さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.2412018/5/29UP
本店・総務部Aおすすめ!
瑕疵借り 松岡圭祐/講談社文庫
そんな業者が本当にあるのかどうかは知らないが、賃貸物件の賃借人に告知義務のあるワケあり物件に対し、一旦専門の「瑕疵借り」を住ませることで、その瑕疵を和らげよう、あるいは無かった事にしようとするものらしい。資金洗浄ならぬ賃貸物件洗浄といったところか。明らかに怪しげなこの「瑕疵借り」だが、その男が冷静な分析で瑕疵の原因である問題を、鮮やかに解いて立ち去る連作短編ミステリーだ。
賃貸物件。――人生の中である時期、短期間だけ住んで刹那的に通り過ぎていく場合もあるだろう。しかし、どんな時代の一時期であったとしても、何気ない今のこの瞬間をもっと大切にしなければならないと、読後強く感じさせる。非常に心に残る4つのショートストーリー。 -
no.2402018/5/23UP
フェザン店・長江おすすめ!
開幕ベルは華やかに 有吉佐和子/文春文庫
人気俳優・女優が主演する舞台の会期中、劇場に「二億円用意しろ。でないと大詰めで女優を殺す」という脅迫電話が届く…という脅迫事件が物語の核にある。そういう意味で、本書はもちろんミステリであり、ミステリ的な部分も面白い。
しかし、本書で最も面白いのは、決してそのミステリ的な部分ではない。脚本家・演出家・役者を巻き込んだ、演劇の舞台裏のドタバタこそが、本書の主役である。
かつて演劇の脚本を書いていたが、色々あって演劇界から離れて推理小説家になった渡紳一郎。その渡の元妻である小野寺ハルが、常軌を逸した依頼を受けた。演劇界にその名を馳せる加藤梅三という脚本家が、松宝の看板である八重垣光子と中村勘十郎を東竹が借りて行う演劇の開幕1ヶ月前に降りてしまった。その脚本を引き受けてもらえないか、と依頼された小野寺は、演出を渡が担当するなら引き受けると返事をしたというのだ。
演劇的ではないイカれた脚本を上げてくる元妻に憤りつつ、なんとか劇として成り立たせようと奮闘する渡。しかし、我の強い役者である八重垣光子と中村勘十郎の二人の、お互いの我を主張するような演技にも手を焼かされる。しかもその裏で、女優の命を狙うと予告する脅迫事件が起きるのだ。
この収拾のつかない事態をどう取り仕切り、どう物語として着地させるのか―。有吉佐和子の手腕に驚いて欲しい。 -
no.2392018/5/23UP
本店・総務部Aおすすめ!
モチモチの木 斎藤隆介・滝平二郎/岩崎書店
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。」とはレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説の中の有名な一節。
勇気を描くこの絵本は、「優しささえあれば、困難でも人はやるべきことをやる」という物語だ。
児童書の中には大人でも往々にして直面する諸問題について、その本質を衝いているものがある。例えば『泣いた赤おに』では、何かを得れば必ず別な何かを失っているという事実。『アリとキリギリス』では価値観の違う生き方を、お互いに否定できるものではないという事実。人間の善悪の基本は子どもの頃の直感により、その後一生の大枠が決まってくるのではないだろうか。
ともあれ本書は、内容もさる事ながら絵の色彩感覚も美しく、大人でも納得の一冊だと思う。 -
no.2382018/5/15UP
フェザン店・長江おすすめ!
火怨北の耀星アテルイ 高橋克彦/講談社文庫
大げさなことを言おう。いや、決して大げさではないのだが、きっと大げさに聞こえてしまうだろう。
さわや書店に来て良かった。「火怨」と出会えたから。
さわやで働くことにならなければ、「火怨」を読むことは一生なかったかもしれない。それぐらい本書は、僕にとってハードルの高い本だった。歴史のことは詳しくないから、歴史を扱った小説を読むのが苦手だ。それに上下で1000ページを超える分量も、躊躇させる要因だ。
さわやで働くからには、地元の偉大な作家である高橋克彦の小説は避けては通れないだろう―正直、その程度の気持ちで読み始めた。でも、読みながら、すぐさま心を掴まれた。なんて面白いんだ!と。
人間ではなく、獣として扱われ続けた蝦夷の民が、「人間」としての誇りも、自分たちが住むこの土地も捨てずに済むように闘う物語は、「人間」として生きる上で忘れてはならない大事なことを胸に刻んでくれる。 -
no.2372018/5/15UP
本店・総務部Aおすすめ!
ダック・コール 稲見一良/ハヤカワ文庫
読む度にいつも思う。この、重厚で静謐な美しい文章。ああこれは今、紛れもなく名作を読んでいると。
場所や雰囲気の大きく異なる6つの短編集。その全てに野鳥が出てくるが、あまり知らなくても問題ない。共通している主題は、あくまでも男の生きざまだ。主人公たちは野鳥との邂逅の中から己の生き方を見つめる。行きつく先を本能的に知っているような野生動物は、何の打算もなく懸命に生きて死んでいく姿が美しい。
だいぶ種類は異なるが、北野武監督の映画もある意味同系の「美」を含んでいるのではないだろうか。激しいバイオレンスの中、生き方の当然の帰結としての「死」を受け容れているところがある。限りある時間と行きつく先を知っていて、自ら死に場所を求めるような潔さの中に、本書にも似た美的感覚を見る。 -
no.2362018/5/9UP
フェザン店・長江おすすめ!
