さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.4102020/8/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
盆土産と十七の短篇 三浦哲郎/中公文庫
無駄のない、すっきりとした文章。朴訥とした短い作品の中に、味わい深さだけを残す。主張やテーマなどを思わせる記述はほとんどないが、作中人物の佇まいだけでも、それを充分に伝え切っている。洗練された職人技の短篇集である。
本書は中学校・高校の国語教科書に収録された作品を中心にまとめている。最初の「盆土産」はお父さんが盆土産にえびフライを買って帰って来る話だ。中学時代、この作品を題材に授業を受けたはずだが、先生がどのように教えたのかは申し訳ないけど全く覚えていない。ただ、この話自体は30年以上経った今でも鮮明に覚えている。理屈ではなく、これが作品の力なのだろう。 -
no.4092020/7/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
悪童日記 アゴタ・クリストフ/ハヤカワepi文庫
この物語には注意が必要だ。普通に読めば、一切の感情を省いたような文章に、驚愕と嫌悪感を覚えてしまうかもしれない。しかし続編の「ふたりの証拠」を読むと大きく事情が変わってくる。そして三部作最後の「第三の嘘」でさらに印象が変わり完結する。後になってよく考えてみると「悪童日記」がより効いてくるのである。これは決して子供向けの物語ではない。
映画で例えるならば、デイヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』のような、虚構と現実が入り交じる多重的で幻想的な物語に近い。ただしこの映画も普通に観た場合、初見ではかなりの混乱と恐ろしさだけを残してしまうかもしれない。
デイヴィッド・リンチ監督はあるインタビューの中で、この映画の意味を問われた時にこんなコメントをしている。「そんなものは観た人が勝手に考えればいいし、それぞれが正解なんだ」と。名作は見方によっていろいろな解釈ができ、時を経ても決して色あせることがない。練り上げられた物語であることだけは間違いがなく、本書もそんな物語のひとつだろう。 -
no.4082020/7/20UP
本店・総務部Aおすすめ!
アンガーマネジメント入門 安藤俊介/朝日文庫
ほとんどの場合、外に出しても内に溜めても自分自身にとってはマイナス面しか生み出さない「怒り」。冷静さを失い、かかるストレスに対して結果が全く見合わない。それどころかさらに悪化させ、ますます自分が消耗してしまう。たまたまその怒りの原因がなくなったとしてもすぐにまた別の原因が発生し、終わる事はないのだろう。人間である以上決して怒りの感情が無くなることはない。
本書はこんな環境の中にあっても、怒りに対して一歩でもプラスになるようなアプローチのしかたを紹介している。たとえどんなに怒りの原因を追究したとしても、それでは何の改善も生み出せない。まずは自分で変えられる事と変えられない事をはっきりと区別し、その上で自分ができる解決策にのみ焦点を当てる。やり方はいろいろと紹介されているが、たまにこういう本を読むだけでも気持ちが少し楽になる。
怒りそれ自体は自分自身の問題だ。いつの日か自分自身の怒りを客観的に見て、あるいはもっと俯瞰して全体をメタ的に見た時に、その怒りのしょうもなさや栓の無さを笑い飛ばせるようになればOKなのだと思う。 -
no.4072020/7/11UP
本店・総務部Aおすすめ!
鳥類学者だからって、
鳥が好きだと思うなよ。 川上和人/新潮文庫鳥に興味がなくとも鳥と鳥類学者の生態を充分に面白く読むことができる。むしろ鳥類学者自身の生態を語ったエッセイと言うべきか。笑いを随所に散りばめた、いや、笑いの中に鳥学と真実を散りばめた名著である。コアな例え話の小ネタがいちいちハマるなあと思っていたら、著者は昭和48年生まれの同い歳だった。40~50代には一層ピンと来るものがあるだろう。ベストセラーになった本書は鳥学に興味のない一般への普及啓発、PR活動には大成功したと思われる。ユーモアのセンスが弊社フェザン店の竹内店長にもちょっと似ている気がするのは気のせいか。少なからず本屋にも似たシンパシーを感じる。コアすぎてちょっと何を言っているのかよく分らない部分もご愛嬌だ。
全く種類は違うが野鳥をモチーフにした小説で、個人的にはどうしても思い出すのが「ダック・コール」(稲見一良/ハヤカワ文庫)だ。こちらは笑いの要素の全くないガリガリのハードボイルドだが、とっても心に残る芳醇な物語なので鳥好きもそうでない方もぜひご一読をお勧めしたい。 -
no.4062020/7/6UP
本店・総務部Aおすすめ!
