さわや書店 おすすめ本

  • no.292
    2018/12/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    あなたが消えた夜に 中村文則/毎日文庫

    ミステリーの形式をとっているがこれはミステリーではない。やはり中村文則という文学を表現しながら、人間の心の不思議さを描いている。
    どんな善人であれ、意識していようがいまいが、人には必ず「悪」の部分が存在する。それを自覚し客観的に自分自身を内省しながら人はバランスをとって生きている。しかし、メタ的に自己を分析しすぎると、“自分で自分を証明することはできない”のようなパラドックスに陥り、最終的には精神に異常をきたしてしまうのだと思う。本書、第三部の長い手記。徐々に精神が狂い始め、やがて壊れていくような文体が生々しく恐ろしい。正常と異常の境目はどこにあるのだろう。
    『マルホランド・ドライブ』という映画がある。難解なこの映画は、メタ認知を表現しているのだと思う。輝かしく美しい希望や夢が、美しければ美しいほど、逆にそれらは自らの首を絞めに来る。狂わなければ精神がもたないほどに希求する理想や妄想が、哀しくも美しく、そして切ない。本書同様、人間の心の不思議さを描く傑作である。