紙つなげ!
彼らが本の紙を造っている 佐々涼子/ハヤカワ文庫NF東日本大震災で壊滅的な被害に遭った、石巻の日本製紙の工場再建を描いた作品だ。
本書の冒頭でも、著者と編集者の会話の中で触れられていることだが、僕も、書店という紙を扱う現場で働いていながら、紙がどう作られ、そこにどれほどの叡智と労力が注ぎ込まれているのか知らなかった。なんとなれば紙なんて、工場見学で良く見かける工業製品と同じように、材料をセットしてラインに載せたら完成するんでしょ、ぐらいに思っていた。
本書を読んで、そのイメージがガラリと変わった。
各工場には、紙を作るための「レシピ」が存在するが、「レシピ」だけでは紙は完成させられないという。技術者たちの微調整によって、完璧な紙が出来上がるのだ。また、石巻工場で最初に再建された、通称「8マシン」と呼ばれる8号抄紙機(主に出版系で使われる紙を製造している)のリーダーは、『「8マシン」にはクセがあるから、本屋に並んでいる本を見れば、「8マシン」で作ったかどうかすぐ分かる』という。
つまり紙というのは、工業製品というよりもむしろ、職人工芸と言えるのだろう。
そんな紙を製造するための、日本国内における主力と言える石巻工場が壊滅的な被害を受けた。誰もが、日本製紙は石巻工場を見捨てると思ったほどの惨状だった。しかし、『8号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です』というほど、8号でしか作れない紙がある。この国の出版を支えてきたという自負と共に、凄まじい状況に立ち向かった者たちの壮絶な奮闘記だ。 -
no.2352018/5/9UP
本店・総務部Aおすすめ!
東大教授が挑む
AIに「善悪の判断」を教える方法 鄭雄一/扶桑社新書「道徳」という、あまりにも曖昧模糊として人それぞれに判断が異なるものに対し、すっきりとした一定の基準を示している。
古今東西のあらゆる哲学・宗教・思想、あるいはサンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』や、マズローの「欲求五段階説」なども引用しながら、道徳の種類を工学的な視点で、分け隔てなく分類。この大胆な切り口が全体像を把握・整理し、それぞれの専門家では広く説明する事が難しい道徳の中身を、俯瞰的・可視的にはっきりと表している。
本書はAIに道徳を教える前提で書かれているので、実際の人間の心はここまで単純化できるものではないとしても、「道徳」が教科化される教育現場のみならず誰もが自分自身の理解として、一旦頭の中を整理するためには最適な一冊だと思う。 -
no.2342018/5/1UP
フェザン店・長江おすすめ!
作詞少女
詞をなめてた私が知った8つの技術と勇気の話 仰木日向/ヤマハミュージックメディア僕は、音楽にさほど興味はない。乃木坂46のファンになったことで、最近ようやく乃木坂46や欅坂46の曲を聞くようになったが、人生において音楽が重要な要素を占めていた時期はない。iPodも持ってなければ、当然作詞をする予定もない。そんな人間が何故本書を読んだかと言えば、なんとなく面白そうだったから、としか説明のしようがないが、読んでみて、本書は作詞などする予定のない人でも読むべき作品だと感じた。
何故なら本書は、「何か表現をする人」全般に役立つ話がたくさん盛り込まれている、と感じるからだ。
「表現」というのは、絵でも映像でも文章でも芸術作品でも何でも構わない。本書は、その作品の性質上どうしても「作詞」に特化した話が多くはなるが、その合間合間に、「自分の内側から何か表現すべきものを出すこと」の本質的な部分を衝く描写が多く、「表現」に携わる人間が読んで損することはないだろう。
本書における作詞に限った話にも触れよう。本書では繰り返し、作中人物の口を借りて「作詞はナメられている」という表現が出てくる。僕も、正直思っていた。作曲は無理だけど、作詞ぐらいなら出来るんじゃないか、と。本書を読んで、土下座したくなった。作詞ぐらいなら出来るんじゃないかと思っててすいません。 -
no.2332018/5/1UP
本店・総務部Aおすすめ!
始末屋 宮本紀子/光文社文庫
華の吉原で勘定の焦げ付いた客に対し、遊郭の主に代わって借金の取り立てを請け合う「始末屋」。そこで働く、陰のある眼をした若い男の物語。ある花魁から名指しで受けた取り立て依頼の一件が、自らの悲痛な過去と交わる。
始末屋という非常に生々しい稼業の中から、吉原で働く人々の現実や心の機微に触れ、徐々に思慮を深め成長してゆく。暗い過去の殻を脱ぎ捨て、新たなる一歩を踏み出すまでの成長物語であり、王道の人情時代小説だ。
吉原で思い出すのが落語の『紺屋高尾』や『文七元結』などの人情噺。故・立川談志師匠が照れまくり言い訳をしながら演っていたのが何とも言えず味わい深く、本書同様江戸の粋を感じさせてくれる。 -
no.2322018/4/25UP
本店・総務部Aおすすめ!
卒業 重松清/新潮文庫
傑作。
第1回(2004年)さわベス1位。