海の見える理髪店 荻原浩/集英社文庫
全6編の短編集。主人公たちは皆、順調とは言えない人生を送っている。それを口にすることはなく、事態が好転する話でもないのに、読後くすぐったいような気持ちになる。それはラストにごくさりげなく、どこか著者の優しさや希望が伝わって来るからだ。
本書を読んでいて思い出した映画がある。それはイランの映画で、子供心はどんな国でも共通なんだと感じた『運動靴と赤い金魚』。大人が観ても切実に胸に迫るのは、誰でも必ず子供時代という経験をしているからなのだろう。決して思い通りの結末ではないのに、言葉のないラストシーンで思わずニヤついてしまう。それは本書同様、非常にさりげない形で未来に対する希望と優しさが、画面に捉えられているからである。 -
no.4052020/7/1UP
本店・総務部Aおすすめ!
ワイルドサイドをほっつき歩け ブレイディみかこ/筑摩書房
「花の命はノー・フューチャー」(ちくま文庫)の中で妙に心に残ったエッセイがある。「週末のカサノバ」と「終末のカサノバ」というタイトルで同じ“D”という人物が登場する。本書では“ダニー”と名前が出ていて、「いつも人生のブライト・サイドを見よう」と「PRAISE YOU―長い、長い道をともに」というエッセイに関わってくる。やはり妙に心に残るエッセイであった。この4編をつなげて読むとまた感慨もひとしおである。
正しいか正しくないかは別として、本書に出てくるおっさん達の、地に足の着いた揺るぎのなさ。長いものに巻かれるでもなく、青臭い理想論を叫ぶでもなく自分の生きる道が明確で、乾いていてなんだかとても気持ちがいい。これはある程度人生経験を積んだ人間にしか醸し出せない佇まいだ。著者がそれをうまく表現できるのもまた、人生経験の成せる業なのだろう。「花の命はノー・フューチャー」の中の「ビッチなマミイと少年たち」も好みのエッセイである。
日本にはこういうチャーミングなおっさんが少ない気がするのが少し寂しい。若い奴から合理的じゃないとか言われても、だからどうしたってんだよぐらい言えるおっさんを目指したい。それがいいか悪いかは別として。 -
no.4042020/6/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
不良 北野武/集英社
この表紙を見るとあの名作『キッズ・リターン』をどうしても思い出す。それと『アウトレイジ』を混ぜたような物語だ。そして書き下ろしの「3-4x7月」は著者監督の映画『3-4x10月』の別バージョン。映画では石田ゆり子やガダルカナル・タカ、ダンカンなどがかなりいい味を出していた。まあ、いずれの映画も大マジメな人が観ると眉をひそめるような内容かもしれないが、大人向けのブラックジョークというか寓話のように楽しめる人と、全く受け付けない人がいることは百も承知の上で作っているのだろう。
著者の映画は何の説明もしないで結果だけの画が雄弁に物語るような作りのものが多い。このへんも伝わらない人には全く伝わらないが、好きな人にとっては圧倒的なカタルシスを感じる。画と音楽とセリフのあいだにある、絶妙な間の取り方なども本当に著者にしか出せないものだと思う。文章は一切ないのに非常に文学的ですらある。
けちょんけちょんにこき下ろされるような、大炎上してしまうような作品を、今こそ作ってもらいたいと願っている。どんなにひどい評価を受けようとも自分は必ず観る。
北野作品の原点である『その男、凶暴につき』は今観ても強烈な印象を残す。 -
no.4032020/6/24UP
本店・総務部Aおすすめ!
