さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.628
    2025/6/28UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    三角でもなく四角でもなく六角精児 役者とギャンブル 六角精児/ちくま文庫

    なんか勇気をもらえる本。
    ダメな感じなんだけれども1本筋が通っている駄目さ加減というか、やっぱり何とも言えないコクがある。すべての経験は俳優という職業にプラスになっているのだろう。
    清廉潔白で心身ともに健康優良なんて人の話を誰が好き好んで聞くものか。浮いた話など一切ないなんていう俳優に人生のコクなど出せるものか。いろんなところでバッシングを受けておられる方々も逆手に取ってなんとか頑張ってほしいと思う。
    たまにやっている呑み鉄の旅も面白い。にわかではない年季の入った感じがひしひしと伝わってくる。

  • no.627
    2025/6/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ヨシモトオノ 吉本ばなな/文藝春秋

    ジャケ買いした一冊。怖くはない。絶妙なスパイスが少々効いているちょっといい話13話。
    この中の一話だけ大きくテイストの違う短編が入っている。「光」というタイトルで、この作品の冒頭には、短篇集全体の流れを壊してしまうかもしれないが、敢えてこれを書かずにはいられなかったという著者の思いが綴られていた。読んでみるとまさしく著者渾身の力作であり、他とは違う熱量を伴って真摯な考えが静かに語られていた。むしろこの作品を書くために他を書いたと言っても過言ではないぐらい秀逸な作品だと思う。そしてラストの「思い出の妙」もさりげなく全体としてのフィナーレ感を思わせるいい作品だった。
    表紙を見てピンときた場合、タイトルも著者名も内容すら全く気にせず、すぐに買って最後まで読んでみてほしい。もしかすると人それぞれかもしれないが、自分の場合を言えばほぼ当たる。映画と同じで期待値が少ない方が面白く感じるのか、何なのかはよく分からない。今回の場合は表紙の絵に語りかけられたような気がしている。

  • no.626
    2025/6/7UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    踊りつかれて 塩田武士/文藝春秋

    文春から出版されているのが面白い。週刊誌でスクープされた写真から、巧妙に人物の一面だけを切り取られストーリーを作られてしまう。そしてSNSによる匿名での執拗な個人攻撃による炎上。準公人なら何を言われても構わないのか、私人なら何を言っても許されるのか。そんな状況に一石を投じるブログ【宣戦布告】が公開される。
    本書には現代の、やりにくくなったお笑い芸人の現状と、昭和の歌姫の回想が交互に語られる。むやみやたらに「昔は良かった」などと言うつもりはないが、同じ理由で「昔はダメで今が良い」とも思えない。いつの時代でも光と影は均等にあり、結局その時代だけの価値観の中でただ流されるのではなく、どう生きるかということなのだろう。ひとつだけ確かなことは今の一瞬一瞬も確実に過ぎ去り、誰もが元に戻る事はできないという事実。今の人間も昔の人間と同じようにいずれ葛藤の道を歩むことになる。
    ちなみに映画『追憶』の原題で主題歌の「The way we were」が本書に何度か出てくる。この曲はメロディーラインだけで哀愁を強く感じさせる、映画音楽の中でも最もいい曲だと思う。映画音楽だと他には『ひまわり』の曲も良かったなぁ。『ゴッドファーザー』『戦場のメリークリスマス』『Wの悲劇』『キッズ・リターン』などなど、名作にはいつもいい曲が流れている。

  • no.625
    2025/5/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ジジイの片づけ 沢野ひとし/集英社文庫

    妙に納得させられるなぁ。断捨離とかシンプルなんとかとかいろいろもっともらしい考え方がある中で、本書の素朴な片づけ指南が一番腑に落ちた気がする。実行できるかどうかはまた別問題なのだが、少なくとも深く納得し身の周りはそうあるべきだと思った。まず、そう思ったというだけでも、片づけられない人間としてはかなり大きな一歩である。本書にはそう思わせるだけの魅力がある。そもそも文章がそれだけで面白く、またイラストに遊びがあり、関係あってもなくてもすごく味わい深い。これが技術的で実用的なだけの本だったら読む気がしないし、自己啓発風だったらもっとイヤだ。読めばわかる。これは極上のエッセイであり、人生が綴られているからこそ、腹に落とすことができるのだ。

  • no.624
    2025/5/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    もうすぐ絶滅するという煙草について ちくま文庫編集部/ちくま文庫

    百害あって一利なし。健康に悪い、他人に悪い、マナーが悪い、カネの無駄、時間の無駄、くさい、汚い、グローバルスタンダードに反する、サボっている等々…。パッケージには煙草の害が一番大きく表示され、数少ない狭い喫煙所には喫煙者が集まりモクモクと煙を立てている脇を吸わない人々が愚かで珍しい生き物でも見るように通り過ぎてゆく。まだいるのかというように…。
    これだけの屈辱感があってなお吸うという人は中毒というよりも、むしろ今やめると世間の圧力に屈したと見られるのが嫌なんだとも思う。そんなの他人から見ればどうでもいいんだけれども、なにせ自分の価値観だけを頼りに吸っている人種だから。
    本書は煙草に縁のある人もない人もそれなりに楽しめる本だと思う。錚々たる文豪42名による煙草にまつわる悲喜こもごも。吸うのもやめるのもさすがの文章だ。重鎮が多い中でかなりの異彩を放っているヒコロヒーの「仕事終わりに髪からたばこの香りが鼻をかすめるこの人生も気に入っている」もなかなか面白かった。
    さて、いつまでも意地を張ってもいられまい。遅ればせながら自分もそろそろ煙草に別れを告げる時か。別れはいつも一抹の寂しさが残る。

  • no.623
    2025/5/12UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    戦火のバタフライ 伊兼源太郎/講談社

