さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.524
    2022/10/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    世界史を変えた植物 稲垣栄洋/PHP研究所

    世界史などというと小難しそうな気がするが、本書は植物の生き方をドラマチックなエッセイ風に仕上げているので誰が読んでも興味深く、広くて深い示唆に富む本だ。
    著者の本は「生き物の死にざま」「雑草はなぜそこに生えているのか」など、どれを読んでも文学的な文章で読み物として面白い。
    動かない植物の意志を、雑草の戦略を、言葉のない生き物の慧眼を感じさせる。

  • no.523
    2022/9/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    もののあはれ ケン・リュウ/ハヤカワ文庫SF

    SFとは哲学なんだと思う。
    シチュエーションを限定することで、形而上学的な問いがより純度の高い核心のみにフォーカスされる。普段このジャンルを読まない人にこそおすすめしたい。本書は文学的で、詩的で、哲学的な、そして紛れもないSF小説だ。
    短篇集なので読みやすく、最初の表題作はこのタイトルからもわかる通り、日本人を主人公に描かれている。死生観が問われる。まず、本書の冒頭30数ページに凝縮された物語をどう思うか、自分の目で判断してみてほしい。
    SFを通じて哲学的に人間を描く物語は映画にも傑作が多い。『インターステラー』『メッセージ』『ガタカ』『ブレードランナー』『ミッション:8ミニッツ』『2001年宇宙の旅』など。SF要素は舞台装置で、主題としてはすべて、人間とはいかなるものかが描かれている。

  • no.522
    2022/9/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    傷を愛せるか 宮地尚子/ちくま文庫

    精神科の医師として臨床を行いながらトラウマの研究をする著者。専門的な話ではなく自分自身のエッセイとして書かれているため読みやすく、医師・研究者としての視点や、そこから見える景色の描写も興味深い。
    生きていれば誰しも心の傷はあるだろう。普通は積極的な鈍感さをもって放っておき、触れないでおく。でもどうしても目をそらすことができない致命的な傷を負ってしまった場合は、傷を受け入れて共に生きるしかない。難しいけれどもそれが「傷を愛せるか」という事なのだと思う。そして研究者としては「傷を癒すことはできるか」という問いにもなるのかも知れない。共感力が高いほどに、相手と共に自分の心もダメージを負う。助けに向かう者は必ず自分の安全を確保しなければならない。自己と他者、治療する者とされる者、与える者と受け取る者。この複雑な世の中にあって、単純で微妙な人間同士の関係性を考えさせられる。

  • no.521
    2022/9/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    とんこつQ&A 今村夏子/講談社

    毒にも薬にもならないという表現があるが、本書は毒にも薬にもなるものが微妙な匙加減でごく少量含まれている。あまり盛り上がりのない物語をすいすい読めて、読後漂う残り香のような微かな苦味。あれ、今のはどういう話だったのだろうと、よくよく反芻してみる。あまり自分には似ていない登場人物と思いきや、心の奥底に閉じ込めた罪悪感のようなものは、形は違えど誰にも身に覚えがあるものではないだろうか。嫌な話になりすぎず、かと言って面白い話でもないのだけれども、独特のクセがあって心に残る。
    短篇4話収録。最初の表題作よりも後の3篇の方がよりディープだ。

  • no.520
    2022/9/13UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    終の盟約 楡周平/集英社文庫

    人の「死」にまつわる、様々な問題がこの物語に散りばめられている。肉体的、精神的、物理的、金銭的、医療的、感情的、倫理的にも、すべての方面において唯一の正解などどこにもない。誰もが初めての経験であり、家族も死に方も人それぞれなので、ほとんどの人はあまり準備をすることもできず、気づいたら突然現実と向き合うことになる。
    生まれてきた人間全員に一度だけ必ず訪れる死。その介護や死によって家族や親族に揉め事が起きたり、修復困難な状況にまで陥ったりする事は誰にとっても良い事はなく、そして誰よりも本人が一番無念だろう。
    医療技術が進歩すればするほど、人間の悩ましい問題は尽きる事がない。これからますます超高齢化社会に向かう中で、本書の内容は誰にとっても切実な問題だ。事前に話し合っておく必要とともに、現実に即した医療、介護が制度的に必要だと感じる。最後の時は、せめて穏やかにと、願わずにはいられない。

  • no.519
    2022/9/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    生の短さについて ルキウス・アンナエウス・セネカ/岩波文庫

    スマホでネットニュースなんかをぱらぱらと見るにつけ、不快感が募りながらも時間だけが浪費される。誰にとっても同じ刻、時間、分。それをどう使うかによって長くも短くも感じられる。明日も生きているという保証は誰にもないのに、無限にあるものと錯覚して時間を無駄に浪費してしまう。一番意味のない使い方は、他人を羨み、妬み、蔑み、憎み、怒り、そんなものにいちいち心を振り回され、時間と感情を消耗してしまう事ではないだろうか。みんなで誰か悪者をたたき、正義の鉄槌を下したような気になる人は、自分自身に目を向けて、もっと自分をいたわった方がいい。
    古代ローマ人の本を読み、現代の自分を思う。

