さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.6172025/3/31UP
本店・総務部Aおすすめ!
羅生門/蜘蛛の糸/杜子春
外十八篇 芥川龍之介/文春文庫著者の代表作はこの一冊でほぼ網羅できる。表題作の3作は教科書などでおなじみの話だが、改めてじっくり読んでみると若い頃に抱く印象とだいぶ異なっていることに気づく。人間の業の深さ、人物の陰影を強く感じさせる著者の物語はどれも、大人になってから読むべき本と言えるだろう。個人的な好みで言えば「或日の大石内蔵助」「秋」「藪の中」「トロッコ」がいいと思った。
どこか狂気を孕んだグロテスクな作品が多く、中でも最後の3作「点鬼簿」「河童」「歯車」はかなりヤバいところまでいっているという感じがある。人間の本質を同じ人間がどこまでも深く追求しようとすると、最終的にはどこか狂ってしまうものなのかもしれない。人間であることを認め生きていくにはやはり、越えてはならない一線があるのだろう。さながら「杜子春」のように。 -
no.6162025/3/14UP
本店・総務部Aおすすめ!
銃 中村文則/河出文庫
著者デビュー作の本書。最近映画化された奥山和由監督『奇麗な、悪』は本書に併録されている「火」を原作としている。「銃」の映画化は理解できるが、「火」の映画化は正気の沙汰ではないように思う。かなり攻めた、挑発的な映画にならざるを得ないと思うが、どうだろう。観てみたいような観たくないような。関係ないけど1995年奥山和由製作総指揮の『GONIN』は凄かった。
本書は淡々とした話の中に、圧倒的な熱量が籠っている。「銃」は精神がいつからか狂っていく様が恐ろしく、また「火」は信頼できない語り手の独白のみで構成されているのが恐ろしい。
全く関係ないが、核抑止力のための核保有など冷静に考えてみればバカげた話で、なんと愚かな生命体だろうと、もし宇宙人がいるとすれば笑っていることだろう。人類は元々愚かさを内包している。「銃」の主人公のように、「持つ」という事により精神が微妙に狂ってくる可能性は十分に考えられる。今の世界情勢はすでに、「持つ」人間の精神に狂いが生じてしまっているのかもしれない。そんなことを思った。 -
no.6152025/3/6UP
本店・総務部Aおすすめ!
逃亡者は北へ向かう 柚月裕子/新潮社
震災から14年、著者がこの物語を書き終えるためにどうしても必要な時間だったのだろう。命というものと真摯に向き合い、葛藤と逡巡の末紡がれた小説だと感じる。逃亡者を中心とした生と死の群像劇と、残された人間の生きる姿を描き、その意味を浮き彫りにする。
いきなり結末のプロローグから始まり、切ないラストまで名作映画を観ているようだった。震災の風化が懸念されているこのタイミングでの出版なので、ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思う。 -
no.6142025/2/22UP
本店・総務部Aおすすめ!
侠 松下隆一/講談社文庫
読み始めてすぐに、ああこれは古典落語のような江戸の人情噺だと思って読んでいた。読み終えて、それはまったく見当違いの甘い見立てだった事に呆然とし、長い余韻が残る。これはファンタジーやエンターテイメント性を重視したものではなく、リアルな人間の業の深さ、因果応報、罪と罰など、完全に大人向けのハードボイルド時代文学作品だった。
それでも希望が全く見えないわけでもない。人間の生き方、命の放つ光と重みを読む者に充分に暗示させる。こういった文学作品は、それをどう読むかにすべてが賭かっている。ストーリーだけを追うのであればこれほど面白くない話もないかもしれない。これは映画の早送りや文学作品の速読などでは絶対に理解できない。むしろ何でもないセリフのちょっとした間や、読んでいない余韻の部分にこそ物語の核心があるのだと思う。表紙の朝顔が切ない。 -
no.6132025/2/13UP
本店・総務部Aおすすめ!
金閣を焼かなければならぬ 内海健/河出文庫
三島由紀夫の最高傑作「金閣寺」。そのモデルとなった実際の放火事件の犯人、林養賢の人生を辿りながら2人の人物像に迫る。精神科医という立場からの考察なので難しい部分もあるが、おおよそのことは理解できる。本書を読んでみるとまず、三島由紀夫の「金閣寺」がほぼ実際の事件通りのストーリーになっている事に驚く。かなり綿密に事件を調べ、犯人の心の中にも近づいていったのかと想像できる。
病気と正気との境は何なのか。濃淡の違いだけで本質的な違いはないような気もする。そこに「芸術」や「美」などの要素が加わると、ある意味天才ほど病気に近づいていくのではないだろうか。狂おしいほどの「美」に対する固執に、2人の生い立ちや方向性は違えども近いものを感じる。「金閣を焼かなければならぬ」となるまでの心の不思議。最後は現実と小説で明確に違っているが、この小説の終わらせ方も見事だと思う。 -
no.6122025/2/5UP
本店・総務部Aおすすめ!
