さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.273
    2018/9/17UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    くすぶり亦蔵 松宮宏/講談社文庫

    本書は、「秘剣こいわらい」シリーズではあるが、本書だけ読んでもまったく問題はない。
    しかし松宮宏は、どこからこんな物語を生み出すのか、まったく理解が出来ない。
    本書は、実にシンプルな物語だ。要約すると、「路上喫煙が禁止されているマンハッタンでタバコを吸い、何度も逮捕される無口な日本人」を描く小説、となるだろう。それで小説として成立するのか?と思うかもしれないが、これがまた滅法面白いのだ。
    主人公の樺沢亦蔵は、主人公なのに、作中でほぼ喋らない。彼がすることは、「マンハッタンでタバコを吸うこと」だけであり、それによってただ逮捕されるだけなのである。しかし、彼のその行動が、想像もしていなかった様々な事態を引き起こすことになる。その騒動が実に現代的で、だからこそこの荒唐無稽な物語にリアリティを感じられる人も多いだろうと思う。
    あり得ない奇想を物語に仕立て上げ、一気に読ませる作品を生み出す手腕は、ちょっと尋常ではない。

  • no.272
    2018/9/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    信長の原理 垣根涼介/KADOKAWA

    あるインタビューで著者は「『光秀の定理』が受け入れられたら、『信長の原理』『家康の条理』の三段構えを考えています」と語っている。歴史上の有名な人物の物語は基本的に大きなストーリーとしては初めからネタバレしているので、その事実をどう解釈するかだけになるが著者の作品は前作同様、今回も歴史に興味がある人にもない人にも十分に面白く読ませる内容になっている。個人的には松永弾正久秀の描写にシビれた。ともあれ、三段構えの最後をどのように締めくくるのかが、今から非常に楽しみである。
    本書については序文に記されている下記の文が最も的確に言い表していると思う。
    「私たちがいま住む世界についての理解はもともと不完全であり、完全な社会などは達成不可能なのだ。ならば、私たちは次善のもので良しとせねばならない。それは不完全な社会であるが、それでも限りなく改善していくことはできる社会である」――ジョージ・ソロス

  • no.271
    2018/9/11UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    八月十五日に吹く風 松岡圭祐/講談社文庫

    本書を読んで、今まで考えたこともなかったが、確かにその通りだな、と感じる疑問がある。それは、「何故日本は比較的平穏な終戦を迎えることが出来たのか?」ということだ。歴史を振り返ってみても、イラク戦争などの近代史も含め、戦勝国は敗戦国を苛烈に扱うことが多い。しかしその中にあって、第二次世界大戦においては、アメリカ軍は平和な占領政策を取った。終戦の直前に、原爆を投下するなどという無慈悲さを見せているにも関わらずである。
    その疑問に答えるのが本書だ。
    本書では、2つの物語が並行して描かれる。一つは、ロシアとアラスカに挟まれたベーリング海に浮かぶアリューシャン列島にある、周囲をアメリカ軍に取り囲まれたキスカ島に取り残された5000人の日本兵の救助作戦。そしてもう一つは、「源氏物語」を読んで日本に関心を持ち、アメリカ軍で日本語の通訳として従事する20歳の「ロナルド・リーン」の物語。この救助作戦と、後に日本に帰化した一人のアメリカ人の存在がなければ、日本の平穏な終戦はあり得なかった。
    日本が戦争に巻き込まれるかもしれない―そんな雰囲気をひしひしと感じさせる国際情勢にあって、戦争の記憶が薄れつつある我々が知っておくべき真実がここにある。

  • no.270
    2018/9/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ブラッド・メリディアン コーマック・マッカーシー著・黒原敏行訳/ハヤカワepi文庫

