さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.520
    2022/9/13UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    終の盟約 楡周平/集英社文庫

    人の「死」にまつわる、様々な問題がこの物語に散りばめられている。肉体的、精神的、物理的、金銭的、医療的、感情的、倫理的にも、すべての方面において唯一の正解などどこにもない。誰もが初めての経験であり、家族も死に方も人それぞれなので、ほとんどの人はあまり準備をすることもできず、気づいたら突然現実と向き合うことになる。
    生まれてきた人間全員に一度だけ必ず訪れる死。その介護や死によって家族や親族に揉め事が起きたり、修復困難な状況にまで陥ったりする事は誰にとっても良い事はなく、そして誰よりも本人が一番無念だろう。
    医療技術が進歩すればするほど、人間の悩ましい問題は尽きる事がない。これからますます超高齢化社会に向かう中で、本書の内容は誰にとっても切実な問題だ。事前に話し合っておく必要とともに、現実に即した医療、介護が制度的に必要だと感じる。最後の時は、せめて穏やかにと、願わずにはいられない。

  • no.519
    2022/9/3UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    生の短さについて ルキウス・アンナエウス・セネカ/岩波文庫

    スマホでネットニュースなんかをぱらぱらと見るにつけ、不快感が募りながらも時間だけが浪費される。誰にとっても同じ刻、時間、分。それをどう使うかによって長くも短くも感じられる。明日も生きているという保証は誰にもないのに、無限にあるものと錯覚して時間を無駄に浪費してしまう。一番意味のない使い方は、他人を羨み、妬み、蔑み、憎み、怒り、そんなものにいちいち心を振り回され、時間と感情を消耗してしまう事ではないだろうか。みんなで誰か悪者をたたき、正義の鉄槌を下したような気になる人は、自分自身に目を向けて、もっと自分をいたわった方がいい。
    古代ローマ人の本を読み、現代の自分を思う。

  • no.518
    2022/8/29UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    あなたの本 誉田哲也/中公文庫

    「世にも奇妙な物語」のようでもあり「笑ウせえるすまん」のようでもある。さらっと読めて切れ味のいい、ブラックユーモアと皮肉の利いた短編集。面白がれる人と、がれない人がいるとは思う。具体的に何が面白いのかと問われて説明しようとすると、とたんに野暮になる。こういうシニカルな物語をお勧めするのはなんとも難しい。北野武の映画の面白さなど説明できるはずもなく、また筒井康隆やロアルド・ダールの小説も同様だろう。好みが分かれるのは承知の上で、まあ読んでみてほしい。
    最後の方に入っている新装版特別収録掌篇のラスト「選挙公約」なども全く意味のない物語に感じてしまう人もいるかもしれない。ただ、選挙のための公約に、あるいは反論のための反論に、そもそも意味などあるものなのか?という政治への根本的な問いや皮肉が込められ、ブラックジョークのようで面白い。

  • no.517
    2022/8/22UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    こころ 夏目漱石/新潮文庫

    時代性を感じさせる。明治、大正、昭和、平成、そして現在の令和。自由を謳歌する現代日本人の「こころ」は本書を読み、何を思う。
    主人公である「私」と先生との物語である。先生と言っても教師をしている訳ではなく、主人公がただ、先生と呼んでいるだけだ。実際に何をして、何を考えているのかは分からないまま、後半、先生からの長い手紙の独白だけで締めくくられる。物語の途中では明治天皇の崩御、乃木大将の死に触れ、そして手紙は先生の友人「K」の死を詳細に語る。全ては主観の話で、客観的な真実は示されないが、個人のこころの動きと葛藤を追うだけで、先生とその時代の真摯な思慮と覚悟を想った。どうしても今の風潮と比べてしまう。
    先日、映画『サバカンSABAKAN』を観に行く。昭和の時代を感じさせるいい映画だった。ただ、『スタンド・バイ・ミー』と同じように、子どもが観てもこの良さは伝わらないだろうなとも思う。今の子どもも30年後ぐらいに今を振り返った時に、故郷らしさがまだ色濃く残るいい時代だったと、そう思えるものなのかもしれない。

