さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.450
    2021/2/19UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    キャッチ=22 ジョーゼフ・ヘラー/ハヤカワepi文庫

    全くもって、わけがわからない。ストーリーを追えていない不安から、何度も読むのをやめようかとも思ったが、なぜか妙に心に引っかかる。これはブラック・ユーモアの形をとりながらも、人間社会の本質的なメタファーなのではないかと。
    有名な作品ではあるものの、万人受けする本ではないだろう。本書は皮肉なパラドックスやジレンマ、不条理などを時間軸のずれとともに繰り返す。そしてラストに来てようやく一定の爽快感を得ることができる物語だ。ただ、このラストに主題があるのではなく、あくまでもそこに至るまでのわけのわからなさの方にこそ、本書の主題があるように思う。
    映画で言えば、『マルホランド・ドライブ』『ファイトクラブ』『TAKESHIS′』『インセプション』『パルプ・フィクション』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『ジョーカー』などを観た時の感覚に近い。よくわからないけど無駄に熱く、そして強烈に魅力的だ。本書も作品に込められた熱量と、読者を突き放すような文学的意志の強さを感じさせる。

  • no.449
    2021/1/26UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    死にゆく者への祈り ジャック・ヒギンズ/ハヤカワ文庫

    読んでいない過去の傑作小説はまだまだ山ほどある。ページをめくるのももどかしく、上質な映画を観ているかのように一気に読み終えてしまった。代表作「鷲は舞い降りた」で有名なジャック・ヒギンズ。訳者あとがきによると、著者本人が自分の作品の中で一番好きな小説は本書であるという。
    暗黒街の顔役から依頼され殺人を請け負ってしまう主人公。その殺人をたまたま目撃しながらも警察に口を割ろうとしない神父。不器用な生き方しかできない、哀しい過去のある2人のハードボイルド・サスペンスと言っていいだろう。自らの矜持を貫き、死に場所を求めて生きるような主人公に対し、神父はなんとかその魂を救済することができないかと、苦悩しながら祈りを捧げる。
    クールでスマートな生き方の対極にあるような男の生きざまに、最近ではあまり思う事も少なくなってしまったある種の憧れを感じる。

  • no.448
    2021/1/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ビルバオ―ニューヨーク―ビルバオ キルメン・ウリベ/白水社

    知らない土地で絵画や音楽、映画などを鑑賞し、思いがけず心地のいい空気を感じる旅のような、不思議な読書体験だった。
    小説を書くための構想それ自体が小説になっている。本編を書かずに小説を感じさせる物語なので、どんどん出てくる地名や人物名などがよく分からなくてもあまり気にせず、文章自体に身を委ねていいと思う。異文化や他者に不寛容な現代にありながら、何世代・何層もの連なりの中での、人間のゆるやかな受容性を考えさせられる。
    作中にあるメリル・ストリープのインタビュー記事が印象的だ。サンセバスティアン国際映画祭にやってきた彼女に対する記者たちの質問。「私たちにできる最良の質問と、その答えは何ですか?」女優は即座にこう答えた。「今、フィクションをつくることに意義はあるのか」そしてその答えは「本当のことを語るなら、意義はあります」。

  • no.447
    2021/1/14UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    短く深く瞑想する法 吉田昌生/三笠書房

    誰もが初めての経験である今の状況に対して、過ぎ去った過去を悔んでも、いたずらに未来を憂いても、またいくら他人や自分を責めたとしても、事態は何も好転しないどころか逆に悪化してしまう。今はただ、今できる最善と思える事をするだけだ。過剰に入ってくる情報に一喜一優し心を振り回されるより、実際に冷静な判断をするためにも、まずは心の平静を保つことが第一だと思う。仕事でも遊びでも、また本を読むのも映画を楽しむのも“今”に集中できなければ意味がない。
    本書に書かれていることを頭で理解するのは非常に易しいけれども、体現できるかどうかは難しい。ただ、たまに紙でこういう本を読むだけでも少しホっとする。何もしない時間があまり苦にならず、ボーっとする事が割と得意な自分のような人にはおすすめだ。

  • no.446
    2021/1/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    銀の森へ 沢木耕太郎/朝日文庫

    本は文章から自分の中にイメージを作り上げるため、個人的な経験や心の営みによってそれぞれの風景があるだろう。しかし、映画は誰もが同じ映像によってはっきりと示されているのに、人によって解釈が変わってくるところがおもしろい。友人などとその違いを話したりするのもまた、映画の愉しみのひとつだろう。人と違う視点や感想を持つ事は意外と重要だ。本でも映画でも、賛否の分かれるものの方が心に残る作品は多い。
    それにしても、プロの作家の解釈や文章力は、やっぱり凄いなと改めて感心してしまう。「銀の森へ」「銀の街から」を読みながら、いつか観てみたいと思う映画に忘れないよう折り目を付けていたら、折り目だらけでえらい事になってしまった。また、過去に観た映画でも、もう一度観てみたいと思わせるだけの内容が本書には充分にある。個人的には『めぐりあう時間たち』や『ザ・ロード』など、今一度見直してみたいと思った。

  • no.445
    2020/12/28UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    家族じまい 桜木紫乃/集英社

    ――ふと、終わることと終えることは違うのだという思いが胸の底めがけて落ちてきた。心地よいパーカッションの音がする。新しい一歩を選び取り、自分たちは元家族という関係も終えようとしている。――自発的に「終える」のだった。
    終いではなく、仕舞いだ。(本文より)

