さわや書店 おすすめ本

本当は、目的がなくても定期的に店内をぶらぶらし、
興味のある本もない本も均等に眺めながら歩く事を一番お勧めします。
お客様が本を通して、大切な一瞬に出会えますように。

  • no.530
    2022/12/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    定本 山小屋主人の炉端話 工藤隆雄/ヤマケイ文庫

    あれはどこの山だったか。二十数年前のワンダーフォーゲル部時代、夜な夜なテントの中で酒を飲み大騒ぎしていたら「山小屋なめてんのかぁぁ!」と怒鳴られたことがある。もしかすると本書の中に出てくるどこかの山小屋だったかもしれない。今となっては記憶も定かではないが、どうしようもない馬鹿話で盛り上がり怒られた事だけは鮮明に覚えている。あの頃は純粋に若気の至り以外の何者でもなく、そして今では眩し過ぎて目も当てられない思い出だ。
    山で見ること、食べること、考えること、感じることは、下界ではちょっと得ることの出来ない特別な経験である。そんな場所に長く居る山小屋主人ならではの「とっておきのいい話」34話。短く何気ない会話ひとつでも、山だと違った意味を帯びてくる。

  • no.529
    2022/12/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    罪の轍 奥田英朗/新潮文庫

    携帯もパソコンもない戦後復興の時代、昭和の香りが色濃く漂う下町を舞台に誘拐事件が起こる。警察と犯人と被害者家族、その周辺の人々と一般大衆の反応をも含め、重厚に描き出す群像劇だ。すべてが過剰で濃厚な登場人物が多い中、山谷の簡易宿泊施設の娘、ミキ子の視点だけは非常にニュートラルで現代の感覚にも添うものと思う。固定電話やテレビがやっと普及し始めたという当時の物語なのに、どこか今の社会にも通じているような、問題の起点を感じさせる。
    本書は実際にあった「吉展ちゃん事件」という誘拐事件をモデルにしているそうだ。個人的には読みながら、盛岡で昔あったと聞いたことがある「角田屋事件」を思い出していた。盛岡市内の商家の子どもが誘拐され、犯人は東京で捕まったという事件。さわやの昔の地図のブックカバーには、さわや書店の二軒隣に角田屋がある。

  • no.528
    2022/11/30UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    あなたの人生の物語 テッド・チャン/ハヤカワ文庫

    『メッセージ』というSF映画がある。非常に重厚な映像・音響と共にドゥニ・ヴィルヌーヴ監督らしい芸術センスにあふれた名作だ。そして、分かりにくい。
    本書の表題作がこの映画の原作である。そしてこちらも分かりにくい。ただ、両作品とも分かりにくさがひとつの魅力でもある。それは、地球外生命の思考回路が人類とは全く違うからであり、それを解明しようとすればするほど人間性とは何なのかを浮き立たせるような仕組みになっているからだ。映画でも小説でも、ラストは深い余韻を残す。
    原作に出てくる「フェルマーの原理」に対する言及が、物語全体のメタファーとして分かりやすいと思うが、映画では採用されていない。この作品は原作も映画も両方観る事で理解が深まり、深く考えさせられる。名作というのは全て、再読してさらに評価が上がるものなのだと思う。
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  • no.527
    2022/11/25UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    こうしてイギリスから
    熊がいなくなりました ミック・ジャクソン/創元推理文庫

    イギリスに野生の熊はいないらしい。訳者あとがきによると、かなり古くに絶滅しているようだ。この事実を知ってから読むと、本書特有の味わいがまた違ったものになってくる。
    趣のある挿絵と寓話のような文に、ダークな郷愁。そして何らかの意図や皮肉を感じさせるストーリー。これがブリティッシュ・ジョークというものなのか、或いは大まじめに書かれた熊へのレクイエムか。自虐や皮肉を真顔で語られるような、不思議な魅力のある本だ。

  • no.526
    2022/11/18UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    できることならスティードで 加藤シゲアキ/朝日文庫

