さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.4142020/9/14UP
本店・総務部Aおすすめ!
戦場のコックたち 深緑野分/創元推理文庫
戦争映画の中で、個人的にベストは『地獄の黙示録』だと思っている。戦争の悲惨さや反戦だけを訴えているわけではなく、人間の二面性を描いているからだ。人間が本来持っている善良さと狂気。状況によっては誰しも、光と影のように同じ振れ幅をもって現れる。そういうものかもしれないと自覚する人と、自分だけは絶対に違うという人とでは決定的な差があるように思う。真面目な人ほど危険である。例えばそれは、自分だけは詐欺に遭わないと思う人ほど詐欺に遭いやすいのと同じように。
本書はミステリーという形式を取りながらも、本質的には人間の二面性を描いていると思う。戦争という異常な状況下であぶり出される人間本来の光と影。その先に、戦争や人種差別などの無意味さが浮き彫りになる。主人公が料理に興味を持つきっかけでもある、祖母の存在とその教えが非常に効いている。 -
no.4132020/8/29UP
本店・総務部Aおすすめ!
世界のエリートはなぜ
「美意識」を鍛えるのか? 山口周/光文社新書仕事に役立つ小説で何かお勧めの本をと尋ねられた事がある。考えすぎる傾向の私はその時、相手の仕事とその意図を慮ったあげくパっと言えずに、「むしろ仕事に全く関係のない、何気なく手に取ったような本の方が、意外とヒントが見つかるかもしれない」と答えた。苦しまぎれ半分、本当にそう思うのも半分に。
本書では文学の重要性にも触れているので少し引用してみる。『古代ギリシアの時代以来、人間にとって、何が「真・善・美」なのか、ということを純粋に追求してきたのは、宗教および近世までの哲学でした。そして、文学というのは同じ問いを物語の体裁をとって考察してきたと考えることができます。』
文学だけでなく、おそらくは映画、音楽、舞台、デザイン、美術などあらゆる芸術にも同じ事が言えるのだろう。予測困難な未来に対して重要な意思決定を迫られる時、ひとつの大きな指針にもなり得るものがそこには含まれている。即効性はなくとも、自分の中に確固たる「内なるモノサシ」を持つための何かが。 -
no.4122020/8/21UP
本店・総務部Aおすすめ!
雑草はなぜそこに生えているのか 稲垣栄洋/ちくまプリマ―新書
観察者の感受性によって、ひとつの事実にも複数の深い意味を与えるような事がある。植物の話でも動物の話でも、その生態の事実に“意志”を感じさせるような、著者独特の解釈が面白い。
植物も動物も本当は何とも思っていないのかもしれない。少なくとも雑草は何とも思ってはいないだろう。普通なら興味を持つはずもない対象に、その意味をすくい取りこれだけのストーリー性を持った内容にまで広げる著者には、きっと雑草魂が乗り移っているに違いない。
踏まれても抜かれても、状況に順応してより強くしたたかに生き残る雑草の生存戦略。この雑草魂。地方の中小零細企業であるさわや書店にも見習うべき点は多い。 -
no.4112020/8/15UP
本店・総務部Aおすすめ!
幸福について ―人生論― ショーペンハウアー/新潮文庫
あまりにも後ろ向きな幸福論のため、このような考え方は受け入れられないという人もいるだろう。著者もこれが全て正しいと思って書いている訳ではないような気がする。哲学者特有の小難しい言い回しなどもあるが、そんな些細なところは読み飛ばしていいと思う。ただし所々に、核心を突いているなあと感じる見解が込められている。幸福という、実体があいまいで雲を掴むような題材でも、徹底したリアリズムを追及している。
現代はコミュニケーションツールの拡大によって、疲労や憎悪までをも拡大させてしまった。精神的なバランスを保つためにも、今こそもう一度読み継がれるべき名著だと思う。はっきり言って本書には相当の毒が含まれている。ただ、毒にも薬にもならないような希望を煽るだけの自己啓発本よりは、余程人生の真実が含まれているように感じる。 -
no.4102020/8/2UP
本店・総務部Aおすすめ!
盆土産と十七の短篇 三浦哲郎/中公文庫
無駄のない、すっきりとした文章。朴訥とした短い作品の中に、味わい深さだけを残す。主張やテーマなどを思わせる記述はほとんどないが、作中人物の佇まいだけでも、それを充分に伝え切っている。洗練された職人技の短篇集である。
本書は中学校・高校の国語教科書に収録された作品を中心にまとめている。最初の「盆土産」はお父さんが盆土産にえびフライを買って帰って来る話だ。中学時代、この作品を題材に授業を受けたはずだが、先生がどのように教えたのかは申し訳ないけど全く覚えていない。ただ、この話自体は30年以上経った今でも鮮明に覚えている。理屈ではなく、これが作品の力なのだろう。 -
no.4092020/7/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
悪童日記 アゴタ・クリストフ/ハヤカワepi文庫
この物語には注意が必要だ。普通に読めば、一切の感情を省いたような文章に、驚愕と嫌悪感を覚えてしまうかもしれない。しかし続編の「ふたりの証拠」を読むと大きく事情が変わってくる。そして三部作最後の「第三の嘘」でさらに印象が変わり完結する。後になってよく考えてみると「悪童日記」がより効いてくるのである。これは決して子供向けの物語ではない。
映画で例えるならば、デイヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』のような、虚構と現実が入り交じる多重的で幻想的な物語に近い。ただしこの映画も普通に観た場合、初見ではかなりの混乱と恐ろしさだけを残してしまうかもしれない。
デイヴィッド・リンチ監督はあるインタビューの中で、この映画の意味を問われた時にこんなコメントをしている。「そんなものは観た人が勝手に考えればいいし、それぞれが正解なんだ」と。名作は見方によっていろいろな解釈ができ、時を経ても決して色あせることがない。練り上げられた物語であることだけは間違いがなく、本書もそんな物語のひとつだろう。 -
no.4082020/7/20UP
本店・総務部Aおすすめ!
