さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.544
    2023/4/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    悲しみの秘義 若松英輔/文春文庫

    桜が咲き、新しい門出の季節。しかし春になると、ふと気が沈むことがある。心が浮き立つような時期のはずなのに、なぜか時々、自分だけがダメな気がして落ち着かない。私だけでなく世間のざわめきを横目に、内なる悲しみに暮れる人も少なからずいることだろう。本書がそんな人の心に届くといいなと思う。
    暗闇の中でしか見えない光。悲しみはその光に映し出される事で見えてくる自己を再認識させてくれる。かけがえのない喜びを求めて、あるいは忘れないで生きていくのもいいだろう。一方で、かけがえのない哀しみというのは、喜びの中では知り得ない本当の“かけがえのなさ”の意味を知り、大切なものの存在を前よりもっと確かな事実として近くに感じることができる。
    言葉では語ることのできない想い。暗闇でしか見ることのできない景色。人生を俯瞰した時、その小さな光源は悲しみを知る人にのみ与えられる、唯一の確かな希望だと信じたい。
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  • no.543
    2023/3/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ノー・カントリー・
    フォー・オールド・メン コーマック・マッカーシー/ハヤカワepi文庫

    傑作、復刊。
    これは娯楽作品として面白い面白くないというような基準だと、判断を見誤る。映画を観たことのある人もない人も、何を言っているのかもう一度じっくり考えてみてほしい。生きる本質を容赦のない物語で示す、ひとつの芸術作品なのだと思う。
    普段の何気ない選択ひとつひとつで人は形作られる。ほんの些細な事でも何かを選択していて、それを無かったことには決してできない。すべてを抱えたまま、老いと死は全員に必ず訪れる。そんな当たり前すぎて忘れている、絶対に取り戻す事のできない「過去」を、「現在」を、そして取り返しのつかない「未来」を表している。これは著者の哲学と言ってもいい、厳格に不可逆的な生命観だと思う。
    『ノーカントリー』と共に、コーマック・マッカーシーで思い出す映画が『悪の法則』だ。これもエンターテイメントとして観ると最悪かもしれないが、基本的には同じ事を言っている。どちらかと言えばこちらの方が分かりやすく、但しこちらの方がよりグロテスクなので取扱いには要注意だ。いずれの本も映画も説明は何もない。作品はこちら側がどう見るかに全て賭かっているので、子供には勧められない。いや、どうだろう。本書にこんな一節がある。
    ―“真実ってやつはいつだって単純なんだろうと思う。絶対そうに違いない。子供にもわかるほど単純でなくちゃならないんだ。子供の時分に覚えないと手遅れだからね。理屈で考えるようになるともう遅すぎるんだ。”
    本店の「Excellent movies & Original books」コーナーに追加する。いつ読んでも何回観ても新たな発見と思索があり、永久保存に値すると確信している。
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  • no.542
    2023/3/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ペドロ・パラモ フアン・ルルフォ/岩波文庫

    本書と「燃える平原」。生涯でこの2作しか残されていない、伝説の作家フアン・ルルフォ。ノーベル文学賞のガブリエル・ガルシア=マルケスにも大きな影響を与えたと言われている。マジック・リアリズムだとか円環構造だとかいろいろと語られるが、あまりそういうことにこだわらずに読んだ方がいい。2冊ともごく薄い本なので気軽に読んで面白くないならないでその通りなのだと思う。意味が分かろうと分かるまいと、合うものは合うし、合わないものは合わない。関係のない難解映画で例えるならば『マルホランド・ドライブ』は、全く意味は分からないながらも、これは凄いということだけは初見で感じた。それは構造を理解したからではなく、意味を超えてダイレクトに感じたのであって、意味が分かったところで評価が変わるわけでもない。
    フアン・ルルフォの、あらゆる無駄を削ぎ落したような語り口。土地の描写と心象風景だけで伝える濃度。人の名前とかも気にせず群像劇のように読む事ができれば、それで充分なのだと思う。どこかが刺されば、自然と2回目を読み返したくなる。

  • no.541
    2023/3/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    幸せなひとりぼっち フレドリック・バックマン/ハヤカワ文庫NV

