さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.349
    2019/9/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    死の淵を見た男 門田隆将/角川文庫

    『Fukushima50』――佐藤浩市、渡辺謙、緒形直人、火野正平、平田満、萩原聖人、吉岡里帆、斎藤工、富田靖子、佐野史郎、安田成美、監督・若松節朗――2020年3月公開のこの映画は日本人として、当事者意識を持って、必ず観るべき映画と言っていいだろう。その原作がノンフィクションの本書である。
    原発に反対とか賛成とかイデオロギーとかには一切関係なく、あの時の壮絶な現場から見た事実、現実を記している。そこから何を読み取り、何を語り継ぐかは読者の判断によるところだ。テレビやネットなどのメディアは速報性と話題性が最も重要な媒体であるが故に、自分ではあまり深く考えることもなく流されてしまいがちになる。やはり物事をじっくり考え、永く自らの糧とするためには、本という媒体が一番適している。すべて実名で記載されている本書を、まずは映画の前に読んでおく事を強くお勧めしたい。
    映画にはエンターテイメント性だけでなく、読書に近い性質のものがある。この映画も間違いなくそういった種類の作品になるだろう。傑作の予感しかしない。

  • no.348
    2019/9/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ミスト スティーヴン・キング/文春文庫

    著者原作による数多くの有名な映画の中でも、『ミスト』は特に傑作だ。霧に包まれて見えない中で得体の知れないものが蠢いているという怖ろしさと、人間自体の怖ろしさとが同時に描かれている。怪物よりむしろ霧そのものが人間心理を狂わせる。限りなく絶望的な状況で、それでも微かな希望を求めて彷徨う様子は、コーマック・マッカーシーの名作『ザ・ロード』をも彷彿とさせる。
    それにしてもラストである。原作とは違う唖然、茫然とする映画のラスト。個人的な好みで言えば原作のラストの方がいいとは思うが、映画史に残る衝撃のラストシーンであることは間違いない。本書では表題作「霧」の他に4つの短編が収録されており、その中でも「ジョウント」がいい。
    なんかいつも後味の悪い映画ばかり紹介しているような気がするので、思いつくままに後味のいい映画を、何の関係もないが列挙しておく。『スモーク』『素晴らしき哉、人生!』『セント・オブ・ウーマン』『リトル・ミス・サンシャイン』『小説家を見つけたら』『8月のメモワール』『クリード』『ミッドナイト・ラン』『いまを生きる』…。私は決してヤバい人間ではありませんよという言い訳を勝手に押し付けて終える。

  • no.347
    2019/8/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    老人と海 アーネスト・ヘミングウェイ/新潮文庫

    デンゼル・ワシントン主演の『イコライザー』という映画がある。最強な主人公の、本を読む姿が印象的なこの映画の冒頭の読書シーンが本書「老人と海」だった。
    ハードボイルドタッチで簡素な文章。ストーリーだけを追うならば、だから何?という人もいるだろう。個人的には学生の読書感想文課題図書には適していないと思う。本書はある程度の経験を積んだ大人でなければ、そのすっきりとした奥深さが理解できないだろう。事実を淡々と表した中から何を受け取るか、その意図は読者に委ねられる。下手な説明などしない。読書ならではの必要な時間と味わい深さがここにある。
    そういえば映画『セブン』のラストシーンは、本書の著者アーネスト・ヘミングウェイ「誰がために鐘は鳴る」からの引用で終わる。この映画は嫌な余韻が長く続き、そして深く悩み考えさせられる映画だ。

  • no.346
    2019/8/26UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    秋山善吉工務店 中山七里/光文社文庫

    いやあ、いい。なんて気持ちのいい小説だ。
    最近はあらゆるメディアで気持ちの悪いニュースを煽るようにこれでもかと見せつけてくる中で、この物語の主人公、大工の善吉はカッコ良すぎる。久しぶりに質のいい直球を見せられてハッとする気分である。誰でも自分の意見を好きなように主張できる、そういう時代だからこそ一周回って改めて光る小説なのかもしれない。ミステリーとしてのラストも見事だ。
    それにしても、まだどこかにいるのかなあ、こういう職人気質の頑固な爺さん。そりゃ身近にいたら現実には困る部分もあるだろうけど、何でもかんでも合理主義的な今の風潮にも疑問を感じる事はある。どんな時代であったとしても、その時の流行りや空気だけに流されずに、何の先入観もなく目の前の事実とまっすぐ向き合うことは大事だと思う。

  • no.345
    2019/8/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    カリ・モーラ トマス・ハリス/新潮文庫

