さわや書店 おすすめ本

  • no.289
    2018/11/20UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    松ノ内家の居候 瀧羽麻子/中央公論新社

    松ノ内一家は、当主である貞夫の祖父が創業した松ノ内商会という商社を代々引き継いで経営している。庭付きの屋敷で暮らしてはいるが、それ以上何ということはない家族のはずだった。
    そんな松ノ内家に、ある日美しい青年が訪ねてきた。西島と名乗ったその男は、楢崎の孫だ、と言う。家族のほとんどがピンと来なかったが、貞夫だけは分かった。
    楢崎春一郎。私小説を多く書いた文豪で、主要な文学賞を受賞、ノーベル賞の有力候補とまで目されていたという、日本を代表する作家だ。小説家として名高いが、女関係もまたすごく、何度も結婚し、愛人も常にいたような男だったという。楢崎春一郎は、今年が生誕100年、没後10年の記念の年であるらしい。
    西島は、訪いの理由をこう語った。かつて一時だけ、楢崎がこの屋敷に居候をしていた時期がある。それだけではない。居候をしていた一年間だけ、楢崎は作品を発表していないという。研究者の間でも、空白の一年と呼ばれている期間だが、しかしその時期、実は小説を書いていたという記録が残っているという。
    つまりこの屋敷に、楢崎の未発表原稿が眠っているかもしれない―。
    あるのかないのかさえ分からない未発表原稿を巡って、家族の様々な思惑が交錯する展開が面白い。さらに、楢崎や彼の未発表原稿の存在が、松ノ内家という家族をより強固にする、という構成が、実に見事だったと思う。