さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.3872020/3/29UP
本店・総務部Aおすすめ!
不道徳な経済学 ウォルター・ブロック/ハヤカワ文庫NF
本書の内容をすべて正しいと言うつもりはない。ただ、誰しもが一読の価値はあるように思う。ポン引き・売春婦・ヤクの売人・ダフ屋・悪徳警察官など、社会的に不道徳と蔑まれる面々を、経済という側面から全体を俯瞰して見ている。敵の敵が見方であったり、巨悪を抑えるための必要悪があったりと複雑怪奇な世の中で、単純に不道徳だけを規制することが結果として役に立っているのかどうか。
ひとつだけ言える確かな事は、反対意見にも耳を貸すということ自体、自分の中だけの「正論」や「正義」を振りかざす人よりも、主張に厚みや深さが増すという事だ。いろいろな立場や利害関係、その功罪などを熟考した上でそれでもなお自分はこう思うという、最後の最後に残る道徳だけが本物だろう。
訳者あとがきにも書いてあるが、映画『セルピコ』の話が印象深い。そう言えば『セブン』のブラッド・ピットのセリフの中にもセルピコが出てくる。いかにもだ。 -
no.3862020/3/23UP
本店・総務部Aおすすめ!
ル・ジタン 斎藤純/双葉文庫
音楽や写真、絵画、文学、映画なども含めあらゆる芸術は、作り手側である人間の、内面の発露だからこそ人は共感し感動する。そんな事を改めて思った。
大きく心を動かされるのは単に物理的な完成度の高さではなく、才能と共にその人の個性や想いをも感じ取ることができるからだ。喜びや悲しみをまとう人間の感情と場の空気感。そのあたりの雰囲気はどんなにAIが進化しようとも、簡単には作り出せるものではないだろう。
本当に大切なものは、生み出された傑作にあるのではなく、それを生み出す土壌や人間の心の方にあるのだと思う。
1997年に刊行された同名文庫の新装版。時が経っても変わらない雰囲気の伝わる小説である。 -
no.3852020/3/19UP
本店・総務部Aおすすめ!
いまひとたびの 志水辰夫/新潮文庫
心の奥に深く刺さる、沈黙。低く、響き続ける静寂の余韻。
短編一つひとつの終わりに訪れる、言葉にならずに消え入る吐息のような、取り残されたような圧巻の空白が全てを雄弁に物語る。
ジャンルを問わず著者にしか出せない空気が、間違いなくそこにある。いつ読んでも何度読んでも、ああこれだと思う。深いため息と共に只々茫然として、見事と言う他はない。
この感覚はもう、志水辰夫というひとつのジャンルなのだ。 -
no.3842020/3/14UP
本店・総務部Aおすすめ!
敵の名は、宮本武蔵 木下昌輝/角川文庫
時代小説は歴史的な事実と共に、ある意味現代小説よりも高い想像力やオリジナリティが求められるジャンルだと思う。同じ題材であっても見方によっては悲劇にも喜劇にも、悪人にもヒーローにもなりうる。専門家がどう言おうと実際本当のところは誰にもわからず、想像するしかないのだから。
誰もが知る剣豪、宮本武蔵。その生き様を敵の目から見た光の当て方で、見事なエンターテイメントに仕上げている。剣による命のやりとりももちろん出てくるが、美術的な視点が印象深く心に残る。ともかく『枯木鳴鵙図』(こぼくめいげきず)などの水墨画をいま一度しみじみと眺めてみたい、そんな気にさせられる小説である。 -
no.3832020/3/7UP
本店・総務部Aおすすめ!
