さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.3842020/3/14UP
本店・総務部Aおすすめ!
敵の名は、宮本武蔵 木下昌輝/角川文庫
時代小説は歴史的な事実と共に、ある意味現代小説よりも高い想像力やオリジナリティが求められるジャンルだと思う。同じ題材であっても見方によっては悲劇にも喜劇にも、悪人にもヒーローにもなりうる。専門家がどう言おうと実際本当のところは誰にもわからず、想像するしかないのだから。
誰もが知る剣豪、宮本武蔵。その生き様を敵の目から見た光の当て方で、見事なエンターテイメントに仕上げている。剣による命のやりとりももちろん出てくるが、美術的な視点が印象深く心に残る。ともかく『枯木鳴鵙図』(こぼくめいげきず)などの水墨画をいま一度しみじみと眺めてみたい、そんな気にさせられる小説である。 -
no.3832020/3/7UP
本店・総務部Aおすすめ!
そばと私 季刊「新そば」編/文春文庫
年齢的には充分にいい大人なのだが、幼い頃になんとなく感じた大人の印象には程遠い気がする。例えばそれは酒の飲み方。酒に飲まれるタイプはいつの時代でもしょうがないが、酒を格好良く飲める大人は特別何もしなくても様子がいい。
そば屋での酒がその最たるものだろう。やれ高級店に行くの寿司屋に行くのバーに行くのではなく、ごくありふれたそば屋なんかで粋に呑める大人には別の憧れを感じる。変にうんちくを語るでもなく、有名店に並んだりもしない。簡単なつまみでさりげなく、そして美味そうに酒を呑み、あまりだらだらせずにそばを啜ってぱっと席を立つ。そんな理想的な格好のいい大人は、もはや幻想なのかもしれない。
本書には古き良き大人のエッセイ67人分のこだわりが詰まっている。空気感や匂いまでもが充分に伝わり、異常にそばが食べたくなる。ああ、平日の昼下がり、天ぷらかなんかで酒をやりつつ、冷たいそばで締めたいなあ。所詮あまり格好良くはできないけれども。
本店入ってすぐの左隅、酒と食のコーナーは店長の趣味でもあると思われる。 -
no.3822020/3/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
世界史の針が巻き戻るとき マルクス・ガブリエル/PHP新書
「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」二宮尊徳
本書を読んでいて、上記の言葉を思い出した。「道徳」の部分を「哲学」にも置き換えてもいいと思う。
「新しい実在論」を説く哲学者である、著者へのロングインタビューをまとめた本書。リアルとバーチャルの境界線があいまいになり、現実との接触機会があまりにも失われつつある現代において、明白な事実のみに重点を置く著者の哲学には説得力がある。
すでにあらゆる分野で限界に達し、行き着く所まで行った感のある現代の病。自然科学もデジタルテクノロジーも、現実を直視して現在のあらゆる危機に立ち向かわなければならない。哲学はそのために必要なのだと思う。自らの人間性を守るために。 -
no.3812020/2/24UP
本店・総務部Aおすすめ!
息吹 テッド・チャン/早川書房
例えば時代小説というジャンルは、描きたい内容をより強調するために、あえて時代背景を過去にして表現しているのだと思う。それと同じようにSFというジャンルも、設定を変える事によってより純粋に、人間とはいかなるものかを考えさせられる。
本書は、映画『メッセージ』原作「あなたの人生の物語」の著者による最新短編集である。サイエンス・フィクションという背景を用いながら、言っている内容としては現代人に向けた問いかけのような文系の物語だと感じた。時間と成熟、知識と経験、文明と文化、意志と宿命、そのほか哲学的な思考実験により、人間性とは何なのかを今の時代に問う小説だ。
このジャンルでどうしても思い出すのが映画『ブレードランナー』であり、その原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」である。古典的名作はいつ観ても深くて新しく、全く色あせない本質を示している。本書もそういうもののひとつになるのだろう。 -
no.3802020/2/11UP
本店・総務部Aおすすめ!
拳闘士の休息 トム・ジョーンズ/河出文庫
一発一発のパンチが重く、ボディに蓄積され足元から崩れ落ちそうになる。体調や精神状態のいい時でないと引きずり込まれてしまう。そんな、恐ろしく凄みのある短篇集だ。体と心のどこかに決定的な損傷のある人々の物語。人間誰もがどこか欠陥を持つ。しかし逆説的に、それゆえの圧倒的な人生のリアリティを、その一瞬のきらめきを写し出している。
ただ、打ちのめされる。これは名著だ。 -
no.3792020/2/5UP
本店・総務部Aおすすめ!