アンガーマネジメント入門 安藤俊介/朝日文庫
ほとんどの場合、外に出しても内に溜めても自分自身にとってはマイナス面しか生み出さない「怒り」。冷静さを失い、かかるストレスに対して結果が全く見合わない。それどころかさらに悪化させ、ますます自分が消耗してしまう。たまたまその怒りの原因がなくなったとしてもすぐにまた別の原因が発生し、終わる事はないのだろう。人間である以上決して怒りの感情が無くなることはない。
本書はこんな環境の中にあっても、怒りに対して一歩でもプラスになるようなアプローチのしかたを紹介している。たとえどんなに怒りの原因を追究したとしても、それでは何の改善も生み出せない。まずは自分で変えられる事と変えられない事をはっきりと区別し、その上で自分ができる解決策にのみ焦点を当てる。やり方はいろいろと紹介されているが、たまにこういう本を読むだけでも気持ちが少し楽になる。
怒りそれ自体は自分自身の問題だ。いつの日か自分自身の怒りを客観的に見て、あるいはもっと俯瞰して全体をメタ的に見た時に、その怒りのしょうもなさや栓の無さを笑い飛ばせるようになればOKなのだと思う。 -
no.4072020/7/11UP
本店・総務部Aおすすめ!
鳥類学者だからって、
鳥が好きだと思うなよ。 川上和人/新潮文庫鳥に興味がなくとも鳥と鳥類学者の生態を充分に面白く読むことができる。むしろ鳥類学者自身の生態を語ったエッセイと言うべきか。笑いを随所に散りばめた、いや、笑いの中に鳥学と真実を散りばめた名著である。コアな例え話の小ネタがいちいちハマるなあと思っていたら、著者は昭和48年生まれの同い歳だった。40~50代には一層ピンと来るものがあるだろう。ベストセラーになった本書は鳥学に興味のない一般への普及啓発、PR活動には大成功したと思われる。ユーモアのセンスが弊社フェザン店の竹内店長にもちょっと似ている気がするのは気のせいか。少なからず本屋にも似たシンパシーを感じる。コアすぎてちょっと何を言っているのかよく分らない部分もご愛嬌だ。
全く種類は違うが野鳥をモチーフにした小説で、個人的にはどうしても思い出すのが「ダック・コール」(稲見一良/ハヤカワ文庫)だ。こちらは笑いの要素の全くないガリガリのハードボイルドだが、とっても心に残る芳醇な物語なので鳥好きもそうでない方もぜひご一読をお勧めしたい。 -
no.4062020/7/6UP
本店・総務部Aおすすめ!
海の見える理髪店 荻原浩/集英社文庫
全6編の短編集。主人公たちは皆、順調とは言えない人生を送っている。それを口にすることはなく、事態が好転する話でもないのに、読後くすぐったいような気持ちになる。それはラストにごくさりげなく、どこか著者の優しさや希望が伝わって来るからだ。
本書を読んでいて思い出した映画がある。それはイランの映画で、子供心はどんな国でも共通なんだと感じた『運動靴と赤い金魚』。大人が観ても切実に胸に迫るのは、誰でも必ず子供時代という経験をしているからなのだろう。決して思い通りの結末ではないのに、言葉のないラストシーンで思わずニヤついてしまう。それは本書同様、非常にさりげない形で未来に対する希望と優しさが、画面に捉えられているからである。 -
no.4052020/7/1UP
本店・総務部Aおすすめ!
ワイルドサイドをほっつき歩け ブレイディみかこ/筑摩書房
「花の命はノー・フューチャー」(ちくま文庫)の中で妙に心に残ったエッセイがある。「週末のカサノバ」と「終末のカサノバ」というタイトルで同じ“D”という人物が登場する。本書では“ダニー”と名前が出ていて、「いつも人生のブライト・サイドを見よう」と「PRAISE YOU―長い、長い道をともに」というエッセイに関わってくる。やはり妙に心に残るエッセイであった。この4編をつなげて読むとまた感慨もひとしおである。
正しいか正しくないかは別として、本書に出てくるおっさん達の、地に足の着いた揺るぎのなさ。長いものに巻かれるでもなく、青臭い理想論を叫ぶでもなく自分の生きる道が明確で、乾いていてなんだかとても気持ちがいい。これはある程度人生経験を積んだ人間にしか醸し出せない佇まいだ。著者がそれをうまく表現できるのもまた、人生経験の成せる業なのだろう。「花の命はノー・フューチャー」の中の「ビッチなマミイと少年たち」も好みのエッセイである。
日本にはこういうチャーミングなおっさんが少ない気がするのが少し寂しい。若い奴から合理的じゃないとか言われても、だからどうしたってんだよぐらい言えるおっさんを目指したい。それがいいか悪いかは別として。