さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.593
    2024/6/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    神の悪手 芦沢央/新潮文庫

    5つの短編集。やはり表題作「神の悪手」が秀逸だと思った。勝負の世界の張りつめた緊張感に震える。勝敗が全ての世界の中で、自分自身との葛藤にどう向き合うのか。最終的に打つ一手は果たして。
    ラストの一編「恩返し」だけが将棋ではなく将棋駒を作る駒師の物語。こちらもじっくりと自分に向き合うことで地に足のついた仕事、職人魂を開眼させる。
    本書は、いわゆるどんでん返しを狙ったようなミステリーとは少し違う。勝負の世界に身を置く者の孤独と心の機微にしっかりと焦点を合わせた、人間の物語なのだと思う。

  • no.592
    2024/5/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    まんがパレスチナ問題 山井教雄/講談社現代新書

    連日のイスラエルとパレスチナの報道を目にする度に、なぜそこまでという悲痛な思いがする。報復の応酬による負の連鎖、宗教対立、周辺国や大国の思惑、さらには紛争に伴うビジネスなど利害が複雑に絡み合い、もはや善悪の境目もよく分からないカオスと化している。
    本書と「続 まんがパレスチナ問題」は、問題の根源から近現代に至るまでの流れが分かりやすくまとめられている。今までこじれにこじれた、なんと永くて深い哀しみの歴史なのかと思う。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地でありながら今なお続く世界紛争の中心地という皮肉。人類の大いなる二面性を感じると共に、今の日本の平和は微妙なバランスの上にあり、決して当たり前の事ではないのだと改めて感じさせる。

  • no.591
    2024/5/13UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    碁盤斬り 柳田格之進異聞 加藤正人/文春文庫

    古典落語の「柳田格之進」を映画化した『碁盤斬り』。本書は映画の脚本を手掛けた著者が書き下ろした小説だ。読み終えてすぐに、この映画を観るのがとにかく今から楽しみでならない。
    白石和彌監督は『凶悪』『孤狼の血』など、これまで激しいバイオレンスのイメージがあるが、今回は打って変わって古典落語の人情噺。これをどう表現するのか、主演の草彅剛さんとの組み合わせも不思議な魅力を感じさせる。
    古典落語は大昔から同じ噺を現代にまで語り継いでいるのに、何度聴いても飽きが来ない。それだけ噺として完成されているのと、やはり日本人として無意識にも心のどこかに残っている部分へ、確実に刺さってくるからなのだろう。
    こんな世の中だけど、きっと心のどこかに。

  • no.590
    2024/5/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    炒飯狙撃手 張國立/ハーパーコリンズ・ジャパン

    まず、表紙がいいなあ。炒飯とスナイパー。このなんとも意外な組み合わせが両者を微妙に引き立てている。炒飯ってやっぱり男の料理にぴったりなのだと思う。必要最低限の食材を強火でさっと炒める。それだけで、いやそれこそが旨い。台湾出身の著者によるハードボイルドミステリー。老刑事とスナイパーのラストがいい。
    それにしても、ああすぐにでも炒飯を作りたくなる食べたくなる。

  • no.589
    2024/4/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    冗談 ミラン・クンデラ/岩波文庫

    本書を読み終えてふと全く関係のない、むしろ対極にあるような映画『バッファロー’66』を思い出してしまった。自分の周りではすこぶる評判の悪いこの映画は、陰鬱でシリアスな雰囲気を漂わせながらも、思わず笑ってしまうシニカルなラブストーリーである。ヴィンセント・ギャロ監督・主演。ナルシスト臭が時おり鼻につき、それも含めてコメディー性の高い傑作映画だと思う。
    復讐などに意味はない。時を隔てたものならなおさらだ。過去に思い悩んでも、未来を憂いても、そんなものとは関係なしに時代は流れ去る。運のいい時も悪い時も結局、目の前にある、自分にとって本当に大切なものを守る以外すべき事はないのだろう。
    本書は政治体制やら時代背景など難しいテーマを内包しているのかもしれないが、個人的には上記映画のように、大真面目なコメディー性のようなものが感じられた。

  • no.588
    2024/4/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    生産性が高い人の8つの原則 チャールズ・デュヒッグ/ハヤカワ文庫NF

    単にタイムパフォーマンスの話ではない。結果的に生産性のより高い選択と決断をするための8つの指針が個々のストーリーと共に展開される。ビジネスだけでなく、日々の行動にあらゆる角度からの見方と示唆を与えてくれる。
    後半出てくるプロのポーカープレイヤーの話と、『アナと雪の女王』や『ウエスト・サイド物語』の制作過程の話が特に面白かった。