    ちょっと後ろ向きのようなタイトルだが決してそれだけではなく、再生と希望の物語だと感じた。五人の女性の視点から見たそれぞれの家族の姿が、連作短篇として五話描かれている。個人的には第四章「紀和」が好みだ。どの話もあまり説明しすぎることなく、淡々とした描写の中で複雑な心の動きが表現され、明確には書かれていない部分も想像させる。年末のこの時期、自分自身の来し方、行く末も思う一冊だ。ふと、ロドリゴ・ガルシア監督の映画『美しい人』を思い出す。
    今年はさんざんな一年で、年末年始なく大変な思いをされている方も大勢いると思う。自分自身も含め、来年はそんな全ての人に、それぞれの再生と希望が少しでも訪れることを願いつつ。

  • no.444
    2020/12/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    今夜、すべてのバーで 中島らも/講談社文庫

    ひとことで言うと、面白い。一病息災という言葉があるが、健康で長生きできるかどうかは別として、ひとつぐらいどこか欠陥のある人の方が、話は断然に面白い。それが体の問題であれ、心の問題であれ。心身ともに健康で、正論を何のためらいもなく吐く人の話など、誰がすき好んで聞くものか。
    本書は妙にリアリティーのあるアル中小説だ。でもこれは題材がアルコールだったというだけで、人間誰しも何かに依存していなければ、生きていくのがつらい場合も多いのではないだろうか。違いは程度の差だけである。この物語では入院する一人のアル中患者を中心に、その周囲の人々を群像劇で描いている。屁理屈をこねる主人公もさることながら、周りの人々が非常に味わい深い。個人的には担当の医者がいい味出していると思う。
    生まれる時も死ぬ時も、人間ひとりではどうにもならない。常に何かに依存し委ねなければ安定することさえできない、弱い存在が人間本来の姿だろう。結果的に寿命を縮めてしまうかもしれないのに、すべてを認め受け入れてもなお、悪癖にもがいてあがいてどうしようもない姿は、非常に愛すべき、人間らしい姿のようにも思えてくる。
    ほんの紙一重の、程度の違いというだけで。

  • no.443
    2020/12/18UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ゴッドファーザー マリオ・プーヅォ/ハヤカワ文庫

    映画は映像だけで多くの物語を想わせ、小説は文章だけで広がる情景を想わせる。心に残る映画に原作があるならば、迷わず読んでみた方がいい。映画も本も双方の理解が深まり、より一層味わい深いものになる。
    フランシス・フォード・コッポラ監督の映画『ゴッドファーザー』は、原作を忠実に再現していて間違いなく素晴らしい。しかしその続編のPARTⅡがさらに素晴らしいという点で、これはやはり稀有な映画だと思う。PARTⅡではマフィアファミリーの原点の物語と、現在の物語とが交互に進み対比することで世の無常観や、金と権力の魔力、そしてファミリーを守ろうとするあまり逆に壊してしまうという矛盾と哀しみがより深く表現されている。そしてPARTⅢは贖罪の物語だ。これらの物語は、あくまでも原作を元に派生しているということが読めばわかる。
    PARTⅡの2つの物語の主演は、若き日のアル・パチーノとロバート・デ・ニーロ。以来、映画界トップスターの道をそれぞれに歩み続け、1995年公開の『ヒート』で再び共演する。二人が最も輝いていた時期と思われるこの映画では、プロフェッショナル同士のしびれる対決の中、少しだけ交わる二人の邂逅が、感慨深い。
    愛や希望を謳い上げるものではないにせよ、これらの物語は世代や善悪を超えた壮大な叙事詩であり、人間を深く描くエンターテイメント作品である。今年の年末年始は一旦、現在の時を忘れ、古い名作に身を委ねてみるのに適していると思われるが、どうか。
    安心して万人にお勧めできる古い名作映画だと、アガサ・クリスティ原作(「検察側の証人」)の『情婦』や、季節柄『素晴らしき哉、人生!』など、どうだろう。

  • no.442
    2020/12/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    幻の女 ウイリアム・アイリッシュ/ハヤカワ文庫

    印象的な一行目で始まるミステリーの古典的名作。
    ロジックだけがいかに素晴らしくても名作と呼ばれるとは限らない。本書はテクニカルな謎解きだけでなく、文章自体が洒落ていて、どこか匂い立つような味わい深さがある。情景や人物の描写など普通に小説として面白く、そしてラスト鮮やかにミステリーが解き明かされるところが、名作と呼ばれるゆえんだろう。
    どんな種類の作品でも、時代の変化に関わらず古典として後々まで残るような物語には、それなりの理由がある。新しいものをどんどん追い求めるのもいいが、古いものに新しさを見出すのも悪くはない。古いもので今でも残っているものといえば結局、普遍的な本質を衝いているものばかりなのだから。

  • no.441
    2020/12/7UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    緋色の稜線 あさのあつこ/角川文庫

    心にわだかまり続けている消せない染みを、そっと浄化してくれるような小説だ。どこか懐かしく、遠い記憶を思わせる情景が、切なさを際立たせる。
    全く罪のない人間なんていない。相手から許されない罪を犯してしまった場合、それは一生背負って受け入れるしかないだろう。ただ、相手をどうしても許せなかったり自分自身を許せない場合、それを一生抱えて生きていくのは重すぎる。自分のために、自分の中で決着をつけなければならない。その背中を少しだけ押してくれる。