ブルックリン・フォリーズ ポール・オースター/新潮文庫
好きな映画をひとつだけ挙げるとするならば、個人的には著者原作の『スモーク』だ。ブルックリンを舞台に、なんてことのない日常の中に潜む決定的な一瞬、ちょっとした奇跡を見事に切り取る傑作である。生きていくことは、恥やら挫折やら後悔やらの連続だと思う。そんな悲しくビターな現実の中にあって、スプーン半分ほどのファンタジーを混ぜてくるその甘美なバランスがなんとも言えずいい。
本書は、人生の終盤に差し掛かるも失敗に終わってしまったと感じている男の再生の物語。同じ著者の本で「ムーンパレス」では、青年の絶望から再生を描いている。どちらの作品も悲壮感はあまりなく、厳しい現実の中でもどこか喜劇的要素も含まれ味わい深い。
ブルックリンで思い出したが、ジム・ジャームッシュ監督の映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』も面白い。ロス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキで夜のタクシー運転手と乗客だけのショートストーリー。マンハッタンからブルックリンへ向かうニューヨーク編が好みだ。今やどの都市でもコロナやデモなどで景色が一変している事だろうが、元に戻るのをただ祈るばかりである。 -
no.4022020/6/11UP
本店・総務部Aおすすめ!
夜中の薔薇 向田邦子/講談社文庫
やはり、見事としか言いようがない。人や物を見る目の確かさ、深さ。それだけでなく、文章から滲み出る何とも言えない味わいと品の良さ。自分の貧弱な語彙力ではこのあたりをうまく説明できるわけもなく、これはもう読んでもらうしかない。
尤も、この良さは“粋”の領域を含んでいるので、説明しようとすればするほど実際から遠ざかるというか、そこにあるのは確実に判るのだけれども掴もうとすると逃げられてしまうようなものだ。多くを語らず物事の本質を見抜き、微妙なさじ加減で嫌味にならずに“粋”を感じさせる著者の文章は、やはり見事という他、適切な言葉が見当たらない。
航空機事故がなければ今年91歳。時代は大きく様変わりしたが、もし生きていたら今の時代をどう斬ったかをどうしても思わずにはいられない。また、今の人がこれをどう読むのかも興味深い。読み継がれ語り継がれるべき、時代を象徴する人物のひとりであることは間違いない。 -
no.4012020/6/6UP
本店・総務部Aおすすめ!
またね家族 松居大悟/講談社
家族は近すぎて遠慮がない分、見えないところがある。最期の時になってはじめてお互いに客観視でき、その人の全体像を見ることができるのだろう。元気なうちは分かり合えずに近くて遠い存在であり続ける。
主人公が主宰するコアな演劇集団の中では、赤の他人だからかお互いをはっきりと理解していてリアルだ。演劇表現に対するこだわりと過剰な自意識、その矛盾。若い時代を象徴する熱くて不毛な議論は、種類は違っても誰もが少しは身に覚えがあるのではないだろうか。男のしょうもないプライドや嫉妬など、読んでいて苦笑しながらも心当たりがなくはない。忘れかけていたデリケートな部分をくすぐられるような小説である。
それにしても、今のコロナで演劇や音楽、スポーツや芸能、お笑い、映画館、観光地、飲食店など、アルバイトまで含め非常に厳しい状況が続いているのだろうと思う。オンラインがもてはやされる中、生のライブ感やリアルの重要性は今までよりもむしろ、これからもっと評価されるべきだと思う。例えば観光地で食べるのと持ち帰って食べるのとでは同じものでも明らかに味が違う。それは調理された場の空気感ごと味わっているからだろう。舌だけ、あるいは画面だけで知り得るものなどほんの一部分であり、人間の感覚はそんなに薄っぺらなものではないはずだ。生きるためには直接必要のないものほど、意外と重要なことは多い。