  • no.516
    2022/8/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    深夜プラス1 ギャヴィン・ライアル/ハヤカワ文庫

    ミステリーや冒険小説などの要素を含む名作ハードボイルド。ハードボイルドというのが実際何を意味しているのかよく分からないが、形の描写だけでその生き様をも表現するひとつの様式美だと思っている。敵の攻撃を受けながらも主人公が要人を目的地まで送り届けるというミッションで、要人の秘書と1人のガンマンも同行する。その中で主人公とガンマンは己の矜持と、プロフェッショナルとはどんなものかを形で示してくれる。謎解きなんかを気にせずに、ただ、ストーリーに身を任せるのがハードボイルドの唯一正しい読み方だろう。
    この小説で、もうひとつの要素が「アル中」だ。映画ではよく「脱獄ものに外れなし」とか言うように、本では「アル中もの」に外れはないと思っている。ハードボイルドの名作「八百万の死にざま」(ローレンス・ブロック著)や実体験をベースにしたという「今夜、すべてのバーで」(中島らも著)などは特に濃厚な「アル中小説」だ。人間の弱さと愛おしさ、そしてアル中の怖さと生きる本質をリアルに描き、極上の小説に仕上げている。それにしてもアルコールは恐ろしい。そして、世間的にはいつか煙草と同じ運命をたどるかもしれないので、せいぜい飲めるうちに飲んでおくことにする。

  • no.515
    2022/7/26UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    闇の奥 ジョゼフ・コンラッド/岩波文庫

    「地獄だ。地獄の恐怖だ。」
    本書はフランシス・フォード・コッポラ監督『地獄の黙示録』の原作である。こちらは完全に文学作品なので、映画化するにあたりかなりの変更をしているが、基本的には同じことを言っているのが読めばわかる。人間の「闇」そのものが描かれるため、ストーリーはほぼ無いに等しい。文学作品は読んでどう解釈するのかがすべてだ。
    本を読むと映画の奥深さがわかり、映画を観れば本がより興味深く読める。だが、この映画は娯楽作品ではないので当たらないのは予想できそうなものを、これだけ壮大なスケールで莫大な制作費をつぎ込み撮影する事自体が稀有であり、そして「狂気」だ。こんな映画は後にも先にも、もう二度とできないだろう。そういう意味でも必見の映画、必読の本であり永久保存版だと思う。
    当然さわや書店本店の「Excellent movies & Original books」のコーナーに入れてあるので、ぜひ現物を手に取って雰囲気だけでも確かめてほしい。

  • no.514
    2022/7/21UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    金庫番の娘 伊兼源太郎/講談社文庫

    いかにも実際にありそうな権力争い、派閥の力学、政治とカネ、選挙の攻防、東京地検特捜部、エネルギー問題などがリアル感をもって描かれている。きれい事だけでは務まらない金庫番という、ある意味ダークサイド的な役目は、よほどの信頼関係がなければ成立しない。単なる仕事としてだけでなく、汚れを一身に引き受けてでも実現させたい未来を見据え、しっかりと理想を共有しているからこそできるものなのだろう。
    それにしても、特別支持していたわけでも何でもないのだけれども、先日亡くなられた安倍元首相の事件はショックだった。政治家としての評価は立場や見方の違いによっていろいろあるとは思うが、個人的には、オバマ大統領を広島に招き、自らは真珠湾へ公式訪問したことが印象に残っている。この一連の動きと“和解の力”というメッセージを世界へ発信した事については、他の人では実現できなかったように思う。
    人間には必ず光と影があり、そのどちらかのみという事はありえない。強い光の下では濃い影ができる。結局、プラマイどちらが大きいかという結果が政治家としての価値だろう。

