さわや書店 おすすめ本

  • no.280
    2018/10/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    なんてやつだ 野口卓/集英社文庫

    いやあ、なんと味わい深い時代小説だろう。「軍鶏侍」を読んだ時もそう思ったが、オチがどうのとは関係なく1ページ1ページがいとおしい。本を読んでいると残りの分量が目に見えてわかるので、終わりが近づくにつれ残念な気さえする。もっとこの物語に浸っていたい、そんな風情のある時代小説である。
    「よろず相談屋繁盛記」との副題が付いているが全く繁盛はしておらず、まともに相談すらされてもいない。にもかかわらず若い主人公と話すうちに、悩みは自らの中で解決していくのである。問題解決の糸口は他人の中にではなく自らの中にしか有り得ない、図らずもそんな結果にさせる物語に人生の機微を感じる。
    人の心の不思議さや深遠さ、人情などを端的に表現するには、いたずらに複雑化した現代よりも時代小説というジャンルが最も適しているのだろう。著者の本は、まるで名作落語を聴いているかのように、江戸の物語へと心をがっさり持って行かれる。