さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.484
    2021/10/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    人間の土地 サン=テグジュペリ/新潮文庫

    ―― 種が芽を出すように、それらの言葉がきみの中に根を張ったとしたら、それは、それらの言葉が、きみの必要と一致したからだ。それを判断するのはきみ一人だ。麦を見わける術を知っているのは、土地なのだから。 ――(本書より)

    決して美しいだけの物語ではない。決して読みやすい物語でもない。上記の引用箇所もまた、決していい意味にだけ使われているものではなく、自然と人間の本質を示す、哀しくも重い哲学的な意味が込められている。それでもなお、本書は自然礼賛、人間礼賛の物語であることに変わりはない。深い洞察と豊かな示唆に満ちた大人の名著である。

  • no.483
    2021/10/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    もりのなか マリー・ホール・エッツ/福音館書店

    うさぎだけがリアルだ。どんなに小さなものからでも、人間の想像力は大きく発揮させることができる。ちょっとしたきっかけさえあれば。
    最後、お父さんの会話がいい。こどもにこれだけスマートに接することができる人は、どんな人に対してもきっとそうなのだろう。心に余裕のない時でも、誰に対してもこうありたい。
    明らかに意図的なモノクロームもまた、この絵本の価値をさらに上げている。これは読者の想像力を信じた演出と言えるのかもしれない。

  • no.482
    2021/10/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    予告された殺人の記録 G・ガルシア=マルケス/新潮文庫

    どんなノンフィクションでも事件の調書でも、観察者の目を通した見方である限り、それは事実の一面でしかない。本書の語り手は登場人物のひとりであり、これもまた一つの見方なのであろう。全体を通じて事実関係をどう見るかは、読者の認識に依るところが大きい。そういう意味では、フィクションの方がノンフィクションよりもむしろ、真実に近い部分を表現できる可能性があるのかもしれない。そんな小説だった。
    著者の息子で映画監督のロドリゴ・ガルシアもいい作品を撮っている。彼の作品は全てを語らず、人物の一部分を切り取る事で全体を想像させる作りになっている。『美しい人』の最終章がとても印象的だ。こちらもやはり、フィクションがノンフィクションを超えるリアリティを生みだす可能性を感じさせる。

  • no.481
    2021/10/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    文学部の逆襲 波頭亮/ちくま新書

    人類の歴史、政治システム、経済活動を非常に長いスパンで見つめた大局観のある考察だと思う。あらゆる面で、近視眼的な対症療法ではもはや解決できない、変革の時期に現代はあるのだろう。技術革新と共に、それらを使ってどういう方向に向かうべきなのか。人間にとっての真・善・美は何なのか。ライフスタイルを唯一変え得るその知性は、技術そのものにあるのではなく文学・芸術方面にヒントがある。技術革新と一見無関係のように見える「物語」は、時代の転換期にこそ重要な素養だ。
    関係ないが本書を読んでいる中で、映画『裏切りのサーカス』のこんなセリフを思い出した。英国諜報部にいた主人公が、宿敵ソ連のスパイと会った時の回想。
    ――“君も私もそう違いはない。長年互いの体制の弱点を探る仕事をしてきた。どちらの体制であれ、大した価値はないと認める潮時だろう?” “彼は言葉を発しなかった。ひと言も”――

  • no.480
    2021/10/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    地下鉄のザジ レーモン・クノー/中公文庫

    軽妙な会話の中にエスプリが効いている。クソ生意気(褒め言葉)な少女ザジと下町の大人たちが、パリをさまよう2日間。ザジは地下鉄に乗るのを楽しみに来たのに、ストによって乗ることができない。鬱憤を大人たちにぶちまけるものの、大人たちもまた順調な人生を歩んでいる人物など誰ひとり出てこない。不満と矛盾を内に秘め、それでもみんな時にユーモアを混ぜながら、それぞれの人生を楽しんでいるように見える。そして特筆すべきラスト、見事な幕切れだ。
    ジェンダーとかハラスメントとか、最近なにかと騒がしいデリケートな問題は、良くなっているのか悪くなっているのか正直よく分からないが、ザジならきっとこう言うだろう。「けつ喰らえ」と。

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  • no.479
    2021/10/2UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    垂直の記憶 山野井泰史/ヤマケイ文庫

    なぜ、そこまで…。最終章「生還」がとにかく壮絶。全く次元が違うので同列には語れないが、自分も学生時代に山をやっていたのでラストにはリアルさをもって震えながら読了した。肉体的にも精神的にも限りなく人間の限界に近い魔の下山。まさに奇跡の生還だ。
    普通の登山でも山では山行と言う。「行」というイメージが山ではしっくりくる。景色がいい、自然がいい、空気がいいなどは二次的なもので、やはりそこは自己との闘いがメインになる。そういう意味では「業」にも近いのかもしれない。自己満足だ、自殺行為だ、周りの人の心配や迷惑を考えないのか等々の意見はごもっともで理論的にも全く正しい。ただ、生きる喜びを覚えるようなひとつの事に、誰に褒められるわけでもなく命を賭けてまで限界に挑戦する姿には尊敬を感じるし、また、ある種羨ましさをも感じる。
    理論だけでは計り知れない生きることの実感とその意味。本書には世界的クライマーである著者の歩んだ道のりと、高みへの思いが刻まれている。

