さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.293
    2018/12/11UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    悪医 久坂部羊/朝日文庫

    今の僕は、こう考えている。癌になったら、治療はしたくないな、と。それは本書を読む以前から考えていたことだが、本書を読んでその考えがより強固になった。
    『さらに森川が疑問に思うのは、抗がん剤ではがんは治らないという事実を、ほとんどの医師が口にしないことだ(中略)
    しかし、大半の患者は、抗がん剤はがんを治すための治療だと思っているだろう。治らないとわかって薬をのむ人はいない。この誤解を放置しているのは、ある種の詐欺ではないか』
    もちろん、初期の癌であれば治療や手術で治るものもあるだろう。すべての癌が治らないというわけではないはずだ。しかし、「癌は治らないもの」と認識しておく方がいいと、本書を読めば理解できるだろう。本書は、「癌は治るはず」という希望を捨てられずに治療法を求めて彷徨う患者と、この癌は治らないから残りの人生を穏やかに過ごした方がいいと正しい判断をしたのに責められる医師の物語であり、双方ともに苦悩の時間を長く過ごすことになる。
    「正しい患者」になるために、全国民が読んでおかなければならない一冊だと思う。

  • no.292
    2018/12/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    あなたが消えた夜に 中村文則/毎日文庫

    ミステリーの形式をとっているがこれはミステリーではない。やはり中村文則という文学を表現しながら、人間の心の不思議さを描いている。
    どんな善人であれ、意識していようがいまいが、人には必ず「悪」の部分が存在する。それを自覚し客観的に自分自身を内省しながら人はバランスをとって生きている。しかし、メタ的に自己を分析しすぎると、“自分で自分を証明することはできない”のようなパラドックスに陥り、最終的には精神に異常をきたしてしまうのだと思う。本書、第三部の長い手記。徐々に精神が狂い始め、やがて壊れていくような文体が生々しく恐ろしい。正常と異常の境目はどこにあるのだろう。
    『マルホランド・ドライブ』という映画がある。難解なこの映画は、メタ認知を表現しているのだと思う。輝かしく美しい希望や夢が、美しければ美しいほど、逆にそれらは自らの首を絞めに来る。狂わなければ精神がもたないほどに希求する理想や妄想が、哀しくも美しく、そして切ない。本書同様、人間の心の不思議さを描く傑作である。

  • no.291
    2018/12/4UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    蜜蜂と遠雷 恩田陸/幻冬舎

    何かを「批判」したり「評価」したりするためには、「これが良い」という「基準」や「枠」が必要となる。「批判」や「評価」は、「何に対して」という「軸」なしには出来ないことだからだ。
    「天才」と呼ばれる人には様々なタイプがいる。中には、既存の「基準」や「枠」の縁ギリギリにまで辿り着ける、というタイプもいるだろう。しかし中には、「基準」や「枠」の存在など知らず、そんなものとは無縁の場所で圧倒的な何かを放出する、というタイプもいるだろう。
    そういう「天才」は、どのように「批評」や「評価」がされるべきだろうか?
    『そして、審査員たちも薄々気付いている。
    ホフマンの罠の狡猾さと恐ろしさに。
    風間塵を本選に残せるか否かが、自分の音楽家としての立ち位置を示すことになるのだということを。』
    ピアノコンクールを舞台に、出場者たちの来歴や才能や背景を濃密に描き出す本作は、文字の羅列でしかない小説という形態でありながら、音楽の「基準」や「枠」を飛び越える瞬間を読者に感じさせてくれる一冊だ。

  • no.290
    2018/11/27UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    か「」く「」し「」ご「」と 住野よる/新潮社