    『ノーカントリー』『ザ・ロード』『悪の法則』これらは現代のアメリカ文学を代表するひとり、本書の著者コーマック・マッカーシー原作の映画である。過酷で残酷な描写の内に、流れゆく時と不動の現実だけが残され、物語は何の逆転劇もなく幕を閉じる。これらはエンターテイメントでは決してなく、明らかに文学的叙事詩だ。
    その中に人は何を見るのか。
    受け容れ難くとも逃れようのない現実。どうもがいても絶対に取り戻すことのできない過去。時代の流れに抗う事などできず、古き良き時代に戻る事など有り得ない世界。悲観的な場面が繰り返され何の解決も見ることができないが、だからこそ、それらの事象は紛れもなく人生そのものであり、生きる事の本質を示唆しているのだと思う。
    どんな状況であれ人が生きるためには現在の事実を認め、今の一歩を踏み出さなければならない。そこには中途半端な“生きる意味”など役に立たず、もっと崇高で厳粛な“生”と“死”があるだけだ。
    万人にお勧めできるものではないが、読む者、観る者を選ぶ非常に重厚なテーマを持った作家であることは間違いない。

  • no.269
    2018/9/4UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    Ank:a mirroring ape 佐藤究/講談社

    「何故人類は言語を獲得したか?」という問いは、魅力的だ。人類ほど高度で多岐にわたる言語体系を獲得した種は、恐らく存在しない。しかし、何故人類だけが言語を獲得できたのかは分からない。僕にとっての謎はこうだ。言語は当初、思考のためというよりコミュニケーションのために生まれたはずだ。しかしそう考えると、二人以上の人類が同時に言語を獲得する、という状況を想像しなければならない。この点がどうにも自然な状況とは思えず、そこから先に思考を進めることが出来ないでいた。
    また、本書を読んで初めて知ったが、「ホモ・サピエンス」という人類の種には、他にもいくつか解明されていない謎がある。そして本書は、「何故人類は言語を獲得したか?」という謎も含め、それらの疑問に解を与えるミステリとなっている。
    チンパンジーの研究を行う鈴木望の物語と、京都で発生した謎の大暴動。2つの物語が結びつき、重なる時、「人類」の存在に内包された謎を解き明かす鍵が導かれる。本書で提示される仮説は、そのまま論文に出来るのではないかと思わせるほどの説得力を持つ、世界レベルの傑作だ。

  • no.268
    2018/8/28UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    QJKJQ 佐藤究/講談社

    「貨幣」や「国家」は、幻想だ。「貨幣」は確かに、物質として存在はするが、あの物質に「貨幣」としての価値があるわけではない。現にビットコインなどという、物質としての実体を持たないものもあるし、電子マネーなどは既に普通に受け入れられている。「国家」の場合も、土地という実体はあるが、土地があれば国家なわけではない。例えば、月にも土地はあるが、月に国家はないだろう。
    しかし、あまり突き詰めて考えなければ、「貨幣」や「国家」は存在しているように感じられる。それらはつまり、「僕らがあると思っているからある」という幻想でしかないのだ。
    「貨幣」や「国家」は、ほぼ全人類が抱いている幻想だからこそ成り立つのだ、と思う人もいるだろう。しかしそうではないケースもある。例えば僕らは、「原子や分子」を信じている。多くの人がそれらを直接見たことなどないはずなのに、である。何故か。それは、偉い科学者がそう言っているからだ。僕らは「原子や分子」を「ある」と思っているが、その根拠は、科学者がそう言っている、程度のものなのだ。
    だったら―僕らのごくごく個人的な日常も、誰かの幻想によって成り立っているのではないか…。
    本書は、その発想を究極的に突き詰めた、新人のデビュー作とは思えない怪作である。

  • no.267
    2018/8/28UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    歪んだ波紋 塩田武士/講談社

