さわや書店 おすすめ本

  • no.226
    2018/4/3UP

    フェザン店・長江おすすめ!

    怒り 吉田修一/中公文庫

    八王子で、ある殺人事件が起こる。被害者は尾木という夫婦で、犯人は犯行後六時間も現場に留まった。その間ほぼずっと全裸で過ごしていたと考えられている。浴室には、被害者の血を使って「怒」という字が書かれていた。犯人は日付が変わった午前1時過ぎに尾木邸を後にした。その後すぐ、無灯火運転で検問中の巡査に呼び止められ、逃走。以後行方は知れない。
    男の名を、山神一也と言う。
    千葉・東京・沖縄の離島の3箇所で、素性の知れない三人の男が現れる。房総の漁港で働く田代哲也、新宿のハッテン場で拾われた大西直人、無人島で生活する田中信吾。彼らの誰かが山神だ。しかし読む者は誰もがこう思うだろう。誰も、山神であって欲しくない、と。
    彼ら三人は直接的には関わり合いを持たない。そして、それぞれの場で彼らは余所者である。そしてそれぞれの場で、彼らに近い人物の幸せが崩壊する。
    山神だった者の周囲の人間の幸せが壊れるのは分かる。しかしそれ以外の二人も、山神ではないにも関わらず、山神の存在がきっかけで周囲の者の幸せを破壊する。この物語の構成が凄まじい。