さわや書店 おすすめ本

  • no.599
    2024/9/9UP

    本店・総務部Aおすすめ!

    錦繍 宮本輝/新潮文庫

    毎年秋になると、蔵王ゴンドラリフトから始まるこの物語を読み返してみたくなる。離婚した男女の往復書簡のみで構成される本書は、単なる色恋沙汰の話ではなく人間の業と周囲との関係性、心の機微を深く描く人生の物語だ。主人公2人の手紙しか書かれてはいないが、主人公たちの目を通した他の人物の描写が何とも言えず味わい深い。手紙をやりとりするうちに、今までの自分と周りを冷静に見つめ直し、それぞれの再生の道に向け一歩を踏み出してゆく。
    それにしても時代性を感じさせる手紙の美しい文章に、どうしても今とのギャップを拭えない。メールやLINEのやりとりなら、もっと短絡的な非難の応酬、直接的な罵詈雑言になりはしなかったか。いや、これはどこかでそう思い込まされているだけかもしれない。今は今の美しいメールの文章というのもあるのだろう。いずれにせよ自分の手や足や頭を使って考えるという事が何よりも大事だ。本書を読むといつもいろいろな角度から考えさせられる。