    僕は、他人の気持ちなんか分からない方が面白い、と思っている。「相手のことを全部知りたい」というような人も多くいるだろうが、僕は、分からない部分があるからこそ面白いと思うタイプだ。どれだけ掘り下げてみても、捉えきれない部分がずっと残ってくれる方が、その人に対する興味が持続する。だから、他人の気持ちは分からないで欲しい。
    本書では、他人の感情が様々な形で分かってしまう5人の高校生の物語だ。著者は、一見安易に思いつきそうなこの設定を、リアルに突き詰めて物語に落とし込む。
    5人とも皆、そういう能力を持っているのは自分だけだ、と考えている。だから、そういう能力があることは悟られてはいけない。でも、知ってしまった感情を無視するわけにもいかない。結果的に皆、周囲にいる人間のために何か行動を起こすことになる。
    しかし、他人の感情が見えすぎるせいで、5人ともが皆、自分は冷たい人間だというような自己評価をする。あいつはこんなにちゃんとした奴なのに自分は…と思ってしまうのだ。
    他人の感情が見えすぎることが、彼らのパーソナリティに少なくない影響を及ぼし、さらにそれが5人全体の関係性にまで波及していく。非常に繊細で、こんな感情を持ったり、こんな行動が出来たりするなら、他人の感情が見えすぎることも悪くはないのかもしれない、と思えた。

  • no.289
    2018/11/20UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    松ノ内家の居候 瀧羽麻子/中央公論新社

    松ノ内一家は、当主である貞夫の祖父が創業した松ノ内商会という商社を代々引き継いで経営している。庭付きの屋敷で暮らしてはいるが、それ以上何ということはない家族のはずだった。
    そんな松ノ内家に、ある日美しい青年が訪ねてきた。西島と名乗ったその男は、楢崎の孫だ、と言う。家族のほとんどがピンと来なかったが、貞夫だけは分かった。
    楢崎春一郎。私小説を多く書いた文豪で、主要な文学賞を受賞、ノーベル賞の有力候補とまで目されていたという、日本を代表する作家だ。小説家として名高いが、女関係もまたすごく、何度も結婚し、愛人も常にいたような男だったという。楢崎春一郎は、今年が生誕100年、没後10年の記念の年であるらしい。
    西島は、訪いの理由をこう語った。かつて一時だけ、楢崎がこの屋敷に居候をしていた時期がある。それだけではない。居候をしていた一年間だけ、楢崎は作品を発表していないという。研究者の間でも、空白の一年と呼ばれている期間だが、しかしその時期、実は小説を書いていたという記録が残っているという。
    つまりこの屋敷に、楢崎の未発表原稿が眠っているかもしれない―。
    あるのかないのかさえ分からない未発表原稿を巡って、家族の様々な思惑が交錯する展開が面白い。さらに、楢崎や彼の未発表原稿の存在が、松ノ内家という家族をより強固にする、という構成が、実に見事だったと思う。

  • no.288
    2018/11/13UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    哲学的な何か、あと科学とか 飲茶/二見文庫

    人は「科学」と聞くと、現実をはっきりと理解し、物事を明確に判断するものだという印象を受けるようだ。どんな仕組みかは分からないが、「科学」というブラックボックスを通せば、世の中のあらゆることに白黒つけることが出来る、と思っている。だからこそ、豊洲移転や原発の問題などについて、科学者に対して「100%安全かどうか」を問う、という行動が生まれるのだ。
    しかし、「科学」というのはそういう営みではない。本書を最初から最後まで読めば実感できるだろうが、「科学」というフィルターを通せば通すほど、余計に目の前の現実が分からなくなっていく。「科学」というのは、物事をくっきりさせるどころか、より深い混沌へと導くものでもある。
    本書を読み、「科学」というのがどんな営みなのかを理解すれば、「科学」というブラックボックスに放り込めば何でも分かる、などという幻想は消え去るだろう。
    「科学」は、現実がどうなっているのかについて答えてくれるものではない。その最たる例は、「光は波でも粒子でもある」という、量子論が要請する結論だ。科学者は誰も、「波でもあり粒子でもある」という状態をイメージ出来ない。しかし、そう考えることで、理論としてはばっちり上手くいくのだ。だったら、どういう状態かイメージは出来ないが、そういうことにしようぜ、というのが「科学」のスタンスなのだ。
    「科学」というものを誤解しないためにも、本書は読んでおくべき一冊だ。

  • no.287
    2018/11/6UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    まぼろしのお好み焼きソース 松宮宏/徳間文庫

    松宮宏は「奇想」を膨らませ、荒唐無稽でありながら妙なリアリティを持つ作品を描き出す作家だ。しかし、そうではない一面もある。本書は、「小学校の敷地をヤクザから借りている」という、ちょっとあり得そうもない設定が登場するが、それ以外は、神戸の下町を舞台に繰り広げられる、もしかしたら起こりうるかもしれないドタバタを描き出している。

