を選択する可能性を閉ざし、クリエイティブな人間がどんどん世の中から消え、人々の対話がネガティブになり、誰もがアイデアを提案することの愉しさを忘れるような社会になってゆく未来を見たくはなかった。』
    だから本書を書いたという著者。「教育」とは何であるのかを深く考えさせる異端の書である。

  • no.96
    2016/12/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    バー・リバーサイド 吉村喜彦/ハルキ文庫

    表紙や中の絵がとても粋だ。
    酒を巡る話が大概面白いのはどんな話であれ、やはり酒と人間の相性がいいからだと思う。いつも澄み切っていて濁りなく完璧な酒よりも、ちょっと不完全さを残した、雑味のある方が味わい深い。いい話よりも失敗談や心の傷などあった方がより陰影が生まれ、人間的に深みが出る。バー・リバーサイドを舞台に、そんな5つのショートストーリー。
    「酒は人間をダメにするものじゃないんです。人間はダメだという事を教えてくれるために酒があるんです。」とは孤高の天才落語家、立川談志さんの言葉。カッコいい呑み方はなかなかできるものじゃないけれど、いい時はいいなりに、ダメな時もダメなりに、明日も生きるために。