さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.497
    2022/3/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    歴史問題の正解 有馬哲夫/新潮社

    全然関係ないが、映画『セブン』にこんなセリフがある。
    「本気で夫人に犯人を捕まえると言っただろ。私もそんな頃があった」
    「犯人を捕まえなくて何をする?」
    「捜査だ。証拠を集め現場の写真を撮り、事件の経過を調べ細かくメモを取る」
    「それで?」
    「すべてだ。それをきれいに書類にまとめて、万一の裁判のために備えておく」
    「くだらんよ」
    警察の捜査でもその仕事のほとんどは、事実を正確に記録しいつでも出せる状態に整理しておくところにある。まして国同士の歴史問題や戦争ともなれば、詳細な一次資料が国としての存在にも係わる最重要資料になるのだろう。
    今のロシア・ウクライナの問題でも、感情的には見るに堪えないが、経済制裁の他に国際社会ができることは、経緯や事実関係を正確に記録し、各国の対応も含めすべてを保存しておく事しかないのだと思う。この地域で他国が下手に正義を振りかざして軍事介入したりすると、上記映画のブラッド・ピットではないが、暴力がさらなる暴力を呼び込み逆に利用され正当化されてしまう可能性すらある。ものの善悪や正義は諸刃の刃だ。
    前回読んだ「アンナ・カレーニナ」はこんなエピグラフから始まる。
    ―復讐はわれにまかせよ、われは仇をかえさん―
    これから後々の歴史が全ての答えを示すのだろう。
    本書を読んでいてそんなことを思った。

  • no.496
    2022/3/17UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    アンナ・カレーニナ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ/新潮文庫

    “幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである。”
    いきなり考えさせられる一文から始まる本書は、人間の幸・不幸とは何か、哲学とは、宗教とは、社会とは何なのかを読者に深く問いかける、一生に一度は読むべき本のひとつだろう。上・中・下3冊のボリュームがあるため躊躇してしまうかもしれないが、決して難しい話ではないので、ふと思い出した時にでも軽く読み始めてほしい。基本的には二組の夫婦の物語である。それぞれの思考と結末を追ううちに鮮やかなコントラストが生まれ、答えは示されなくとも、対比の中から生きる意味を浮き立たせる。
    午前十時の映画祭『ファーゴ』の解説で、町山智浩氏が本書との関連性を指摘していたので読んでみた。それにしても、ロシア…。こんなに素晴らしい文化・芸術方面もあるのに。

  • no.495
    2022/2/19UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    スターメイカー オラフ・ステープルドン/ちくま文庫

    よくわからない。
    宇宙は謎だ。生命も謎そのものだ。
    現代の世界はリアルタイムでつながり、情報はSNSで共有される。スーパーコンピューターやAIなど科学技術の進化は過去に比べ、今や夢の近未来にいるようなものだろう。それなのになぜ、人間にとって有益で便利なものが進化すればするほど、人間自身の醜悪さや愚かさが際立つ。「スターメイカー」=創造主(あるいは神)なるものが存在するならば、これらをどう見る。
    全く関係ないが、「午前十時の映画祭」で『ファーゴ』を観る。人間の欲が雪だるま式に事態を悪化させていくストーリーのラスト、主人公マージのセリフ。「人生はもっと価値のあるものよ、こんないい日なのに」。
    人間の価値とは結局のところ、どう回り道をしたとしても、目の前にある些細な、それでも確かな物事に集約される。

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  • no.494
    2022/2/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    地上に星座をつくる 石川直樹/新潮社

    エベレストなどを何度も登頂しているのに、なんの気負いも衒いもないナチュラリストらしい文章が気持ちいい。あくまでも旅人としての自然への接し方が、そのまま旅先での地元住民への接し方や写真、そしてこのエッセイの文章にも表れている。
    ものの善悪などを断じず、世界各地のありのままの自然や人間と向き合い、感動を写真に収め、文章を綴る。このシンプルさの中に、主義主張や他のメッセージなどの入り込む余地はない。大自然への畏れを抱きながら、ただ、登り、撮り、書く。このあたりの感覚が非常にすっきりとしていて潔く、気持ちがいい。それにしても、ああ、旅に出たい。
    作中には宮古市が、あとがきには盛岡市がちょっと出てくる。

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  • no.493
    2022/1/31UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    平成のヒット曲 柴那典/新潮新書

     最後のキスはタバコのFlavorがした
     ニガくて切ない香り

    “この「First love」の冒頭の2行が象徴するように、当時、宇多田の歌詞は「とても15歳が書いたとは思えない」と言われてきた。しかし、文学に居場所を見つけていたその来歴を考えると、改めてその作家性に納得がいく人は多いのではないだろうか。”(本書より)

    trf、Mr.Children、安室奈美恵、サザンオールスターズ、DREAMS COME TRUE、レミオロメン、GReeeeN、いきものがかり、レディー・ガガ、米津玄師など、平成を彩ってきたミュージシャン達のヒット曲について、その時代背景とともに論じられている。
    この中ではなんとなく、『1999(平成11)年の「First Love」宇多田ヒカル』の辺りが、音楽業界のみならず、あらゆる意味で時代の大きな転換点になっているように思う。ヒット曲で振り返る、平成とはどんな時代だったのか。それにしても、音楽はその時々に感じた空気、匂いまでをも鮮明に思い出させる。

