さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.4042020/6/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
不良 北野武/集英社
この表紙を見るとあの名作『キッズ・リターン』をどうしても思い出す。それと『アウトレイジ』を混ぜたような物語だ。そして書き下ろしの「3-4x7月」は著者監督の映画『3-4x10月』の別バージョン。映画では石田ゆり子やガダルカナル・タカ、ダンカンなどがかなりいい味を出していた。まあ、いずれの映画も大マジメな人が観ると眉をひそめるような内容かもしれないが、大人向けのブラックジョークというか寓話のように楽しめる人と、全く受け付けない人がいることは百も承知の上で作っているのだろう。
著者の映画は何の説明もしないで結果だけの画が雄弁に物語るような作りのものが多い。このへんも伝わらない人には全く伝わらないが、好きな人にとっては圧倒的なカタルシスを感じる。画と音楽とセリフのあいだにある、絶妙な間の取り方なども本当に著者にしか出せないものだと思う。文章は一切ないのに非常に文学的ですらある。
けちょんけちょんにこき下ろされるような、大炎上してしまうような作品を、今こそ作ってもらいたいと願っている。どんなにひどい評価を受けようとも自分は必ず観る。
北野作品の原点である『その男、凶暴につき』は今観ても強烈な印象を残す。 -
no.4032020/6/24UP
本店・総務部Aおすすめ!
ブルックリン・フォリーズ ポール・オースター/新潮文庫
好きな映画をひとつだけ挙げるとするならば、個人的には著者原作の『スモーク』だ。ブルックリンを舞台に、なんてことのない日常の中に潜む決定的な一瞬、ちょっとした奇跡を見事に切り取る傑作である。生きていくことは、恥やら挫折やら後悔やらの連続だと思う。そんな悲しくビターな現実の中にあって、スプーン半分ほどのファンタジーを混ぜてくるその甘美なバランスがなんとも言えずいい。
本書は、人生の終盤に差し掛かるも失敗に終わってしまったと感じている男の再生の物語。同じ著者の本で「ムーンパレス」では、青年の絶望から再生を描いている。どちらの作品も悲壮感はあまりなく、厳しい現実の中でもどこか喜劇的要素も含まれ味わい深い。
ブルックリンで思い出したが、ジム・ジャームッシュ監督の映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』も面白い。ロス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキで夜のタクシー運転手と乗客だけのショートストーリー。マンハッタンからブルックリンへ向かうニューヨーク編が好みだ。今やどの都市でもコロナやデモなどで景色が一変している事だろうが、元に戻るのをただ祈るばかりである。 -
no.4022020/6/11UP
本店・総務部Aおすすめ!
夜中の薔薇 向田邦子/講談社文庫
やはり、見事としか言いようがない。人や物を見る目の確かさ、深さ。それだけでなく、文章から滲み出る何とも言えない味わいと品の良さ。自分の貧弱な語彙力ではこのあたりをうまく説明できるわけもなく、これはもう読んでもらうしかない。
尤も、この良さは“粋”の領域を含んでいるので、説明しようとすればするほど実際から遠ざかるというか、そこにあるのは確実に判るのだけれども掴もうとすると逃げられてしまうようなものだ。多くを語らず物事の本質を見抜き、微妙なさじ加減で嫌味にならずに“粋”を感じさせる著者の文章は、やはり見事という他、適切な言葉が見当たらない。
航空機事故がなければ今年91歳。時代は大きく様変わりしたが、もし生きていたら今の時代をどう斬ったかをどうしても思わずにはいられない。また、今の人がこれをどう読むのかも興味深い。読み継がれ語り継がれるべき、時代を象徴する人物のひとりであることは間違いない。 -
no.4012020/6/6UP
本店・総務部Aおすすめ!
