さわや書店 おすすめ本
本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。
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no.4542021/3/26UP
本店・総務部Aおすすめ!
山の独奏曲 串田孫一/ヤマケイ文庫
インターネットの不具合やなんかで画面と格闘していると、あっという間に2~3時間無駄に過ぎ去ってしまう事がある。そんなトラブルでもなく、たまにwebニュースなんかをぱらぱらと見ているだけでも、時間の割には後に何も残らず、疲労と不快感だけが残る場合が多い。単なる無知ゆえの自業自得なのかも知れないが。
たとえ同じように得るものがあまりなかったとしても、本書の旅のような贅沢な時間の送り方がしたい。派手な事など何もない朴訥としたショートエッセイだからこそ伝わってくる、揺るぎない旅の魅力とシンプルで骨太な思考。こんな時期だからか、全てを忘れて無性に山に行きたくなる。そんな時間も体力もないのだけれども。
最高の贅沢は、食べるものでも着るものでもなく、時間の過ごし方だと思うような年代に、どうやらいつの間にかなってしまったようだ。 -
no.4532021/3/22UP
本店・総務部Aおすすめ!
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ A・J・フィン/ハヤカワ文庫
主人公の時折観る古いサスペンス映画が非常に興味深く、読後そんなモノクロ映画のいくつかを観てみた。名作とか古典と呼ばれるものの中には、やはりどんな時代にも色あせる事のない奥深さがあると改めて感じる。本でも映画でも心に残る不朽の名作は、一度観たからそれでおしまいではなく、モノとして自分の手元に置いておき時折眺めてみた方がいい。本書の主人公のように。
精神的に不安定な女性が主人公の、いわゆる信頼できない語り手の小説だ。やはり良質なサスペンス映画を観ているかのように物語世界に引きずり込まれる。アルフレッド・ヒッチコック監督の独特な演出における美「ヒッチ・タッチ」の現代版のような雰囲気が文章からも伝わってくる。本書に出てくる古い映画の中では、個人的には『レベッカ』が好みだ。 -
no.4522021/3/10UP
本店・総務部Aおすすめ!
わたしは贋作 バーバラ・ボーランド/ハヤカワ文庫
正解はどこにもなく、人が生きていくために必要なものでもない。ただ、ごくわずかな人にとって、それは生きる指針ともなり得る究極の美的感覚であり、ある意味信仰に近いものなのかもしれない。そして作者の手を離れた瞬間に、作品は芸術的価値から商品的価値へと移り変わったりもする。芸術の世界はよく分らないけど、凄い世界だと思う。
あらゆるアートの本質や価値とは何なのか。今の時代AIでも音楽や絵画などかなり高度な作品が作れてしまう。いろいろな見方があるにせよ、最終的には作者自身のアイデンティティーが作品の全てだろう。技術面もさることながら、芸術作品を創るという人の生き方や行為そのものがすでに芸術だ。音楽でも映画でも舞台でも本でも、それは同じ事だろう。芸術家である以上、売れる売れないはまた別の話として。
読み終わり、そんなことを思ったりする。本書は美術ミステリーで、語り手である抽象画家「わたし」の成長物語でもある。 -
no.4512021/2/27UP
本店・総務部Aおすすめ!
特集:流通 広告Vol.415 『広告』編集部/博報堂
東日本大震災から10年。
当時、痛烈に感じたのは、電気、水道、ガスと同じく、物流とはまさにライフラインだという現実だった。ネットでどんなに便利な世の中になろうとも、実際にモノを運ぶ人がいなければ何の役にも立たない。徐々に物流が回復してきた時のありがたさは、止まってみて初めて実感する感動だった。
本書はメーカーから倉庫、卸売、運送会社を経て、小売、そして消費者の手に渡るまでの一連の流れを余すところなく網羅した一冊だ。流通の歴史から今のコロナ禍で売上が伸びているネット通販、梱包材としての段ボールメーカー、さらに音楽や映画などの現状、そして本の流通。川上から川下へのあらゆる取材を通じて、現代を考えさせられる。
小売店が全てネットに変わり、街からリアル店舗が完全に無くなるという事はないだろう。そんな世界はまさにディストピアで、誰も望んではいない。ただし、便利さと快適さだけを求めて消費行動をしているうちに、知らぬ間にディストピアに近づく可能性はあり得る。リアル店舗は厳しい状況が続いているが、ネットとリアルには最適なバランスがあると思う。今厳しいエンタメ業界も、旅行関係も、飲食店も、そして街の本屋も、なんとか残らなければならない。 -
no.4502021/2/19UP
本店・総務部Aおすすめ!
キャッチ=22 ジョーゼフ・ヘラー/ハヤカワepi文庫
全くもって、わけがわからない。ストーリーを追えていない不安から、何度も読むのをやめようかとも思ったが、なぜか妙に心に引っかかる。これはブラック・ユーモアの形をとりながらも、人間社会の本質的なメタファーなのではないかと。
有名な作品ではあるものの、万人受けする本ではないだろう。本書は皮肉なパラドックスやジレンマ、不条理などを時間軸のずれとともに繰り返す。そしてラストに来てようやく一定の爽快感を得ることができる物語だ。ただ、このラストに主題があるのではなく、あくまでもそこに至るまでのわけのわからなさの方にこそ、本書の主題があるように思う。
映画で言えば、『マルホランド・ドライブ』『ファイトクラブ』『TAKESHIS′』『インセプション』『パルプ・フィクション』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『ジョーカー』などを観た時の感覚に近い。よくわからないけど無駄に熱く、そして強烈に魅力的だ。本書も作品に込められた熱量と、読者を突き放すような文学的意志の強さを感じさせる。 -
no.4492021/1/26UP
本店・総務部Aおすすめ!