    先日、映画『オットーという男』を観に行った。これは本書「幸せなひとりぼっち」がスウェーデンで映画化され、それをハリウッド版にリメイクしたものである。映画のオリジナル版は観てはいないがこの原作だ、面白くない訳がない。
    映画は十分に楽しめたものの、原作は更に奥深く面白いので是非とも読んでみてほしい。映画では主人公の哀しみによる頑固さが強調されていたが、原作では主人公夫妻それぞれの父親との関係性も示されていて、筋金入りの愛すべき頑固おやじということがよくわかる。近くにいたらかなり厄介だと思う。ただ、生い立ちがわかると至極まっとうな考え方でもあり、便利さと表裏をなす現代の不便さ、生きづらさが際立って見えてくる。
    生き方のテクニックなどではなく、生きる上で最も大事なものは何なのかを改めて、そしてユーモラスに伝えてくれる物語である。

  • no.540
    2023/3/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    考えるヒント 小林秀雄/文春文庫

    正直、3分の1程度しか理解できなかった。それでもなんとなくわかる気がするので、ゆっくりと時間をかけて読み返したい一冊。「考えるヒント」と「四季」と旧ソ連への紀行文という三部構成になっている。時代背景がこれほど違うのに今読んでも古びない気付きのある文章というのは、本物の証しだろう。個人的には「漫画」「良心」「お月見」などが分かりやすくていいエッセイだと思った。
    細分化された知識しか持ち合わせない、専門馬鹿という言葉がある。縦割り組織や現代のAI社会において人間の役割とは、幅広い経験と知性による全体像の把握と融合だと思う。著者のような天才的な直観や感性は、専門知識や合理主義などでは到達できない気がする。物事の本質をざっくりと見極める力。それは本や映画、芸術や音楽など一見何の関係もない知性の積み重ねから来るものではないか。今こそ文系の力が試される時なのだろう。
    最後の「ソヴェットの旅」ではどうしても今のロシア、ウクライナを思う。

  • no.539
    2023/3/4UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    遠巷説百物語 京極夏彦/角川文庫

    遠野を舞台に妖怪・奇談をモチーフにした譚、噺、話、、、。随所に遠野物語へのオマージュも感じさせ、興味深く味わい深く、そして何より面白い。
    昔から伝わるこの世ならざるものの話やよく分からない言い伝えには、何かそうした方が都合のいい理由があったのだろうと、本書を読んでそう感じた。昔ならどこにも逃げ場のない土地に住み、夜の漆黒も闇の沈黙も今では考えられないほど深かっただろうと想像する。ちょっとした音でも影でも大きく、そう視えてしまうこともあるだろう。そんな話が口伝えで何代も続いてきたのは奇跡だと思うし、柳田國男ではないけれども日本民族とはいかなるものかも伝えているのかもしれない。そして何よりこれほど長きにわたり語り継がれる話とは今でいうと、後世に残る不朽の名作文学のよう。本書はそんな話を利用した殺さない必殺仕事人のような面々が暗躍する、ダークファンタジー時代エンターテイメント小説とでも言うべき物語だ。
    それにしても久しぶりに著者の本を読んで、やっぱり面白いなぁ。「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」も懐かしい。最初は厚さに怯むが読み始めるとどっぷりハマって止まらなくなる。

  • no.538
    2023/2/23UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    11人の考える日本人 片山杜秀/文春新書

    『十二人の怒れる男』『12人の優しい日本人』っぽいタイトルだなと思って手に取った一冊。映画とは全く関係ないが、論理的な試行錯誤を繰り返し今の日本にもつながっているという事がよくわかる。こういうリアル感のある近・現代史を義務教育の時に教わりたかったなと思う。まあ、実際当時の自分だったらどんな題材であれまともに勉強しなかったとは思うが、少しは興味を惹かれていたかもしれない。
    吉田松陰・福沢諭吉・岡倉天心・北一輝・美濃部達吉・和辻哲郎・河上肇・小林秀雄・柳田國男・西田幾多郎・丸山眞男の11人を非常に読みやすい文章で紹介している。共通して言えるのは本人の生い立ちとその時代性から来る、リアリズムに即した思想を追求している点だろう。理想論や感情論だけを言う人はいつの時代も信用できない。現実を直視し事実を熟慮した上でベターを採る思考が深みと厚みを増すのだと思う。そのあたり、前出の映画にも近い感覚を覚える。紹介している人物の本も、何かもう少し読んでみたいと思わせる内容だった。