またね家族 松居大悟/講談社
家族は近すぎて遠慮がない分、見えないところがある。最期の時になってはじめてお互いに客観視でき、その人の全体像を見ることができるのだろう。元気なうちは分かり合えずに近くて遠い存在であり続ける。
主人公が主宰するコアな演劇集団の中では、赤の他人だからかお互いをはっきりと理解していてリアルだ。演劇表現に対するこだわりと過剰な自意識、その矛盾。若い時代を象徴する熱くて不毛な議論は、種類は違っても誰もが少しは身に覚えがあるのではないだろうか。男のしょうもないプライドや嫉妬など、読んでいて苦笑しながらも心当たりがなくはない。忘れかけていたデリケートな部分をくすぐられるような小説である。
それにしても、今のコロナで演劇や音楽、スポーツや芸能、お笑い、映画館、観光地、飲食店など、アルバイトまで含め非常に厳しい状況が続いているのだろうと思う。オンラインがもてはやされる中、生のライブ感やリアルの重要性は今までよりもむしろ、これからもっと評価されるべきだと思う。例えば観光地で食べるのと持ち帰って食べるのとでは同じものでも明らかに味が違う。それは調理された場の空気感ごと味わっているからだろう。舌だけ、あるいは画面だけで知り得るものなどほんの一部分であり、人間の感覚はそんなに薄っぺらなものではないはずだ。生きるためには直接必要のないものほど、意外と重要なことは多い。 -
no.4002020/5/30UP
本店・総務部Aおすすめ!
逃亡者 中村文則/幻冬舎
冒頭の、疾走する緊迫のサスペンスを追いかけるうちに、潜伏キリシタンの時代から現代までを貫く壮大な物語へと引き込まれる。それぞれの土地に染み込んだ記憶の重み、背負ってきた歴史の連なりの上に現在が存在している事を改めて想わせる。そしてジャーナリズムと正義感、戦争と人間、信仰と愛についてなど、時代の中において表面上ではない人間の本質が描かれている。
作中、妙に印象的に登場するのが、関わってはいけないとされる“B”という男。死神のような恐ろしくも魅力ある謎の人物で、この存在にはいろいろな解釈があると思う。誰にでも起こりうる、踏み込んではいけない、引き返せない領域を象徴的に示しているのかもしれない。
それにしても、長崎。一度は行ってみたい土地である。 -
no.3992020/5/23UP
本店・総務部Aおすすめ!
残酷な進化論 更科功/NHK出版新書
あまりいい考え方ではないのかもしれないが、誤解を恐れずに敢えて言えば、戦争も原発も殺人も自殺も事故も悪政も天災も、そしてウイルス感染症も、人類の進化のために必要なシステムがその都度作動していると見えなくもない。「死」によってしか新たな進化は生まれないとするならば、「死」こそが生命にとって最も重要な役割を果たしていると言ってもいいと思う。
人間は「生きる意味」などに悩んでしまう時もたまにはある。だが本書のような巨視的な見方をする本を読んだりすると、今とりあえず生きているだけでも充分に立派なものだと思えるし、奇跡的なことだとも思う。ただ、宇宙の広大な虚無の彼方の先に、神のような存在がもしあるとするならば、「生きる意味」や「愛」や「夢」、あるいは「人工知能」などを真剣に考えてしまう脳を持つ、人類というものをどう見ているのだろうか。少なくとも趣味がいいとはとても思えない。 -
no.3982020/5/14UP
本店・総務部Aおすすめ!
クランクイン 相場英雄/双葉文庫
映画『新幹線大爆破』に始まり、終盤には『パリ,テキサス』まで絡んでくる。洒落たラストも印象的な、映画ファンにはたまらない一冊だ。
本書では冒頭で『新幹線大爆破』と『スピード』について語られる。関係ないが『新幹線大爆破』はラストシーンに『ヒート』との類似性もあり、そして『ヒート』は『ダークナイト』にも影響を与え、『ダークナイト』は昨年公開の『ジョーカー』にもつながる。
映画に関わる全ての人は、相互に影響を与え合いながらその力を結集させる。そしてプロとしての金銭的な面もしっかり折り合いをつけてはじめて奇跡のような一本が撮れるかどうかだ。本書には現代の映画事情や制作にかかる費用もリアルに描かれている。この労力や費用を考えれば映画料金というのは安すぎると言えなくもない。
何でも安くて便利な方がいいという選択をし続けていると知らず知らずのうちに、より大事なものを失っている可能性がある。今のコロナ騒ぎでも、もしかするともっと意外な所にまで影響が出てくるのかもしれない。ウイルスと戦う中でも本当に大切なものだけは、少なくとも見失わないようにしていたい。 -
no.3972020/5/4UP
本店・総務部Aおすすめ!