死にゆく者への祈り ジャック・ヒギンズ/ハヤカワ文庫
読んでいない過去の傑作小説はまだまだ山ほどある。ページをめくるのももどかしく、上質な映画を観ているかのように一気に読み終えてしまった。代表作「鷲は舞い降りた」で有名なジャック・ヒギンズ。訳者あとがきによると、著者本人が自分の作品の中で一番好きな小説は本書であるという。
暗黒街の顔役から依頼され殺人を請け負ってしまう主人公。その殺人をたまたま目撃しながらも警察に口を割ろうとしない神父。不器用な生き方しかできない、哀しい過去のある2人のハードボイルド・サスペンスと言っていいだろう。自らの矜持を貫き、死に場所を求めて生きるような主人公に対し、神父はなんとかその魂を救済することができないかと、苦悩しながら祈りを捧げる。
クールでスマートな生き方の対極にあるような男の生きざまに、最近ではあまり思う事も少なくなってしまったある種の憧れを感じる。 -
no.4482021/1/21UP
本店・総務部Aおすすめ!
ビルバオ―ニューヨーク―ビルバオ キルメン・ウリベ/白水社
知らない土地で絵画や音楽、映画などを鑑賞し、思いがけず心地のいい空気を感じる旅のような、不思議な読書体験だった。
小説を書くための構想それ自体が小説になっている。本編を書かずに小説を感じさせる物語なので、どんどん出てくる地名や人物名などがよく分からなくてもあまり気にせず、文章自体に身を委ねていいと思う。異文化や他者に不寛容な現代にありながら、何世代・何層もの連なりの中での、人間のゆるやかな受容性を考えさせられる。
作中にあるメリル・ストリープのインタビュー記事が印象的だ。サンセバスティアン国際映画祭にやってきた彼女に対する記者たちの質問。「私たちにできる最良の質問と、その答えは何ですか?」女優は即座にこう答えた。「今、フィクションをつくることに意義はあるのか」そしてその答えは「本当のことを語るなら、意義はあります」。 -
no.4472021/1/14UP
本店・総務部Aおすすめ!
短く深く瞑想する法 吉田昌生/三笠書房
誰もが初めての経験である今の状況に対して、過ぎ去った過去を悔んでも、いたずらに未来を憂いても、またいくら他人や自分を責めたとしても、事態は何も好転しないどころか逆に悪化してしまう。今はただ、今できる最善と思える事をするだけだ。過剰に入ってくる情報に一喜一優し心を振り回されるより、実際に冷静な判断をするためにも、まずは心の平静を保つことが第一だと思う。仕事でも遊びでも、また本を読むのも映画を楽しむのも“今”に集中できなければ意味がない。
本書に書かれていることを頭で理解するのは非常に易しいけれども、体現できるかどうかは難しい。ただ、たまに紙でこういう本を読むだけでも少しホっとする。何もしない時間があまり苦にならず、ボーっとする事が割と得意な自分のような人にはおすすめだ。 -
no.4462021/1/11UP
本店・総務部Aおすすめ!
銀の森へ 沢木耕太郎/朝日文庫
本は文章から自分の中にイメージを作り上げるため、個人的な経験や心の営みによってそれぞれの風景があるだろう。しかし、映画は誰もが同じ映像によってはっきりと示されているのに、人によって解釈が変わってくるところがおもしろい。友人などとその違いを話したりするのもまた、映画の愉しみのひとつだろう。人と違う視点や感想を持つ事は意外と重要だ。本でも映画でも、賛否の分かれるものの方が心に残る作品は多い。
それにしても、プロの作家の解釈や文章力は、やっぱり凄いなと改めて感心してしまう。「銀の森へ」「銀の街から」を読みながら、いつか観てみたいと思う映画に忘れないよう折り目を付けていたら、折り目だらけでえらい事になってしまった。また、過去に観た映画でも、もう一度観てみたいと思わせるだけの内容が本書には充分にある。個人的には『めぐりあう時間たち』や『ザ・ロード』など、今一度見直してみたいと思った。 -
no.4452020/12/28UP
本店・総務部Aおすすめ!
家族じまい 桜木紫乃/集英社
――ふと、終わることと終えることは違うのだという思いが胸の底めがけて落ちてきた。心地よいパーカッションの音がする。新しい一歩を選び取り、自分たちは元家族という関係も終えようとしている。――自発的に「終える」のだった。
終いではなく、仕舞いだ。(本文より)
ちょっと後ろ向きのようなタイトルだが決してそれだけではなく、再生と希望の物語だと感じた。五人の女性の視点から見たそれぞれの家族の姿が、連作短篇として五話描かれている。個人的には第四章「紀和」が好みだ。どの話もあまり説明しすぎることなく、淡々とした描写の中で複雑な心の動きが表現され、明確には書かれていない部分も想像させる。年末のこの時期、自分自身の来し方、行く末も思う一冊だ。ふと、ロドリゴ・ガルシア監督の映画『美しい人』を思い出す。
今年はさんざんな一年で、年末年始なく大変な思いをされている方も大勢いると思う。自分自身も含め、来年はそんな全ての人に、それぞれの再生と希望が少しでも訪れることを願いつつ。