  • no.492
    2022/1/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    ハウス・オブ・グッチ サラ・ゲイ・フォーデン/ハヤカワ文庫NF

    リドリー・スコット監督のこの映画を観に行く。159分と長尺だが飽きさせずに、観る者をハッとさせる映像と音楽、そして職人的な役者魂が随所に光っていた。
    まず、アダム・ドライバー。この雰囲気はなかなか出せるものではないだろう。『パターソン』での静かな空気感も見事だった。そしてアル・パチーノ。「ファミリービジネス」というセリフを口にするだけで圧倒的な存在感と説得力がある。ふと、一流ブランドでも『ゴッドファーザー』でも、似たような問題が崩壊へとつながっていると感じる。アル・パチーノは他に『カリートの道』『ヒート』『セント・オブ・ウーマン』などもいい。リドリー・スコット監督の中では、個人的にはコーマック・マッカーシーオリジナル脚本の『悪の法則』が痛みを伴いながらも心に深く突き刺さる。こちらは観る人を選ぶ作品なので要注意。
    映画の原作である本書は、より複雑な事実関係を忠実に取材したノンフィクションで、映画とは違うビジネス書的な面白さがある。映画の原作本は、特に翻訳の場合映画を観てから読むのがおすすめだ。すらすら読めてなおかつ時間の経過とともに理解がじっくりと深まっていく。

  • no.491
    2022/1/10UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    身内のよんどころない事情により ペーター・テリン/新潮社

    作中作とメタフィクションが複雑に絡み合い、かなりトリッキーな小説になっている。こういう難解作品は、その構造やら全体像やらを把握することにのみ注意が向けられがちだが、そんな事とは無関係に意外と第一印象が全てだと思う。著者の意図がどうであれ、内容をどう解釈するかは読者の自由なのだから。
    映画で例えるならばデヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』に近いような気がする。こちらもパラレルワールドがメタ的に入り混じることで、初見では訳が分からず気持ちが悪いのに、なぜか強烈に惹きつけられる。つまり、わかるかわからないかではなく、好きか嫌いかがこの手の作品の全てだと思う。
    本書は著者の考え方や独特な世界観が面白く、唯一娘への愛情だけは非常にリアルだった。これを全体としてどう解釈するかは読む人の判断に委ねられる。

  • no.490
    2022/1/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    影のない四十日間 オリヴィエ・トリュック/創元推理文庫

    古くから伝わる伝統工芸や音楽などのすべては、後世に必ず残さなければならないメッセージが込められているものなのかもしれない。例えば津波がここまで到達したというのを示す石碑と同じように。
    ツンドラの厳しい自然と共に生きる北欧の原住民、サーミ人の文化を題材にしたミステリー小説。言葉や文字で残すよりも、手工芸や歌のかたちで残す方が、より正確な意図を伝えられる事もある。あらゆる伝統的なものに対して、非合理だと断じ捨て去ってしまうのは早計に過ぎるし、何よりもったいない事だと思う。知識というより経験の集積が、そこには込められているのだから。
    あるいは現代においての、歌や音楽、芸能や芸術、映画や本なども、全ては今の文化を後世に残すための営みと言えなくもない。本書を読んでいてそう思った。

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  • no.489
    2021/12/16UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    酔人・田辺茂一伝 立川談志/中公文庫

    稀代の天才落語家・立川談志から見た、紀伊國屋書店創業者・田辺茂一伝。酒席での他愛もない会話の端々から人生の師と仰ぎ、その後の落語や考え方にも大きな影響を与えた人物なのだろうと想像できる。人間を見抜く能力が、双方ともに並外れている。
    本書からは田辺茂一社長の本当の姿は見えて来ない。あくまでも若き日の立川談志から見た田辺茂一像だ。だが、だからこそ、そこには著者特有の歯に衣着せぬ人間像と、リアリティがある。
    今は時代の流れもあり、異質な考え方や言動などは排除され、良いも悪いも平坦化、標準化される。本当のことを言う人は年々少なくなってくるが、本当のことというのはいつの時代でも、どう表現しようとも変わらないものだと思う。
    立川談志没後10年か。この10年で世の中は大きく変わった。それにしても、早いなぁ。

  • no.488
    2021/12/10UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    すごい物理学講義 カルロ・ロヴェッリ/河出文庫

    小さい頃から勉強嫌いだった私の頭では、本書の内容の半分も理解できていないが、それでも最後まで読ませる文章だった。今見えている世界は、実は自分の理解している世界とはかなり違うのかもしれない。たまにぼんやりとそんな事を思いつつ、ゆっくりと読み進める。
    理数系と文系は全く種類が異なり、相容れないものだと思っていた。世界の在り方、宇宙の在り様を考える物理学とは、時に哲学的であり、時に詩や文学的ですらある。科学と文学の違いは表現方法が数学か文字かの違いだけだ。どちらも現実を直視した上で描かなければ、単なる空想に終わってしまう。
    「想像力は知識よりも重要である」というアインシュタインの言葉は、科学的な事実を積み重ねた上での、最後のひらめきのような事を言っているのだろう。ここに、科学・哲学・文学の真価がある。「真・善・美」。これがAIではない人間の価値なのかもしれない。