    物語の中心にあるのは、ヤクザと言うよりは任侠と呼ぶ方が近い「川本組」という6人ほどの小所帯のヤクザと、長田の粉もん文化を支えていると言っても過言ではない「オリーブソース」の倒産危機だ。ヤクザを脱却し、地元のために出来ることをしたいと常日頃から考えている川本組の川本甚三郎親分は、若頭の山崎にオリーブソースの再建に手を貸すように命じる。ヤクザからの脱却と、地元商店街の再生、その両方が見事に融合し、人情味溢れる物語に仕上がっている。とはいえ、物語はそんなほんわかした感じでは閉じたりしない。後半の怒涛の展開からの見事な着地は、奇想をねじ伏せるようにして読ませる物語に着地させる松宮宏の豪腕が光る。

  • no.286
    2018/10/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    談志最後の落語論 立川談志/ちくま文庫

    私は落語を知っている訳でも特別に好きな訳でもないが、2011年に亡くなられた著者の落語には、雑談も含め妙に引き込まれる何かがある。そこには嘘がなく、一流の凄みのようなものを感じるからだ。
    一見、破天荒とも思える言動の中には考え抜かれた物事の本質と、一抹の恥ずかしさや照れ隠しが滲み出る。北野武氏の映画や本にもこの辺りの感覚を感じることがある。これを落語風に表現するならば「江戸っ子の了見」とでも言うのか、ある種の品の良さを感じる。美談や愛などをことさら強調しておきながら、どこか下品で胡散臭い人間を笑い飛ばしてしまうのである。
    『らくだ』『居残り佐平次』『鼠穴』『金玉医者』『文七元結』そして『芝浜』。映画でも落語でも、同じ話を何度聴いてもやっぱりいいなあと感じるのは、世の中がどう変わろうとも確実に名作だからであり、それを現代で体現させるのが名人芸というものなのだろう。

  • no.285
    2018/10/29UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    裁判所の正体 法服を着た役人たち 瀬木比呂志+清水潔/新潮社

    「裁判所」というものに、どんなイメージを持っているだろうか。実際に何らかの形で裁判に関わったことがある人ならともかく、多くの人は裁判とは無縁の人生を送っているだろう。僕もそうだ。そういう人は大抵、「裁判所」というものを、「正義や真実が明らかにされる場」と捉えているだろう。裁判の場で審議すれば、何が正しくて何が間違っているのかはっきりするはずだ、と
    そう思っているのであれば、是非本書を読んでほしい。そして、そのイメージを捨て去ってほしい。「裁判所」というのは、ごく一般的な人がイメージするような、正義や真実を体現するような場ではない。そのことを、元エリート裁判官だった瀬木比呂志氏と、「殺人犯はそこにいる」(文庫X)などの壮絶な取材で知られる清水潔氏の対談によって明らかにされる。
    本書で描かれることは、ほとんどの国民が知らないことだ。何故そう断言出来るのか。それは、聞き手である清水潔氏が何度も、「それは知らなかった」「そんな事実、国民の誰も知らないと思いますよ」という発言をするからだ。清水氏は、刑事事件に関わることもあるのだから、一般的な人よりは裁判について知識がある人と言っていいだろう。そういう人でさえ、初めて聞く話ばかりなのだ。
    日本の「裁判」と「裁判所」のヤバさを、本書を読んで理解してほしい。

  • no.284
    2018/10/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    神童 高嶋哲夫/幻冬舎文庫

    小学校時代の親友でありライバルであった天才二人がそれぞれの道に別れ、その道のプロフェッショナルとして再会、対決する。一人はプロ棋士として、もう一人は人工知能の研究者として。
    人vs人工知能というイメージを持つと、気持ちとしては人に勝ってもらいたいと願いたくなる。しかし本書を読むと人工知能もまた、人が研究を重ね試行錯誤を繰り返した上での成果であり、結局は人vs人になるのかと思える。
    人間はこれまでも火を制御し、水を制御し、燃料などを制御しながら生きてきた。人工知能の世界もいろいろな失敗はあるにせよ、その経験も踏まえて必ず人間にとって最適な価値を生むように進化し、制御できると信じたい。神のような存在がもし、宇宙の果てから地球を見ているとするならば、人工知能の現在も人類の進化の一過程として眺めているのかもしれない。