さわや書店 おすすめ本

  • no.478
    2021/9/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    羆嵐 吉村昭/新潮文庫

    実りの秋の季節になった。それは人間だけに与えられた恵みではなく山の王、クマにとっても同じ事だろう。厳しい冬を越して生きるために、彼らだって食べなければならない。本書は実際にあった羆事件を元にしたノンフィクションだ。山における人間の無力さ、自然の畏ろしさが、濃密な闇の圧迫感と張りつめた緊張感をもって読者を締め付ける。
    人間にとってクマは恐ろしい存在かもしれないが、クマにとってみれば人間ほどタチの悪い生き物もいないだろう。勝手に自然を壊しておきながら、自然エネルギーだ、多様性だ、人権だ、宗教だ、戦争だなどと騒ぎたて、結果的には何も解決できない。果てる事のない欲望と好奇心だけで行動する種族は、正に悪魔の所業に見えることだろう。
    これだけ進化した現代でも、コロナウイルスを抑え込む事はできなかった。研究はもちろん必要としても、人知の及ばないものに対して現実を謙虚に受け入れる事は、逆に勇気と知性あるふるまいだと思う。害獣も駆除すれば解決という単純な話ではないのだろう。本書を読むとアイヌやマタギの文化にも興味が湧いてくる。