    どんなものであれ、著者の新作を読まないという選択肢はない。名作『羊たちの沈黙』へのリスペクトを込めて。レクター博士シリーズは、その後の全てのサイコサスペンスを一変させたと言ってもいいだろう。レクター博士の存在を一層際立たせたのは、FBI捜査官の中で紅一点の、クラリスだった。
    今回の主人公は、何者にも頼らない孤高の移民女性、カリ・モーラ。ある種のトラウマを抱えた女性の強さと美しさを描くことに、やはり卓越したものを感じる。どうしても過去の作品と比べられてしまうのは、強烈な個性を生み出したビッグネームとしての宿命かもしれない。できることならそういった外野の評価とは一切関係なく、書き続けてほしいと願うばかりだ。
    ちなみにレクターシリーズ以外では『ブラック・サンデー』という作品も映画化されている。日本未公開だったこの作品も、かなりの傑作である。

  • no.344
    2019/8/13UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    影裏 沼田真佑/文藝春秋

    来年映画化される本書。文学性の強い作品は、受け取る側がどう読むかに全てが懸かっていると思う。これをどう映画で表現するのか今から楽しみだ。
    物語はごく短く、誰にでもわかるような文章で綴られている。普通に読めば多少の違和感と共にさらっと流れて、人によっては何も残らないかもしれない。しかし本書はこの違和感の意味を、じっくり時間をかけて読み解くべき作品であり、ある意味わかりづらいミステリーと言えなくもない。この物語の主題はタイトルの通り、言葉にされていない「影」や文章化されていない「裏」にこそあると思う。
    物語の終盤、主人公が日浅の父親に被災者の捜索願を出すように詰め寄る場面がある。父親は「では友情にお応えするとして」と、不意に席を立つ。ここで主人公は、“友情と、たしかにそう聞こえた。だがそれが誰と誰とのあいだの友情を指していうものか正確なことはわからなかった。”とある。話の流れとしては当然、主人公と日浅に決まっているのに全く予想もしていなかったような反応。友情ではないとするならば何なのか。そしてこの父親の、縁を切ったという息子に対する反応も、言葉とは裏腹な想いが濃厚に漂う。
    全く関係ないかもしれないが、デヴィッド・リンチ監督の映画『マルホランド・ドライブ』の不条理な美しさや難解さに近いものを感じる。

  • no.343
    2019/8/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    福袋 朝井まかて/講談社文庫

    江戸の乾いた風が吹き抜ける、8話の傑作短篇集。最初の「ぞっこん」だけで心をすっかり掴まれて、後はもう安心して名作古典落語を観ているかのようにラストの「ひってん」まで突き進む。いやあ、すっきりとしていて何とも言えず、いいなあと思う。
    この「いいなあ」という感じを言葉にしようとすると一気に野暮になってしまう。ただ、説明できないこの好ましい感覚が短い文章を読むだけで、一発で伝わるという事は現代の日本に於いてもなお、この「粋」がどこかに残っているという他ならぬ証拠だろうと思う。本書のような小説を読むことでいいなあと感じることができるのを、ちょっと誇らしげにも思う。

  • no.342
    2019/7/28UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    イノベーションのジレンマ クレイトン・M・クリステンセン/翔泳社

    ビジネス版「失敗の本質」。優良企業が破壊的イノベーションに直面した時、その会社を成長させてきたシステムや長所そのものが、失敗を招いてしまう可能性を示唆している。実績のある大企業が破壊的イノベーションに失敗しないためにはどうするべきか。見方を変えれば、実績のない小さな会社が上位企業のどこを狙えば進出できる可能性があるのかという事も、同時に示していると思う。
    かなり前に出版された本なので、紹介されている事例などは古いものの、言っている事自体は現在でも全く色あせていない。本書はサクセスストーリーや美談のようなものではない。ビジネスの本質を見抜く名著だと思う。

  • no.341
    2019/7/17UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    罪と罰 フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー/新潮文庫

    例えば映画で言えば、『市民ケーン』や『東京物語』、『地獄の黙示録』或いは『ノーカントリー』などは、面白いかどうか以前に、絶対に避けて通ることのできない不朽の名作だと思う。本ならば、ノンフィクションではフランクルの「夜と霧」。ドストエフスキーなら本書か「カラマーゾフの兄弟」などは、一生に一度は読んでおくべき種類の名著だ。
    とはいえ、読書感想文課題図書みたいにあまり構えて読む必要はない。翻訳ものに付きまとう名前の呼び方に対する違和感など、細かい点はすっ飛ばしていいと思う。大まかなストーリーだけを追えれば十分だ。すぐに意味が判る事が重要なのではなく、まずは一度読んでおくという事が何よりも重要な点だと思う。時代の変化に関わらない普遍的な人間の本質を衝いているので、無意識にでも必ず心のどこかに永く残り、時間とともに人間的な厚さや深みを増していく。
    名作は後から効いてくる。

  • no.340
    2019/6/29UP

    フェザン店・竹内おすすめ!

    線は、僕を描く 砥上裕將/講談社

     ―もうこれ、2019年の上半期ベスト1です!―
    「水墨画」がテーマになった珍しいジャンルの小説。のめりこんでしまうストーリー展開も登場人物の心の動きもまるで絵が浮かぶような水墨画のシーンも何もかもが凄いです。今年の講談社メフィスト賞を受賞しました。新人にあるまじき筆力です。ほんと凄かったとしか言いようがないのです。