  • no.513
    2022/7/11UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    家庭用安心坑夫 小砂川チト/講談社

    盛岡市出身の著者。群像新人文学賞受賞、芥川賞候補作を読んでみる。
    ユルい感じで始まりつつも、読み終えると非常に現実的で重いテーマだったのがわかる。メインストーリーの合間に昔の鉱山のストーリーが時々入る。このサブストーリーがとても美しく魅力的なのだが、これは主人公か、もしくはその母親が考えた物語なのだろうと想像する。そう思うとまた、本書全体がさらに物悲しく切ない。
    全然関係のない映画『ライフ・オブ・パイ』を思い出した。この映画のラスト、それまでのストーリーとは別のパターンの話が提示され、どっちの話がいいと思う?と聞かれる。
    大昔の宗教的な話なども含め、その物語は何を意味しているものなのか。そもそも物語とは何なのか。本書を読み終えて、そんな事を想った。

  • no.512
    2022/7/2UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    自省録 マルクス・アウレリウス/岩波文庫

    最近だと『ミステリと言う勿れ』で話題だそうだが、こちらの世代では『羊たちの沈黙』なのだ。レクター博士のセリフの中に、マルクス・アウレリウスが出てくる。この手の本は何かが降りてきてその気にならない限り読む機会はないので、Dr.レクターの勢いを借りて読んでみる。
    最初の「訳者序」にある通り、ローマ皇帝だった著者はこれを本にする気はなかったものと思う。自分自身に対する備忘録、あるいはメモだったのではないか。だがそれ故に、専門家が書いた綺麗でもっともらしい理論よりも入ってくるものがある。行動と共に悩み苦しみながら、自らの信じる哲学に照らして正しい理解を書き記したのだと想像する。だからこそ、2000年近く経った今でも深く響くのだ。物事のシンプルな根本に目を向ける。すると人間の行いは、善きも悪しきも大昔からほとんど変わらないことがわかる。
    『羊たちの沈黙』の原作には、あまり目立たない所でジェーン・オースティン著『分別と多感』もちらりと出てくる。この本は『いつか晴れた日に』というタイトルで映画にもなっていて、アン・リー監督のこの映画がまた素晴らしい。この監督は『ブロークバック・マウンテン』『ラスト、コーション』『ライフ・オブ・パイ』など際どい題材も見事な映画に昇華させている。『いつか晴れた日に』と『分別と多感』は『羊たちの沈黙』同様さわや書店本店の傑作映画&原作本コーナーにある。意外なものが意外なところでつながっている。

  • no.511
    2022/6/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    羊たちの沈黙 トマス・ハリス/新潮文庫

    原作と映画が双方共に傑作というのはかなりの奇跡だ。そんな名作だけを厳選した、さわや書店本店の「傑作映画&原作本」コーナー。その中でも、『ゴッドファーザー』と本書『羊たちの沈黙』は別格だと思う。どちらもその後のジャンルを決定的に確立させ、もう古典と言っていいだろう。原作の通りに作れば良いというわけでもなく、変えすぎると原作の良さが失われる。お互いのリスペクトと解釈が作品の深いところで共振して初めて、奇跡の一本が生まれるのだと思う。
    女性主人公FBI訓練生クラリス・スターリングの、上司でFBI行動科学課課長ジャック・クロフォードとの関係性、そして医学博士ハンニバル・レクターとの邂逅。仕事の枠を超えた師弟関係とも同志とも、恋愛感情とも受け取れるような微妙な心のつながり方が見事に表現されている。どこへ行っても女性FBI訓練生という目で見られる中で、レクター博士の見つめるまなざしだけは彼女の内面、本質へと向かう。映画でも原作でも中盤、クラリスとレクターが最後に面会をするシーン「さようなら、クラリス。子羊たちの悲鳴が止んだら教えてくれ」のあたりが、この物語全体の山場だ。