  • no.518
    2022/8/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    あなたの本 誉田哲也/中公文庫

    「世にも奇妙な物語」のようでもあり「笑ウせえるすまん」のようでもある。さらっと読めて切れ味のいい、ブラックユーモアと皮肉の利いた短編集。面白がれる人と、がれない人がいるとは思う。具体的に何が面白いのかと問われて説明しようとすると、とたんに野暮になる。こういうシニカルな物語をお勧めするのはなんとも難しい。北野武の映画の面白さなど説明できるはずもなく、また筒井康隆やロアルド・ダールの小説も同様だろう。好みが分かれるのは承知の上で、まあ読んでみてほしい。
    最後の方に入っている新装版特別収録掌篇のラスト「選挙公約」なども全く意味のない物語に感じてしまう人もいるかもしれない。ただ、選挙のための公約に、あるいは反論のための反論に、そもそも意味などあるものなのか?という政治への根本的な問いや皮肉が込められ、ブラックジョークのようで面白い。

  • no.517
    2022/8/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    こころ 夏目漱石/新潮文庫

    時代性を感じさせる。明治、大正、昭和、平成、そして現在の令和。自由を謳歌する現代日本人の「こころ」は本書を読み、何を思う。
    主人公である「私」と先生との物語である。先生と言っても教師をしている訳ではなく、主人公がただ、先生と呼んでいるだけだ。実際に何をして、何を考えているのかは分からないまま、後半、先生からの長い手紙の独白だけで締めくくられる。物語の途中では明治天皇の崩御、乃木大将の死に触れ、そして手紙は先生の友人「K」の死を詳細に語る。全ては主観の話で、客観的な真実は示されないが、個人のこころの動きと葛藤を追うだけで、先生とその時代の真摯な思慮と覚悟を想った。どうしても今の風潮と比べてしまう。
    先日、映画『サバカンSABAKAN』を観に行く。昭和の時代を感じさせるいい映画だった。ただ、『スタンド・バイ・ミー』と同じように、子どもが観てもこの良さは伝わらないだろうなとも思う。今の子どもも30年後ぐらいに今を振り返った時に、故郷らしさがまだ色濃く残るいい時代だったと、そう思えるものなのかもしれない。

  • no.516
    2022/8/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    深夜プラス1 ギャヴィン・ライアル/ハヤカワ文庫

    ミステリーや冒険小説などの要素を含む名作ハードボイルド。ハードボイルドというのが実際何を意味しているのかよく分からないが、形の描写だけでその生き様をも表現するひとつの様式美だと思っている。敵の攻撃を受けながらも主人公が要人を目的地まで送り届けるというミッションで、要人の秘書と1人のガンマンも同行する。その中で主人公とガンマンは己の矜持と、プロフェッショナルとはどんなものかを形で示してくれる。謎解きなんかを気にせずに、ただ、ストーリーに身を任せるのがハードボイルドの唯一正しい読み方だろう。
    この小説で、もうひとつの要素が「アル中」だ。映画ではよく「脱獄ものに外れなし」とか言うように、本では「アル中もの」に外れはないと思っている。ハードボイルドの名作「八百万の死にざま」(ローレンス・ブロック著)や実体験をベースにしたという「今夜、すべてのバーで」(中島らも著)などは特に濃厚な「アル中小説」だ。人間の弱さと愛おしさ、そしてアル中の怖さと生きる本質をリアルに描き、極上の小説に仕上げている。それにしてもアルコールは恐ろしい。そして、世間的にはいつか煙草と同じ運命をたどるかもしれないので、せいぜい飲めるうちに飲んでおくことにする。

  • no.515
    2022/7/26UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    闇の奥 ジョゼフ・コンラッド/岩波文庫

    「地獄だ。地獄の恐怖だ。」
    本書はフランシス・フォード・コッポラ監督『地獄の黙示録』の原作である。こちらは完全に文学作品なので、映画化するにあたりかなりの変更をしているが、基本的には同じことを言っているのが読めばわかる。人間の「闇」そのものが描かれるため、ストーリーはほぼ無いに等しい。文学作品は読んでどう解釈するのかがすべてだ。
    本を読むと映画の奥深さがわかり、映画を観れば本がより興味深く読める。だが、この映画は娯楽作品ではないので当たらないのは予想できそうなものを、これだけ壮大なスケールで莫大な制作費をつぎ込み撮影する事自体が稀有であり、そして「狂気」だ。こんな映画は後にも先にも、もう二度とできないだろう。そういう意味でも必見の映画、必読の本であり永久保存版だと思う。
    当然さわや書店本店の「Excellent movies & Original books」のコーナーに入れてあるので、ぜひ現物を手に取って雰囲気だけでも確かめてほしい。