さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.2682018/8/28UP
フェザン店・長江おすすめ!
QJKJQ 佐藤究/講談社
「貨幣」や「国家」は、幻想だ。「貨幣」は確かに、物質として存在はするが、あの物質に「貨幣」としての価値があるわけではない。現にビットコインなどという、物質としての実体を持たないものもあるし、電子マネーなどは既に普通に受け入れられている。「国家」の場合も、土地という実体はあるが、土地があれば国家なわけではない。例えば、月にも土地はあるが、月に国家はないだろう。
しかし、あまり突き詰めて考えなければ、「貨幣」や「国家」は存在しているように感じられる。それらはつまり、「僕らがあると思っているからある」という幻想でしかないのだ。
「貨幣」や「国家」は、ほぼ全人類が抱いている幻想だからこそ成り立つのだ、と思う人もいるだろう。しかしそうではないケースもある。例えば僕らは、「原子や分子」を信じている。多くの人がそれらを直接見たことなどないはずなのに、である。何故か。それは、偉い科学者がそう言っているからだ。僕らは「原子や分子」を「ある」と思っているが、その根拠は、科学者がそう言っている、程度のものなのだ。
だったら―僕らのごくごく個人的な日常も、誰かの幻想によって成り立っているのではないか…。
本書は、その発想を究極的に突き詰めた、新人のデビュー作とは思えない怪作である。 -
no.2672018/8/28UP
本店・総務部Aおすすめ!
歪んだ波紋 塩田武士/講談社
恐ろしい話だ。机上の空論という言葉があるが、今は画面上の空論といったところか。但しその画面の空論が現実でなくても、現実以上に現実味を帯びる事があるから怖い。
テレビや新聞・雑誌など、情報を扱うプロであってもネットを使う時代に、利用しているつもりが逆に利用されているという事は十分に考えられる。ネット情報に乗って騒いでいるうちに、少しずつ悪意ある誰かに加担し、コントロールされているかもしれない。
いつの時代でも本質的なことは本物の中にあり、色、音、匂い、空気なども体感しながら自分の直観を信じる方が間違いない。画面は当然バーチャルで現実そのものではないという当たり前の事実を、私たちはなぜか忘れてしまう。基本というのはどんな分野でも忘れがちだが、いつも意識して戻らなければ、今いる場所が判らなくなると感じた。 -
no.2662018/8/22UP
フェザン店・長江おすすめ!
機龍警察 月村了衛/ハヤカワ文庫JA
本書を読んで僕は、「エヴァンゲリオン×踊る大捜査線」というイメージをした。エヴァンゲリオンのような二足歩行型軍用有人兵器「機甲兵装」が登場する警察小説なのだ。
本書で描かれていることは、どの程度実現可能性があるだろうか?テロが頻発し、通常の警察組織では対処出来ない事案が増えたために、「特捜部」(通称は「機龍警察」)と呼ばれる新たな組織が作られることになった。元外務省の官僚がトップに据えられたその組織は、全国から優秀な刑事を集めながら、同時に傭兵や元テロリストなど、警察外の人間もリクルートしている。
「機甲兵装」のようなロボットが登場する、という特徴的な部分に目を奪われがちだが、本書は、警察自身が警察という組織の中に作り出した異分子である「特捜部」が、既存の警察組織の抵抗を受けながらいかに巨悪に挑むか、という点にこそ物語の核がある。新人のデビュー作とは思えないほど、重厚で圧倒的な世界観をスピーディに読ませる傑作だ。 -
no.2652018/8/21UP
本店・総務部Aおすすめ!
その犬の歩むところ ボストン・テラン・田口俊樹訳/文春文庫
犬。最も古くから人間に飼われている動物。社会性を持ち、高い知能を有する。人間の知能はしばしばプラス面とマイナス面を出してしまうが、犬はどこまでもまっすぐにプラス面だけを追い求める。古くから人間に飼われてきた犬は、シンプルに一瞬で人間の本質を捉えていると思う。その愛情も、哀しみも。
ケネディ大統領暗殺、9.11同時多発テロ、イラク戦争、ハリケーン・カトリーナなど、アメリカの歩んできた近現代史を背景に語られる本書は、誇り高きその犬に関わったすべての人間たちの生きる哀しみと、再生への希望を描く物語だ。
「これがアメリカであるはずがない」と作中で語られる場面がある。現在はどの国でも同じような感情や矛盾が生じているのだと思う。複雑さを増す世界において原点を取り戻すための動きが、ますます原点から遠ざかっているような気がしてならない。人間の頭脳より人工知能よりも足元の小さな犬にこそ、その答えはあるのかもしれない。 -
no.2642018/8/14UP
フェザン店・長江おすすめ!
幻の黒船カレーを追え 水野仁輔/小学館
著者がしていることは、大したことではない。こう言ってはなんだが、著者の抱いた疑問は、世の中的にはどうでもいいものだ。これが「数学の歴史を変える定理を見つける」とか、「時効になってからも殺人事件を追い続ける」みたいな話であれば、世の中的に価値を見いだせる可能性がある。しかし、「カレーのルーツを探る」というのは、あまりにも世の中的に意味がない。しかしだからこそ、それを追い求めることの純粋さが強調されもするし、そんなまったく社会に貢献しないことに時間とお金と労力を掛けられる「情熱」の強さみたいなものが際立つ。
著者は、妻子がいるにも関わらず、カレーについて調べるために会社を辞めた。正直、ちょっと狂ってしまっている人なのだと思う。しかし僕には、何かにそれだけ「情熱」を掛けられる、ということがとても羨ましい。
本書は、カレーのルーツを探る旅の記録だが、その調査の過程ではほぼ何も起こらない。劇的な発見、みたいなことにはほとんどならないのだ。それでも、作品としては面白く読ませる。不思議な本なのだ。 -
no.2632018/8/14UP
本店・総務部Aおすすめ!