    戦前と戦後の変容。一般市民の感情と政治家の論理と官僚のリアル。思い出したくない出来事や口にできない現実が戦時中には多くあったことだろう。それこそ口をつぐんだまま墓場まで持って行った方も大勢いたと思う。戦後の葛藤も含め残すことのできないものを、口にすることのできない現実を、物語という形でなら語り継ぐことができる。あらゆる物語の起源とは、そういった忘れてはならない大事なことを、どうしても後世に語り継ぐために生み出されたものなのかもしれない。
    戦争を体験した人がもうすぐいなくなる戦後80年というこの時代。今読んでおきたい一冊だ。

  • no.622
    2025/5/5UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    恥辱 J.M.クッツェー/ハヤカワepi文庫

    偏屈、頑固、バツ2。そして女に目がない大学の准教授が、学生に手を出し訴えられ墜ちてゆく物語。職を失い娘のところに身を寄せる中、更なる悲劇が父娘に襲いかかる。同じような屈辱と恥辱を与えられながらも、親子で対処の方法が対照的だ。男性と女性の違いか土地の違いか、プライドの示す方向が真逆である。乾いた文体で淡々と語る主人公は自分が悪いとは思ってもいない。にもかかわらず、最終的にはこの一連の経験により人間の逞しさや美しさ、そして愛について悟る。
    この物語は南アフリカの政治的な問題や人種問題などが背景にあるのだろうけれども、それとは関係なく純粋に小説として面白い。最近は政治家や芸能人などのスキャンダルでその職を追われるような事態を多く目にするが、自分は常に清廉潔白のような顔をして人の過ちだけをみんなで叩くような風潮はいかがなものかと思いつつも、そんなゴシップについ目がいってしまう。恥辱にまみれてなお、どう振る舞うかがその人の真価が問われる場面だろう。少なくとも正論を盾にただ叩きまくるだけの人よりは多くを学び、人生経験を積んでいることだと思う。

  • no.621
    2025/4/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    実さえ花さえ 朝井まかて/講談社文庫

    著者のデビュー作、江戸の種苗屋を営む花師の物語。草木や花を愛でるための品種改良が江戸時代の職人によって作られ、現代にも通じているのが興味深い。その美しさ、儚さ、逞しさは、時代は違えども同じように人の心を打つのだと、当たり前ながら感慨にふける。それにしても、粋な話だ。
    本を読む事は心に新種の種を蒔き、苗を植えるようなものかもしれない。どう育つかは自分次第。少なくともAIで自分用にカスタマイズされた情報よりは、自分の中には無かった何かと混ざり合い、より強く美しく育つような気がする。
    染井吉野か。今日の盛岡は花吹雪が舞っている。

  • no.620
    2025/4/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    日の名残り カズオ・イシグロ/ハヤカワepi文庫

    イギリスの一流執事の独白のみで構成する、旧友に逢いに行くロードノベルだ。その旅の間、過去の回想でこれまでの仕事への矜持や変わってしまった世界が語られる。英国紳士に長年仕えてきた主人公が、今ではアメリカ人の主人に仕えている。
    この物語には単なる過去へのノスタルジーだけではなく、晩年に自分の人生とはどのようなものだったのかを見つめ直す、誰の身にもいつの世にも起こり得る普遍的なドラマがあるのだと思う。主人公の生真面目な語り口に皮肉なユーモアを感じさせながらも、移りゆく時代と個人的なロマンスの中にひとりの人間の後悔や誇り、つまり人生を映し出す。
    本書を原作としたジェームズ・アイヴォリー監督の映画も良かった。主演のアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンが素晴らしい。ちなみにこれはとてもいい話なので“レクター博士”のイメージだけは完全に頭から払拭してから観なければならない。そして何でもそうだが原作を読むと作品への理解が格段に深まる。本書はそんな作品の中でも特にお薦めしたい一冊だ。

  • no.619
    2025/4/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    悪の法則 コーマック・マッカーシー/早川書房

    ダイヤモンド商:そう、クラウンとパビリオンがそれぞれ好ましくカットされていても互いがちぐはぐになることがある。最初の切子面がカットされるともう後戻りできません。合一の象徴となるべきものが永遠に不実を残すことになるわけですがそこにわたしたちは厄介な真実を見てとることができます。人間の企ての形は良かれ悪しかれ着手した時点で完成するという真実を。
    弁護士:(顔をあげて)しかし完璧なダイヤモンドなどないと。
    ダイヤモンド商:この世に完全なものなどない。父がよく申しておりました。
    ―中略―
    ダイヤモンド商:石は目撃する人間が登場する以前に地球の深いところでできあがったけれど今はここにある。今はここに。誰がその目撃者なのか。わたしたちです。わたしたち二人です。ほら。(ダイヤモンドをクリップに留めて)これは警告を与えてくれる石です。
    弁護士:警告を与えてくれるダイヤか。―
    (以上本書より抜粋)
    映画『悪の法則』(原題:The Counselorリドリー・スコット監督2013年公開)。本書は2023年に亡くなられた米文学の巨匠コーマック・マッカーシーが映画用に書き下ろした脚本だ。弁護士は違法な取引に片足を突っ込んだ途端、どう足掻いても一切取り返しのつかない地点まで一気に転がり落ちてしまう。著者にしては短い物語だが、すべてのエッセンスはこの一冊に凝縮されているように思う。断っておきたいのは、これは知人に薦められるような映画では決してないという事。ただ、個人的には観終わった後も長い期間、何を意味しているのか時折ふと考えさせられる。強烈で深遠、そんな映画だ。本と映画が多少異なる部分もあり両方読むと理解が深まる。店には置いていないので興味のある方のみ注文をお願いしたい。