さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.469
    2021/7/26UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    2001年宇宙の旅 アーサー・チャールズ・クラーク/ハヤカワ文庫

    午前十時の映画祭で『2001年宇宙の旅』を観る。訳が分からない。1968年に公開されたこの映画は、いわゆるカルトムービーの元祖だろう。本書、原作を読めばかなりの事が分かるが、この確信犯的な訳の分からなさにこそ、この映画の魅力がある。一切の説明を排したキューブリックの憎らしいほどの演出に、やりやがったなと思う。
    訳の分からなさで言えば、デヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』や、リドリー・スコットの『悪の法則』なども同様だ。難解映画はあまり難しく考えすぎない方がいい。『マルホランド・ドライブ』ではブルーボックスの鍵を開ける前と後では明らかに世界が変わっているのが分かる。どっちがリアルでどっちが幻想なのかは冷静に考えてみれば分かるはずだ。『悪の法則』ではブラッド・ピットとキャメロン・ディアスの関係性がよく分からない。ただ、ブラッド・ピットは最後、全員の終わりだと言いながらも自分は余裕しゃくしゃくでホテルに泊まり、その後投資の代理人らしき人物と満足げに握手を交わしている。大筋の結果さえ追えれば、細かなディテールは後からなんとなく読めてくる。本でも映画でも、その解釈に幅や多面性のある方が面白い。
    スタンリー・キューブリックもまたしかり。

  • no.468
    2021/7/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    歴史のミカタ 井上章一・磯田道史/祥伝社

    試験などに関係なく、もっと人間に興味を持って歴史を学ぶべきだったと、本書を読んで今さらながらそう思う。表舞台のきれいな歴史と共に、実際どうだったのかを深く考える歴史。誰によって書かれた歴史なのか、立場を逆にすればどう見えるか、事実関係とその後の流れ。その光と影。歴史を学ぶとは、人間はいかなるものかを学ぶ事であり、歴史に学ぶとは、いかに生きるかという現実的な問いだった。
    話は全く変わるが、『ブルーベルベット』という映画がある。鬼才デヴィッド・リンチ監督らしい清濁併せ呑む異様な映画だ。この中で表現されているものは、表面の美しさの裏に隠された醜さ、また醜さの裏に隠された美しさ。人間の二面性と、世の中の不思議。”It’s a strange world.”
    名作映画や名作文学には、事実関係だけを示しそれが何を意味するのかを説明することもなく感じさせるものが多い。歴史を読み解く事は脳内の作業としては、優れた文学作品を読み解く事に近い部分があるのかもしれない。それもひとつの歴史のミカタ。

  • no.467
    2021/7/8UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    あなたに似た人 ロアルド・ダール/ハヤカワ文庫

    著者特有の、絶妙な毒を含んだシニカルなショートストーリー。大きな仕掛けもないこの物語を、楽しめる人と何も感じない人の二派に分かれるであろう大人の娯楽短編集だ。個人的には冒頭の「味」と最後の「首」が特に面白いと思った。
    いるよなあ、こういう人。と思いつつも、「Someone Like You」(あなたに似た人)という人を食ったようなタイトルが読者をも皮肉っている。
    全く関係ないかもしれないが、映画で例えるならば『コーヒー&シガレッツ』『バッファロー’66』『ナイト・オン・ザ・プラネット』『レザボア・ドッグス』『博士の異常な愛情』『歩いても歩いても』『アウトレイジ』などの面白さに似ている。伝わるかどうかは、シニカルである意味ブラックコメディ的な要素を面白がれるかどうかにかかっている。そして眉をひそめながらも、もしかすると自分の中にもそういう部分はあるのかもしれないと思わせるからこそ、面白いと感じるのだ。

  • no.466
    2021/7/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    自伝からはじまる70章 田村隆一/思潮社

    繰り返して出てくる話が2つある。2つとも妙に心に残った。ひとつは酒好きの酒に対する礼儀正しさや、銘酒が有名になったら味が落ちた話で、もうひとつはロアルド・ダールの「あなたに似た人」。
    上手に酒を飲む事は意外と難しい。普通は痛い経験も積み、店や他の客から学びながらようやくどうやらといったところだろう。泣いたり騒いだり日頃の鬱憤を酒で晴らすようでは、酒に対しても店に対しても失礼だ。格好良くて様になる飲み方を常にする人は相当なる人物なのだと思う。今の風潮だとそういう雰囲気を見る機会もあまりないので説明のしようもないが、悪い例だけはいつの時代でもはっきりそれとわかる。いい酒飲みの人は、できれば良い例だけをなるべく若い人に見せてその文化を継承してほしい。自分もいつかそういう酒が飲めるようになれたらいいなと思う。
    「あなたに似た人」については次回。

  • no.465
    2021/6/28UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    寺内貫太郎一家 向田邦子/新潮文庫

    小林亜星さんといえば、個人的には作曲家というよりも寺内貫太郎一家の俳優としての印象が強い。著者の向田邦子さんも亡くなられて今年で40年が経つ。
    昭和の匂いはどんどん薄れ、本当にそういう時代があったのかと思うぐらい遠いものになってしまった。モデルは父親という本書は、かつて存在していたであろう家族の肖像が描かれている。今の20代ぐらいの人が本書を読んだとして、どう思うのだろうか。
    1975年出版、著者初の長編小説が本書である。