千年、働いてきました 野村進/新潮文庫
日本人は新しいもの好きで、好奇心を持って流行を追いかけるのと同時に、古いものに対する特殊な敬意があるようにも思う。そのあたりのバランス感覚に、他の国にはない独特の価値観があるのかもしれない。歴史的な背景もさることながら、職人の技などテレビでちょっと見ただけで、無条件に偉いと思ってしまう。職人さんが偉いとかお百姓さんが偉いというのは、先生は偉いとか代議士が偉いというのとは種類が違う。歴史か信仰か、あるいは自然環境がそうさせるのか。
始まったものには必ずいつかは終わりが来る。しかし、企業がその自然の流れに逆らって永く継続させる事は並大抵の努力で成し得るものではなく、且つ存続する事によって初めてその価値は生まれる。本書は日本の老舗製造業の、もの凄さを垣間見ることができる。
いつもながら全く関係ない話で恐縮だが、先日ルミエールで『ファントム・スレッド』という映画を観た。オートクチュール(高級仕立服)職人と若い女性の物語なのだが、これがなかなかに恐ろしくも素晴らしかった。完璧なる職人の仕事や生活に狂いが生じたのは「愛」のためなのか?職人の完璧な仕事も、どこに墓穴があるか分からない。『ブギーナイツ』『マグノリア』『インヒアレント・ヴァイス』…、ポール・トーマス・アンダーソン監督自身も完全に映画職人と言えよう。 -
no.2622018/8/7UP
フェザン店・長江おすすめ!
持たない幸福論 pha/幻冬舎文庫
『大切なのは、周りに流されずに「自分にとって本当に必要なのは何か」「自分は何によって一番幸せになるか」という自分なりの価値基準をはっきり持つことだ』
その通りだ。でも今は、そう出来ないで苦しんでいる人が多いように思える。
『今の日本は物質的にも豊かで文化も充実していて治安もいいのに、こんなに生きるのがつらそうな人が多いのはちょっと変じゃないだろうか』
まさにその通り。本書はそういう、何故だか分からないが生きるのが辛いし、面白いことがない、と感じてしまう現代人に読んでほしい一冊だ。
僕たちが苦しいのは、「多くの人が実現できない未来」を「当たり前にやってくるはずの現実」と捉えてしまっているからだ。もちろんそれらは、一昔前であれば当たり前のことだった。でも、時代は大きく変わってしまっている。過去の価値観で、今では通用しなくなっているものというのは山ほどある。
過去の価値観にしがみつくのではなく、自分の今いる現実の中で、自分はどうであったら幸せなのかをもう一度考え直す、そのきっかけになる一冊だ。 -
no.2612018/8/7UP
本店・総務部Aおすすめ!
すべて真夜中の恋人たち 川上未映子/講談社文庫
主人公と男性の会話がぎこちなく、あまり意味もない言葉なのに独特のリズムを持っていて、なぜか妙に心地いい。逆にそれ以外の登場人物の会話はなめらかで、それぞれの立場でもっともな意見や考えを言っているのに、どこか居心地の悪さを感じさせる。そのあたりの人間の陰影というか、対照性が本書を際立たせているひとつだと思う。
普段あまり読まない種類の小説に、不思議と引き込まれた。何という事のないストーリーでも文章で読ませる作品は、才能としか言いようがない。 -
no.2602018/7/31UP
フェザン店・長江おすすめ!
賢く生きるより辛抱強いバカになれ 稲盛和夫+山中伸弥/朝日文庫
本書は、「京セラ」「第二電電(現KDDI)」などを創業し、「JAL」の再建にも携わった経営者・稲盛和夫氏と、iPS細胞の発見によりノーベル賞を受賞し、生物学研究の世界的トップランナーとして活躍する研究者・山中伸弥氏の対談だ。
二人の縁は、稲盛氏が創設した「京都賞」を山中氏が受賞したことにある。実際にはその6年前、山中氏が稲盛財団から研究助成金を受けた時に関わりが出来たのだが、実質的には京都賞からだ。京都賞は、「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間として最高の行為である」という考えの元、優れた研究者や芸術家を顕彰する賞であり、現在ではノーベル賞の登竜門となる国際賞のひとつとして認知されている。山中氏を初め、京都賞を受賞した後にノーベル賞を受賞した研究者は6名もいる。
本書は、特に「落ちこぼれ」と周囲から思われている人が読むといいだろう。二人共、決して秀才や天才というわけではなかったし、彼らの周りにいる人も違った。秀才や天才でなければ出来ないことというのはもちろんある。しかし同時に、秀才や天才であるが故に出来ないことがある。そして、「落ちこぼれ」ならそれが出来る、という状況は、様々な場面で存在するのだ。 -
no.2592018/7/31UP
本店・総務部Aおすすめ!
生きるとか死ぬとか父親とか ジェーン・スー/新潮社
かなりの紆余曲折を経て本書を書く境地に至ったのだろうと推察できる。短いエッセイの中でそんな逡巡がどこともなく漂う、父1人娘1人による最少単位の自称「限界家族」の歴史。
どんな家族であれ、他人には窺い知ることのできない固有の空気感があり、家族である以上、完全に客観視することはできない。決して美談にしないように書いているが、それも含めて著者とご両親の美学というか、家風が表れているように思う。
良い面と悪い面というのは表裏一体だ。良い面を残して悪い面だけを無くする事など不可能である。本書は相当にリアルな話で、いい話などほとんど書いていないにもかかわらず、ご家族の話は魅力的でどこか格好良く、それを書く著者もまた、十分に格好いいと思う。
墓参りの季節に本書を思い出す。