  • no.587
    2024/4/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    上野アンダーグラウンド 本橋信宏/新潮文庫

    桜満開の盛岡だが、本書を読んで上野の喧騒を思い出したりする。これまで何度か行った事がある程度でも、何故か強烈な印象を残す場所、上野。
    公園、動物園、不忍池、似顔絵、西郷さん、美術館、博物館、アメ横などのカオス、あらゆる国籍の人々が行き交い、老いも若きも男も女も一定時期集いまた去りゆく街。歴史的にも底知れぬ怪しさとちょっとした郷愁を漂わせながら、今日も刻々と変化しているのだろう。アンダーグラウンドながらも様々な人生の一端に思いを馳せる一冊だ。

  • no.586
    2024/4/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    通り過ぎゆく者 コーマック・マッカーシー/早川書房

    安易にお勧めできる作家ではない。昨年亡くなられた現代アメリカ文学を代表するひとりの、遺作となった作品だ。厳密には「ステラ・マリス」が最後の作品になるのだが、ひとつの作品として考えればこちらがメインストーリーになる。ミステリーやサスペンスなどではなく、あくまでも純文学なので評価には時間がかかる種類の作家だと思う。
    著者の本では「すべての美しい馬」「越境」「平原の町」「ノー・カントリ―・フォー・オールド・メン」「ザ・ロード」など。映画では『ノーカントリ―』『ザ・ロード』『悪の法則』など。本書も含めて時代背景や設定はそれぞれ違えども、表現するのはいつも生きるリアリズムに貫かれているように思う。
    どの作品も全体像が掴みにくい。細かいところを確認すれば全体を想像できなくもないが、敢えて分からないように作ってあるのだと思う。主人公は何が起きているのかよく分からないままに次の行動を迫られる。その選択は理屈ではなく無意識による個人の人間性でしかないのだろう。それでも何かを選択しており、その結果起こる事は決して無かった事にはできない。時に受け入れ難い現実を受け止め、取り戻すことのできない人生を誰もが送っている。その切実さにようやく気が付く時はいつも、後からなのだ。

  • no.585
    2024/3/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    コーヒーと恋愛 獅子文六/ちくま文庫

    まったくもって、無性に、コーヒーが飲みたくなる、「さわや春のおすすめ」フェアの1冊。
    コーヒー好きの集まりである日本可否会。大仰なネーミングの割には会員五名の、月イチでコーヒーを飲みながら薀蓄を語るだけの集まりであるが、のちに茶道のように可否道を極めようとする。1963年刊行、コーヒーと昭和のアロマが香り高い物語だ。
    コーヒーに限らず、何かに凝るというのは何だろう。生きるために必要なものでもなく、仕事にも家庭にも全く関係のないごく個人的な趣味。性とでも言えるだろうか。映画や音楽、酒、煙草、釣りや登山、推し、読書なども同じ部類に入るかもしれない。造詣を深めたところで実生活にはさほどの役にも立たないどころか、むしろマイナス面も大きい。でも仮に、役に立つものだけの人生だったらこれほど味気ないものもない。
    あらゆる無駄を嫌う世の中にあって、実際役に立たない無駄知識と思われていたものが、案外意外なところでつながっていたり、いなかったり。役に立つこともあったり、なかったり。まあ、ないんでしょうな。むしろないと思っていた方がよほど洗練された、高尚な趣味だとも言える。

  • no.584
    2024/3/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    最後の医者は桜を見上げて君を想う 二宮敦人/TO文庫

    頭で考えることやデータで見る事と、実際に体験する事とではその意味が大きく異なる場合が多い。まして身近な人あるいは本人の「死」という、一度きりの体験と対峙した場合、冷静な分析など何の役に立つだろう。理論を超えた厳粛さの他に言葉はない。
    本書は真逆の極端な理論を持つ2人の医師とその中間の医師による死生観の物語だ。どちらの考え方も筋が通っていて、どちらが正しい正しくないということはない。ただ、年齢に関わらず誰もが明日死ぬかもしれないという事実は忘れて或いはそこから目を逸らして生きているが、いずれにしても人間の死亡率は100%だ。
    「さわや春のおすすめ」フェアの中の1冊。フェアは割と後ろ向きのものが多いかもしれないが、希望に満ちた春の季節に敢えて、一生モノの読書体験をという思いでセレクトしている。いい事ばかりじゃない世の中で、今読んでおくべき10冊。フェアの中の「生きるかなしみ」(山田太一 編)には「ふたつの悲しみ」(杉山龍丸)という章がある。これには言葉を喪い、ただ涙する他ない。こういうのを頭で考えて冷静に解説できる人など信用できない。