ペスト カミュ/新潮文庫
今改めて、話題の「ペスト」である。よく分らない病に対する人間の反応が、現在の世界と酷似している。全員に降りかかる災厄と世の不条理感。その中にありながらも人は理性を保ちつつ適切な振る舞いを行えるか。本書中の言葉を引用すれば「人は神によらずして聖者になりうるか――」。
自粛要請に応じない人や、逆に厳格な自粛を求める人なども含め、どこか自分さえ良ければというのが根底にありはしないか。そして自分の主張に合わない意見を叩きまくるのも現代を象徴し、事態を深刻化させている。結局のところできる事はマスクをして手を洗うような当初の対策しかないのに、この未知なるウイルスに対する人間同士の反応もウイルスそのものと同等に恐ろしい。敵は自分自身の中にもある。
スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督の映画『ミスト』を思い出した。一見、B級パニックムービーを思わせるこの映画だが、怪物と共に人間の怖さが描かれている傑作だ。 -
no.3962020/4/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
映画が教えてくれること。 アンドプレミアム特別編集/マガジンハウス
表紙は『パリ,テキサス』のナスターシャ・キンスキー。この映画はどのカットを切り取ってみても、完璧な一枚の絵になるような美しい作品だ。映画全体の色調、乾いた風景、人間の佇まい、背後に流れるボトルネックギターの音色。ストーリーや理屈ではなく、構図だけでダイレクトに心に響く。
本書で紹介されている他の作品の中では『アニー・ホール』『ゴースト ニューヨークの幻』『パルプ・フィクション』『レオン』『ニュー・シネマ・パラダイス』『マグノリア』『スモーク』『コーヒー&シガレッツ』『タンポポ』『歩いても、歩いても』などが心に残っている。それぞれお気に入りの1本を探し出し、または再確認するのも今年の連休はいいと思う。
また、『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』、あるいはクリストファー・ノーランの『ダークナイト』3部作など長い映画を観るのにも、この際いい機会だろう。家で観るのもいいが、やはり何よりも映画館に安心して入れる時が一日も早く訪れる事を願いつつ。 -
no.3952020/4/24UP
本店・総務部Aおすすめ!
クモのイト 中田兼介/ミシマ社
気が滅入る情報ばかりがどうしても目に耳に入ってしまう。新型コロナウイルスで連休中も不要不急の外出を控えるべきとするならば、家で映画を観るか本を読むという旅に出るしか、垂れ流される情報から身を守る術はない。ウイルスにやられる前に心がやられてしまいそうだ。
そんな時には、ちょっと外に出て身近にある自然に目を向けてみるのもいいかもしれない。どこにでもある足元の草花や昆虫の世界などこれから活発になる季節だ。そこには人間社会とは全く別の小さな小宇宙があり、現在まで種を生き残らせた者の秩序と逞しさがある。本書は一般的に言って嫌われ者であるクモの話だが、その見方がちょっと変わった。網の張り方やその角度など2~3日注意深く観察してみたくなる。
「花と昆虫、不思議なだましあい発見記」(田中肇/ちくま文庫)も面白い。花と虫の共存共栄などという生ぬるいものではなく、双方生きていくために必要な振る舞いをし続けた結果つないできた命なのだろう。どちらの本も無性に外に出て確認してみたくなり、そしてそれはいつでも近くに転がっている。こんな時だから日がな一日観察し、ちょっと発見したり自らを省みたりするのも、情報に流されっぱなしの1日よりはよほどましである。