    エッセイの中に少しだけ掌編小説が入っていて、エッセイの空気感と混ざり合い、なんだかとてもいい。それにしても、芸能人というのはジャンルに関わらず、すごいなと思う。何かの芸を極めて人前に立ち、さらに人気商売なので才能と共に総合的な人間力も問われる。ギリギリのところでせめぎ合い生きているのが書いていなくとも伝わってくる。
    非常に優しく素直な目線と、たまに見せるとんがったストイックな思考が、独特な文章を創り出している。これはゆるい旅エッセイでは決してない。さりげない文章に乗せた著者の「道」なのだろう。

  • no.525
    2022/11/14UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    駅の名は夜明 髙田郁/双葉文庫

    年末が近づいて来るとふとした瞬間、過ぎた日に想いを馳せ考え込んでしまう事もある。歳を重ねるごとに大きな荷物を抱え、厚みを増して胸に残る後悔や不安。そんな中、小説の何気ない一節が思いがけず荷物を軽くし、背中を押してくれることもある。本書を読んでそんなふうに思います。
    心に沁みる9篇のショートストーリー。年末に読むのに相応しい一冊です。

  • no.524
    2022/10/27UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    世界史を変えた植物 稲垣栄洋/PHP研究所

    世界史などというと小難しそうな気がするが、本書は植物の生き方をドラマチックなエッセイ風に仕上げているので誰が読んでも興味深く、広くて深い示唆に富む本だ。
    著者の本は「生き物の死にざま」「雑草はなぜそこに生えているのか」など、どれを読んでも文学的な文章で読み物として面白い。
    動かない植物の意志を、雑草の戦略を、言葉のない生き物の慧眼を感じさせる。

  • no.523
    2022/9/24UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    もののあはれ ケン・リュウ/ハヤカワ文庫SF

    SFとは哲学なんだと思う。
    シチュエーションを限定することで、形而上学的な問いがより純度の高い核心のみにフォーカスされる。普段このジャンルを読まない人にこそおすすめしたい。本書は文学的で、詩的で、哲学的な、そして紛れもないSF小説だ。
    短篇集なので読みやすく、最初の表題作はこのタイトルからもわかる通り、日本人を主人公に描かれている。死生観が問われる。まず、本書の冒頭30数ページに凝縮された物語をどう思うか、自分の目で判断してみてほしい。
    SFを通じて哲学的に人間を描く物語は映画にも傑作が多い。『インターステラー』『メッセージ』『ガタカ』『ブレードランナー』『ミッション:8ミニッツ』『2001年宇宙の旅』など。SF要素は舞台装置で、主題としてはすべて、人間とはいかなるものかが描かれている。

  • no.522
    2022/9/20UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    傷を愛せるか 宮地尚子/ちくま文庫

    精神科の医師として臨床を行いながらトラウマの研究をする著者。専門的な話ではなく自分自身のエッセイとして書かれているため読みやすく、医師・研究者としての視点や、そこから見える景色の描写も興味深い。
    生きていれば誰しも心の傷はあるだろう。普通は積極的な鈍感さをもって放っておき、触れないでおく。でもどうしても目をそらすことができない致命的な傷を負ってしまった場合は、傷を受け入れて共に生きるしかない。難しいけれどもそれが「傷を愛せるか」という事なのだと思う。そして研究者としては「傷を癒すことはできるか」という問いにもなるのかも知れない。共感力が高いほどに、相手と共に自分の心もダメージを負う。助けに向かう者は必ず自分の安全を確保しなければならない。自己と他者、治療する者とされる者、与える者と受け取る者。この複雑な世の中にあって、単純で微妙な人間同士の関係性を考えさせられる。

  • no.521
    2022/9/15UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    とんこつQ&A 今村夏子/講談社

    毒にも薬にもならないという表現があるが、本書は毒にも薬にもなるものが微妙な匙加減でごく少量含まれている。あまり盛り上がりのない物語をすいすい読めて、読後漂う残り香のような微かな苦味。あれ、今のはどういう話だったのだろうと、よくよく反芻してみる。あまり自分には似ていない登場人物と思いきや、心の奥底に閉じ込めた罪悪感のようなものは、形は違えど誰にも身に覚えがあるものではないだろうか。嫌な話になりすぎず、かと言って面白い話でもないのだけれども、独特のクセがあって心に残る。
    短篇4話収録。最初の表題作よりも後の3篇の方がよりディープだ。