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  • no.464
    2021/6/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    津軽 太宰治/新潮文庫

    「ね、なぜ旅に出るの?」
    「苦しいからさ」で始まる本編の前の、長すぎる序編にもなんだか照れ隠しのような、長い言い訳のような好ましさ、東北人らしさを感じる。そもそも自分の生まれ育った場所を客観的に手放しで称賛できる訳がない。それでも伝わってくるこの土地へのこだわりと望郷の想い。
    頑固なのにくよくよ、シャイでガサツ、いい加減さと真面目さ、自虐性と自尊心、不器用な繊細さ、そして酒。そんな複雑な東北人の中でもひと際異彩を放つ孤高の存在が著者であり、津軽だと思う。
    今年は三内丸山遺跡をはじめとした「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録される見通しだ。もしかするとこの1万年以上前の精神文化も、津軽ではどこかDNAに受け継がれているのかもしれない。北東北にはその他、「白神山地」「橋野鉄鉱山」「平泉」などの世界遺産がある。今は難しいがコロナが収束したらぜひとも、しみじみと味わい深い北東北への旅を満喫してほしい。それまでは、本でのいい旅を。

  • no.463
    2021/6/18UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ひとりメシの極意 東海林さだお/朝日新書

    面白い。思わずひとりでニヤついてしまう。なんと言っても極意ですよ。極意。ひとりメシの。しかもひとり呑みの達人、太田和彦さんとの熱い対談も収録されている。もう、茶道とかと同じような様式美に昇華されています。軽くない。かなり少数派だろうけど、それ、わかるなーという狭いコーナーを攻めている、笑えて重厚な厳選エッセイ集だ。
    今の状況は、ひとりメシやひとり呑みを探求するのには最も適しているとも言える。仕方なくではなく、敢えて自ら孤独になる楽しいひとりメシである。今まではみんなでワイワイ、ガヤガヤだけが唯一の正解、楽しさだと思っていた人も、リモートワークや巣ごもりレシピに疲れてきた人にもうってつけの、一周回ってコペルニクス的発想の転換になり得るエッセイ集だと思う。どうせならどんな環境であれ、楽しんで追求した方がいい。
    本店入ってすぐの左隅、おなじみ店長こだわりの呑んべさんコーナーにあります。

  • no.462
    2021/6/12UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    われはロボット 決定版 アイザック・アシモフ/ハヤカワ文庫

    1950年出版当時は相当ぶっ飛んだ内容だっただろう。ほんの20年前でもまだ荒唐無稽な話だったかもしれない。だが今改めて読むと、かなりのリアリティをもって胸に迫る。あらゆる古典の名作と呼ばれるものは、やはり本質的なものを問いかけているため、投げられた光が時代によって古くならずにむしろ光が強くなる。
    有名な「ロボット工学の三原則」を冒頭に記した本書は、一編一編が様々な角度からの哲学的な思考実験とも言える短編集だ。サイエンスフィクションというジャンルの小説や映画、それだけではなく現在実用化されつつあるAIまでも含め、遡れば全ては本書を土台にしていると言っても決して過言ではないだろう。
    人工知能を突き詰めれば、人間性とは何かを考える事とイコールになる。科学的な合理性と哲学的な問い。人は大いなる矛盾や葛藤を抱え込んだ自己と、改めて向き合わされる事になる。古くて新しいテーマの源流がここにある。

  • no.461
    2021/6/7UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ゲンロン戦記 東浩紀/中公新書ラクレ

    泳ぎ方を習得するには、100回の講義よりも1回水に入った方が早くて情報量も多い。というか、体験と理論は両輪なのだろう。両方あってはじめて生きたものになる。
    本書は哲学者で批評家である著者が会社を設立して10年間の軌跡をまとめた本だ。特に失敗談には、なんとなく分かるなあという部分が多い。ネットで有名になった著者だが、経営という非常にリアルで現実的な問題と向き合う事で、その理論にも説得力や厚みが増しているのだと思う。失敗を赤裸々に語れるというのも、知のプラットフォームを目指す著者ならではの懐の深さなのだろう。決して同質なものだけを集めるのではなく、その主張にバランス感覚の良さを感じさせる。そのあたりの感覚は、最近文庫化した『ゆるく考える』の最後、「ゲンロンと祖父」を読むと、妙に納得したりする。

  • no.460
    2021/5/26UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ランチ酒 原田ひ香/祥伝社文庫

    本書は美味そうな料理と酒とビターな話が絶妙にマッチしたショートストーリーだ。ほろ苦さと味わい深さはどうしてこんなに相性がいいのだろう。お互いを引き立てる。
    先日、ガイ・リッチー監督の『ジェントルメン』を観に行った。大人向けのエンターテイメントで、非常に面白い映画だったのだが、土曜日なのに劇場内は閑散としていた。少なからずコロナの影響もあるのだろう、盛岡でもあちこちでウワサが耳に入り、人通りもまばらだ。それでも、と敢えて言いたい。人の事を考えない奔放さではなく、自粛警察のような狭量さでもなく、今こそ大人の分別を発揮させながらリスクを冷静に判断し、自らの意志においてお気に入りの場所にはなるべく行くようにするべきだと思う。
    特に飲食店などは一度無くなったらもう二度と同じ味に出会う事はない。本書に出てくるような場所が身近にあるという幸運は、決して当たり前のことなどではないのだから。