  • no.537
    2023/2/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    夢も見ずに眠った。 絲山秋子/河出文庫

    2010年9月から2022年6月までの各章、象徴的な出来事が時系列順に描写されている。決して戻る事ができない時の流れを示す中で、なぜか中盤の1カ所だけ時系列が大きく過去に飛ぶ1998年11月「猫の名前」という章がある。大学時代に一人旅するその章の舞台こそが盛岡と遠野だ。ここには本書全体を通じて非常に重要なエッセンスがごくさりげない形で含まれていて、タイトルの「夢も見ずに眠った。」らしき言葉もこの章にのみ出てくる。主人公2人の過去から未来に至るまで変わらないものが示され、その舞台として時が止まっているかのような時空間が、この章にぴったりとはまっている。
    のほほんと始まる第1章からは想像もつかない所まで連れて行かれた。永遠の中の一瞬、一瞬の中の永遠。特別大きなドラマがあるわけではないのに読後、なんかすごいの読んじゃったなという気がした。

  • no.536
    2023/2/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    アンダークラス 相場英雄/小学館

    昨年末、番組の中で2023年は「新しい戦前になるんじゃないですかね」というタモリさんの言葉が話題になった。世界の不穏な流れもあっての話だと思うが、これは戦争というよりもむしろ経済や一般市民の生活を言っているような気がする。テレビ業界の栄枯盛衰を知り尽くし、人間観察が得意なタモリさんだからこそ感じる現代への嗅覚なのだろう。
    コロナ禍の3年を経て、地方都市はますます困窮を極めている。中心市街地は空洞化し、駅前の寂しい風景が今や標準的な地方都市の姿だ。そんな中、先月米誌ニューヨークタイムズで「2023年に行くべき52カ所」に盛岡が選ばれた。「東京から数時間で行けて人混みもなく歩いて回れる珠玉の街」と紹介されている。
    本書は大手ネット通販サイトの闇を描いている。すべての小売店が今、巨大IT企業に飲み込まれようとしている。コロナ禍でその便利さを享受された方も大勢いると思うが、一方で地方経済、雇用、公共の祭りやイベント、街づくり等には一切関係なくその収入だけが音もなく吸い取られる。地域の経済が徐々に体力を失えば、住んでいる街もやがては衰退していくだろう。利便性を追求したその先に、美しい街並みは残されているだろうか。あるいは「新しい戦前」か。本書を読んでいてそんなことを思う。

  • no.535
    2023/2/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ファイト・クラブ チャック・パラニューク/ハヤカワ文庫

    まず、この原作を映画化したことがすごい。本書は内容が非常にダークで下品な描写にもかかわらず、「人が生きる意味」のようなものへのアンチテーゼとも感じられ、その表現方法や解釈は微妙だ。表面の印象だけに惑わされると本質を見失う。見事な原作、見事な映画化だと思う。デヴィッド・フィンチャー監督とブラッド・ピットのコンビでもう一つ思い出すのは『セブン』。そしてエドワード・ノートンで思い出すのが『アメリカン・ヒストリーX』。本書も含め上記映画はどれも知人には薦めることができない種類の、しかし紛うことなき名作だ。
    話は変わって先日、「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を観に行った。帰ってすぐに『ニュー・シネマ・パラダイス』と『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を頭から観直してみる。単なるBGMではなく、その音楽は完全に映画の内容を表現しているものだった。日本で言えばジブリや北野映画の久石譲氏、ルパン三世の大野雄二氏なども同様だろう。映画は総合芸術だと改めて感じる。
    作品の解釈についてひとり熟考するためには、やはり原点である原作を当たるのがいい。本書「ファイト・クラブ」もその一冊だ。
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