    恐ろしい話だ。机上の空論という言葉があるが、今は画面上の空論といったところか。但しその画面の空論が現実でなくても、現実以上に現実味を帯びる事があるから怖い。
    テレビや新聞・雑誌など、情報を扱うプロであってもネットを使う時代に、利用しているつもりが逆に利用されているという事は十分に考えられる。ネット情報に乗って騒いでいるうちに、少しずつ悪意ある誰かに加担し、コントロールされているかもしれない。
    いつの時代でも本質的なことは本物の中にあり、色、音、匂い、空気なども体感しながら自分の直観を信じる方が間違いない。画面は当然バーチャルで現実そのものではないという当たり前の事実を、私たちはなぜか忘れてしまう。基本というのはどんな分野でも忘れがちだが、いつも意識して戻らなければ、今いる場所が判らなくなると感じた。

  • no.266
    2018/8/22UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    機龍警察 月村了衛/ハヤカワ文庫JA

    本書を読んで僕は、「エヴァンゲリオン×踊る大捜査線」というイメージをした。エヴァンゲリオンのような二足歩行型軍用有人兵器「機甲兵装」が登場する警察小説なのだ。
    本書で描かれていることは、どの程度実現可能性があるだろうか?テロが頻発し、通常の警察組織では対処出来ない事案が増えたために、「特捜部」(通称は「機龍警察」)と呼ばれる新たな組織が作られることになった。元外務省の官僚がトップに据えられたその組織は、全国から優秀な刑事を集めながら、同時に傭兵や元テロリストなど、警察外の人間もリクルートしている。
    「機甲兵装」のようなロボットが登場する、という特徴的な部分に目を奪われがちだが、本書は、警察自身が警察という組織の中に作り出した異分子である「特捜部」が、既存の警察組織の抵抗を受けながらいかに巨悪に挑むか、という点にこそ物語の核がある。新人のデビュー作とは思えないほど、重厚で圧倒的な世界観をスピーディに読ませる傑作だ。

  • no.265
    2018/8/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    その犬の歩むところ ボストン・テラン・田口俊樹訳/文春文庫

    犬。最も古くから人間に飼われている動物。社会性を持ち、高い知能を有する。人間の知能はしばしばプラス面とマイナス面を出してしまうが、犬はどこまでもまっすぐにプラス面だけを追い求める。古くから人間に飼われてきた犬は、シンプルに一瞬で人間の本質を捉えていると思う。その愛情も、哀しみも。
    ケネディ大統領暗殺、9.11同時多発テロ、イラク戦争、ハリケーン・カトリーナなど、アメリカの歩んできた近現代史を背景に語られる本書は、誇り高きその犬に関わったすべての人間たちの生きる哀しみと、再生への希望を描く物語だ。
    「これがアメリカであるはずがない」と作中で語られる場面がある。現在はどの国でも同じような感情や矛盾が生じているのだと思う。複雑さを増す世界において原点を取り戻すための動きが、ますます原点から遠ざかっているような気がしてならない。人間の頭脳より人工知能よりも足元の小さな犬にこそ、その答えはあるのかもしれない。

  • no.264
    2018/8/14UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    幻の黒船カレーを追え 水野仁輔/小学館

    著者がしていることは、大したことではない。こう言ってはなんだが、著者の抱いた疑問は、世の中的にはどうでもいいものだ。これが「数学の歴史を変える定理を見つける」とか、「時効になってからも殺人事件を追い続ける」みたいな話であれば、世の中的に価値を見いだせる可能性がある。しかし、「カレーのルーツを探る」というのは、あまりにも世の中的に意味がない。しかしだからこそ、それを追い求めることの純粋さが強調されもするし、そんなまったく社会に貢献しないことに時間とお金と労力を掛けられる「情熱」の強さみたいなものが際立つ。
    著者は、妻子がいるにも関わらず、カレーについて調べるために会社を辞めた。正直、ちょっと狂ってしまっている人なのだと思う。しかし僕には、何かにそれだけ「情熱」を掛けられる、ということがとても羨ましい。
    本書は、カレーのルーツを探る旅の記録だが、その調査の過程ではほぼ何も起こらない。劇的な発見、みたいなことにはほとんどならないのだ。それでも、作品としては面白く読ませる。不思議な本なのだ。