浮遊霊ブラジル 津村記久子/文春文庫
ひとつの考えを押し付けたり突き詰めたりする事なく、すべてを飲み込んだ上で、軽いユーモアのある短編小説に昇華させてしまう懐の深さを感じる。
おかしな話なのに包み込むような温かさがある。人間を見つめるまなざしと、著者の想像力の温かさだろう。 -
no.3782020/2/1UP
本店・総務部Aおすすめ!
極北 マーセル・セロー/中公文庫
終末の物語。コーマック・マッカーシー「ザ・ロード」を思わせる。文体としてはこちらの方が読みやすいが、やはり重いものを突き付けられる。現代文明にどっぷり浸かって戻れない現実と、自然の中で生きる本質。どれほど美しい言葉を並べて生きる意味を説いたとしても、地球上に生命が誕生したその日から変わらぬ命の理とその極北。人はどんな状況であれ、その時に適合した今の一歩を踏み出さなければならない。たとえそれが終末に向かっているとしてさえも。それでもなお、後世に遺す最後のメッセージ。
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no.3772020/1/25UP
本店・総務部Aおすすめ!
天使は黒い翼をもつ エリオット・チェイズ/扶桑社
本書の解説に、『ワイルド・アット・ハート』という映画に関する記述がある。映画の原作は本書にインスパイアされているのではないかとの事。確かに、まるで上質なクライムサスペンス映画を観ているかのように止まらない疾走感がある。そうかと思うと、急に立ち止まり深く考えさせられるような部分もあり、緩急、硬軟織り交ぜて胸に迫る。全体としては全てが終わった後の回想のみ、一人称のハードボイルド調で語られる。エンターテイメント性と独特な文学的表現が同居する稀有な小説だった。
映画で言えば上記作品の他、『カリートの道』『ヒート』『バウンド』『パルプ・フィクション』『レオン』『ラスト、コーション』『ヒストリー・オブ・バイオレンス』などが刺さる人には、おそらくこの小説も楽しめるのではないかと思う。
愚かさ、弱さ、傲慢さ、醜さ、それら全てを含めた人間の愛おしさ、美しさを極上の犯罪小説に仕上げた傑作である。 -
no.3762020/1/12UP
本店・総務部Aおすすめ!
ナイン・ストーリーズ J.D.サリンジャー/新潮文庫
先日、ふとした病で5日間入院した。人生初の入院生活はベッドの上での時間が結構長く、いろいろな事を改めて考えさせられる。まず、病院はすごいという事。生きるために口から食べることができる喜びと有り難さ。自分一人で生きていると思っている事の大きな勘違い。そんな当たり前の事実を今更ながら、まざまざと痛感させられる。そして文学作品を読む時の、脳内のエネルギー消費量の大きさなども実感する事ができた。体の他の部分を治している時に読む文学作品は、脳がその処理に追いつかないのである。
文学作品というのは、まあはっきり言ってしまえば普段でも大抵何を言っているのかよくわからない。それを文字情報から一度自分の頭の中で十分に咀嚼する事により、初めてその味わい深さを知るのである。映画で言えば例えば『マグノリア』『インヒアレント・ヴァイス』『めぐりあう時間たち』『美しい人』『マルホランド・ドライブ』『ノー・カントリー』『悪の法則』『パターソン』『東京物語』などは文学作品の部類に入るだろう。
本書はサリンジャーの有名な傑作短編集だ。この中で最も難解なのが冒頭の「バナナフィッシュにうってつけの日」であり、著者を最もよく表しているのもこれである。他は読みやすい短編集なのでざっと全部読んでしまってから、もう一度最初に戻って読んでみてほしい。 -
no.3752020/1/6UP
本店・総務部Aおすすめ!
11月に去りし者 ルー・バーニー/ハーパーBOOKS
ある事件により命を狙われ、自らの犯罪組織内から逃げる幹部の男。一方、閉鎖的な田舎町から自分の人生を取り戻すために娘を連れて逃げる女。全く関係のない2人の逃避行が、人生の途中で一時交錯し、相手を、自分を見つめ直す。犯罪小説、旅、恋愛、成長小説、様々な要素が絡み合いながらも、互いに重い事情を抱えた2人には全体的にハードボイルドの空気が漂う。どちらかというとサブストーリーである女性の描き方が特に見事で、派手さはないものの抑制の効いた大人の物語をさりげなく引き立てている。
ちなみに本書は「このミステリーがすごい!2020年版」の6位だそうだ。世の中のあらゆるランキングや賞は、必ずしも上位が優れていて下位はより劣るという意味ではない。当たり前だが、自分の好みは自分自身が決める以外に方法はないのである。ともあれ本書は自分にとって、好みの小説だった。