タダキ君、勉強してる? 伊集院静/集英社文庫
2023年11月に亡くなられた伊集院静さん(本名西山忠来さん)。伊集院さんが如何にして伊集院さんになったのか。生まれた時から最近までの、先生と仰ぐ人との出会いをまとめている。人から受ける信号をものすごく敏感に感じ取る人だったのだろうと、本書を読んで想像できる。それはやはりご両親から受け継いだ、人を見る目の確かさなのだと思う。昭和を色濃く感じるエピソードが多いが、いつの時代であってもいい人もダメな人も一定数の割合でいるだろう。人の放つ信号をいかに敏感に受信できるかが、いい先生に出会えるかどうかの分かれ目だ。色川武大、城山三郎、久世光彦、伊坂幸太郎、本田靖春、ビートたけし、高倉健、武豊、松井秀喜など様々な先生たちが出てくる。感受性の豊かな人同士が引き寄せ合うものなのかもしれない。
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no.6112025/1/28UP
本店・総務部Aおすすめ!
楽園の楽園 伊坂幸太郎/中央公論新社
デビュー25周年記念書き下ろし短編。簡単に読み終えてしまうけれども、なかなかに考えさせられる。現代を捉えた童話のような、SFのような、ファンタジーのような、ホラーのような、コメディのような、ミステリーのような、生物学のようでもあるストーリー(物語)。
いつもの通りセリフが軽妙で楽しい。短いながらも物語の面白さを全て含んだ、子供から大人まで楽しめる名作短編と言える。本書を読んでから改めてこの世界を冷静に見まわしてみると、全く違った見え方になってくる。 -
no.6102025/1/13UP
本店・総務部Aおすすめ!
老人と海/殺し屋 アーネスト・ヘミングウェイ/文春文庫
映画『イコライザー』でデンゼル・ワシントンが読んでいた本が「老人と海」。古典の名作ハードボイルドと言っていいだろう。説明的な文章はない。こういうのは読み手側の解釈によって感動を呼んだり名作となったりするのだと思う。あらゆる名作文学や絵画などは、読んで、あるいは見て各々感慨に浸る時、その感想によって初めて作品が完結するようにできている。若い時に「だから何?」と思った人でも、できるだけ手元に持っておいた方がいい。読む年代によって解釈が変わり、いつかしみじみと唸らされ完結する時が来る。それにしても、この表紙のデザインがいいなあ。
「殺し屋」の方は「ニック・アダムス・ストーリーズ傑作選」として10話収録されている中の1編。やはり名作短編の余韻が残り、物語の背景や人物に想いを馳せる。こちらの解釈しだいという意味では、毎度しつこいようだが映画『ノーカントリ―』(原作コーマック・マッカーシー「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン」)もサスペンスの仮面を被った文学作品だ。こういったものの源流をたどるとその1つには、やはりヘミングウェイがあるのかもしれない。 -
no.6092025/1/9UP
本店・総務部Aおすすめ!
イェイツ詩集 ウィリアム・バトラー・イェーツ/岩波文庫
映画『ミリオンダラー・ベイビー』の中で、クリント・イーストウッドがいつも読んでいる本がイエイツの詩集だ。本書に収められている「湖の島イニスフリー」の一部がセリフにも出てくる。また、コーエン兄弟の映画『ノーカントリー』の原作で、コーマック・マッカーシーの本のタイトル「no country for old men」という言葉は、本書「ビザンティウムへの船出」の冒頭部分に出てくる。もちろんそれ以外にも、今も世界中に影響を与え続けているアイルランド詩人による古典の名著である。1923年ノーベル文学賞を受賞。
この詩が書かれた時代も土地も言語も特殊なものなので、本書を読んで著者の意図を正確に把握できたとは言えない。それでもその奥深さはどことなく伝わってきて妙に惹きつけられる。上記の映画も、あるいは『マディソン郡の橋』にしても、表面的な善悪は誰にも明確だが、それだけでは割り切れない奥深さがある。本書の根底には、生きるものは誰でも死ぬんだという、当たり前で厳粛な自然の姿があるような気がする。 -
no.6082024/12/30UP
本店・総務部Aおすすめ!
小説 野崎まど/講談社
小説の良さを小説という形の中で表現した小説。話は宇宙の起源、生命の起源にまで及ぶ。小説を説明するために随分と大きく出たなとは思ったが最後うまくまとまる。現実は変わらないのに、フィクションを読んで自分の内面に取り入れる事に価値はあるものなのか。本書を読んで少し考えてみてほしい。本好きに誇りと勇気を与えてくれる1冊。
これは本だけに限った事ではなく、映画でも音楽でも絵画でも名作と呼ばれるものの中には生きる意味を問うような深遠なものも多く存在する。ただそれらの中でも、やはり本というものが最も根源的な媒体なのだろう。最新情報だけでなく、一見意味がないように思える小説で内面の深みを増すことは、想像以上に価値のある事なのだと改めて認識する。
読後、芥川龍之介を読んでみようかなという気がした。それと、なぜか『2001年宇宙の旅』を観たくなった。それもアーサー・C・クラークの原作小説の方が分かりやすいのに、わけの分からない映画の方をなぜだか無性に観たくなってしまった。