  • no.478
    2021/9/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    羆嵐 吉村昭/新潮文庫

    実りの秋の季節になった。それは人間だけに与えられた恵みではなく山の王、クマにとっても同じ事だろう。厳しい冬を越して生きるために、彼らだって食べなければならない。本書は実際にあった羆事件を元にしたノンフィクションだ。山における人間の無力さ、自然の畏ろしさが、濃密な闇の圧迫感と張りつめた緊張感をもって読者を締め付ける。
    人間にとってクマは恐ろしい存在かもしれないが、クマにとってみれば人間ほどタチの悪い生き物もいないだろう。勝手に自然を壊しておきながら、自然エネルギーだ、多様性だ、人権だ、宗教だ、戦争だなどと騒ぎたて、結果的には何も解決できない。果てる事のない欲望と好奇心だけで行動する種族は、正に悪魔の所業に見えることだろう。
    これだけ進化した現代でも、コロナウイルスを抑え込む事はできなかった。研究はもちろん必要としても、人知の及ばないものに対して現実を謙虚に受け入れる事は、逆に勇気と知性あるふるまいだと思う。害獣も駆除すれば解決という単純な話ではないのだろう。本書を読むとアイヌやマタギの文化にも興味が湧いてくる。

  • no.477
    2021/9/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    国宝 吉田修一/朝日文庫

    歌舞伎の事はよく分らなくても、梨園に生きる人間の苦悩と誇りに胸が熱くなる。本書は重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝にまで至る天才役者の孤独と犠牲、そして鬼気迫る迫真の芸が描かれている小説だ。あらゆる役者、画家、音楽家、文学、古典芸能などを支える人も含め、それに携わる人は職業というよりも生まれ持った宿命と、そうせずにはいられない人間の業に突き動かされるものなのかもしれない。
    やはり本物を観てみたいと強く感じた。場の力というものも特に伝統芸能にはあるだろう。これは他の演劇でも音楽でも、映画館や本屋でさえ同じことが言えると思う。例えば本の質感、装丁の色彩、ページをめくる感触、リアルなインクの匂い、自分では絶対に選ぶことのない種類の本を目にする時の、そんな空気感ごとすべてが本屋だ。
    本書を読んでいて、個人的には北野武監督の映画『ドールズ』を思い出した。この映画の冒頭には人間国宝、故・豊竹嶋太夫の人形浄瑠璃文楽が出てくる。
    著者原作の映画の中では『悪人』や『横道世之介』など、原作も映画も素晴らしい。

  • no.476
    2021/9/10UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    人類最初の殺人 上田未来/双葉社

    エフエムラジオの語り口で、洒落た作りの連作短編。一話ごとに軽く読めて皮肉の効いた結末が面白い。人類最初の殺人、詐欺、盗聴、誘拐、密室殺人と物騒なタイトルが続いているものの重くはなく、すべてどこか夢のあるような、大人のむかしばなし風の趣がありニヤリとさせられる。
    映画で言えば、『ロープ 戦場の生命線』『THE GUILTY ギルティ』あるいは『CUBE』などの、地味ながら、シニカルで印象的な結末の物語を思い出す。
    先日、澤井信一郎監督が亡くなられた。『Wの悲劇』や『早春物語』なども皮肉なラストシーンが印象的な余韻を残し、青春の終わりを示す成長物語だった。薬師丸ひろ子、原田知世は永遠のアイドルだ。なんか思い出してしまったので申し訳ないけれども、本書には全く関係のない話で終えることにする。

  • no.475
    2021/9/6UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    インドラネット 桐野夏生/KADOKAWA

    受け継がれる過去の政治的混乱と今につながる現代性。古いものと新しいものが混ざり合うカンボジアの混沌とした空気感が東南アジアの熱風とともに伝わってくる。主人公と一緒にカンボジアを旅するような臨場感、次々と厄災に巻き込まれていく焦燥感と共に、最後は突き放されるような読後感だった。
    最近のアフガニスタン情勢も含め、世界の至る所で今も燻り続けるテロや紛争。いくつものイデオロギーが衝突し、また政治的にも利用しようとする大国の思惑などが入り混じる事で、よりカオスを生んでしまう。本書はそんな不穏な世界と、人間の二面性を垣間見るような物語で、平和に浸かりきった今の日本人とのギャップを感じさせる。
    平和は当たり前の事などでは決してなく、その前提を忘れると大きな勘違いをしてしまう。
    映画『地獄の黙示録』を改めて観てみた。