そばと私 季刊「新そば」編/文春文庫
年齢的には充分にいい大人なのだが、幼い頃になんとなく感じた大人の印象には程遠い気がする。例えばそれは酒の飲み方。酒に飲まれるタイプはいつの時代でもしょうがないが、酒を格好良く飲める大人は特別何もしなくても様子がいい。
そば屋での酒がその最たるものだろう。やれ高級店に行くの寿司屋に行くのバーに行くのではなく、ごくありふれたそば屋なんかで粋に呑める大人には別の憧れを感じる。変にうんちくを語るでもなく、有名店に並んだりもしない。簡単なつまみでさりげなく、そして美味そうに酒を呑み、あまりだらだらせずにそばを啜ってぱっと席を立つ。そんな理想的な格好のいい大人は、もはや幻想なのかもしれない。
本書には古き良き大人のエッセイ67人分のこだわりが詰まっている。空気感や匂いまでもが充分に伝わり、異常にそばが食べたくなる。ああ、平日の昼下がり、天ぷらかなんかで酒をやりつつ、冷たいそばで締めたいなあ。所詮あまり格好良くはできないけれども。
本店入ってすぐの左隅、酒と食のコーナーは店長の趣味でもあると思われる。 -
no.3822020/3/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
世界史の針が巻き戻るとき マルクス・ガブリエル/PHP新書
「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」二宮尊徳
本書を読んでいて、上記の言葉を思い出した。「道徳」の部分を「哲学」にも置き換えてもいいと思う。
「新しい実在論」を説く哲学者である、著者へのロングインタビューをまとめた本書。リアルとバーチャルの境界線があいまいになり、現実との接触機会があまりにも失われつつある現代において、明白な事実のみに重点を置く著者の哲学には説得力がある。
すでにあらゆる分野で限界に達し、行き着く所まで行った感のある現代の病。自然科学もデジタルテクノロジーも、現実を直視して現在のあらゆる危機に立ち向かわなければならない。哲学はそのために必要なのだと思う。自らの人間性を守るために。 -
no.3812020/2/24UP
本店・総務部Aおすすめ!
息吹 テッド・チャン/早川書房
例えば時代小説というジャンルは、描きたい内容をより強調するために、あえて時代背景を過去にして表現しているのだと思う。それと同じようにSFというジャンルも、設定を変える事によってより純粋に、人間とはいかなるものかを考えさせられる。
本書は、映画『メッセージ』原作「あなたの人生の物語」の著者による最新短編集である。サイエンス・フィクションという背景を用いながら、言っている内容としては現代人に向けた問いかけのような文系の物語だと感じた。時間と成熟、知識と経験、文明と文化、意志と宿命、そのほか哲学的な思考実験により、人間性とは何なのかを今の時代に問う小説だ。
このジャンルでどうしても思い出すのが映画『ブレードランナー』であり、その原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」である。古典的名作はいつ観ても深くて新しく、全く色あせない本質を示している。本書もそういうもののひとつになるのだろう。 -
no.3802020/2/11UP
本店・総務部Aおすすめ!
拳闘士の休息 トム・ジョーンズ/河出文庫
一発一発のパンチが重く、ボディに蓄積され足元から崩れ落ちそうになる。体調や精神状態のいい時でないと引きずり込まれてしまう。そんな、恐ろしく凄みのある短篇集だ。体と心のどこかに決定的な損傷のある人々の物語。人間誰もがどこか欠陥を持つ。しかし逆説的に、それゆえの圧倒的な人生のリアリティを、その一瞬のきらめきを写し出している。
ただ、打ちのめされる。これは名著だ。 -
no.3792020/2/5UP
本店・総務部Aおすすめ!
浮遊霊ブラジル 津村記久子/文春文庫
ひとつの考えを押し付けたり突き詰めたりする事なく、すべてを飲み込んだ上で、軽いユーモアのある短編小説に昇華させてしまう懐の深さを感じる。
おかしな話なのに包み込むような温かさがある。人間を見つめるまなざしと、著者の想像力の温かさだろう。 -
no.3782020/2/1UP
本店・総務部Aおすすめ!
極北 マーセル・セロー/中公文庫
終末の物語。コーマック・マッカーシー「ザ・ロード」を思わせる。文体としてはこちらの方が読みやすいが、やはり重いものを突き付けられる。現代文明にどっぷり浸かって戻れない現実と、自然の中で生きる本質。どれほど美しい言葉を並べて生きる意味を説いたとしても、地球上に生命が誕生したその日から変わらぬ命の理とその極北。人はどんな状況であれ、その時に適合した今の一歩を踏み出さなければならない。たとえそれが終末に向かっているとしてさえも。それでもなお、後世に遺す最後のメッセージ。